愛しい君は、生き霊になっても俺を離さない。

気づくと、自分の部屋にいた。
 あの病室に戻る勇気も、渚の家に行く勇気もなかったのだ。ベッドに倒れ込んで、顔を埋める。こんな時、渚だったら、何も言わずに狭いベッドに潜り込んでくるのだろう。目を閉じれば、渚の顔が、声が、まるでスライドショーのように次々と浮かぶ。口角を少し上げた優しげな笑顔、怒った時に見せる冷ややかな表情。子供のようにいじけた顔。興味がない人にみせる心底つまらなそうな顔。多くの人は渚は感情がわかりにくいというが、そんなことはない。笑ってしまうくらい、わかりやすい奴なのだ。どんどんスライドは移り変わり、そして最後にぴたりと止まった。
 最後のスライドは包帯だらけの、美しい顔だった。
 途端に激しい感情が心を支配した。肩がわなわなと震える。涙は出ていない。怒りなのか悲しみなのか悔しさなのか、その全てか。自分でも理解することのできない感情が腹の底から突き上げてくる。

(渚。渚。なんであんなことをしたんだ! なんで……!)
 
 そんな感情が湧き上がったかと思えば、今度はふと冷静になったりもした。

(まぁ、でもお前ならそうするよな。お前はぶれないやつだから)

 怒っては、冷静になり。寂しさで息が詰まりそうになったかと思えば、なぜか笑えてきたり。

(俺のせいだ)

 そして最後に残ったのはそんなシンプルな感情だけだった。
 その言葉を飽きることなくひたすらに、自分に投げかけ続ける。ふと、顔を上げれば時計の針はすでに日を跨いでいた。眠る気にも、何かを食べる気にも、水を飲む気にもなれない。ただただ、ひたすらに自分の無力さが憎い。

「……なんで、こんな俺なんかを。なんで……」
「なんかって言うのやめてってば」

 瞬間、思考が止まる。

「……え」

 声だ。声が、した。聞き覚えのある声が。頭が追いつかない。今、何が起きた。今、何が聞こえた。
 考えかけて、首を横に振る。幻聴だ、幻聴に決まっている。
 余程メンタルに限界が来ているらしい。大きく深呼吸をしてみる。
 が、幻聴は止まらない。
 低めの声に少しだけゆっくりとした話し方。語尾のぶっきらぼうな感じ。
 まさか、まさかそんなことあり得ないのに……。

「燈。ねぇ、燈ってば。なんで無視すんの」

 幻聴だ。これは幻聴。

「ねぇってば。耳塞がないでよ」

 こんな意味のない妄想やめないと。首を横に大きく振っても、聞こえてくる声は鳴り止まない。それならと、頬を思いっきり叩こうとした、その時。

「やめろ」

 低い声と共に、ぐっと手を掴まれる感覚。少し骨ばった固くて大きい手。そんなわけない、そんなはずがないのに。それでもこの手は……。
 間違いない。何度も触れてきたその手を、俺が間違えるはずがないのだ。

「……渚、なんで」
「なんでって? 俺が燈の隣にいるのは当たり前じゃない?」

 そう言った渚は、いつもと変わらない顔で立っている。
 ここにいるはずがないのに、まるで当然のように。