その謝罪、配信します。

午後十時五十九分。
 
配信開始一分前。
 
ネット中が騒いでいた。
 
【伝説の謝罪配信、今夜最終回】
 
【黒崎レイ、最後の標的】
 
待機人数。
 
【247,891人】
 
数字はまだ増え続けている。
 
コメント欄。
 
『来た』
『絶対見る』
『今度は教師か』
『祭りだ』
 
暗い部屋の中。
 
黒崎レイは、
モニターを無言で見つめていた。
 
画面には真田恒一。
 
別室で怯えた顔をしている。
 
教育者の仮面は、
もう剥がれていた。
 
東條から着信。
 
レイは出ない。
 
代わりに、
配信開始ボタンへ指を置く。
 
その時。
 
コンコン。
 
部屋のドアが叩かれた。
 
レイの動きが止まる。
 
またノック。
 
無視しようとした。
でも。
 
「……黒崎さん」
 
聞こえた声に、
レイの目が揺れる。
 
白石ゆあだった。
 
続いて。
 
「開けて」
 
篠原美月。
 
「話がある」
 
桐谷蓮。
 
レイは数秒黙ったあと、
面倒そうに立ち上がる。
 
鍵を開ける。
 
扉の前には三人。
 
そして後ろには、
東條もいた。
 
狭い部屋に、
沈黙が落ちる。
 
最初に口を開いたのは、
桐谷だった。
 
「……それ、やるの」
 
モニターを見る。
 
真田の配信画面。
 
レイは無表情。
 
「やる」
 
即答。
 
美月が苦しそうに言う。
 
「でもそれ……」
 
「正義じゃない?」
 
レイが笑う。
 
「知ってる」
 
「……」
 
「最初から復讐だって言ってる」
 
ゆあが一歩前へ出た。
 
「じゃあ」
 
震える声。
 
「復讐終わったら、
黒崎さんはどうなるの」
 
レイが黙る。
 
誰も答えられない質問だった。
 
ゆあは涙を堪えながら続ける。
 
「私、
あの日死のうとしてた」
 
「……」
 
「でも止めてくれた」
 
レイは視線を逸らす。
 
「別に」
 
「なのに」
 
ゆあの声が震える。
 
「今度は黒崎さんが、
死ぬ側みたいな顔してる」
 
空気が止まる。
 
レイは初めて、
言葉に詰まった。
 
東條が静かに言う。
 
「復讐は終わりがない」
 
「……」
 
「加害者を壊しても、
妹さんは戻らない」
 
レイの指先が震える。
 
「でも」
 
絞り出すような声。
 
「許せないんだよ……」
 
初めてだった。
 
彼女が、
怒りではなく。
 
痛みの顔をしたのは。
 
「なんであいつらだけ、
普通に生きてるの」
 
涙は出ない。
 
でも。
 
その声は、
壊れた子供みたいだった。
 
静かな部屋で。
 
桐谷がゆっくり口を開く。
 
「……俺、
あんたのこと怖かった」
 
レイは動かない。
 
「でも」
 
桐谷は俯く。
 
「壊される側になって、
初めて分かった」
 
「……」
 
「自分が何したか」
 
美月も言う。
 
「見て見ぬふりしてた私も、
同じだった」
 
ゆあは涙を拭った。
 
「でも、
黒崎さんがいたから」
 
レイが顔を上げる。
 
ゆあは笑った。
まだ少し不器用に。
 
「私、
生きてる」
 
沈黙。
 
その瞬間。
 
モニターに表示されていた、
配信開始カウントがゼロになる。
 
【LIVE START】
 
部屋が赤く光る。
 
真田恒一の顔が映る。
 
怯えた教師。
 
十年前、
妹を見捨てた大人。
 
レイは画面を見る。
 
長い沈黙。
 
視聴者数。
 
【412,304人】
 
全員が待っている。
 
“公開処刑”を。
 
だが。
 
レイは配信画面へ近づくと。
 
静かにマイクをオンにした。
 
『こんばんは』
 
コメント欄が爆速で流れる。
 
『きた』
『謝罪しろ』
『暴露まだ?』
 
レイは真田を見つめる。
 
そして。
 
小さく息を吐いた。
 
『……もういいや』
 
コメント欄が止まる。
 
真田も固まる。
 
レイは笑った。
 
少しだけ。
 
憑き物が落ちたみたいに。
 
『あんた壊しても、
妹帰ってこないし』
 
東條が目を見開く。
 
『だから』
 
レイは配信画面を閉じた。
 
強制終了。
 
【配信は終了しました】
 
沈黙。
 
誰も動けない。
 
レイはしばらく画面を見ていた。
 
そして。
 
ぽつりと言う。
 
「……疲れた」
 
ゆあが泣きながら笑う。
 
美月も泣いている。
 
桐谷は何も言えない。
 
東條だけが、
静かに息を吐いた。
 
窓の外。
 
朝が来始めていた。
 
長かった夜が、
終わろうとしている。
 
レイはその光を見ながら、
小さく呟く。
 
「謝罪ってさ」
 
誰も口を挟まない。
 
「許されるためにするんじゃなくて」
 
朝日が差し込む。
 
レイは目を細めた。
 
「もう二度と、
同じことしないためにあるんだね」
 
その声は。
 
ようやく少しだけ、
救われていた。