愛しい君は、生き霊になっても俺を離さない。

 あの日のことはなんとなくお互い触れないようにしていた。夢だと信じたい、そんな気持ちもあったのだろう。
 けれど幽霊の渚が目の前にいる今、あの日のことも現実だと受け入れるしかないのかもしれない。

「……あの時、渚がいなかったらやばかったわ」
「燈真っ青で急に動かなくなったもんね。俺も見えはしなかったけど、なんか寒気すごかったし」
「なんで渚には見えなかったんだろう」
「俺には全く霊感がないからじゃない? 燈は多分あるんだよ。俺のことも見えてるし」
「……あの幽霊、まだあそこにいるのかな」
「え?」

 渚は俺の言葉に心底不思議そうな顔をする。
 自分でも、なんでそんなことを言ったのかはわからない。
 だけど、なんとなく思ったのだ。
 ずっと1人であそこにいたら寂しいのではないかと。
 あの幽霊は行きたい場所に行くことができないのだろうか。もしかしたら自分で命を捨ててしまった罰なのかもしれないと、そんなことまで思う。命を捨てたいほど辛い世界に居続けるなんて、どれほど辛いことだろうか。俺には、想像することもできない。

「生まれ変わりとか、天国とか、死んだら人ってどうなるんだろうな」
「急に何。哲学的なこと言い出して」
「こんな状況経験したら、少しは考えるだろ。俺、あの話好きなんだよ。前世の行いで生まれ変わる種類が決まるってやつ。人なのか虫なのかとか。良い行いをしたら、もう1回人になれるんだって」
「人が1番なんて言う時点で、人が考えた話って感じ」
「……なんてこと言うんだよ」

 苦笑いしたが、まぁ確かにその通りだと思った。犬でも虫でも、幸せな奴は幸せだし、人でも不幸な奴は不幸だ。
 
「燈はどうなの?」
「ん?」
「そのままの姿で天国で暮らすのと、生まれ変わるのだったら、どっちが良いの」

 渚がそんなことを聞くなんて珍しい。なんだかんだ言って、渚もこの状況に影響されてきているのだろう。
 質問を頭の中で繰り返す。なかなか想像できなくて、答えは出ない。
 どっちも嫌だし、どっちでも良い気もした。一つのことさえ叶えばどちらでも。
 浮かんだ一つの希望は、心の奥にしまっておいた。

「よくわかんねぇ。でも、とりあえず渚は俺のとこに来てくれてよかったよ」
「何、急に」
「なんで生き霊なんかになっちゃったのかはわかんないけど、お前が1人で彷徨ったりしなくて良かった。……あんなの可哀想だ」
「ふっ、燈は優しいね」

 優しくなんてない。可哀想なんて言っておきながら、渚があの幽霊みたいにならなくて良かったと心底安心しているのだから。渚が俺の元に戻ってきたことを、心底嬉しいと思っているのだから。
 結局のところ俺は自分のことしか考えていない。
 
「大丈夫だよ。きっともう成仏してる」
「……だといいけどな」
 
 そう言って少しぎこちなく笑い合う。
 空気を変えるように、お互いに真っ黒のピースを再び手に取った。
 ゆっくりとゆっくりと、手を動かすことを意識して、ピースがはまる場所を探した。そんな時間稼ぎは意味がないのに。

 ──ぱちり。

 横で、渚が一つピースをはめた。
 その音が、やけに大きく響く。終わりに近づく音。
 そんな馬鹿なことを思う自分に、内心で舌打ちする。
 ただのパズルだ。そう頭では理解しているのに。
 胸の奥のざわつきは、消えなかった。
 その間にも、パズルのピースはどんどんと埋まっていく。
 俺はその様子を、ただ見ていることしかできない。渚の手がするすると動く。
 空白がどんどん減っていく。
 ──と、その時。

「……っ!」

 声にならない引き攣った息が漏れ出た。
 だって──

(渚の手が……手が……今、透けた……!)

「渚!」

 思わず大きな声で叫んだ。
 
「燈、どうしたの? 大丈夫?」
「今、お前……て、手が!」
「手? なに、なんかついてる?」

 前に伸ばされた手をグッと引き寄せた。
 触れる。
 透けていない。
 普通だ。

「ねぇ、本当にどうしたの。ちょっと変だよ、燈」
「いや……」

 言葉が続かない。
 気のせいだとわそう片付けてしまいたい。
 俺の錯覚だと、そう思い込んでしまいたい。
 けれど直感的にそうではないことも理解していた。

(でも……でも……)

 今ここで言ってしまったら、何かが決定的になる気がした。
 それが、何よりも恐ろしいことのように感じる。

「……なぁ、もう寝ようぜ。パズルはやめよう」
「もう? 早くない? まだ──」
「やめようって!」

 渚は少しだけ驚いたように目を見開いた。が、すぐにこくりと頷いた。
 そしてもうそれ以上は何も言わなかった。言わないでくれた。
 少しだけ息が楽になる。
 そんなのは一時凌ぎに過ぎないのに。意味なんてないのに。
 あとどのくらいでこのパズルは完成するのだろう。
 タイムリミットはもう、すぐそこまで迫っているように感じた。