その謝罪、配信します。

 
教室が静まり返る。
 
誰も動けない。
 
黒崎レイは、一番後ろの席で頬杖をついたまま、
退屈そうに窓の外を見ていた。
 
その存在だけで、
空気が壊れている。
 
昨日まで笑っていたクラスメイトたちは、
誰一人、彼女と目を合わせようとしなかった。
 
「……先生呼ぼうよ」
 
誰かが小声で言う。
 
「でも、昨日の配信……」
 
「教師も関わってたんでしょ……?」
 
「やばくない……?」
 
ひそひそ声。
怯え。
疑心暗鬼。
 
その時。
 
ガラッ!!
 
勢いよく教室のドアが開いた。
 
担任教師――長谷川だった。
 
額に汗を浮かべ、
明らかに様子がおかしい。
 
「姫野は!? 姫野ミウは来てるか!?」
 
教室がざわつく。
 
来ていない。
 
当然だった。
 
昨夜の配信以降、
彼女のSNSは全て停止。
学校掲示板には、
個人情報まで晒され始めている。
 
長谷川は教室を見回し、
そして――
 
レイを見つけた。
 
一瞬。
 
顔色が変わる。
 
「……お前」
 
レイは視線だけ向けた。
 
「誰ですか?」
 
「ふざけるな!!」
 
怒鳴り声。
 
教室が震える。
 
「お前がやったんだろ!!」
 
レイは少し考えるように首を傾けた。
 
「なにを?」
 
「昨日の配信だ!!」
 
「証拠は?」
 
「……っ」
 
長谷川が詰まる。
 
レイは小さく笑った。
 
「先生、感情で怒鳴るタイプなんですね」
 
「お前……!」
 
「でも気をつけた方がいいですよ」
 
レイの声が少し低くなる。
 
「今、“そういうの”、
全部撮られてますから」
 
長谷川の動きが止まる。
 
教室中のスマホが、
一斉にこちらを向いていた。
 
誰も先生を守らない。
 
レイは続ける。
 
「昨日までは、
生徒が泣いてても無視してたのに」
 
静かな声。
 
「自分が燃えそうになった瞬間だけ必死なんだ」
 
「……っ!」
 
「先生」
 
レイは笑った。
 
「ダサ」
 
その瞬間。
 
長谷川がレイの腕を掴んだ。
 
「調子に乗るな!!」
 
教室が息を呑む。
 
だが。
 
レイは全く動じなかった。
 
むしろ、
少しだけ口角を上げる。
 
「――あ」
 
ポケットからスマホを取り出す。
 
画面には、
録音アプリ。
 
録音時間。
 
【00:12:48】
 
長谷川の顔が凍る。
 
「暴力、脅迫、大声」
 
レイが淡々と数える。
 
「教師として終わってるけど、
今どんな気持ち?」
 
「……返せ」
 
「嫌です」
 
「返せ!!」
 
その時だった。
 
教室後方で、
誰かが小さく笑った。
 
一人。
 
また一人。
 
つられるように、
笑いが漏れる。
 
昨日まで絶対権力だった教師が、
今はただ必死に取り乱している。
 
その滑稽さに、
クラスが気づいてしまった。
 
長谷川の顔が赤くなる。
 
「……お前らも!!」
 
怒鳴りかけた瞬間。
 
ピコン。
 
教室中のスマホが鳴った。
 
全員同時。
 
異様な音。
 
生徒たちが画面を見る。
 
そして、
空気が凍った。
 
【速報】
 
【長谷川圭介 教師、生徒との不適切関係疑惑】
 
「……は?」
 
長谷川の顔から血の気が消える。
 
記事リンク。
写真。
ホテル前画像。
LINEスクショ。
 
全部出ている。
 
「うそ……」
 
誰かが呟く。
 
「ガチじゃん……」
 
「最悪……」
 
長谷川が震えながら、
レイを見る。
 
「お前……」
 
レイはスマホをいじりながら答えた。
 
「違いますよ」
 
「……」
 
「“先生が勝手に自爆した”だけです」
 
その時。
 
教室の外が騒がしくなった。
 
教師たち。
学年主任。
教頭。
 
慌てた声。
 
「長谷川先生!!」
 
「ちょっとこちらへ!!」
 
長谷川は完全に青ざめていた。
 
レイはその背中を見ながら、
ぽつりと言う。
 
「大人ってさ」
 
誰にも聞こえないくらい小さい声。
 
「子供を守るより、
自分の保身の方が大事なんだよね」
 
その言葉だけ、
妙に教室に残った。
 
そして。
 
長谷川が連れて行かれたあと。
 
静まり返った教室で。
 
一人の女子が、
震えながら立ち上がった。
 
クラス委員の、篠原美月。
 
真面目で、
いつも“見て見ぬふり”をしていた側の人間。
 
彼女はレイを見つめる。
 
「……ねえ」
 
レイが視線を向ける。
 
美月は唇を震わせながら言った。
 
「もし……」
 
怖がるように。
 
「もし、本当に助けてくれるなら……」
 
一滴、涙が落ちた。
 
「次は、私の友達を助けて」