交代してからしばらく。
また2人でとりとめもないことを話しながら、俺は穴を掘り進めていた。穴は順調に深くなっていて、底に足を下ろせば膝の辺りまで埋まりそうだ。
──疲れてきたし、そろそろ代わってもらおうか。
そう考えていた時だった。不意に海人が「そういえば」と言った。
「さっき俺が死体埋めるのってこんな感じかなーって言った時、あの人『今からやるのは逆のことだけど~』みたいなこと言ってたよね」
「ああ、言ってたな」
細かい言葉選びはちょっと違った気がするけど、ニュアンスはだいたい合っている。
「俺、あの『逆』って言葉は埋めるっていう言葉に掛かるものだと思ってたんだよね。掘り返しに行く訳だから、埋めに行くことの逆だよなって」
「うん」
「でも今、埋めるのところだけじゃなくて、死体ってところにもまとめて掛かってたら怖いよなーって思ったんだよね」
別に本気で怖いと思って言っているわけではなく、ただ思い付いたことを口にだしているだけなんだろう。言葉とは違ってその顔は怖がっている風ではなかった。
「まとめてっていうと……死体を掘り起こしに行くって意味だった、って?」
「そうそう。だったらヤバいよね」
「ヤバいな」
「とか言ってて本当にあったりとかしたらもっとヤバいよね」
「言霊とかフラグとかそういうやつな」
肩を竦めて笑ったところで、「そろそろ代わるよ」と海人が手を伸ばして来たからスコップを手渡して代わりにライトを受け取る。
疲れたからさっきのように穴の傍でしゃがみこんで、シャツの胸元を煽って風を送りながら見ていると、暫くしてガツッという鈍い音がした。
「おっ?」
予想外の手応えに驚いたのか海人は裏返ったような声を上げると、穴の中に片足を突っ込んでその辺りの土を手で払う。
「何、でかめの石? それともこれがあいつが言ってたものか?」
雑に穴の辺りを照らしていた俺は、ちょっと居住まいを正してきちんとその手元の辺りを照らしてやる。
「うーん、いや石にしてはなんかこう、もっとつるつるしてそうな……いやデコボコ感もある?」
──と、ぶつぶつ呟いていた海人が急にピタリと動きを止めた。
「……? どうした」
訝しく思って問いかけると、答える代わりに顔を上げてこちらを見て、それから「見ろ」とでも言うかのように穴の中に視線を戻す。
口で言えよ、と思いつつ首を伸ばすようにして穴の中を覗き込む。
土で汚れているけれど白っぽい、丸い輪郭の一部が見えた。その丸いものには黒い部分があって、その黒が丸いものに空いた穴に土が詰まったものであるということに気付くのに少し時間がかかった。……そして、それが何なのかがきちんと認識できるようになるまで、そこからさらに少し時間が必要だった。
こういう時って意外と叫んだりしないものなんだな、とどこか現実逃避めいたことを考えながら顔を上げる。そこにある海人の顔は眉を下げて笑っていて、多分俺も似たような顔をしているんだろうなと思った。
……そう。正直なんというかもう、笑うしかない。
「どうしようね、これ」
海人の呟きが落ちる先。
頭蓋骨が、穴の底で土に埋もれながらこちらを見上げていた。
「だから俺は止めたんだ」
近くの木の根本に腰を下ろしてぼやく。
どことなく濡れたようなひんやりとした土の冷たさをズボン越しに感じながら携帯を取り出して見ると、ここに来てから1時間近く経っていた。
「うん……」
同じように隣に腰を下ろした海人は神妙に頷く。
あれから俺たちは、とりあえず頭蓋骨の全体は掘り起こしてみようということでもう少し周りを掘り進めてみた。……これが、人間のものではなく何らかの野生動物とかのものであってくれたりしないかなという一縷の望みにかけてのものだったけれど、その望みは普通に崩れ去った。
医学とかの知識があるわけではないから確定はできないけれど、全体の大きさや形からして、まあまず人間のものだろう。
ついでに頭が見つかった穴の中を少し広げて掘ってみたところ、別の骨……恐らく肋骨とかその辺りであろうらしきものが見えたため、多分ここには人間1人分の骨が埋まっているのかも知れない。
そこまで確かめてから全体を掘り出す体力も気力はもう残っておらず、これからどうするのかを話し合うのと休憩を兼ねてここに座り込んだのだった。
「あの人が言ってたのって多分これだよね……?」
「だろうな」
「あの人はこれをどこかに持ってって欲しいって言ってたけど……どうしよう」
「どうするも何も」
なんでこいつはこの期に及んであんな胡散臭いやつの頼みとやらを遂行しようとしているんだろう、と思いながら俺は手の中の携帯に目を遣る。
あいつと、あいつの言葉にホイホイ乗ったお前のせいでこんな面倒ごとに巻き込まれているのに。そんな文句が口をつきそうになったけれど、でも結局着いてきてしまったのは俺だ。だからモヤモヤを全部押し込んで続ける。
「通報する以外の選択肢、無くないか?」
「……でもさ」
当然同意が返ってくるものだと思っていたら反論の言葉が来て驚く。
「そんなことして大丈夫かな。たとえ俺たちに非はなくても、警察沙汰なんて変な噂とかになるかも知れないよ」
海人の言わんとすることは分かる。
噂というのは思ったよりすぐに広まる。田舎の情報伝達力なら尚更だ。伝わる過程で変な尾鰭背鰭が付くことだって当然考えられる。
「俺が色々言われるのは最悪まあ別にいい。でも、それでもしも家族に変な目が向いたりしたらどうするの? あとはまあ、あんまりそういうことは無いとは思うけど、この先のユウの……就職とかそういうものに影響が出たら?」
正直そこまで極端な話にはならないだろ、と思ったけれど海人の声は思いのほか真剣なもので、一笑に付して片付けてしまうのはなんだか違うような気がした。
「でも、だったら他にどうするっていうんだよ。このまま埋め戻して見なかったことにして帰るか?」
「……どうせ埋めるって言うならさ。ここじゃなくてもいいんじゃない?」
「どういうこと?」
訊き返しながらも、海人が言おうとしていることは何となく分かっていた。悲しきかな腐れ縁、お互いの考えそうなことはかなりの精度で分かる。けれど敢えて訊き返したのは多分、自分からは言いたくなかったからだ。
海人も俺が分かっていることくらい気付いているんだろう。それでも、こちらに向き直って答える。
「別のところに埋め直しに行く、とか」
──やはりというか残念ながらというか、予想は当たっていた。
「もっと深くて、人の来ないところ……ここら辺ならいくらでもあるでしょ。そういうところに、こっそりと」
「馬鹿、それは流石に駄目だろ。ここまでは無実だけどそれはもう犯罪だぞ」
「でもバレなければ? 俺たちの生活にもこの先にも何も影響は無いし、頼み事も叶えられる。正直悪い案じゃ、ないんじゃない?」
言いながら、穴の傍に置いたスコップの方に目を遣る海人の顔は真剣で、向き直っていると飲まれてしまいそうだ。思わず気圧されて、「お前まだ頼み事とか言ってんの」という言葉は口の中で形になるかならないかという弱さで消えた。
そのまま逃げるように目を反らして少し考える。
──通報するか。このまま元通りにして逃げるか。……それとも2人で、どこか別の場所へ埋め直すか。
「ねえ、ユウ。……どうする?」
そして真正面からこちらを見据えて問いかけてくる海人の目を正面から見返して、俺は──
***
──ああ、夢だ。
夢の中でそう意識できたことなんか一度もなかったのに、何故かこの時はふとそれに気付いた。
夢を見ている。それも、昔の夢だ。
「ユウ! こっち!」
海人の声に顔を上げる。こちらを振り返るその姿は今よりかなり若い、というか幼い。多分自分も同じような見た目をしているんだろう。多分、小学3年生くらいの頃だろうか。
夢だと自覚したけど自在に動けるわけでは無いらしく、自分で動いているのにそれをどこか客観的に見ているような変な感覚のまま、海人の方に向かって走り出す。
場所は神社林で、海人の他にもちらほらとクラスメイトだった奴らの姿が見える。……確か、放課後に何人かの男子で遊びに来たんだったか。何をしているところだったか思い出せないけど、多分鬼ごっことかかくれんぼとか、そういうやつだろう。
と、こちらを振り返るようにして走る海人の前方に祠が迫っているのが見えた。
あっ、と思った時には遅い。海人は見事にそれにぶつかり、何かが落ちるような音がした。
「あっ、やば」
海人はまずい、という顔で、祠を少し過ぎたところで止まると引き返してきて祠を覗き込んだ。俺も近付いて同じようにする。
小さな家のような祠の、木製の屋根の一部が落ちて、観音開きの扉のうち片方が外れかかっていた。残るもう片方も、なんだか少し斜めになっているように見える。
──「あー壊した、いけないんだー」などと囃し立てようとしていた言葉が思わず引っ込むような、そんな壊れ方だった。
「……ちょっと、これやばいんじゃない?」
「オレもそう思う……」
心なしか青ざめた顔で、海人は外れた扉の隙間から祠の中を覗くようにした。
「これ、中に何か入ってるかなー……」
「こういうやつの中ってふつう何か入ってるんじゃない?」
「だよなあ」
「というか、もし何も入ってなかったとしてもやばいことには変わり無いと思う」
言いつつ海人と一緒に中を覗こうと、片目を閉じて屈んだ瞬間──
携帯電話が振動する音に目を開ける。
変なタイミングで睡眠がぶった切られた時特有の上手く頭が働かないぼんやりした感覚のまま辺りを見回すと、慣れ親しんだリビングが目に入ってきた。
──そうだ。昼ごはんを食べた後、ソファで携帯を弄っていたんだった。そこでそのまま寝落ちしたんだろう。
状況を把握してから携帯を見ると、画面には『着信 海人』と表示されていた。左上の時刻表示は14時少し前だから、小一時間くらい寝ていたことになる。
しつこく振動を続ける携帯に面倒だから無視してしまおうかという考えが過ったけれど、この分だと諦める気はなさそうだから観念して応答のマークを押した。
「……何?」
自分の口から出た言葉に思ったより刺々しい響きがあって少し驚いたけれど、電話の向こうの海人は『あ、もしかして寝てた?』と気にも留めない様子だ。
『でも寝てたってことは暇だよね。ユウ、ちょっと出てこれる?』
「……たとえ事実でもそう断言されるとなんかムカつくというか、釈然としない気持ちになるんだけど」
『駅前のファミマにいるから。じゃあまた後でね』
こちらのささやかな抗議は一切無視して通話が切れた。
待ち受けに戻った画面を見ると海人からのメッセージが連続で来ていて、既読にならないから電話に切り替えたんだろうなと思いつつソファから立ち上がる。正直用件くらいは言えよと思わないでもないけれど、それでも断りはしない。海人もそれを分かっているから確認もそこそこに通話を切ったんだろう。
サンダルに足を突っ込んで玄関扉を開けると、熱気と蝉の声が一気に襲ってくる。エアコンの風が恋しくなったけれど我慢して、容赦なく降り注ぐ日射しの下を歩きだした。
──海人と会うのはあの日以来だから、5日振りになるのか。
そのことに気付いて、あの夜のことを思い出す。
あの夜。俺は、海人と2人で秘密を墓まで持っていく覚悟を決め……られるわけなど当然なく、通報することに決めた。
とはいえ夜明け前の時間に山にいるのは流石に怪しいということと、近くにある小さな交番のおじいちゃん警察官では役に立たなそうだということで、一度家に戻って時間を改めてから山を越えた先のもう少し大きな警察署に行くことになった。
去年、18歳になるやいなや免許を取得しに行っていた海人が「まさか、初めてユウを乗せるのがこんな用事になるとはねえ……」と苦笑しながら思いのほか丁寧な運転で車を出してくれて、その車中で2人合わせる口裏を決めた。流石に「真夜中に見知らぬ男に言われるがままに山に穴堀りをしに行きました」などと本当のことを言うのは怪しすぎる。
ということで2人で話し合った結果、「今日の昼にタイムカプセルを埋めようと思って昔よく遊んでいた場所に行って掘ってみたところ、偶然骨を掘り当てた」というシナリオが採用された。正直自分がこれを聞いたらそんなできすぎた偶然があるか? と思う気がするけど、他に言いようもないのでこれで妥協することになったのだった。
途中であの男が白骨死体を埋めた犯人だとしたら男のことも話した方がよいのではないかということも話したけれど、2人ともなんとなくあいつは犯人とかではないという確信めいた予感があったのと、余計なことを言って話がややこしくなるのが面倒で黙っていることにした。
そして着いた警察署で死体を見つけたことを話し、現地に案内し、また詳しく事情を話して一応調書なんかを取られて……という流れを経て、ようやく解放されたのは夜もだいぶ遅くなってからだった。
死体が完全に白骨化するまでには10年近くかかるらしく、10年前の俺たちは小学生ということで流石に小学校低学年の子供が殺人に関与した可能性は薄いと判断され、少々無理のある説明を若干怪しむ顔はされたものの俺たちが実際に手にかけたわけではないということは比較的すぐに信じてもらえたけれど、それでも目の前で警察からあれこれ詰められるというのはなかなか精神が疲弊する時間だった。
対応してくれた警官が少し漏らしてくれた話によると、詳細な調査はこれからではあるものの現時点であの周辺に死体の身元が分かるものが無いことから身元どころか死因もあの骨からは分からない可能性が高いかもしれないとのことで、一応周辺の捜査はするもののあの骨を親族のもとへ返すのはなかなか難しいだろうとのことだった。
そして無事に解放された後に家に戻って一応それぞれの親に事情を説明し、何をやっているんだと双方の親に怒られ呆れられ少し心配されて、夏の夜に起こった出来事は一応終結したのだった。
……そしてあれから数日経って今。あの夜に海人が心配したような変な噂が出回るというようなこともなく、俺たちは今日もこのド田舎で平穏な生活を送っている。
くっきりと緑の山とくっきりと青い空、その境目から聳えるくっきりと白い入道雲。そんな「田舎の夏休み」のお手本のような景色を背景にして、学校に行く時に曲がる道を通りすぎる形で国道沿いにずっと進んで行ったところに海人が指定してきたファミマがある。
この場所にファミマが出来たのはほんの1年ほど前のことで、その時には「コンビニエンスな場所にコンビニができた」とそこそこ話題になった。それまでは峠を越えた先にあるやつが最寄りだったから車が必須だったのだ。
だだっ広い駐車場の真ん中にぽつんと浮かぶ島のような外観が見えてくると、俺は「あれ?」と内心首を傾げた。
この暑い中だというのに店の外に設置されたベンチに座っている男が2人いる。片方は海人だ。
今日の海人はこの前の赤うみんちゅTシャツではなく、黒地に白で「うみんちゅ」と染め抜かれたTシャツを着ている。これは赤うみんちゅをいたく気に入った海人が、高校の修学旅行で行った沖縄で自分で買ってきたやつだ。俺もお土産にと色違いで白地に黒い字でうみんちゅと書かれているやつを渡されたけど、幼馴染みの名前を胸に掲げて生活するのは流石に少し抵抗があって、俺の分は今のところ一度日の目をみることなくクローゼットの奥にしまい込まれている。
うみんちゅは置いておいて、海人と一緒にいるもう片方、これは遠目からでは誰なのか分からない。けれど海人となにやら話しているところを見ると恐らく知り合いなのだろう。
てっきり海人1人かと思っていたから誰かがいるのは意外だった。
その海人はこちらに気付くと、ベンチから立ち上がって手を振ってきた。心もち早足にしてそっちに近付く。
「ユウ! この前はお疲れ様」
「うん。それより……」
挨拶もそこそこに、ベンチに座ったままの人間を見下ろす。そいつはアイスの棒を咥えたままで「どーも」と軽く手を挙げた。
「えっと……兎澤?」
「うん、久しぶり」
頷くこの男は俺たちの中学までのクラスメイトの1人だ。
長く伸ばした前髪で完全に目を覆っているという漫画の登場人物みたいな髪型が特徴的で、この真夏に紺の襟付きシャツと黒いズボンを合わせるという季節感皆無な格好をしている。ちなみにこれは着る服を考えるのが面倒だから同じ服を大量に買ってあって毎日同じものを着ているらしい。初めてそれを聞いたときに、そんな次元大介みたいなことがするやつが現実にも存在するんだ……と驚いたのを今でも覚えている。
こいつは見ての通り、なんというかちょっと変わった奴で、言動を見ていると「頭がいい奴ってやっぱりどっか変なとこあるよな」と思う。
ちなみに俺たちが兎澤を名字で呼ぶのは別によそよそしい関係だからとかではなく、クラスに兎澤と下の名前が同じ奴がいたからそいつと区別するためだ。逆に俺と海人は名字が同じだから、同級生はみんな俺たちのことは名前で呼ぶ。
──そんな兎澤が、なぜここに?
そう思って固まっていると、兎澤は「まさか、あんな電話で急に呼びつけられて本当に来るとはね」と口を笑みの形にする。
「相変わらず仲良いんだ、2人とも」
「まあねー、幼馴染みだし」
海人がそう言って腕を肩に回してこようとしたから、するりとそれを躱す。こいつは体温が高いから冬はともかく夏にはあまり触れられたくない。そして腕を避けたところで2人を順番に見る。
「それより、用件は? というかなんで兎澤がここにいるんだ?」
「さっきそこの郵便局で会った」
海人は親指でコンビニの後ろ辺りの方向を示した。
待ち合わせとかではなさそうな辺り、たまたま会ったから俺が来るまでの間一緒にいたとかなのだろうか、と思いながら俺は店先の日陰に入る。そんな俺に海人は言う。
「ユウはさ、この前のことって結局何だったのか気にならない?」
この前の、があの夜の出来事を指しているのは明白だ。
「それは、まあ……」
曖昧に頷く。なんとなく一段落つきはしたけれど、確かにあの男が何だったのかとかは何も分からないままだ。しかしそれと兎澤に何の関係が? というかこいつの前でそんなこと話して大丈夫だろうか?
「あ、『この前のこと』とやらはもう聞いてるよ。なんか大変だったみたいだね。というか、警察が来てたのは知ってたけどそこに2人が関わってたとはね」
俺の心配を読み取ったかのように、兎澤はアイスの棒を揺らして言う。
海人は兎澤に「いやーマジで大変だったんだよ」と言ってからこちらに向き直る。
「俺、あの人はなんだったのか知りたくて自分なりに色々考えてみたんだ。でも俺オカルト? とかそういうのあんまり詳しいわけじゃないし、参考にするためにオカルトとかホラーとかちょい不思議体験を紹介する系の動画とかも片っ端から見てみた」
「へえ、すごいじゃん」
「でしょ? 睡眠学習もしたよ」
「寝てんじゃねえか」
「でも結局あんまりよく分からなかったなーって思っててさ」
「寝てたからじゃないか?」
「で、やっぱ限界あるかなーって思ってたところに、さっき兎澤に会って。久しぶりーって喋ってた流れで兎澤ならもしかしたらなんかわかるかなって思ってさ。ほら、兎澤、頭良かったし。だからこの前のこと話してみたんだ」
海人の言葉を聞きながら、別に頭が良いからといって不思議体験に詳しいとは限らないんではなかろうか? と内心疑問に思う。……いやまあ、兎澤に関しては確かに物知りでもあった気がするし、海人や俺よりは詳しいかも知れないけど。
「……で、なんか分かるのか?」
「うーん、まあいくつか可能性は挙げられるかな」
兎澤の方を見て訊くと、彼はそう言って指揮棒みたいにアイスの棒を振った。さっきまで咥えられていた場所には何も書かれていない。ハズレのようだ。
「正解が確かめようもないから消化不良かも知れないけど、それでも僕の考えでいいから聞きたいって言うから」
「で、どうせ聞くならユウも呼んだ方がいいんじゃないかと思って。俺が聞いたことを伝えるより手っ取り早いし、正確だしね」
「なるほど。それで俺は叩き起こされた、と」
「でも聞きたいでしょ?」
「それはまあ、うん」
頷きあってから、2人で兎澤に向き直る。
兎澤も頷いて、
「じゃあ、結弦の視点からもあの日の流れとか気になったことを聞きたいかな。海人とは違う情報が得られるかも知れないし」
と言った。それから座ったままでちらりと後ろの店内を振り返る。
「でもその前に……素人考えとはいえ意見を授けるわけだしなあ。授業料の1つくらいあってもいい気がするなあ、ここ暑いし。棒のアイスはもう食べたし、カップの、ちょっと良いやつとかあってもいいと思うなあ。ね、2人もそう思わない?」
俺たちは顔を見合わせた。
また2人でとりとめもないことを話しながら、俺は穴を掘り進めていた。穴は順調に深くなっていて、底に足を下ろせば膝の辺りまで埋まりそうだ。
──疲れてきたし、そろそろ代わってもらおうか。
そう考えていた時だった。不意に海人が「そういえば」と言った。
「さっき俺が死体埋めるのってこんな感じかなーって言った時、あの人『今からやるのは逆のことだけど~』みたいなこと言ってたよね」
「ああ、言ってたな」
細かい言葉選びはちょっと違った気がするけど、ニュアンスはだいたい合っている。
「俺、あの『逆』って言葉は埋めるっていう言葉に掛かるものだと思ってたんだよね。掘り返しに行く訳だから、埋めに行くことの逆だよなって」
「うん」
「でも今、埋めるのところだけじゃなくて、死体ってところにもまとめて掛かってたら怖いよなーって思ったんだよね」
別に本気で怖いと思って言っているわけではなく、ただ思い付いたことを口にだしているだけなんだろう。言葉とは違ってその顔は怖がっている風ではなかった。
「まとめてっていうと……死体を掘り起こしに行くって意味だった、って?」
「そうそう。だったらヤバいよね」
「ヤバいな」
「とか言ってて本当にあったりとかしたらもっとヤバいよね」
「言霊とかフラグとかそういうやつな」
肩を竦めて笑ったところで、「そろそろ代わるよ」と海人が手を伸ばして来たからスコップを手渡して代わりにライトを受け取る。
疲れたからさっきのように穴の傍でしゃがみこんで、シャツの胸元を煽って風を送りながら見ていると、暫くしてガツッという鈍い音がした。
「おっ?」
予想外の手応えに驚いたのか海人は裏返ったような声を上げると、穴の中に片足を突っ込んでその辺りの土を手で払う。
「何、でかめの石? それともこれがあいつが言ってたものか?」
雑に穴の辺りを照らしていた俺は、ちょっと居住まいを正してきちんとその手元の辺りを照らしてやる。
「うーん、いや石にしてはなんかこう、もっとつるつるしてそうな……いやデコボコ感もある?」
──と、ぶつぶつ呟いていた海人が急にピタリと動きを止めた。
「……? どうした」
訝しく思って問いかけると、答える代わりに顔を上げてこちらを見て、それから「見ろ」とでも言うかのように穴の中に視線を戻す。
口で言えよ、と思いつつ首を伸ばすようにして穴の中を覗き込む。
土で汚れているけれど白っぽい、丸い輪郭の一部が見えた。その丸いものには黒い部分があって、その黒が丸いものに空いた穴に土が詰まったものであるということに気付くのに少し時間がかかった。……そして、それが何なのかがきちんと認識できるようになるまで、そこからさらに少し時間が必要だった。
こういう時って意外と叫んだりしないものなんだな、とどこか現実逃避めいたことを考えながら顔を上げる。そこにある海人の顔は眉を下げて笑っていて、多分俺も似たような顔をしているんだろうなと思った。
……そう。正直なんというかもう、笑うしかない。
「どうしようね、これ」
海人の呟きが落ちる先。
頭蓋骨が、穴の底で土に埋もれながらこちらを見上げていた。
「だから俺は止めたんだ」
近くの木の根本に腰を下ろしてぼやく。
どことなく濡れたようなひんやりとした土の冷たさをズボン越しに感じながら携帯を取り出して見ると、ここに来てから1時間近く経っていた。
「うん……」
同じように隣に腰を下ろした海人は神妙に頷く。
あれから俺たちは、とりあえず頭蓋骨の全体は掘り起こしてみようということでもう少し周りを掘り進めてみた。……これが、人間のものではなく何らかの野生動物とかのものであってくれたりしないかなという一縷の望みにかけてのものだったけれど、その望みは普通に崩れ去った。
医学とかの知識があるわけではないから確定はできないけれど、全体の大きさや形からして、まあまず人間のものだろう。
ついでに頭が見つかった穴の中を少し広げて掘ってみたところ、別の骨……恐らく肋骨とかその辺りであろうらしきものが見えたため、多分ここには人間1人分の骨が埋まっているのかも知れない。
そこまで確かめてから全体を掘り出す体力も気力はもう残っておらず、これからどうするのかを話し合うのと休憩を兼ねてここに座り込んだのだった。
「あの人が言ってたのって多分これだよね……?」
「だろうな」
「あの人はこれをどこかに持ってって欲しいって言ってたけど……どうしよう」
「どうするも何も」
なんでこいつはこの期に及んであんな胡散臭いやつの頼みとやらを遂行しようとしているんだろう、と思いながら俺は手の中の携帯に目を遣る。
あいつと、あいつの言葉にホイホイ乗ったお前のせいでこんな面倒ごとに巻き込まれているのに。そんな文句が口をつきそうになったけれど、でも結局着いてきてしまったのは俺だ。だからモヤモヤを全部押し込んで続ける。
「通報する以外の選択肢、無くないか?」
「……でもさ」
当然同意が返ってくるものだと思っていたら反論の言葉が来て驚く。
「そんなことして大丈夫かな。たとえ俺たちに非はなくても、警察沙汰なんて変な噂とかになるかも知れないよ」
海人の言わんとすることは分かる。
噂というのは思ったよりすぐに広まる。田舎の情報伝達力なら尚更だ。伝わる過程で変な尾鰭背鰭が付くことだって当然考えられる。
「俺が色々言われるのは最悪まあ別にいい。でも、それでもしも家族に変な目が向いたりしたらどうするの? あとはまあ、あんまりそういうことは無いとは思うけど、この先のユウの……就職とかそういうものに影響が出たら?」
正直そこまで極端な話にはならないだろ、と思ったけれど海人の声は思いのほか真剣なもので、一笑に付して片付けてしまうのはなんだか違うような気がした。
「でも、だったら他にどうするっていうんだよ。このまま埋め戻して見なかったことにして帰るか?」
「……どうせ埋めるって言うならさ。ここじゃなくてもいいんじゃない?」
「どういうこと?」
訊き返しながらも、海人が言おうとしていることは何となく分かっていた。悲しきかな腐れ縁、お互いの考えそうなことはかなりの精度で分かる。けれど敢えて訊き返したのは多分、自分からは言いたくなかったからだ。
海人も俺が分かっていることくらい気付いているんだろう。それでも、こちらに向き直って答える。
「別のところに埋め直しに行く、とか」
──やはりというか残念ながらというか、予想は当たっていた。
「もっと深くて、人の来ないところ……ここら辺ならいくらでもあるでしょ。そういうところに、こっそりと」
「馬鹿、それは流石に駄目だろ。ここまでは無実だけどそれはもう犯罪だぞ」
「でもバレなければ? 俺たちの生活にもこの先にも何も影響は無いし、頼み事も叶えられる。正直悪い案じゃ、ないんじゃない?」
言いながら、穴の傍に置いたスコップの方に目を遣る海人の顔は真剣で、向き直っていると飲まれてしまいそうだ。思わず気圧されて、「お前まだ頼み事とか言ってんの」という言葉は口の中で形になるかならないかという弱さで消えた。
そのまま逃げるように目を反らして少し考える。
──通報するか。このまま元通りにして逃げるか。……それとも2人で、どこか別の場所へ埋め直すか。
「ねえ、ユウ。……どうする?」
そして真正面からこちらを見据えて問いかけてくる海人の目を正面から見返して、俺は──
***
──ああ、夢だ。
夢の中でそう意識できたことなんか一度もなかったのに、何故かこの時はふとそれに気付いた。
夢を見ている。それも、昔の夢だ。
「ユウ! こっち!」
海人の声に顔を上げる。こちらを振り返るその姿は今よりかなり若い、というか幼い。多分自分も同じような見た目をしているんだろう。多分、小学3年生くらいの頃だろうか。
夢だと自覚したけど自在に動けるわけでは無いらしく、自分で動いているのにそれをどこか客観的に見ているような変な感覚のまま、海人の方に向かって走り出す。
場所は神社林で、海人の他にもちらほらとクラスメイトだった奴らの姿が見える。……確か、放課後に何人かの男子で遊びに来たんだったか。何をしているところだったか思い出せないけど、多分鬼ごっことかかくれんぼとか、そういうやつだろう。
と、こちらを振り返るようにして走る海人の前方に祠が迫っているのが見えた。
あっ、と思った時には遅い。海人は見事にそれにぶつかり、何かが落ちるような音がした。
「あっ、やば」
海人はまずい、という顔で、祠を少し過ぎたところで止まると引き返してきて祠を覗き込んだ。俺も近付いて同じようにする。
小さな家のような祠の、木製の屋根の一部が落ちて、観音開きの扉のうち片方が外れかかっていた。残るもう片方も、なんだか少し斜めになっているように見える。
──「あー壊した、いけないんだー」などと囃し立てようとしていた言葉が思わず引っ込むような、そんな壊れ方だった。
「……ちょっと、これやばいんじゃない?」
「オレもそう思う……」
心なしか青ざめた顔で、海人は外れた扉の隙間から祠の中を覗くようにした。
「これ、中に何か入ってるかなー……」
「こういうやつの中ってふつう何か入ってるんじゃない?」
「だよなあ」
「というか、もし何も入ってなかったとしてもやばいことには変わり無いと思う」
言いつつ海人と一緒に中を覗こうと、片目を閉じて屈んだ瞬間──
携帯電話が振動する音に目を開ける。
変なタイミングで睡眠がぶった切られた時特有の上手く頭が働かないぼんやりした感覚のまま辺りを見回すと、慣れ親しんだリビングが目に入ってきた。
──そうだ。昼ごはんを食べた後、ソファで携帯を弄っていたんだった。そこでそのまま寝落ちしたんだろう。
状況を把握してから携帯を見ると、画面には『着信 海人』と表示されていた。左上の時刻表示は14時少し前だから、小一時間くらい寝ていたことになる。
しつこく振動を続ける携帯に面倒だから無視してしまおうかという考えが過ったけれど、この分だと諦める気はなさそうだから観念して応答のマークを押した。
「……何?」
自分の口から出た言葉に思ったより刺々しい響きがあって少し驚いたけれど、電話の向こうの海人は『あ、もしかして寝てた?』と気にも留めない様子だ。
『でも寝てたってことは暇だよね。ユウ、ちょっと出てこれる?』
「……たとえ事実でもそう断言されるとなんかムカつくというか、釈然としない気持ちになるんだけど」
『駅前のファミマにいるから。じゃあまた後でね』
こちらのささやかな抗議は一切無視して通話が切れた。
待ち受けに戻った画面を見ると海人からのメッセージが連続で来ていて、既読にならないから電話に切り替えたんだろうなと思いつつソファから立ち上がる。正直用件くらいは言えよと思わないでもないけれど、それでも断りはしない。海人もそれを分かっているから確認もそこそこに通話を切ったんだろう。
サンダルに足を突っ込んで玄関扉を開けると、熱気と蝉の声が一気に襲ってくる。エアコンの風が恋しくなったけれど我慢して、容赦なく降り注ぐ日射しの下を歩きだした。
──海人と会うのはあの日以来だから、5日振りになるのか。
そのことに気付いて、あの夜のことを思い出す。
あの夜。俺は、海人と2人で秘密を墓まで持っていく覚悟を決め……られるわけなど当然なく、通報することに決めた。
とはいえ夜明け前の時間に山にいるのは流石に怪しいということと、近くにある小さな交番のおじいちゃん警察官では役に立たなそうだということで、一度家に戻って時間を改めてから山を越えた先のもう少し大きな警察署に行くことになった。
去年、18歳になるやいなや免許を取得しに行っていた海人が「まさか、初めてユウを乗せるのがこんな用事になるとはねえ……」と苦笑しながら思いのほか丁寧な運転で車を出してくれて、その車中で2人合わせる口裏を決めた。流石に「真夜中に見知らぬ男に言われるがままに山に穴堀りをしに行きました」などと本当のことを言うのは怪しすぎる。
ということで2人で話し合った結果、「今日の昼にタイムカプセルを埋めようと思って昔よく遊んでいた場所に行って掘ってみたところ、偶然骨を掘り当てた」というシナリオが採用された。正直自分がこれを聞いたらそんなできすぎた偶然があるか? と思う気がするけど、他に言いようもないのでこれで妥協することになったのだった。
途中であの男が白骨死体を埋めた犯人だとしたら男のことも話した方がよいのではないかということも話したけれど、2人ともなんとなくあいつは犯人とかではないという確信めいた予感があったのと、余計なことを言って話がややこしくなるのが面倒で黙っていることにした。
そして着いた警察署で死体を見つけたことを話し、現地に案内し、また詳しく事情を話して一応調書なんかを取られて……という流れを経て、ようやく解放されたのは夜もだいぶ遅くなってからだった。
死体が完全に白骨化するまでには10年近くかかるらしく、10年前の俺たちは小学生ということで流石に小学校低学年の子供が殺人に関与した可能性は薄いと判断され、少々無理のある説明を若干怪しむ顔はされたものの俺たちが実際に手にかけたわけではないということは比較的すぐに信じてもらえたけれど、それでも目の前で警察からあれこれ詰められるというのはなかなか精神が疲弊する時間だった。
対応してくれた警官が少し漏らしてくれた話によると、詳細な調査はこれからではあるものの現時点であの周辺に死体の身元が分かるものが無いことから身元どころか死因もあの骨からは分からない可能性が高いかもしれないとのことで、一応周辺の捜査はするもののあの骨を親族のもとへ返すのはなかなか難しいだろうとのことだった。
そして無事に解放された後に家に戻って一応それぞれの親に事情を説明し、何をやっているんだと双方の親に怒られ呆れられ少し心配されて、夏の夜に起こった出来事は一応終結したのだった。
……そしてあれから数日経って今。あの夜に海人が心配したような変な噂が出回るというようなこともなく、俺たちは今日もこのド田舎で平穏な生活を送っている。
くっきりと緑の山とくっきりと青い空、その境目から聳えるくっきりと白い入道雲。そんな「田舎の夏休み」のお手本のような景色を背景にして、学校に行く時に曲がる道を通りすぎる形で国道沿いにずっと進んで行ったところに海人が指定してきたファミマがある。
この場所にファミマが出来たのはほんの1年ほど前のことで、その時には「コンビニエンスな場所にコンビニができた」とそこそこ話題になった。それまでは峠を越えた先にあるやつが最寄りだったから車が必須だったのだ。
だだっ広い駐車場の真ん中にぽつんと浮かぶ島のような外観が見えてくると、俺は「あれ?」と内心首を傾げた。
この暑い中だというのに店の外に設置されたベンチに座っている男が2人いる。片方は海人だ。
今日の海人はこの前の赤うみんちゅTシャツではなく、黒地に白で「うみんちゅ」と染め抜かれたTシャツを着ている。これは赤うみんちゅをいたく気に入った海人が、高校の修学旅行で行った沖縄で自分で買ってきたやつだ。俺もお土産にと色違いで白地に黒い字でうみんちゅと書かれているやつを渡されたけど、幼馴染みの名前を胸に掲げて生活するのは流石に少し抵抗があって、俺の分は今のところ一度日の目をみることなくクローゼットの奥にしまい込まれている。
うみんちゅは置いておいて、海人と一緒にいるもう片方、これは遠目からでは誰なのか分からない。けれど海人となにやら話しているところを見ると恐らく知り合いなのだろう。
てっきり海人1人かと思っていたから誰かがいるのは意外だった。
その海人はこちらに気付くと、ベンチから立ち上がって手を振ってきた。心もち早足にしてそっちに近付く。
「ユウ! この前はお疲れ様」
「うん。それより……」
挨拶もそこそこに、ベンチに座ったままの人間を見下ろす。そいつはアイスの棒を咥えたままで「どーも」と軽く手を挙げた。
「えっと……兎澤?」
「うん、久しぶり」
頷くこの男は俺たちの中学までのクラスメイトの1人だ。
長く伸ばした前髪で完全に目を覆っているという漫画の登場人物みたいな髪型が特徴的で、この真夏に紺の襟付きシャツと黒いズボンを合わせるという季節感皆無な格好をしている。ちなみにこれは着る服を考えるのが面倒だから同じ服を大量に買ってあって毎日同じものを着ているらしい。初めてそれを聞いたときに、そんな次元大介みたいなことがするやつが現実にも存在するんだ……と驚いたのを今でも覚えている。
こいつは見ての通り、なんというかちょっと変わった奴で、言動を見ていると「頭がいい奴ってやっぱりどっか変なとこあるよな」と思う。
ちなみに俺たちが兎澤を名字で呼ぶのは別によそよそしい関係だからとかではなく、クラスに兎澤と下の名前が同じ奴がいたからそいつと区別するためだ。逆に俺と海人は名字が同じだから、同級生はみんな俺たちのことは名前で呼ぶ。
──そんな兎澤が、なぜここに?
そう思って固まっていると、兎澤は「まさか、あんな電話で急に呼びつけられて本当に来るとはね」と口を笑みの形にする。
「相変わらず仲良いんだ、2人とも」
「まあねー、幼馴染みだし」
海人がそう言って腕を肩に回してこようとしたから、するりとそれを躱す。こいつは体温が高いから冬はともかく夏にはあまり触れられたくない。そして腕を避けたところで2人を順番に見る。
「それより、用件は? というかなんで兎澤がここにいるんだ?」
「さっきそこの郵便局で会った」
海人は親指でコンビニの後ろ辺りの方向を示した。
待ち合わせとかではなさそうな辺り、たまたま会ったから俺が来るまでの間一緒にいたとかなのだろうか、と思いながら俺は店先の日陰に入る。そんな俺に海人は言う。
「ユウはさ、この前のことって結局何だったのか気にならない?」
この前の、があの夜の出来事を指しているのは明白だ。
「それは、まあ……」
曖昧に頷く。なんとなく一段落つきはしたけれど、確かにあの男が何だったのかとかは何も分からないままだ。しかしそれと兎澤に何の関係が? というかこいつの前でそんなこと話して大丈夫だろうか?
「あ、『この前のこと』とやらはもう聞いてるよ。なんか大変だったみたいだね。というか、警察が来てたのは知ってたけどそこに2人が関わってたとはね」
俺の心配を読み取ったかのように、兎澤はアイスの棒を揺らして言う。
海人は兎澤に「いやーマジで大変だったんだよ」と言ってからこちらに向き直る。
「俺、あの人はなんだったのか知りたくて自分なりに色々考えてみたんだ。でも俺オカルト? とかそういうのあんまり詳しいわけじゃないし、参考にするためにオカルトとかホラーとかちょい不思議体験を紹介する系の動画とかも片っ端から見てみた」
「へえ、すごいじゃん」
「でしょ? 睡眠学習もしたよ」
「寝てんじゃねえか」
「でも結局あんまりよく分からなかったなーって思っててさ」
「寝てたからじゃないか?」
「で、やっぱ限界あるかなーって思ってたところに、さっき兎澤に会って。久しぶりーって喋ってた流れで兎澤ならもしかしたらなんかわかるかなって思ってさ。ほら、兎澤、頭良かったし。だからこの前のこと話してみたんだ」
海人の言葉を聞きながら、別に頭が良いからといって不思議体験に詳しいとは限らないんではなかろうか? と内心疑問に思う。……いやまあ、兎澤に関しては確かに物知りでもあった気がするし、海人や俺よりは詳しいかも知れないけど。
「……で、なんか分かるのか?」
「うーん、まあいくつか可能性は挙げられるかな」
兎澤の方を見て訊くと、彼はそう言って指揮棒みたいにアイスの棒を振った。さっきまで咥えられていた場所には何も書かれていない。ハズレのようだ。
「正解が確かめようもないから消化不良かも知れないけど、それでも僕の考えでいいから聞きたいって言うから」
「で、どうせ聞くならユウも呼んだ方がいいんじゃないかと思って。俺が聞いたことを伝えるより手っ取り早いし、正確だしね」
「なるほど。それで俺は叩き起こされた、と」
「でも聞きたいでしょ?」
「それはまあ、うん」
頷きあってから、2人で兎澤に向き直る。
兎澤も頷いて、
「じゃあ、結弦の視点からもあの日の流れとか気になったことを聞きたいかな。海人とは違う情報が得られるかも知れないし」
と言った。それから座ったままでちらりと後ろの店内を振り返る。
「でもその前に……素人考えとはいえ意見を授けるわけだしなあ。授業料の1つくらいあってもいい気がするなあ、ここ暑いし。棒のアイスはもう食べたし、カップの、ちょっと良いやつとかあってもいいと思うなあ。ね、2人もそう思わない?」
俺たちは顔を見合わせた。
