愛しい君は、生き霊になっても俺を離さない。

た。 



「……はっ!」


 まるで水の中にいるような息苦しさを感じ、勢いよく体を起こした。体に馴染まない硬いベッドの上で辺りを見回せば、白い壁に白い天井、ツンとした薬品の匂いが鼻腔をくすぐる。日置(ひおき) 燈は途端にここが病院であることを理解した。
 と、同時にどうして病院にいるのだと、極めてシンプルな疑問が湧き上がる。服は制服のままで、大きな怪我をした様子もない。手をグーパーしてみるが、特に異常はないようだ。

(たしか、さっきまで(なぎさ)と一緒に帰っていて……。……そうだ。渚!)

 霜月(しもつき) 渚。その名前を頭に浮かべた瞬間、記憶が巡る。居ても立っても居られず、勢いよく立ち上がり、廊下へと飛び出した。数歩進んだところで、隣の病室から覚えのある声が聞こえた。開いた扉から中を覗き込めば、見覚えのある背中が目に入る。
 迷うことなく部屋に足を踏み入れた。全身が心臓になったかのように脈打つのを感じる。それなのに、手足の先まで冷え切っているようで、生きた心地がしない。
 部屋には中年の医者と、高校の担任教師が立っている。そして、2人の目の前には見慣れた人物が横たわっていた。変わり果てた姿の渚が。
 モデルのようにスラリと長い足は、白い包帯に覆われ、艶やかでうねりひとつない黒髪にも大仰に包帯が巻かれていた。綺麗なアーモンド型の瞳は閉じられ、窓から入る夕日が長いまつ毛をキラキラと照らしている。
 思わず場違いにも笑いそうになる。だって、こんな状態になっても、渚は美しい。
 先生は俺に気づいていないのか。疲れ切った声でぼそりと医者に呟いた。体育教師らしいガタイのいい見た目からは想像ができないほど、その声はか細い。

「霜月の状態は……」
「……残念ですが、いつ意識が戻るか……。この1週間をのりこえられるかが勝負でしょう」

 心臓が嫌な音を立てる。この先の言葉を聞きたくないような気がした。
 先生はグッと拳を握り、小さく肩を震わせる。そして声を震わせながら呟いた。

「……お前らしいな。日置を庇ってこんなんになるなんて」

 瞬間、がつんと頭を殴られたかのような衝撃。

 "日置を庇って”

 その言葉がリフレインし、途端に理解した。あの時たしかに衝撃を感じたのに、なぜ自分の体には大きな傷ひとつないのか。そして思い出す。渚の自分への執着心を。

 ──燈のことは俺が守るよ。絶対に。何を犠牲にしてでも。

 いつの日にか言われた言葉が、脳内で鳴り響く。
 はっ、はっと息があがるのを感じる。冷や汗が背中をつたい、手足が震える。
 
 気づけば、俺は走り出していた。病院の廊下を、夕暮れ時の路地を。全力で走っていた。
 逃げても何も変わらないのに。早くその場から立ち去りたくて。現実を受け入れたくなくて。ただひたすらに足を交互に動かしていた。