「件の人だけど、大きく分けて2種類が考えられると思う」
店内で買い物を済ませて元のベンチに戻ってきた兎澤は、一度スプーンを咥えて片手を空けるとそのままその手で指を2本立ててみせた。ピースサイン、ではなく2の意味だ。ちなみに反対の手には俺と海人が割り勘で買った授業料、ハーゲンダッツがある。
「2種類?」
そう訊き返す海人と黙って聞く俺の手にもアイスが握られているけれど、とてもじゃないが高級品を2つも3つも買う勇気は無く、2人とも懐に優しいソーダアイスだ。
そんなに大きくもないベンチに男3人並んで座る光景はむさ苦しい上に視覚的にも物理的にも暑苦しい。2人に挟まれる形になっている俺は尚更だ。でも他に腰を据えて話が出来るような気の効いたカフェなんかこの辺には無いのだから仕方がない。
「そう。人間か、それ以外か。その2種類」
……正直なところ。俺は兎澤が頷くのを見ながらそれは当然のことなのでは? と少し拍子抜けした気分になった。海人はというと、「へーなんかあれだね。人間を大きく分けると俺か俺以外かみたいな感じだね」と呑気な感想を漏らしている。
俺がそんな顔で「授業料」に目を遣ったことに気付いたんだろう。
「勿論、ここからもっと細かく分けてくよ」
兎澤は笑いながら咥えていたスプーンをそこに突き立てる。そして立てていた指を一旦戻して、人差し指だけ立て直した。
……海人の言葉はスルーされた。
「まずは前者、その人が人間だったパターンから。これはここから更に2つに分けられると思う。まずは中も外も完全な人間……まあつまり、タダの人間ってことだね。面白味には欠けるけど一番現実的で、でもこれだとちょっと疑問な点がある」
言い終わってから、続けて中指も立て直してまた「2」の形を作る。
「もう1つは、人間なんだけど何らかのものによって人格とか意識を乗っ取られて行動していた、ってパターン」
「ああ。憑依、みたいな?」
「そうそう。僕は実体験ベースのことは詳しくないから創作物の話になるんだけど、霊や妖怪や神様だって人間に取り憑くことはあるし……まあ、神様の場合はあんまり取り憑くとは言わないと思うけどそれは今は置いておいて。若干オカルトに寄るけど、これなら一応完全人間説で出てくる疑問点は解決するし。そういえば、妖怪とか幽霊とかを指す『物の怪』の定義には『人に憑りついて悪さをする』みたいな意味も入ってたような気がする」
「なるほど。じゃあ最初に戻って、人間か人間以外かで人間以外だった場合ってのは?」
「うん、これは人間に取り憑くとかいう工程を経ずに霊だの妖怪だの神様だのが直接来てたってパターンだね」
聞きながら、まあ2つに分けたうちの1つが「人間だった場合」ならもう片方はこうなるのがある意味当然ではあるだろう。
兎澤は「まあでもある意味こっちはシンプルだ」と前置きして続ける。
「この場合はここから場合分けが発生するわけじゃないからね。とある一夜のオカルト体験でした、ってことで後はさっきの取り憑いてるパターンと同じだし、疑問点も解決できる」
話を聞いていると、「あ!」と海人が突然声を上げた。
「ユウ、そこ溶けそう」
指差す先を見ると手の中のアイスがギリギリのバランスでなんとか棒にしがみついているところで、慌てて残りを口の中に入れる。棒のアイスを買ったのは間違いだったかも知れない。
いつの間にか食べ終えていた海人にお礼を言ってから兎澤の方に向き直ると、こちらは悠々とカップの中身を掬い上げるところだった。
「悪い、中断させて。その、疑問点ていうのは……」
「うん。まずは、見覚えがない人の筈なのに2人があの小学校の卒業生だって言い当てたこと。それからタイムカプセルが埋まってる場所が分かるってことと、死体が埋まってる場所を知ってたってこと。それと、場所は分かるけどその人が自分の力では掘り起こすことができないって言ったこと。最後に、2人の名前を知ってたこと。もっとゆっくり考えたり実際のやりとりを知っていればもっと出てくるかも知れないけど、僕がすぐに思い付いたのはこの辺りかな。最初と最後は結弦も気になるって言ってたよね」
兎澤の問いかけに頷いてみせる。
さっき俺の口から気になった点を語った時に、確かにその2点を挙げた。
小学校で話し掛けられた時の「でもいくら卒業生って言ってもこんな時間にこんなことしてるのは」という発言と、去り際に俺たち2人の名前を呼んだことだ。
この辺に小学校は1つしかないから卒業生の可能性は高いけれど、夏休みを利用して帰省や旅行で来ている暇人が勝手に小学校の敷地に入り込んでいる可能性だって一応否定はできなくはない。けれどあの男は卒業生と断言した。
そして名前はもう少し決定的だ。海人は昔から俺のことを「ユウ」と呼ぶし、俺は男に名乗ったりはしなかった。だからあの場で俺の名前を男が知る機会はなかった筈だ……俺がそこを怪しいと思ったのはざっとこんな理由からだ。
ちなみに、ハンドパワーなどと嘯いてタイムカプセルが埋まっている場所が分かると言ってみせた点については言うまでもなく明らかに怪しいので俺は省略した。
「まあその2点も一応説明がつかなくもないけど……2人とも気付かなかっただけで実はその人は先輩とか後輩で、2人のことを前から知っていたとか」
「でも俺、先輩とも後輩ともまだ結構連絡取ったりたまに会ったりするけど、あの人のことは会ったこと無いと思うよ。仮にすごくイメチェンしてたとしても、話してて全く気付けないってことはないんじゃないかなあ」
「正直僕もそう思う。だから無理に否定しようとは思ってないよ。それにこの疑問点だって、その人の正体とか内面が人間じゃなければまるっと全部片がつく訳だし……まあ、人外の存在が謎のパワーでなんかどうにかしました、って答えでごり押ししていいのかって点については意見が分かれそうだけどね」
言いながら肩を竦めた兎澤は、「ああそうだ」と思い出したように人差し指を立てた。
「もう1つ、気になるところがあったんだった。2人が穴を掘っているとき、あの男の人は穴の方に近付いては来なかったんだよね。当然穴掘りにも参加しなかった。これ、近付かなかったんじゃなくて、近付けなかったんじゃないかな」
「近付けなかった?」
「そう。神様とかって、穢れを嫌うイメージがあるでしょ? でも死体なんて、穢れの塊って感じだ。だから、埋まっているのは分かっているしそれをどうにかしたいとも思っているけどそこには近付けなくて……だから代わりを呼んだ、とかね」
「なるほど……あのさ。色々とパターンは出してくれたけど、兎澤としては、あの男の正体って何だと思う?」
言い終わったところで兎澤に尋ねると、彼はちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「明言しないようにはぐらかしてたんだけど、それを訊いてくるか……まあでも、授業料まで巻き上げてるんだから話さないのはよくないかな。僕の考えとしては、まあ現実的に考えるなら普通の人間が合いに来てましたって答えになるんだけど。ロマン重視なら人外案一択だね。理系の端くれとしてあんまりそういうオカルトっぽいことは言いたくないし、敢えて言わなかったんだけど……まあその辺を全部無視してそうだったら面白いなーっていう観点だけ見て言うなら、僕としては人外が直接来たパターン、それも妖怪とかではなくて神様とかそういうのが来たって可能性を推したいかな」
そこまで言うと兎澤は少し身を乗り出して俺を避けるようにすると、海人の方を見た。そして顎を指で擦って何かを考えるような仕草をしてから言う。
「人外の謎のパワーといえば。2人の前に現れた人が人外のものだった場合、もしかしたら海人も何かしらの影響を受けていたかも知れないよね」
「……えっ、俺?」
急に水を向けられて、海人は焦ったような声をあげて自分の方を指さした。
「え、こいつが?」
俺は一度そんな海人の方を見た後でまた視線を兎澤に戻す。真ん中のポジションは忙しい。
「うん。さっき一通り結弦から話を聞いてる時に、あからさまに怪しい話なのに海人が妙に乗り気だったって言ってたよね。あれ、人外謎パワーで怪しいって感じにくくさせたり、引き受けてもいいなーって気分にさせられたりして……なんて」
「えぇ、でも俺、特に変な影響受けたなーって感じはしなかったけど……」
「あー、でもさ。お前あの人がいなくなった途端に、なんかこれ怪しいかも? みたいなこと言い出したよな。その、謎パワー? の使い手が遠ざかったから影響が弱まったって考えると確かに辻褄は合うような……」
「ちょっと、ユウまで変なこと言わないでくれる?」
海人はそう言うとゾッとしない、とTシャツから伸びる腕を擦った。
そんな海人を見て口元に笑みを浮かべると、兎澤はカップに残ったすっかり液体の「授業料」を一気に流し込んだ。
「まあ、可能性があるってだけで正解は分からないけどね」
そんな兎澤に、今度は海人が少し身を乗り出すようにして問いかける。
「ところで、あの人の正体が人間か人間じゃないかは一旦置いておいて……あの人、なんで今になってわざわざ俺たちに謎パワーを使ってまで死体掘らせたんだろ? というか、なんであの人は埋まってるのが死体だって教えてくれなかったんだろ。ずっとはぐらかしてたよね」
「いや、謎パワーを使ったのは別に確定情報ではないと思うけど……死体はほら、正直に言ったら引き受けてもらえなくなりそうだからじゃないか? 『ここに埋まってるものを掘り起こしてください、なお埋まっているものはというのは死体です』って言われて、お前引き受けるか?」
「うーん、それは流石に俺でも断るかな」
俺たちの言葉を受けて、兎澤は「ふむ」とまた顎に手を遣った。
「死体が埋まっているって正直に言ったら断られる確率が上がるから黙っていた、っていうのは僕も同じ考えだな。あと、海人が言ってた、そもそもなんでその死体を掘らせたのかっていう動機。これも可能性……というか、もう妄想かな。そんなレベルのものでよければ一応挙げられるよ」
聞きたいか、という言外の問いかけに頷く。後ろで見えないけれど、多分海人も同じことをしているのだろう。兎澤もまた頷くと、「じゃあ……」と話し出す。
「まずは件の男の人こそがあの死体本人で、自分を見つけて欲しいって化けて出てきたって可能性があるね。ただ2人の話を聞く限りではあるけど、男の人の様子からは自分を掘り起こしてくれーっていう当事者っぽさを感じにくいから、この線はちょっと薄いかも知れない」
それを聞いて、海人は「世界で2番目くらいに遭遇したくないご本人様登場だな……」と小さく呟く。1番はなんだろう。
小さい声だから聞こえなかったのか、聞こえていて流したのか、兎澤は特にそれに対しては何も言わずに先を続ける。
「そうなると、死体を見つけて欲しい何かしらの目的があった、ってことになると思う。……ここからは完全に僕の想像になるんだけど、立つ鳥跡を濁さず、みたいなことかなって」
「立つ鳥跡を濁さず……?」
「うん。そもそも2人とも、あの神社林の祠が無くなるって知ってた?」
「えっ」
「えっマジ?」
反射的に上げた声に海人のものが重なる。俺は初耳だったが、海人もそうだったらしい。
「でも、祠って無くして大丈夫なものなの? ほら、祠を壊すと『お前らあの祠を壊したんか』されるし、工事現場とかでそういうの動かすと祟られるとか言わない?」
「ちゃんとお祓いとか御霊抜きをした上でやるだろうから、勝手に壊したり動かしたりするのとはまた話が違うと思うけどね」
兎澤が冷静に返すのを聞きながら、あの夜に遠目に見た祠と、今日の夢で見た祠を思い出す。
手入れが行き届いているとはお世辞にも言えないようなあの小さな建物は、なにが祀られているのかは分からないけれど、そこに固執するよりはもっといい場所を用意してあげた方が良いのではと思わせられる佇まいだった。
「話を戻すよ。祠が無くなるし、どうせなら長くいたあの場所を綺麗にして去るために本来なら人の前には現れないようなものが姿を見せた……とか、そういうストーリーも考えられるかな、と」
「なるほど……」
「ま、たまたま暇そうかつ体力のありそうな若者が穴堀りに適した装備で近くに来てちょうど良かった、くらいの理由かも知れないけど」
そう付け加える兎澤の言葉を聞きながら、そういえばあの男は「そこにあるものを掘り起こして、ここではない場所に移してくれ」というようなニュアンスのことを言っていたなと思い出す。
今思うと、あの言い方はどことなく言い方が回りくどいというか、言い回しに少し違和感がある気がする。けれど兎澤の語ったその説で考えるのなら、主目的が掘り起こしてもらうことではなく死体を移動させてもらうことなのだから、そこを明確にするとあの言い方になるのも一応納得がいくのではないだろうか。
「というか、そもそもなんであんなところに祠なんて作ったんだろう。ちゃんと手入れも出来ないのに作るだけ作るとか、無責任じゃない?」
「ああいうのは手入れのしやすさを重視して作るものではないだろ……」
いきなりそんなことを言い出した海人に少し呆れた視線を送ると、兎澤は「まあ気持ちは分からなくもないけど」と笑った。
「祠って、何かを祀るって目的以外にも目印とかに作る場合があるらしいよ。山の場合だと、過去に土砂崩れが起こった場所とか。あそこもそういうのかも知れないね。だとしたらあの辺りはもう行く人も少ないし、目印としての仕事もほぼ無いだろうから、お役御免てことなのかも知れない」
「あー、今って校外学習は数年に1回とかになってるんだっけ? 生徒数少ないから他学年と合同にして」
頷く海人を横目で見ながら、俺は兎澤の言葉を聞いてあの夜のことを思い出していた。
あの時、あの男も「お役御免」というようなことを呟いていなかったか。
だとしたら、やっぱりあの男の正体は──なんて考えてしまうのは、兎澤がさっき語った説に影響を受けすぎているだろうか。
浮かんだ考えを振り払うように頭を振ると、兎澤は変なものから距離をとるかのように少し身動ぎをしてからそういえば、と首を傾げた。
「超今さらなんだけど、2人とも、報酬って確認したのか?」
「報酬……?」
「ほら、タイムカプセルの場所を教えてもらうとかいう」
後ろの海人を振り返る。すると海人も同じようにこちらを見ていた。付き合いが長いから、なんとなく言わんとしていることはわかる。多分海人もそうだろう。
……すなわち。
「完全に忘れてた」
お互いの意見を確認するように同時に頷きあった後、海人が代表してそう答えた。
「それじゃ働き損じゃない? というかまずはそこ……そもそもタイムカプセルの場所がわかる、って言うその言葉が本当なのか嘘なのか、それを確認した方が良かったな」
言いながら兎澤は不覚、と少し唇を曲げる。
一方で海人は「よし」と立ち上がった。
「確かめに行ってみよう」
「え、でも結局どうやって教えてもらえるのか分からなくない? あいつ、何かしらの方法でーとかなんとか言ってたけど……」
いきなりのことに少し驚きつつ見上げると、海人は小学校の方に視線を巡らせる。
「んー……まあとりあえず行ってみれば分かるんじゃない? ダメだったらその時また考えよう」
「雑だなあ」
「でも行くでしょ?」
「それはまあ……行くけど」
「じゃあ用も済んだし、僕も帰ろうかな」
俺も立ち上がると、兎澤も立ち上がりそのままぐっと伸びをした。
「え、兎澤一緒に行かないの?」
そして意外そうな顔をする海人に、胸ポケットから出した懐中時計を見ながらあっさりと頷いてみせる。
これは兎澤が「腕時計をつけると左右で腕の重さが変わるのが嫌だ」とかいうよく分からない理由で、少なくとも小学校の修学旅行の時点では既に使っていたものだ。10年以上経っても謎の拘りは健在らしい。
「うん。暑いし、この後オンセ……オンラインで通話繋いでゲームする予定とかあるから、帰って用意したい」
言いながらアイスのゴミをコンビニ設置のゴミ箱に捨てて歩き出す兎澤を2人で追うような形で、俺たちも歩き出す。兎澤の家はここから小学校まで行くなら途中まで同じ方向だ。
「タイムカプセル、気にならないの?」
歩きながら海人が尋ねるけれど、対する兎澤は緩く首を振った。
「場所を教えてもらえたかどうかだけは気になるけど、タイムカプセル自体は正直どうでもいいかな。海人から聞くまでそもそも埋めたことすら忘れてたくらいだし……なんなら僕、中に何も入れてないから本当に掘り起こせるかもどうでもいい」
「えっ入れてないのか?」
驚いて思わず声を上げる。
同時に驚いた顔をした海人は、何故かちょっと微妙な顔でこちらをちらちらと見た。兎澤は海人のそんな反応に少し不思議そうな顔をしつつも頷く。
「うん、入れてない。タイムカプセルって、売ってるちゃんとしたやつは雨水なんかが侵入しないようにすごく厳重で且つすごく高いものなんだよ。そんなもの、小学校卒業のいち企画ごときに用意できるわけないだろうなって思って。それに、仮に埋めたところでちゃんと掘り返す保証もないわけで……実際、誰も何も言い出さずに今に至ってるし。そんなところに大事なものを入れるの、僕はちょっとね」
確かに、朧気な記憶の中で誰かが用意していたのはクッキーの詰め合わせあたりが入っていたのであろう缶だった。そしてその口を何重にもガムテープでふさいでビニール袋に入れてはいた気がするけれど……何年も土の中に入れて保管するには確かに心許ない。
「民間でタイムカプセルを保管してくれる会社とかもあるんだけど、ああいうのも土の中じゃなくて倉庫保管とかが主だね」
軽くこちらを振り返るようにしながら、兎澤が人差し指を立てる。
「そういえば後輩が、最近は卒業の時のタイムカプセルって埋めるんじゃなくて小学校の地下の倉庫で保管するって言ってたなあ。劣化も掘り起こし忘れも防げるからって」
「甘いね。最近はもう地下室じゃなくて、代表の生徒1人の家に置いて保管してるらしいよ。多分、地下に置いたままで回収を忘れる学年が多かったんじゃないかな」
「えっ、そんなの任されたら俺、絶対にこっそり開ける」
なんでこいつは最近のタイムカプセル事情に詳しいんだろう、と少し考えて、そういえば兎澤には少し歳の離れた兄弟がいたことを思い出した。確か7歳とかそのくらいの差で、となるともしかしたらちょうどタイムカプセルとかやっている頃なのかも知れない。
そのあたりで分かれ道まで来たから「じゃあまた」と手を挙げてあっさり去っていく兎澤と別れ、俺たちは小学校までの道を歩き出す。いつもの通学路とは別の道だけど、こちらも緩い上り道だ。
人の気配がなくてひたすらに蝉の声が響く日差しに白んだ道は、見ているとどことなく「終末」という言葉が浮かんでくる。緩やかに死んでいっているという意味では、このド田舎に終末感を覚えるのもあながち間違いではないのかも知れない。
そんなことを考えながら歩いて、ふとさっきの夢のことを思い出して海人に話すと、海人は「あーあったね」と頷いた。
「確か小3? くらいの、放課後だよね。みんなで遊びに行った時の」
そう、あの夜に歩いていた時にも話題に上がった、祠を壊した日のことだ。
「……お前、あそこで祠にぶつかった後のこと、覚えてる?」
「え、……うーん。ぶつかったのは覚えてるけど、その後はちょっと……何かあったっけ?」
訝しげな顔で首を捻る海人に、俺は話すべきか一瞬迷ってから口を開く。
「俺もちゃんと覚えてなくて、夢も途中で終わってて……記憶なのか、夢の続きが頭の中に浮かんでるだけなのか区別がつかないから兎澤には黙ってたんだけどさ……あの日、祠の中を見ようとしてたら後ろから声を掛けられたんだ」
「その感じだと、一緒に行ったやつらではないって感じだよね」
「うん。大人の、男の人。『お前らこの祠を壊したんかー!』って怒ってきて、俺たちがびびってたら冗談だよごめんごめん、って謝ってきた。で、これは元々壊れてたから俺たちは悪くないよって教えてくれたんだけどさ」
目が覚めた後のぼんやりした頭に浮かんだ景色を思い出す。
その中にいた、中学生よりも大人っぽくて親や先生よりは若そうに見えた、長い髪を項で結んだ背の高い男の人。
「……その人、あの夜の男だったかも知れない」
「つまり、俺たちは昔あの人と会ってたかも、ってこと?」
「うん。しかもあの人、言ってたんだ。『元々壊れてたから気にしなくていいよ。でももしちょっとでも悪いなって思ってくれるなら、いつかちょっとお手伝いでもしてほしいな』みたいな感じのことを。で、お前がそれに『いいよ』って軽率に返事してさ」
「お手伝い……ね。あの、もしかして、この前の死体掘りって」
口元に手を遣りながら呟く海人の腕を「死体掘りとか言うなよ」と肘で突く。それで海人の言葉は遮られたけど言わんとすることは充分に伝わっていて、でもそれを口に出すことで非現実的なことが事実として確定してしまうかのような、上手く表現できないがちょっと嫌な感覚があった。だから続きを言わせたくなかったのかも知れない。
「というかユウ、あの夜の男だったかもって言ったけど……夢に出てきた人って、あの日と同じ見た目だったの?」
「え? うん、そうだけど」
「祠壊したのって、もう10年前とかだよね。なのにあの人、この前見た時と同じ見た目だったってこと……?」
2人して思わず黙り込む。そのまま10歩くらい歩いた頃に俺は「まあでも、」と口を開く。
「あれはあくまでも夢だし」
しかし隣を歩く海人は思案顔のままで腕を組んだ。
「んーでもさ。さっき兎澤、俺が取り憑かれてたかもーみたいなこと言ってたよね。ユウの夢の中で言ってた『いつかちょっとお手伝いでも~』ってセリフの『いつか』ってのが今だったとしたら。取り憑かれるってのとはちょっとまた違うけど、実はなんというかこう……呼ばれたり、してたりして」
俺の口から、笑いになりきれなかった中途半端な速さの息が漏れた。
本当なら非現実的だと一笑に付して、「バカなこと言ってんなよ」とでも言ってやりたかった。……でも、兎澤から非現実的な説を聞かされたばかりだからだろうか。正直なところ聞いていて「もしかしたらそういうこともあるのかも知れない」と思ってしまったのも事実で。
──そんなことをぐるぐると考えている間に、いつの間にか小学校に着いていた。
明るいうちに見るあの日の学舎は見慣れた外観で少しホッとする。と同時に、毎日通っていた頃には無かった「今の自分は本来ここにいるはずではない」という微妙な部外者感に少し居心地の悪さを覚えてしまう。
しかしそんなことを思っているのは俺だけだったようで、海人は全くそんなことを気にする素振りを見せずにあの夜の場所に向かっていく。
「わ、懐かしい。プール解放やってるよ」
歩きながら海人はグラウンドの向こうを見ようとするように首を伸ばした。
ここからグラウンドを挟んだ反対側にはプールがあって、ここは夏休みの平日午後の何日間か解放されている。ちょうど今日はその日だったようで、遠くから小さいけれどはしゃいだ声がここまで届いていた。
「ユウ、家から水着着てって帰りにパンツ無くて困ったことあったよね」
「俺だけ忘れてたみたいな言い方するな、お前だって忘れてただろうが」
「いやー、なかなかスリリングな帰り道だったよね。あれ何年生の時だっ、け……」
そう言って笑っていた海人が、不意に立ち止まった。
「……? どうした?」
突然のことに驚いて俺も足を止めると、海人は黙ったまま先の方を指差す。
指差す先を見て、「……あ」と思わず声が漏れた。
あの夜に掘りかけの穴を埋め戻したせいで少し土が違う色になっている部分。そこから左に2歩、前に5歩ほど行ったところ。
そこに、場違いな笹の葉が1枚、ぽつんと落ちていた。
***
しばらく2人で笹の葉を眺めた後。
海人は徐にそれを拾い上げて、「帰ろっか」と言った。
特に場所を控えたりするわけでもないのを少し意外に思いながら、しかし別に異論もないから、俺たちは帰路についた。
「なんか、スタンドバイミーみたいな経験しちゃったねえ」
道すがら、指先でさっき拾った葉の付け根を摘まんでくるくると弄りながら海人が呟く。
「夏ってところと死体を見つけたところ以外に共通点ないけど」
「それはそうでしょ。だって俺、あの映画のこと夏に死体を見つけるってこと以外知らないし」
「ニワカめ」
そして少し笑ってから、俺は気になっていたことを切り出した。
「で。タイムカプセル、掘るのか?」
「ん? うーん……」
海人は少し考えてから、
「いや、別にもういいかな」
と、意外にもあっさりとそう言った。
「あそこに本当にタイムカプセルが埋まってるのかはちょっと気にはなるけど、埋まってなかったらちょっとガッカリな気もするし。真相は藪の中……いや、土の中でもいいかなって」
その言葉に確かにそうだなと思っていると、「それに」と海人は言葉を継ぐ。
「俺もユウも、あの中には何も入れてないし」
「へぇ……、……えっ!?」
あまりにもさらりと言うものだから一瞬普通に流してしまったけれど、少し遅れて驚きが襲ってくる。
「えっ何? 俺たち何も入れてないの!?」
「うわ、マジで本当に覚えてなかったんだ……そもそも入れるのやめようって言い出したの、ユウなのに」
「は、俺!?」
困惑しながら自分を指差す俺に、海人は信じられないものを見るような顔で頷く。
何を入れたか全く覚えていなかったけれど、それはある意味当然のことだったのだ。入れたものなんか存在しないのだから。
確かにタイムカプセルとかいうものには全く興味もなかったけれど、何かしらは入れているだろうと思っていたのに、まさか何も入れていなかったとは。驚くと同時に、さっき兎澤が何も入れていないと言った時の微妙な反応にも得心がいった。
全く覚えていないとはいえ、何も入れないようにしようと言った当人が同じことをした人間に対して驚くとか、端から見たら出来の悪いギャグみたいなものだろう。
「やめた方がいいって言ったって……何で?」
「んー、タイムカプセル埋める日の何日か前だったかなあ。なんかユウ、テレビで小学生の頃に埋めたタイムカプセルを掘り起こす企画を見たらしいんだよね。そこで記憶の通りに掘っても上手く見つからなくて結局重機まで持ち出して、なんとか堀り出せはしたけど出てきたものは浸水して中身もぐちゃぐちゃだったーって教えてくれてさ。あの感じじゃそもそも掘り出せるか分からないし、掘り出せても中身はダメになるから絶対やめた方がいい、って」
「え、全く覚えてないんだけど……」
「俺は別に、元々大したもの入れるつもりじゃなかったから別にダメになってもいいかなーって思ってたんだけど。ユウがあまりにも真剣にやめた方がいいって言うからさ。そんなに言うならじゃあやめようかなーって」
「えぇ……」
そこでふと、困惑の中に疑問が浮かんだ。
「ということは何、お前自分のものは何も入ってないタイムカプセルを掘り返そうとしてたってこと?」
「んー、まあそうなるね」
「え、いや、なんで……?」
再び海人は少し考えるように、斜め上に視線を遣る。
視界の端では相変わらず葉っぱが指先でくるくると回されていて、そのくるくるが3往復乗分くらいした頃に海人はもう一度口を開いた。
「思い出、みたいなものが欲しかった……のかなぁ、多分」
俺たちの思い出なんか既に数えきれないくらいある。けれど海人が言おうとしているのはそういうことじゃないことくらい、言われなくても分かる。
高校進学から少しずつ別れだした自分たちの行く先は、きっとこれからもっと大きく離れていくことになるだろう。そしてそれぞれの道で新しい交遊関係を結び、直接会うことどころか連絡を取り合う頻度も減っていくのかも知れない。
それでも忘れないような、一夏の思い出。ここで言わんとしているのはきっとそういうものだ。
「でも、タイムカプセルよりもインパクト強いのが出てきちゃったし、もういいかなって。こんなの、マジで一生忘れられないでしょ」
「はは、違いない」
顔を見合わせて笑うと、不意に後ろから強い風が吹いた。思わず立ち止まって目を閉じると、「あっ」という海人の小さい声がした。
薄く目を開けてみると笹の葉が弾みで指先から外れて飛んで行くところで、それはあっという間に風に巻き上げられて見えなくなった。
少しの間飛んでいった方向を見た後、2人でまた歩きだす。この先どうなるかは分からないけれど、少なくとも今はこうして一緒に歩いていく。
そんな俺たちを見下ろす木々の葉擦れの音に混じって、もっと低い……笹の葉が生えるような位置からの音が一瞬、混ざったような気がした。
店内で買い物を済ませて元のベンチに戻ってきた兎澤は、一度スプーンを咥えて片手を空けるとそのままその手で指を2本立ててみせた。ピースサイン、ではなく2の意味だ。ちなみに反対の手には俺と海人が割り勘で買った授業料、ハーゲンダッツがある。
「2種類?」
そう訊き返す海人と黙って聞く俺の手にもアイスが握られているけれど、とてもじゃないが高級品を2つも3つも買う勇気は無く、2人とも懐に優しいソーダアイスだ。
そんなに大きくもないベンチに男3人並んで座る光景はむさ苦しい上に視覚的にも物理的にも暑苦しい。2人に挟まれる形になっている俺は尚更だ。でも他に腰を据えて話が出来るような気の効いたカフェなんかこの辺には無いのだから仕方がない。
「そう。人間か、それ以外か。その2種類」
……正直なところ。俺は兎澤が頷くのを見ながらそれは当然のことなのでは? と少し拍子抜けした気分になった。海人はというと、「へーなんかあれだね。人間を大きく分けると俺か俺以外かみたいな感じだね」と呑気な感想を漏らしている。
俺がそんな顔で「授業料」に目を遣ったことに気付いたんだろう。
「勿論、ここからもっと細かく分けてくよ」
兎澤は笑いながら咥えていたスプーンをそこに突き立てる。そして立てていた指を一旦戻して、人差し指だけ立て直した。
……海人の言葉はスルーされた。
「まずは前者、その人が人間だったパターンから。これはここから更に2つに分けられると思う。まずは中も外も完全な人間……まあつまり、タダの人間ってことだね。面白味には欠けるけど一番現実的で、でもこれだとちょっと疑問な点がある」
言い終わってから、続けて中指も立て直してまた「2」の形を作る。
「もう1つは、人間なんだけど何らかのものによって人格とか意識を乗っ取られて行動していた、ってパターン」
「ああ。憑依、みたいな?」
「そうそう。僕は実体験ベースのことは詳しくないから創作物の話になるんだけど、霊や妖怪や神様だって人間に取り憑くことはあるし……まあ、神様の場合はあんまり取り憑くとは言わないと思うけどそれは今は置いておいて。若干オカルトに寄るけど、これなら一応完全人間説で出てくる疑問点は解決するし。そういえば、妖怪とか幽霊とかを指す『物の怪』の定義には『人に憑りついて悪さをする』みたいな意味も入ってたような気がする」
「なるほど。じゃあ最初に戻って、人間か人間以外かで人間以外だった場合ってのは?」
「うん、これは人間に取り憑くとかいう工程を経ずに霊だの妖怪だの神様だのが直接来てたってパターンだね」
聞きながら、まあ2つに分けたうちの1つが「人間だった場合」ならもう片方はこうなるのがある意味当然ではあるだろう。
兎澤は「まあでもある意味こっちはシンプルだ」と前置きして続ける。
「この場合はここから場合分けが発生するわけじゃないからね。とある一夜のオカルト体験でした、ってことで後はさっきの取り憑いてるパターンと同じだし、疑問点も解決できる」
話を聞いていると、「あ!」と海人が突然声を上げた。
「ユウ、そこ溶けそう」
指差す先を見ると手の中のアイスがギリギリのバランスでなんとか棒にしがみついているところで、慌てて残りを口の中に入れる。棒のアイスを買ったのは間違いだったかも知れない。
いつの間にか食べ終えていた海人にお礼を言ってから兎澤の方に向き直ると、こちらは悠々とカップの中身を掬い上げるところだった。
「悪い、中断させて。その、疑問点ていうのは……」
「うん。まずは、見覚えがない人の筈なのに2人があの小学校の卒業生だって言い当てたこと。それからタイムカプセルが埋まってる場所が分かるってことと、死体が埋まってる場所を知ってたってこと。それと、場所は分かるけどその人が自分の力では掘り起こすことができないって言ったこと。最後に、2人の名前を知ってたこと。もっとゆっくり考えたり実際のやりとりを知っていればもっと出てくるかも知れないけど、僕がすぐに思い付いたのはこの辺りかな。最初と最後は結弦も気になるって言ってたよね」
兎澤の問いかけに頷いてみせる。
さっき俺の口から気になった点を語った時に、確かにその2点を挙げた。
小学校で話し掛けられた時の「でもいくら卒業生って言ってもこんな時間にこんなことしてるのは」という発言と、去り際に俺たち2人の名前を呼んだことだ。
この辺に小学校は1つしかないから卒業生の可能性は高いけれど、夏休みを利用して帰省や旅行で来ている暇人が勝手に小学校の敷地に入り込んでいる可能性だって一応否定はできなくはない。けれどあの男は卒業生と断言した。
そして名前はもう少し決定的だ。海人は昔から俺のことを「ユウ」と呼ぶし、俺は男に名乗ったりはしなかった。だからあの場で俺の名前を男が知る機会はなかった筈だ……俺がそこを怪しいと思ったのはざっとこんな理由からだ。
ちなみに、ハンドパワーなどと嘯いてタイムカプセルが埋まっている場所が分かると言ってみせた点については言うまでもなく明らかに怪しいので俺は省略した。
「まあその2点も一応説明がつかなくもないけど……2人とも気付かなかっただけで実はその人は先輩とか後輩で、2人のことを前から知っていたとか」
「でも俺、先輩とも後輩ともまだ結構連絡取ったりたまに会ったりするけど、あの人のことは会ったこと無いと思うよ。仮にすごくイメチェンしてたとしても、話してて全く気付けないってことはないんじゃないかなあ」
「正直僕もそう思う。だから無理に否定しようとは思ってないよ。それにこの疑問点だって、その人の正体とか内面が人間じゃなければまるっと全部片がつく訳だし……まあ、人外の存在が謎のパワーでなんかどうにかしました、って答えでごり押ししていいのかって点については意見が分かれそうだけどね」
言いながら肩を竦めた兎澤は、「ああそうだ」と思い出したように人差し指を立てた。
「もう1つ、気になるところがあったんだった。2人が穴を掘っているとき、あの男の人は穴の方に近付いては来なかったんだよね。当然穴掘りにも参加しなかった。これ、近付かなかったんじゃなくて、近付けなかったんじゃないかな」
「近付けなかった?」
「そう。神様とかって、穢れを嫌うイメージがあるでしょ? でも死体なんて、穢れの塊って感じだ。だから、埋まっているのは分かっているしそれをどうにかしたいとも思っているけどそこには近付けなくて……だから代わりを呼んだ、とかね」
「なるほど……あのさ。色々とパターンは出してくれたけど、兎澤としては、あの男の正体って何だと思う?」
言い終わったところで兎澤に尋ねると、彼はちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「明言しないようにはぐらかしてたんだけど、それを訊いてくるか……まあでも、授業料まで巻き上げてるんだから話さないのはよくないかな。僕の考えとしては、まあ現実的に考えるなら普通の人間が合いに来てましたって答えになるんだけど。ロマン重視なら人外案一択だね。理系の端くれとしてあんまりそういうオカルトっぽいことは言いたくないし、敢えて言わなかったんだけど……まあその辺を全部無視してそうだったら面白いなーっていう観点だけ見て言うなら、僕としては人外が直接来たパターン、それも妖怪とかではなくて神様とかそういうのが来たって可能性を推したいかな」
そこまで言うと兎澤は少し身を乗り出して俺を避けるようにすると、海人の方を見た。そして顎を指で擦って何かを考えるような仕草をしてから言う。
「人外の謎のパワーといえば。2人の前に現れた人が人外のものだった場合、もしかしたら海人も何かしらの影響を受けていたかも知れないよね」
「……えっ、俺?」
急に水を向けられて、海人は焦ったような声をあげて自分の方を指さした。
「え、こいつが?」
俺は一度そんな海人の方を見た後でまた視線を兎澤に戻す。真ん中のポジションは忙しい。
「うん。さっき一通り結弦から話を聞いてる時に、あからさまに怪しい話なのに海人が妙に乗り気だったって言ってたよね。あれ、人外謎パワーで怪しいって感じにくくさせたり、引き受けてもいいなーって気分にさせられたりして……なんて」
「えぇ、でも俺、特に変な影響受けたなーって感じはしなかったけど……」
「あー、でもさ。お前あの人がいなくなった途端に、なんかこれ怪しいかも? みたいなこと言い出したよな。その、謎パワー? の使い手が遠ざかったから影響が弱まったって考えると確かに辻褄は合うような……」
「ちょっと、ユウまで変なこと言わないでくれる?」
海人はそう言うとゾッとしない、とTシャツから伸びる腕を擦った。
そんな海人を見て口元に笑みを浮かべると、兎澤はカップに残ったすっかり液体の「授業料」を一気に流し込んだ。
「まあ、可能性があるってだけで正解は分からないけどね」
そんな兎澤に、今度は海人が少し身を乗り出すようにして問いかける。
「ところで、あの人の正体が人間か人間じゃないかは一旦置いておいて……あの人、なんで今になってわざわざ俺たちに謎パワーを使ってまで死体掘らせたんだろ? というか、なんであの人は埋まってるのが死体だって教えてくれなかったんだろ。ずっとはぐらかしてたよね」
「いや、謎パワーを使ったのは別に確定情報ではないと思うけど……死体はほら、正直に言ったら引き受けてもらえなくなりそうだからじゃないか? 『ここに埋まってるものを掘り起こしてください、なお埋まっているものはというのは死体です』って言われて、お前引き受けるか?」
「うーん、それは流石に俺でも断るかな」
俺たちの言葉を受けて、兎澤は「ふむ」とまた顎に手を遣った。
「死体が埋まっているって正直に言ったら断られる確率が上がるから黙っていた、っていうのは僕も同じ考えだな。あと、海人が言ってた、そもそもなんでその死体を掘らせたのかっていう動機。これも可能性……というか、もう妄想かな。そんなレベルのものでよければ一応挙げられるよ」
聞きたいか、という言外の問いかけに頷く。後ろで見えないけれど、多分海人も同じことをしているのだろう。兎澤もまた頷くと、「じゃあ……」と話し出す。
「まずは件の男の人こそがあの死体本人で、自分を見つけて欲しいって化けて出てきたって可能性があるね。ただ2人の話を聞く限りではあるけど、男の人の様子からは自分を掘り起こしてくれーっていう当事者っぽさを感じにくいから、この線はちょっと薄いかも知れない」
それを聞いて、海人は「世界で2番目くらいに遭遇したくないご本人様登場だな……」と小さく呟く。1番はなんだろう。
小さい声だから聞こえなかったのか、聞こえていて流したのか、兎澤は特にそれに対しては何も言わずに先を続ける。
「そうなると、死体を見つけて欲しい何かしらの目的があった、ってことになると思う。……ここからは完全に僕の想像になるんだけど、立つ鳥跡を濁さず、みたいなことかなって」
「立つ鳥跡を濁さず……?」
「うん。そもそも2人とも、あの神社林の祠が無くなるって知ってた?」
「えっ」
「えっマジ?」
反射的に上げた声に海人のものが重なる。俺は初耳だったが、海人もそうだったらしい。
「でも、祠って無くして大丈夫なものなの? ほら、祠を壊すと『お前らあの祠を壊したんか』されるし、工事現場とかでそういうの動かすと祟られるとか言わない?」
「ちゃんとお祓いとか御霊抜きをした上でやるだろうから、勝手に壊したり動かしたりするのとはまた話が違うと思うけどね」
兎澤が冷静に返すのを聞きながら、あの夜に遠目に見た祠と、今日の夢で見た祠を思い出す。
手入れが行き届いているとはお世辞にも言えないようなあの小さな建物は、なにが祀られているのかは分からないけれど、そこに固執するよりはもっといい場所を用意してあげた方が良いのではと思わせられる佇まいだった。
「話を戻すよ。祠が無くなるし、どうせなら長くいたあの場所を綺麗にして去るために本来なら人の前には現れないようなものが姿を見せた……とか、そういうストーリーも考えられるかな、と」
「なるほど……」
「ま、たまたま暇そうかつ体力のありそうな若者が穴堀りに適した装備で近くに来てちょうど良かった、くらいの理由かも知れないけど」
そう付け加える兎澤の言葉を聞きながら、そういえばあの男は「そこにあるものを掘り起こして、ここではない場所に移してくれ」というようなニュアンスのことを言っていたなと思い出す。
今思うと、あの言い方はどことなく言い方が回りくどいというか、言い回しに少し違和感がある気がする。けれど兎澤の語ったその説で考えるのなら、主目的が掘り起こしてもらうことではなく死体を移動させてもらうことなのだから、そこを明確にするとあの言い方になるのも一応納得がいくのではないだろうか。
「というか、そもそもなんであんなところに祠なんて作ったんだろう。ちゃんと手入れも出来ないのに作るだけ作るとか、無責任じゃない?」
「ああいうのは手入れのしやすさを重視して作るものではないだろ……」
いきなりそんなことを言い出した海人に少し呆れた視線を送ると、兎澤は「まあ気持ちは分からなくもないけど」と笑った。
「祠って、何かを祀るって目的以外にも目印とかに作る場合があるらしいよ。山の場合だと、過去に土砂崩れが起こった場所とか。あそこもそういうのかも知れないね。だとしたらあの辺りはもう行く人も少ないし、目印としての仕事もほぼ無いだろうから、お役御免てことなのかも知れない」
「あー、今って校外学習は数年に1回とかになってるんだっけ? 生徒数少ないから他学年と合同にして」
頷く海人を横目で見ながら、俺は兎澤の言葉を聞いてあの夜のことを思い出していた。
あの時、あの男も「お役御免」というようなことを呟いていなかったか。
だとしたら、やっぱりあの男の正体は──なんて考えてしまうのは、兎澤がさっき語った説に影響を受けすぎているだろうか。
浮かんだ考えを振り払うように頭を振ると、兎澤は変なものから距離をとるかのように少し身動ぎをしてからそういえば、と首を傾げた。
「超今さらなんだけど、2人とも、報酬って確認したのか?」
「報酬……?」
「ほら、タイムカプセルの場所を教えてもらうとかいう」
後ろの海人を振り返る。すると海人も同じようにこちらを見ていた。付き合いが長いから、なんとなく言わんとしていることはわかる。多分海人もそうだろう。
……すなわち。
「完全に忘れてた」
お互いの意見を確認するように同時に頷きあった後、海人が代表してそう答えた。
「それじゃ働き損じゃない? というかまずはそこ……そもそもタイムカプセルの場所がわかる、って言うその言葉が本当なのか嘘なのか、それを確認した方が良かったな」
言いながら兎澤は不覚、と少し唇を曲げる。
一方で海人は「よし」と立ち上がった。
「確かめに行ってみよう」
「え、でも結局どうやって教えてもらえるのか分からなくない? あいつ、何かしらの方法でーとかなんとか言ってたけど……」
いきなりのことに少し驚きつつ見上げると、海人は小学校の方に視線を巡らせる。
「んー……まあとりあえず行ってみれば分かるんじゃない? ダメだったらその時また考えよう」
「雑だなあ」
「でも行くでしょ?」
「それはまあ……行くけど」
「じゃあ用も済んだし、僕も帰ろうかな」
俺も立ち上がると、兎澤も立ち上がりそのままぐっと伸びをした。
「え、兎澤一緒に行かないの?」
そして意外そうな顔をする海人に、胸ポケットから出した懐中時計を見ながらあっさりと頷いてみせる。
これは兎澤が「腕時計をつけると左右で腕の重さが変わるのが嫌だ」とかいうよく分からない理由で、少なくとも小学校の修学旅行の時点では既に使っていたものだ。10年以上経っても謎の拘りは健在らしい。
「うん。暑いし、この後オンセ……オンラインで通話繋いでゲームする予定とかあるから、帰って用意したい」
言いながらアイスのゴミをコンビニ設置のゴミ箱に捨てて歩き出す兎澤を2人で追うような形で、俺たちも歩き出す。兎澤の家はここから小学校まで行くなら途中まで同じ方向だ。
「タイムカプセル、気にならないの?」
歩きながら海人が尋ねるけれど、対する兎澤は緩く首を振った。
「場所を教えてもらえたかどうかだけは気になるけど、タイムカプセル自体は正直どうでもいいかな。海人から聞くまでそもそも埋めたことすら忘れてたくらいだし……なんなら僕、中に何も入れてないから本当に掘り起こせるかもどうでもいい」
「えっ入れてないのか?」
驚いて思わず声を上げる。
同時に驚いた顔をした海人は、何故かちょっと微妙な顔でこちらをちらちらと見た。兎澤は海人のそんな反応に少し不思議そうな顔をしつつも頷く。
「うん、入れてない。タイムカプセルって、売ってるちゃんとしたやつは雨水なんかが侵入しないようにすごく厳重で且つすごく高いものなんだよ。そんなもの、小学校卒業のいち企画ごときに用意できるわけないだろうなって思って。それに、仮に埋めたところでちゃんと掘り返す保証もないわけで……実際、誰も何も言い出さずに今に至ってるし。そんなところに大事なものを入れるの、僕はちょっとね」
確かに、朧気な記憶の中で誰かが用意していたのはクッキーの詰め合わせあたりが入っていたのであろう缶だった。そしてその口を何重にもガムテープでふさいでビニール袋に入れてはいた気がするけれど……何年も土の中に入れて保管するには確かに心許ない。
「民間でタイムカプセルを保管してくれる会社とかもあるんだけど、ああいうのも土の中じゃなくて倉庫保管とかが主だね」
軽くこちらを振り返るようにしながら、兎澤が人差し指を立てる。
「そういえば後輩が、最近は卒業の時のタイムカプセルって埋めるんじゃなくて小学校の地下の倉庫で保管するって言ってたなあ。劣化も掘り起こし忘れも防げるからって」
「甘いね。最近はもう地下室じゃなくて、代表の生徒1人の家に置いて保管してるらしいよ。多分、地下に置いたままで回収を忘れる学年が多かったんじゃないかな」
「えっ、そんなの任されたら俺、絶対にこっそり開ける」
なんでこいつは最近のタイムカプセル事情に詳しいんだろう、と少し考えて、そういえば兎澤には少し歳の離れた兄弟がいたことを思い出した。確か7歳とかそのくらいの差で、となるともしかしたらちょうどタイムカプセルとかやっている頃なのかも知れない。
そのあたりで分かれ道まで来たから「じゃあまた」と手を挙げてあっさり去っていく兎澤と別れ、俺たちは小学校までの道を歩き出す。いつもの通学路とは別の道だけど、こちらも緩い上り道だ。
人の気配がなくてひたすらに蝉の声が響く日差しに白んだ道は、見ているとどことなく「終末」という言葉が浮かんでくる。緩やかに死んでいっているという意味では、このド田舎に終末感を覚えるのもあながち間違いではないのかも知れない。
そんなことを考えながら歩いて、ふとさっきの夢のことを思い出して海人に話すと、海人は「あーあったね」と頷いた。
「確か小3? くらいの、放課後だよね。みんなで遊びに行った時の」
そう、あの夜に歩いていた時にも話題に上がった、祠を壊した日のことだ。
「……お前、あそこで祠にぶつかった後のこと、覚えてる?」
「え、……うーん。ぶつかったのは覚えてるけど、その後はちょっと……何かあったっけ?」
訝しげな顔で首を捻る海人に、俺は話すべきか一瞬迷ってから口を開く。
「俺もちゃんと覚えてなくて、夢も途中で終わってて……記憶なのか、夢の続きが頭の中に浮かんでるだけなのか区別がつかないから兎澤には黙ってたんだけどさ……あの日、祠の中を見ようとしてたら後ろから声を掛けられたんだ」
「その感じだと、一緒に行ったやつらではないって感じだよね」
「うん。大人の、男の人。『お前らこの祠を壊したんかー!』って怒ってきて、俺たちがびびってたら冗談だよごめんごめん、って謝ってきた。で、これは元々壊れてたから俺たちは悪くないよって教えてくれたんだけどさ」
目が覚めた後のぼんやりした頭に浮かんだ景色を思い出す。
その中にいた、中学生よりも大人っぽくて親や先生よりは若そうに見えた、長い髪を項で結んだ背の高い男の人。
「……その人、あの夜の男だったかも知れない」
「つまり、俺たちは昔あの人と会ってたかも、ってこと?」
「うん。しかもあの人、言ってたんだ。『元々壊れてたから気にしなくていいよ。でももしちょっとでも悪いなって思ってくれるなら、いつかちょっとお手伝いでもしてほしいな』みたいな感じのことを。で、お前がそれに『いいよ』って軽率に返事してさ」
「お手伝い……ね。あの、もしかして、この前の死体掘りって」
口元に手を遣りながら呟く海人の腕を「死体掘りとか言うなよ」と肘で突く。それで海人の言葉は遮られたけど言わんとすることは充分に伝わっていて、でもそれを口に出すことで非現実的なことが事実として確定してしまうかのような、上手く表現できないがちょっと嫌な感覚があった。だから続きを言わせたくなかったのかも知れない。
「というかユウ、あの夜の男だったかもって言ったけど……夢に出てきた人って、あの日と同じ見た目だったの?」
「え? うん、そうだけど」
「祠壊したのって、もう10年前とかだよね。なのにあの人、この前見た時と同じ見た目だったってこと……?」
2人して思わず黙り込む。そのまま10歩くらい歩いた頃に俺は「まあでも、」と口を開く。
「あれはあくまでも夢だし」
しかし隣を歩く海人は思案顔のままで腕を組んだ。
「んーでもさ。さっき兎澤、俺が取り憑かれてたかもーみたいなこと言ってたよね。ユウの夢の中で言ってた『いつかちょっとお手伝いでも~』ってセリフの『いつか』ってのが今だったとしたら。取り憑かれるってのとはちょっとまた違うけど、実はなんというかこう……呼ばれたり、してたりして」
俺の口から、笑いになりきれなかった中途半端な速さの息が漏れた。
本当なら非現実的だと一笑に付して、「バカなこと言ってんなよ」とでも言ってやりたかった。……でも、兎澤から非現実的な説を聞かされたばかりだからだろうか。正直なところ聞いていて「もしかしたらそういうこともあるのかも知れない」と思ってしまったのも事実で。
──そんなことをぐるぐると考えている間に、いつの間にか小学校に着いていた。
明るいうちに見るあの日の学舎は見慣れた外観で少しホッとする。と同時に、毎日通っていた頃には無かった「今の自分は本来ここにいるはずではない」という微妙な部外者感に少し居心地の悪さを覚えてしまう。
しかしそんなことを思っているのは俺だけだったようで、海人は全くそんなことを気にする素振りを見せずにあの夜の場所に向かっていく。
「わ、懐かしい。プール解放やってるよ」
歩きながら海人はグラウンドの向こうを見ようとするように首を伸ばした。
ここからグラウンドを挟んだ反対側にはプールがあって、ここは夏休みの平日午後の何日間か解放されている。ちょうど今日はその日だったようで、遠くから小さいけれどはしゃいだ声がここまで届いていた。
「ユウ、家から水着着てって帰りにパンツ無くて困ったことあったよね」
「俺だけ忘れてたみたいな言い方するな、お前だって忘れてただろうが」
「いやー、なかなかスリリングな帰り道だったよね。あれ何年生の時だっ、け……」
そう言って笑っていた海人が、不意に立ち止まった。
「……? どうした?」
突然のことに驚いて俺も足を止めると、海人は黙ったまま先の方を指差す。
指差す先を見て、「……あ」と思わず声が漏れた。
あの夜に掘りかけの穴を埋め戻したせいで少し土が違う色になっている部分。そこから左に2歩、前に5歩ほど行ったところ。
そこに、場違いな笹の葉が1枚、ぽつんと落ちていた。
***
しばらく2人で笹の葉を眺めた後。
海人は徐にそれを拾い上げて、「帰ろっか」と言った。
特に場所を控えたりするわけでもないのを少し意外に思いながら、しかし別に異論もないから、俺たちは帰路についた。
「なんか、スタンドバイミーみたいな経験しちゃったねえ」
道すがら、指先でさっき拾った葉の付け根を摘まんでくるくると弄りながら海人が呟く。
「夏ってところと死体を見つけたところ以外に共通点ないけど」
「それはそうでしょ。だって俺、あの映画のこと夏に死体を見つけるってこと以外知らないし」
「ニワカめ」
そして少し笑ってから、俺は気になっていたことを切り出した。
「で。タイムカプセル、掘るのか?」
「ん? うーん……」
海人は少し考えてから、
「いや、別にもういいかな」
と、意外にもあっさりとそう言った。
「あそこに本当にタイムカプセルが埋まってるのかはちょっと気にはなるけど、埋まってなかったらちょっとガッカリな気もするし。真相は藪の中……いや、土の中でもいいかなって」
その言葉に確かにそうだなと思っていると、「それに」と海人は言葉を継ぐ。
「俺もユウも、あの中には何も入れてないし」
「へぇ……、……えっ!?」
あまりにもさらりと言うものだから一瞬普通に流してしまったけれど、少し遅れて驚きが襲ってくる。
「えっ何? 俺たち何も入れてないの!?」
「うわ、マジで本当に覚えてなかったんだ……そもそも入れるのやめようって言い出したの、ユウなのに」
「は、俺!?」
困惑しながら自分を指差す俺に、海人は信じられないものを見るような顔で頷く。
何を入れたか全く覚えていなかったけれど、それはある意味当然のことだったのだ。入れたものなんか存在しないのだから。
確かにタイムカプセルとかいうものには全く興味もなかったけれど、何かしらは入れているだろうと思っていたのに、まさか何も入れていなかったとは。驚くと同時に、さっき兎澤が何も入れていないと言った時の微妙な反応にも得心がいった。
全く覚えていないとはいえ、何も入れないようにしようと言った当人が同じことをした人間に対して驚くとか、端から見たら出来の悪いギャグみたいなものだろう。
「やめた方がいいって言ったって……何で?」
「んー、タイムカプセル埋める日の何日か前だったかなあ。なんかユウ、テレビで小学生の頃に埋めたタイムカプセルを掘り起こす企画を見たらしいんだよね。そこで記憶の通りに掘っても上手く見つからなくて結局重機まで持ち出して、なんとか堀り出せはしたけど出てきたものは浸水して中身もぐちゃぐちゃだったーって教えてくれてさ。あの感じじゃそもそも掘り出せるか分からないし、掘り出せても中身はダメになるから絶対やめた方がいい、って」
「え、全く覚えてないんだけど……」
「俺は別に、元々大したもの入れるつもりじゃなかったから別にダメになってもいいかなーって思ってたんだけど。ユウがあまりにも真剣にやめた方がいいって言うからさ。そんなに言うならじゃあやめようかなーって」
「えぇ……」
そこでふと、困惑の中に疑問が浮かんだ。
「ということは何、お前自分のものは何も入ってないタイムカプセルを掘り返そうとしてたってこと?」
「んー、まあそうなるね」
「え、いや、なんで……?」
再び海人は少し考えるように、斜め上に視線を遣る。
視界の端では相変わらず葉っぱが指先でくるくると回されていて、そのくるくるが3往復乗分くらいした頃に海人はもう一度口を開いた。
「思い出、みたいなものが欲しかった……のかなぁ、多分」
俺たちの思い出なんか既に数えきれないくらいある。けれど海人が言おうとしているのはそういうことじゃないことくらい、言われなくても分かる。
高校進学から少しずつ別れだした自分たちの行く先は、きっとこれからもっと大きく離れていくことになるだろう。そしてそれぞれの道で新しい交遊関係を結び、直接会うことどころか連絡を取り合う頻度も減っていくのかも知れない。
それでも忘れないような、一夏の思い出。ここで言わんとしているのはきっとそういうものだ。
「でも、タイムカプセルよりもインパクト強いのが出てきちゃったし、もういいかなって。こんなの、マジで一生忘れられないでしょ」
「はは、違いない」
顔を見合わせて笑うと、不意に後ろから強い風が吹いた。思わず立ち止まって目を閉じると、「あっ」という海人の小さい声がした。
薄く目を開けてみると笹の葉が弾みで指先から外れて飛んで行くところで、それはあっという間に風に巻き上げられて見えなくなった。
少しの間飛んでいった方向を見た後、2人でまた歩きだす。この先どうなるかは分からないけれど、少なくとも今はこうして一緒に歩いていく。
そんな俺たちを見下ろす木々の葉擦れの音に混じって、もっと低い……笹の葉が生えるような位置からの音が一瞬、混ざったような気がした。
