海人はまずランタンを手に取ると、灯りを点けた。これは恐らく、キャンプが趣味である海人の父親のものを勝手に持ち出しているのだろう。かなり拘って本格的に道具を揃えているというだけあって、このランタンも大きさの割にかなり明るい。
小学校までの道には街灯があるけれど、学校の敷地の中は光源がないから助かった。一応携帯のライトもあるけれど、作業しながらでは照らしにくいし。
暗闇の中に温かい色の光があるのはどこかホッとするけれど、その代わり明かりの一歩外の暗闇が余計に濃く感じられてその分の不気味さも増す気もした。それを誤魔化すようにスコップを手に取る。
「さて……ここかな」
同じようにスコップを手にした海人は少し迷うような素振りでさっき「この辺りかな」と言ったところを見回すと、徐にスコップの穂先を中庭の地面に突き立てた。
「そこに埋まってるのか?」
「うん、俺の直感がそう囁いてる。……気がする」
「うわぁ、ダメそう」
とはいえ俺だって場所が分かるわけでもなければ他に掘り返す場所のアテがあるわけでもないので、大人しくそこを掘り返していく。
校舎の陰になりがちな中庭の土はどことなく湿っぽい上にしっかりと踏み固められていて、なかなかスコップが通らない。これを掘って穴を作った当時のクラスメイトも苦労したのではないだろうか。海人も、眉を少し寄せて「結構固いなあ」とこぼした。
そのまま暫くとりとめのない話をしつつ穴を掘り続けているうちに、ふと気になっていたことを思い出して「そういえば」と切り出す。
「お前はタイムカプセルに何を入れたんだ?」
俺のその言葉に海人は一度手を止めて、「……覚えてないの?」と驚いた顔を向けてきた。正直、驚きたいのはこちらの方だ。
「なんで俺がお前の入れたものを覚えてるんだよ。自分が何を入れたのかさえ全く覚えてないんだぞ」
「開き直るところじゃないでしょ。というか本当に覚えてないの?」
「覚えてないし、というか何だその反応。もしかして2人で何か一緒に入れたりしてたのか? でも特に部屋からなくなってる物とかないと思うし……」
「そりゃそうだよ。だって、」
「──ねぇそこの君たち」
海人の言葉に被さるようにして、急に知らない声が入ってきた。
反射的にびくっと肩が揺れて、跳ね上げられるようにして顔を上げる。
──いつの間にかそこには、見知らぬ長身の男が立っていた。
「ひっ…」と鳴った喉がそのまま叫び声を上げそうになる。けれど、声が漏れる直前にびたんと何かが俺の口を塞いだ。
瞬間、熱さと湿っぽさを感じてから一拍遅れてそれが隣にいる海人の手だと気付く。その得体の知れない生物感のある感触に不快感がぞわぞわと這い上がってきて、
「なにすんだ!」
とその腕を叩き落とした。強かに腕を打たれた海人は「痛て」と呻く。
そんなやりとりをしていると、控え目な笑い声が聞こえてきた。顔を上げると、こうなった原因であるところの男はこちらを見て「楽しそうだね」と呑気な感想を述べた。全然楽しくない。
「ひどいなあ、深夜に叫ぶのは流石に近所迷惑だと思ったから止めてあげたのに」
わざとらしく腕をさすりながらぼやく海人が、「それより……えーっと」とその男の方を見遣る。
「お兄さん、どちら様?」
その口調はいつも通りに人好きのしそうな軽いものだったが、笑みを作る目元はどこか少し緊張しているように見えた。
「うーん、そうだな。まあ、この辺の者だよ」
男はそんな視線を特に気にも留めていない様子で受け止め、少し肩を竦めるようにして答えた。
そんな男から視線は外さないようにしながら、少し後ずさる。反対に海人はこちらを守るみたいに少し前に出て、結果的に海人を盾にするような形になった。……まあ、大変に不本意ではあるけどこいつは俺よりでかいし、きっと俺よりも強いだろう。そう判断して、海人の背中越しに男を見る。
180センチ以上ある海人と同じくらいか、もしくは少し高いようにも見える長身に、夜闇に溶けこみそうな真っ黒な髪。襟足がやたらと長いそれを項の辺りで縛って肩に流しているその髪型は、二次元の住人とかでなければ中々に人を選びそうなものだが、派手ではないがすっきりと整った顔立ちにはそれが妙に似合っていた。
年齢はあまり外見からだけでは分からないけれど、俺たちよりも少し上くらいに見える。生徒の数が少ないがゆえに同じ時期に小中学校に通う同じくらいの世代の人間の顔や名前はだいだい把握しているけれど、目の前の男には全く見覚えがなかった。
そんな彼は降参でもする時のように両手を肩の辺りまで上げて、「あーいやいや、別に怪しい者じゃないよ」と細い目を更に細めて笑う。……いや、どう足掻いても怪しい。
大人たちから不審者に気を付けろと言われていた小中学校時代にはついぞ遭ったことはなかったけれど、不審者というのはこういうやつなのかも知れない。ちなみにこれは別に不審者への取り締まりがきちんとしているからではない。田舎にはそもそも、不審者になるような人材すらいないのだ。
そんな不審な男は俺たちの「どう見ても明らかに怪しい」という気持ちを隠せない視線をものともせずに薄い笑みを浮かべて続ける。
「なんか、楽しそうな声がしたからね。何かなーって思ってちょっと見に来ただけなんだ」
そう言われて、一瞬「ヤバい」という感情が怪しいという気持ちを上回った。
さっき、ここに来るまでの間のことが頭をよぎる。民家が集まったところを抜けたこの辺りは畑ばかりではあるけれど、近くに家が全くないわけじゃない。夜だから静かに話してはいたつもりだったけれど、話しているうちに声量が大きくなるタイミングもあったのかも知れない。
元々こんな深夜に勝手に侵入しているという、褒められたことはしてないないことをしている後ろめたさに「近所迷惑」という言葉がトンと乗る。
思わず海人の方を見上げると、こいつもこいつでまずいと思ったのかちらりと一瞬こっちを見て、すぐに男の方に向き直った。
「ああ、別に責めてるわけではないんだけどね? でもいくら卒業生って言っても、こんな時間にこんなことしてるのはちょっと褒められたことではないんじゃないかなぁーって」
「……だったらなんですか、先生たちに報告でもしますか?」
さっきまであった人好きのしそうな雰囲気を消して、警戒の度合いを強めた声で海人は問いかける。
その言葉を聞きながら俺は、この状況では流石の海人でも「表敬訪問」などとぬかすことは出来ないんだな、とどこか呑気なことを考えていた。現実逃避というやつかも知れない。
そんな海人の剣呑な色を帯びた視線もものともせずに、男は「いやいや」とどこか芝居がかったような大袈裟な仕草で首を横に振った。
「責めてるわけではないって言ったでしょ? そんなことするつもりはないよ。……あーでもまあ、そう言われると不審者を見つけたら報告するっていうのも、健全な小市民としての務めなのかなぁ」
「それ、責めてはないかも知れないけど脅しじゃないか……?」
思わず小声でぼやくと海人に脇腹を肘で突つかれる。不審者を見掛けたら、とか言っているけれど、この状況なら正直お互い様じゃないだろうか。
気持ちは分かるけど、と小声で応えてから海人は「結局何が言いたいんです?」と一転して硬い声で問いかける。
「うん。ここでのことを黙っている代わりに、ちょっと頼み事を1つ、聞いてくれないかなーって思って」
「頼み事……?」
「そう。頼み事」
顔を見合わせる俺たちを尻目に、男は頷くとまた芝居がかった調子で人差し指を立ててみせた。
「穴掘りついでにこことは別の場所にもう1箇所、穴を掘って欲しいんだ」
「穴……?」
「そう、穴。もう少し正確に言うなら、穴を掘って、そこに埋まっているものを場所は問わないから別の場所に移動させて欲しい」
不可解な「頼み事」とやらに、俺たちはもう何度目かわからないけれどまた顔を見合わせる。
そのまままばたき3回ぶんくらいの沈黙を挟んで、海人は男に「ちょっとタイムで」と断りを入れてから俺の腕を引いて男に体の側面を向けるような形に体勢を変えた。完全に背を向けてしまわないのは、男への警戒を解いていないからだろう。
そして、そちらを横目で伺いながら少し屈んで囁く。
「……ユウはこれ、どう思う?」
「怪しい。ヤバそう。胡散臭い」
「わお即答。まあ気持ちは分かるけど」
「他にあるかよ。てかこれあれじゃないのか、闇バイト? とかなんか、そういう」
囁きあっていると、後ろから「ああそうだ」と声がした。
「もちろん、タダでとは言わないよ。元々、ここでのことは咎めるつもりはなかったわけだし。そうだな……」
そう言うと男は、立てていた指で俺たちの足元を指差す。
「君たちは多分その辺りに埋まってるものを掘ろうとしてるんだよね。それの場所、教えてあげるよ」
「えっ」
思わず足元を見下ろす。そこにはまあまあ時間をかけて掘っていた気がするのにまだまだ中途半端な深さの穴が、ぽっかりと口を開ける……と表現するには控えめな深さで存在している。
「ついでにこれはお節介かも知れないけど……少なくとも君たちが今掘ってるそこ。多分、目当てのものは埋まってないと思うよ」
「えっ」
「なんで……」
言葉を失う俺たちを前に男はにっこりと胡散臭い笑みを浮かべると、
「ハンドパワー」
パッと両手を顔の横で開いてみせた。余計に胡散臭い。……が、
「……それ、本当にわかるんですか?」
思いのほか食いついたやつがいた。海人だ。
「うん、分かるよ。もしかして君たち、場所の目星もついてないのに掘り進めようとしているのかな。それだと多分厳しいんじゃないかなぁ」
「先にこっちの場所を教えてもらうことは?」
「それはちょっと。教え損になるかも知れないでしょう」
「でもそれを言ったら、俺たちも働き損になる可能性だってあるわけで」
「うーん、それもそうなんだけど。ここは、ここに何かが埋まってることを看破してるって点で信用してもらうってことでひとつ」
「ちなみに、あなたが掘り起こして欲しいっていうものは何ですか?」
「それも今はちょっと。まあでも、大したものではないよ」
「なるほど……?」
そのまま男と交渉を始めた海人を暫く眺めて、ハッと我に返りそのTシャツの裾をぐいぐいと引っ張る。
「いやいやいや、なんで素直に話し聞いてるんだよ。怪しいだろ余計に」
「いや、でも……正解の場所が分かるのって割とアリなんじゃない? このまま無闇やたらに掘っててもダメそうなのは事実だし、ヤバそうだったら途中で逃げればいいし」
「それはそうだけど、そこまでして掘り出す必要ってあるか? 大事なものでも入れてたとか?」
「いや、そういうわけではないんだけど……」
答える海人の歯切れは悪い。そのまま何かもごもごと呟いたと思ったら顔を上げて「わかった」と、今までとは対称的にはっきりと言った。
「やるよ。その頼み事、聞く」
「は!? お前本気か!?」
思わず肩を掴んで揺するけれど、海人は「うん」と軽く頷くだけだ。
「いやいや、やめた方がいいって。流石に怪しいだろ」
「うん。だからユウは帰っていいよ。俺だけで行く」
「はぁ!?」
何がそうさせるのかわからなくて、思わず男の方を見る。けれど彼は相変わらず胡散臭い顔のままで軽く首を傾げるだけだ。
全くわけがわからないけれど、恐らくこれはなにを言ってもダメなんだろうな、という予感のようなものを感じた。幼馴染みの勘のようなものだろうか。
「……わかった。俺も行く」
「え、いいの?」
「こんな怪しいものに1人で行かせられるわけないだろ……マジでヤバいと思ったらお前捨ててでも逃げるからな」
「うん、そうして」
「……話しはまとまった感じかな?」
こちらの様子を伺っていたであろう男の言葉に、海人はしっかりと、俺は不本意ながら、同時に頷いた。
小学校までの道には街灯があるけれど、学校の敷地の中は光源がないから助かった。一応携帯のライトもあるけれど、作業しながらでは照らしにくいし。
暗闇の中に温かい色の光があるのはどこかホッとするけれど、その代わり明かりの一歩外の暗闇が余計に濃く感じられてその分の不気味さも増す気もした。それを誤魔化すようにスコップを手に取る。
「さて……ここかな」
同じようにスコップを手にした海人は少し迷うような素振りでさっき「この辺りかな」と言ったところを見回すと、徐にスコップの穂先を中庭の地面に突き立てた。
「そこに埋まってるのか?」
「うん、俺の直感がそう囁いてる。……気がする」
「うわぁ、ダメそう」
とはいえ俺だって場所が分かるわけでもなければ他に掘り返す場所のアテがあるわけでもないので、大人しくそこを掘り返していく。
校舎の陰になりがちな中庭の土はどことなく湿っぽい上にしっかりと踏み固められていて、なかなかスコップが通らない。これを掘って穴を作った当時のクラスメイトも苦労したのではないだろうか。海人も、眉を少し寄せて「結構固いなあ」とこぼした。
そのまま暫くとりとめのない話をしつつ穴を掘り続けているうちに、ふと気になっていたことを思い出して「そういえば」と切り出す。
「お前はタイムカプセルに何を入れたんだ?」
俺のその言葉に海人は一度手を止めて、「……覚えてないの?」と驚いた顔を向けてきた。正直、驚きたいのはこちらの方だ。
「なんで俺がお前の入れたものを覚えてるんだよ。自分が何を入れたのかさえ全く覚えてないんだぞ」
「開き直るところじゃないでしょ。というか本当に覚えてないの?」
「覚えてないし、というか何だその反応。もしかして2人で何か一緒に入れたりしてたのか? でも特に部屋からなくなってる物とかないと思うし……」
「そりゃそうだよ。だって、」
「──ねぇそこの君たち」
海人の言葉に被さるようにして、急に知らない声が入ってきた。
反射的にびくっと肩が揺れて、跳ね上げられるようにして顔を上げる。
──いつの間にかそこには、見知らぬ長身の男が立っていた。
「ひっ…」と鳴った喉がそのまま叫び声を上げそうになる。けれど、声が漏れる直前にびたんと何かが俺の口を塞いだ。
瞬間、熱さと湿っぽさを感じてから一拍遅れてそれが隣にいる海人の手だと気付く。その得体の知れない生物感のある感触に不快感がぞわぞわと這い上がってきて、
「なにすんだ!」
とその腕を叩き落とした。強かに腕を打たれた海人は「痛て」と呻く。
そんなやりとりをしていると、控え目な笑い声が聞こえてきた。顔を上げると、こうなった原因であるところの男はこちらを見て「楽しそうだね」と呑気な感想を述べた。全然楽しくない。
「ひどいなあ、深夜に叫ぶのは流石に近所迷惑だと思ったから止めてあげたのに」
わざとらしく腕をさすりながらぼやく海人が、「それより……えーっと」とその男の方を見遣る。
「お兄さん、どちら様?」
その口調はいつも通りに人好きのしそうな軽いものだったが、笑みを作る目元はどこか少し緊張しているように見えた。
「うーん、そうだな。まあ、この辺の者だよ」
男はそんな視線を特に気にも留めていない様子で受け止め、少し肩を竦めるようにして答えた。
そんな男から視線は外さないようにしながら、少し後ずさる。反対に海人はこちらを守るみたいに少し前に出て、結果的に海人を盾にするような形になった。……まあ、大変に不本意ではあるけどこいつは俺よりでかいし、きっと俺よりも強いだろう。そう判断して、海人の背中越しに男を見る。
180センチ以上ある海人と同じくらいか、もしくは少し高いようにも見える長身に、夜闇に溶けこみそうな真っ黒な髪。襟足がやたらと長いそれを項の辺りで縛って肩に流しているその髪型は、二次元の住人とかでなければ中々に人を選びそうなものだが、派手ではないがすっきりと整った顔立ちにはそれが妙に似合っていた。
年齢はあまり外見からだけでは分からないけれど、俺たちよりも少し上くらいに見える。生徒の数が少ないがゆえに同じ時期に小中学校に通う同じくらいの世代の人間の顔や名前はだいだい把握しているけれど、目の前の男には全く見覚えがなかった。
そんな彼は降参でもする時のように両手を肩の辺りまで上げて、「あーいやいや、別に怪しい者じゃないよ」と細い目を更に細めて笑う。……いや、どう足掻いても怪しい。
大人たちから不審者に気を付けろと言われていた小中学校時代にはついぞ遭ったことはなかったけれど、不審者というのはこういうやつなのかも知れない。ちなみにこれは別に不審者への取り締まりがきちんとしているからではない。田舎にはそもそも、不審者になるような人材すらいないのだ。
そんな不審な男は俺たちの「どう見ても明らかに怪しい」という気持ちを隠せない視線をものともせずに薄い笑みを浮かべて続ける。
「なんか、楽しそうな声がしたからね。何かなーって思ってちょっと見に来ただけなんだ」
そう言われて、一瞬「ヤバい」という感情が怪しいという気持ちを上回った。
さっき、ここに来るまでの間のことが頭をよぎる。民家が集まったところを抜けたこの辺りは畑ばかりではあるけれど、近くに家が全くないわけじゃない。夜だから静かに話してはいたつもりだったけれど、話しているうちに声量が大きくなるタイミングもあったのかも知れない。
元々こんな深夜に勝手に侵入しているという、褒められたことはしてないないことをしている後ろめたさに「近所迷惑」という言葉がトンと乗る。
思わず海人の方を見上げると、こいつもこいつでまずいと思ったのかちらりと一瞬こっちを見て、すぐに男の方に向き直った。
「ああ、別に責めてるわけではないんだけどね? でもいくら卒業生って言っても、こんな時間にこんなことしてるのはちょっと褒められたことではないんじゃないかなぁーって」
「……だったらなんですか、先生たちに報告でもしますか?」
さっきまであった人好きのしそうな雰囲気を消して、警戒の度合いを強めた声で海人は問いかける。
その言葉を聞きながら俺は、この状況では流石の海人でも「表敬訪問」などとぬかすことは出来ないんだな、とどこか呑気なことを考えていた。現実逃避というやつかも知れない。
そんな海人の剣呑な色を帯びた視線もものともせずに、男は「いやいや」とどこか芝居がかったような大袈裟な仕草で首を横に振った。
「責めてるわけではないって言ったでしょ? そんなことするつもりはないよ。……あーでもまあ、そう言われると不審者を見つけたら報告するっていうのも、健全な小市民としての務めなのかなぁ」
「それ、責めてはないかも知れないけど脅しじゃないか……?」
思わず小声でぼやくと海人に脇腹を肘で突つかれる。不審者を見掛けたら、とか言っているけれど、この状況なら正直お互い様じゃないだろうか。
気持ちは分かるけど、と小声で応えてから海人は「結局何が言いたいんです?」と一転して硬い声で問いかける。
「うん。ここでのことを黙っている代わりに、ちょっと頼み事を1つ、聞いてくれないかなーって思って」
「頼み事……?」
「そう。頼み事」
顔を見合わせる俺たちを尻目に、男は頷くとまた芝居がかった調子で人差し指を立ててみせた。
「穴掘りついでにこことは別の場所にもう1箇所、穴を掘って欲しいんだ」
「穴……?」
「そう、穴。もう少し正確に言うなら、穴を掘って、そこに埋まっているものを場所は問わないから別の場所に移動させて欲しい」
不可解な「頼み事」とやらに、俺たちはもう何度目かわからないけれどまた顔を見合わせる。
そのまままばたき3回ぶんくらいの沈黙を挟んで、海人は男に「ちょっとタイムで」と断りを入れてから俺の腕を引いて男に体の側面を向けるような形に体勢を変えた。完全に背を向けてしまわないのは、男への警戒を解いていないからだろう。
そして、そちらを横目で伺いながら少し屈んで囁く。
「……ユウはこれ、どう思う?」
「怪しい。ヤバそう。胡散臭い」
「わお即答。まあ気持ちは分かるけど」
「他にあるかよ。てかこれあれじゃないのか、闇バイト? とかなんか、そういう」
囁きあっていると、後ろから「ああそうだ」と声がした。
「もちろん、タダでとは言わないよ。元々、ここでのことは咎めるつもりはなかったわけだし。そうだな……」
そう言うと男は、立てていた指で俺たちの足元を指差す。
「君たちは多分その辺りに埋まってるものを掘ろうとしてるんだよね。それの場所、教えてあげるよ」
「えっ」
思わず足元を見下ろす。そこにはまあまあ時間をかけて掘っていた気がするのにまだまだ中途半端な深さの穴が、ぽっかりと口を開ける……と表現するには控えめな深さで存在している。
「ついでにこれはお節介かも知れないけど……少なくとも君たちが今掘ってるそこ。多分、目当てのものは埋まってないと思うよ」
「えっ」
「なんで……」
言葉を失う俺たちを前に男はにっこりと胡散臭い笑みを浮かべると、
「ハンドパワー」
パッと両手を顔の横で開いてみせた。余計に胡散臭い。……が、
「……それ、本当にわかるんですか?」
思いのほか食いついたやつがいた。海人だ。
「うん、分かるよ。もしかして君たち、場所の目星もついてないのに掘り進めようとしているのかな。それだと多分厳しいんじゃないかなぁ」
「先にこっちの場所を教えてもらうことは?」
「それはちょっと。教え損になるかも知れないでしょう」
「でもそれを言ったら、俺たちも働き損になる可能性だってあるわけで」
「うーん、それもそうなんだけど。ここは、ここに何かが埋まってることを看破してるって点で信用してもらうってことでひとつ」
「ちなみに、あなたが掘り起こして欲しいっていうものは何ですか?」
「それも今はちょっと。まあでも、大したものではないよ」
「なるほど……?」
そのまま男と交渉を始めた海人を暫く眺めて、ハッと我に返りそのTシャツの裾をぐいぐいと引っ張る。
「いやいやいや、なんで素直に話し聞いてるんだよ。怪しいだろ余計に」
「いや、でも……正解の場所が分かるのって割とアリなんじゃない? このまま無闇やたらに掘っててもダメそうなのは事実だし、ヤバそうだったら途中で逃げればいいし」
「それはそうだけど、そこまでして掘り出す必要ってあるか? 大事なものでも入れてたとか?」
「いや、そういうわけではないんだけど……」
答える海人の歯切れは悪い。そのまま何かもごもごと呟いたと思ったら顔を上げて「わかった」と、今までとは対称的にはっきりと言った。
「やるよ。その頼み事、聞く」
「は!? お前本気か!?」
思わず肩を掴んで揺するけれど、海人は「うん」と軽く頷くだけだ。
「いやいや、やめた方がいいって。流石に怪しいだろ」
「うん。だからユウは帰っていいよ。俺だけで行く」
「はぁ!?」
何がそうさせるのかわからなくて、思わず男の方を見る。けれど彼は相変わらず胡散臭い顔のままで軽く首を傾げるだけだ。
全くわけがわからないけれど、恐らくこれはなにを言ってもダメなんだろうな、という予感のようなものを感じた。幼馴染みの勘のようなものだろうか。
「……わかった。俺も行く」
「え、いいの?」
「こんな怪しいものに1人で行かせられるわけないだろ……マジでヤバいと思ったらお前捨ててでも逃げるからな」
「うん、そうして」
「……話しはまとまった感じかな?」
こちらの様子を伺っていたであろう男の言葉に、海人はしっかりと、俺は不本意ながら、同時に頷いた。
