もっけのわざわい

「死体を埋めに行く時って、こんな感じなのかな」
 不意に、隣を歩く海人(かいと)が言った。
 それに対し俺が何も言えずにいると、少し前を歩く男が「面白いこと言うねぇ」と笑って背中を小さく揺らす。そして振り返って続けた。
「これからするの、真逆のことなのに」

***

『タイムカプセル掘りに行かない?』
 海人からそんなメッセージが届いたのは、日付が変わる少し手前のことだった。
 俺はその時、なんとなく寝仕度をして部屋に戻るのが億劫で、携帯でSNSと動画サイトを延々と反復横飛びしながらリビングのソファでダラダラしているところで。
 ちょうど画面を切り替えようとしていたその流れで、届いたメッセージの画面を開く。
 ──いきなりなんなんだ?
 画面を眺めながら少しの眠気で動きが鈍った頭に疑問を浮かべていると、それに答えるかのようにタイミングよく通話の着信があった。
『あ、やっほー。ユウ、久しぶり』
 応答するとすぐにそんな声が聞こえる。慣れ親しんだ、けれど直接聞くのは久しぶりなその声には、なにやらガシャガシャと何かがぶつかるような雑音が混ざっていた。
『あのさ、タイムカプセル掘りに行こう』
 雑音の中で、さっきメッセージで見た言葉が繰り返される。……いや、繰り返しではない。いつの間にか、誘いの言葉から疑問符が消えていた。
「いや……急に何? というか、タイムカプセルってあれだよな。小6の時にクラスで埋めた……」
『そうそう、それ』
 話しながら、今まで思い出すこともなかった記憶の断片が頭に浮かぶ。
 担任が用意した、確かお菓子か何かの四角くて赤い缶。そこに持ち寄った物を詰めるクラスメイトたち。そしてそれを埋めるための穴を掘るところを、少し離れたところから眺めていたこと。
 そういえばそんなものもあったなあ、なんて思っていたからだろうか。
『今からそっちの玄関集合ってことで』
 それとも続く言葉が想定外すぎたせいか。
「……えっ。何、今から?」
 反射的に返した声が少し裏返った。
 ──え、何? 今から? ……今?
 思わずリビングの壁に掛かる時計を見上げて、それから手の中の携帯を見る。当然だがどちらも同じ時間で、少し前に日付が変わったところだった。常識的に考えて、人を誘うのに適する時間ではない。
『え? うん』
 それなのに、携帯の向こうから聞こえる声は戸惑っている俺の方がおかしいのか? と思ってしまうくらいにあっけらかんとしている。
「いや……なんで今から? 普通に明日……いやもう今日か。とにかく明るくなってからでいいだろ」
『えー、でも昼だと暑いし』
 ──それはまあ、確かにそうだ。
『それに昼に行ったら目立つかもだし。あと……』
「あと?」
『今から行った方が、面白いし』
 ──認めたくはないけれど、正直それも確かにその通りだ。
 上手く言い返す言葉が思い付かなくて口をつぐんでいると、『あーほらもう着くよ、早く』と急かす言葉を最後に通話が切れた。なんで俺が悪いみたいな感じになっているんだろう。
 よくわからないことには変わらないけれど、あの口振りからすると今から行くという言葉は本気のようだ。だったら訊きたいことは直接訊いた方が早い。
 俺はソファから立ち上がると携帯をポケットに押し込んで玄関に向かう。サンダルに足を突っ込んで靴箱の上に置いてある鍵を掴むと既に寝ている親に気付かれないようにそっとドアを開けると、夏の夜の熱と湿気が一気に体に纏わりついた。
 瞬間、人感センサーでパッと一段階明るくなった玄関ポーチの明かりの向こうで、見慣れた男が軽く手を挙げる。
「1分遅刻」
 などと嘯くその手にはキャンプ用のランタンが握られていて、手の動きに合わせてゆらゆら揺れる。そしてその反対の手は、肩に担ぐようにして持った2本のスコップの持ち手に掛けられていた。さっきガシャガシャと聞こえたのは、これらを用意していた音だったのだろう。
「お前が変な時間に、しかも急に誘ってくるからだろうが。というか何だよタイムカプセル掘ろうって」
「リビングに電気点いてたし、どうせユウは起きてるだろうなって。実際起きてたんだし、いいじゃん」
 少しの抗議の気持ちを込めた言葉に海人は全く気にしていない様子で少し首を傾げてみせると、「それより早く行こ」と踵を返した。
 俺もそれに続いて歩き出す。
 両手に荷物を持った海人に「どっちか持とうか」と訊こうか迷って、でも急に誘ってきたのはこいつだしな、と思ってやめた。

 俺と海人の関係は、いわゆる幼馴染みというやつである。
 お互いの家の明かりが見えるくらいの近所に住んでいて、父親同士が元同級生で祖母同士も茶飲み友達という田舎の狭い人間関係の中、それこそ物心着く前から引き合わされて一緒に過ごしてきた。
 家が近いから当然登下校も自然と一緒だったのだが、高校に入って進路が別れてからはたまにメッセージのやりとりはしても直接顔を合わせることも少なくなり、この4月に俺が県外の大学に進学してからはそんな機会もさらに減っていた。
 そんな海人と、かつて毎日のように歩いた通学路をまた歩くのは、昔と違って時間帯が夜中であることを差し引いてもどこか変な気持ちになる。海人の方も、似たようなことを考えていたのだろう。
「またユウとここを歩くことになるとはなあ」
 なんて言いながら、蛙の輪唱が四方八方から押し寄せてくる田圃の方に首を巡らせた。
 田舎の夜道は、都会のそれとは比べ物にならないくらいに暗い。今日は新月なのか月が見えないから、尚更だ。そんな暗がりの中で、どこか薄闇に紛れて沈んで見える海人の顔を見上げる。
 夜に溶けてしまえそうな真っ黒い髪は少し伸びていて、ハーフアップのような形で上の方を括っている。そんな髪型のせいか見慣れていたはずの顔は記憶の中よりも心なしか印象が変わって見えるけれど、その顔立ち自体は昔から変わらず、同性の幼馴染みの身から見ても端正に整ったままだった。身長も、元々高かったけれど癪なことに最後に会った時よりも更に少し伸びたような気がする。
 ここがドが付くレベルの田舎ではなく、本人がもう少し服装に頓着するやつだったら、もしかしたらこいつは今頃ファッション雑誌でキメ顔でもしていたのかも知れない。
 しかし現実ここはド田舎で、そしてこいつは胸元にでかでかと「海人(うみんちゅ)」と白く染め抜かれた首回りがよれよれのTシャツを着て平気で外を出歩くような人間なので高校を卒業した後は雑誌を飾るということも当然なく、なんなら大学に進学するでも職に就くでもなく、今はふらふらとフリーターをしているらしい。……という近況は、数日前に道で会った海人の母親から「結弦(ゆづる)くんはちゃんとしてるのにねえ」と困った顔をしながら聞かされたばかりのものだった。
 ちなみにこのトマトケチャップもかくやというくらい真っ赤なTシャツは俺が中学の頃に家族で行った沖縄旅行で土産としてネタで買ってきたものだ。買ってきた側としては大事にしてもらえるのは嬉しい一方、少し責任のような気持ちも感じてしまう。
 そのままぽつぽつと近況や、とりとめのない話なんかをしながら田圃道を逸れて国道沿いに出る。この国道を背に長い坂道を上っていけば、かつて俺たちが通った学舎にたどり着くのだ。
「……なあ、なんで急にタイムカプセル掘ろうなんて思い付いたんだ?」
 この道ってこんなに急だったっけ、と思いながら坂道を歩きつつ、ちょうど会話が途切れたタイミングで問いかける。ついでに流石に手ぶらなのはちょっと悪いかなと思って、ランタンを引き受けて持ってやる。
「え、うーん、特に理由はないんだけど。なんか……あったなーって思い出したから。急にこう、パッと」
 海人はスコップをガシャガシャ鳴らしながら、「パッ」のところに合わせて空いている手を開いたり閉じたりしてみせる。
「思い出したのは別にいいし、のこのこ着いてきておいて言うことでもないかも知れないけどさ……こういうの、勝手に掘り起こしていいのか? クラスで埋めたやつじゃん、あれ」
「いいんじゃない? 本当なら去年掘り起こすはずだったものだし」
「えっ」
「えっ?」
 思わず見上げると、ちょうど海人もこちらを見下ろすところだった。
「覚えてないの?」
「うん、全く。あんま興味無かったからかなー……正直今まで存在すら忘れてたくらいだし」
 当時の俺の様子に心当たりでもあるのか、海人は苦笑しながら「あー確かに」と頷く。
「だいたい、中学もクラスのメンツ一緒なのにそういうセンチメンタル行事をやる意味わからなくない?」
「すごい。ユウ、それ6年の頃も同じこと言ってたよ」
 ──小学6年の終わり頃、卒業式を控えた俺たちのクラスではタイムカプセルを埋めることになった。
 このド田舎には小学校も中学校も1つしかない上に、毎日通えるような場所に私立中学などという気の効いたものもない。そのため小学校のメンバーは中学にそのまま持ち上がる。なんなら保育園も1つだから保育園からの持ち上がりだ。
 故に小学校の卒業は別にクラスメイトとの別れではない。なんならクラスが1つしかないからクラス替えなどという行事も当然無い。
 だからだろうか。俺にとっては小学校の卒業というのはあまり節目という印象が薄くて、そのせいか記念を残そうという動きにもいまいち着いていけなかった。
 タイムカプセルを埋めたということ自体は覚えているけれど、それ以外は何も覚えていない。正直、当時の自分が何を入れたのかさえ覚えていないくらいだ。
「……それより。去年掘り起こすはずだった、ってどういうことだ? タイムカプセルってもっとこう……成人式とか、そういう節目のイベントとかにやるものじゃない?」
「うん。昔、いつ掘り起こすかを決める時に当然その案も出たよ。でも、誰か……多分上に兄弟がいるやつだろうな。そいつが、成人式は意外と戻って来ない人も多いって言ってさ」
「あー、確かに。1月のあのくらいって、大学だと期末試験前とかだもんな」
 成人式のためにわざわざ戻ってくるかと言われると確かに微妙かも知れないな、と思う。
 隣県の大学に通う自分ですらそうなのだから、もっと遠くの大学に出ているようなやつらはもっと足が重くなる可能性も高い。
「20歳は成人式があるけど成人年齢の18歳は特にそういう式とかはないし、高校に行くと進路もバラバラになるから、成人を迎えた記念と節目にみんなで集まってタイムカプセルを掘り起こそう……みたいな話がまとまってたんだよね、当時」
「なるほど、だから去年と」
「そう。みんな忘れてるのかまとめ役をやる人がいなかったのか、声が掛からないまま今に至るわけだけど」
 そこまで言うと海人は一旦言葉を切ってからスコップを揺すって軽く鳴らしてみせた。
「というわけで、忘れられたタイムカプセルをこっそり俺たちの手で掘り起こそうってわけ」
「それはまあ一応わかったけど……これ、俺たちの他に誰かいたりするのか?」
「え? いや、俺たちだけだけど。なんで?」
「いや、クラスのものなんだしさ。もっとみんなに声掛けた方が良かったんじゃないか?」
「えー、わざわざ連絡回すの面倒じゃない? 俺ら2人くらいのが楽だし、身軽だし」
 海人の言葉を聞いているとたしかにまあそれはその通りだと思う。けれどその「まあそれはそれは確かにそうなんだけど」にどうしても「とはいえ……」という気持ちが入り込んできてもやもやしていると、海人が少し声を落として「……あとさ、」と言った。
「見ちゃったんだよね、俺。あの時カプセルの中に、『もしかしたら将来価値が上がってるかも』って何かのトレカを入れてるやつとか、『将来金に困ってたらこれ使ってもらう』って言ってお(さつ)入れてるやつがいたの」
「うん……? それがどうし……」
 まあタイムカプセルに入れるものとしては小学生が考え付きそうなものだけど、と思っているうちにふと、当たってほしくない予感が頭をかすめた。
 頼むからそれだけは当たってくれるなよと祈りながら見上げると、海人も同時にこちらを見たところだった。
「総取りするなら、やっぱ、人は少ない方がいいかなー……って」
 ──残念ながら祈りは届かなかった。
 おずおずとそう言ってくる言葉は流石に少し後ろめたいという気持ちはあるのか、ちょっと歯切れが悪い。が、後ろめたさを持っていればいいというわけではない。
「……帰る」
「待って!」
 踵を返そうとした俺の腕を、予測していたかのようなタイミングで海人の手が掴む。
「冗談だってば! 半分……いや7割くらい」
「多少はあるんじゃねえか本気が!」
 思いのほか大きくなってしまった声が響いて、ハッとして口を噤む。通学路は住宅地の中を抜けるように通っているから、周りの明かりが消えた民家では住民たちが寝静まっているだろう。都会ならまだしも、こんな静かな田舎で真夜中に騒いだら目立つ。
 振りほどこうとしたけど離してくれない海人に引っ張られるようにしながら、そのままなし崩し的に小学校の方に進んでいく。
「いやー……最近、知り合いに付き合って1回だけパチンコやってみたんだけど。ここでなんかもう1周回って笑っちゃうくらいスってさ……」
「だからって小学生の小遣いにたかるって思考はふつう出ないんだよ……倫理観とかプライドとかねえのかよ」
「ないよ!」
「即答するんじゃねえよ情けない!」
 今度は声を落として突っ込む。口で言うだけではなく、ついでに頭も一発叩く。
 本当は今からでも帰りたかったけれど、そうこうしているうちにちょうど我らが懐かしき母校の姿が見えてきた。
 ──まあせっかくわざわざこんな時間にこんなところまで来たわけだし。タイムカプセルとか、掘ろうとして本当に掘り当てられる保証があるというわけでもないし。
 そんな言い訳を頭の中でして、ついでに万が一タイムカプセルを掘り返せた場合も中身は必ず持ち主に引き渡すと約束させて、結局俺も当初の予定通り深夜の母校訪問に付き合うこととなった。

 畑と民家の真ん中に建つ校舎は当たり前だがこの深夜には明かりが点いておらず、暗闇の中に佇むその姿はかつて見慣れた建物のはずなのに知らない場所のようでどことなく不気味に見える。
 その恐怖感に足が鈍りかけたけれど、隣の海人が「わー、小学校懐かしい」とはしゃいだ声を上げながら歩みを速めたから強制的に俺も着いていかざるを得なくなった。歩きながらこいつはこういうやつだったな、と思う。
 この小学校には所謂校門というものがなく、外の道から直接学校の敷地内に入ることができる。
 勿論校庭やプールはフェンスで囲まれているけれどフェンスの部分さえ避ければ中に入れてしまうわけで、俺たちは漫画で見るように校門やフェンスを乗り越えたり警備員に追いかけられたりといったイベントに遭遇することもなくすんなりと学校の敷地に侵入した。
「これって一応不法侵入になるのかな……」
 俺の呟きに、海人はあっけらかんと答える。
「えー、違うんじゃない? 俺たち卒業生だし。なんかほら、あれだよ。表敬訪問てやつ」
「俺たち何も敬われるような功績持ってないじゃん」
 海人の腕を肘で突きながら石で出来た数段の階段を上がる。
 ──この通学路から学校の敷地に入ると、3つの分岐に行き当たる。
 まず左には校庭に繋がる石階段。右には昇降口に続く緩い坂。そして正面にあるこの石段だ。
 これは校庭と、そこに面する図書館の間にある中庭……とは言えないくらいにささやかな猫の額ほどの狭いスペースに繋がっている。そして、小さな花壇や、昔何かの生き物を飼育していたのであろう空の飼育小屋が置いてあるその区画こそ今回の俺たちの目的地……かつてタイムカプセルを埋めた場所だった。
「で、来たはいいけどさ。具体的にどの辺りに埋めたんだ?」
 当然……と威張ることではないけれど、俺は正確な場所なんか覚えていない。当時、飼育小屋のそばで埋める作業を眺めていた気がするからだいたいの方向はわかるけれど、それだけだ。
 海人はスコップを一旦置くと、顎を撫でながら「うーん」とそこそこたっぷり時間をかけて中庭を見回し、「わかんない」と肩を竦めた。今の時間は何だったんだ。
「多分この辺りだったと思うんだけど」
 そう言って視線を巡らす「この辺り」は、どう見ても大人が5人ほど輪になって踊れるくらいの広さはありそうに見える。
「お前……無計画だ無計画だと思ってたけどまさか掘る場所すらあやふやとか……」
「まあでもここら辺に埋まってるのは確かなんだから、どこかしら掘ってけばいずれ当たりにはたどり着くでしょ。当たるまで掘り続けよう。お百度参り的な」
「不気味なところで不気味な例えを出すな。というか、俺はこんなこと何回もするのは御免だぞ。今日見付からなかったらもう来ないからな」
「とか言って、誘ったら来てくれるんでしょ?」
「……。……まあ検討はする」
 にやにやと見下ろしてくる海人の向こう脛を軽く蹴りつける。海人は軽く避けながら笑うとスコップを置き、「この辺り」を見下ろして「よし、やろっか」と気合いを入れるように言って笑ってみせた。