愛しい君は、生き霊になっても俺を離さない。

 公園での一件があってから、俺たちはより多くの時間を共にした。毎日一緒に学校に行き、夜までどちらかの家で時間を過ごした。
 俺が働く飲食店の面接に、渚が来た時はさすがに驚いたが。

「日置くん、お友達紹介してくれてありがとねー」

 店長の言葉に心当たりはなく、休憩中だった俺は、へ?と呆けた声を出した。

「あれ、今日面接来た霜月くん、日置くんのお友達なんでしょ?」
「えっ、渚!?」
「うん、さっきまで事務所にいたよ。聞いてなかったんだ」
「いや……はい」
「いい感じだったし、多分採用かな」
「え!? あいつ接客とか無理ですよ!?」
「それは本人も言ってた。キッチン希望だって。人足りないから助かるよー」

 と、まぁこんな感じで、渚と俺はバイト先まで同じになった。そうなると土日だろうが夏休みだろうが、関係なく毎日顔を合わせていた。当たり前にお互い家族より一緒にいる時間が長かった。
 しかし、そんな俺たちに試練が訪れる。
 2年生で、初めてクラスが別れたのだ。どちらかというと、これまで同じクラスだったのが奇跡なのだが。
 クラス発表の時の渚の様子は今思い出しても、笑えてくる。

「は……? 何これ、ありえない」
「ありえないってなんだよ」
「燈と俺が離れるなんてありえない。抗議してくる」

 職員室に行こうとする渚を、苦笑いで制止する。

「バカなこと言ってないで、新しい友達ちゃんと作ってこい」
「……燈は寂しくないわけ」
「こんなに一緒にいてよく言うよ……。どうせバイトでも家でも会うだろ」
「…………」
「……ったく、拗ねんなよ〜」

 視線を合わせず、一歩も動こうとしない渚を教室まで連れていくのは一苦労だった。
 それからというもの、渚は何故か俺への依存度がより高くなった。

「燈、お昼いこ」

 昼休みに毎回教室に迎えにきては、俺を教室から連れ出すのはもちろん、

「燈、飲み物買いに行こ」

 合間の短い休み時間ですら、迎えにくるようになった。流石の俺も見兼ねて、ため息をつく。

「それくらい1人でいけ。あと毎日こっちのクラスにくるな」
「……1人でご飯食べろって言うの」
「…………まぁ昼は、許す。けど、せめて合間の休み時間はくるな。少しは自分のクラスで交流しろ」
「……わかった」
(絶対わかってない顔じゃん……)

 実際、渚は全く言うことを聞かず、一切自分のクラスで交流をしようとしなかった。

(まずい、このままじゃ渚が社会に出れなくなる……)

本気でそう焦った俺は、渚と同じクラスの友人に声をかけた。俺たちと同じ中学で、それなりに仲が良かったやつである。

「佐藤」
「おっ燈じゃん、どしたの?」

 振り返った佐藤は、金髪メガネで相変わらず目立つ見た目をしている。
 
「なぁ、お前渚と同じクラスだろ。ちょっと面倒見てやってくれよ」
「は? 面倒ってなんだよ」
「いや……なんかその、休み時間話すとか、移動教室一緒に行くとか」
「あー? 子供じゃないんだからそんなの1人でできるだろ」

 ごもっともすぎて、ぐうの音も出ない。

「中学の時から思ってたけど、お前あいつのこと甘やかしすぎなんじゃない?」
「……別にそんなことないだろ」
「自覚はあるみたいだな」

 自覚は、あった。確実に。
 俺は渚の面倒を見るのが好きだったし、本音を言えば、渚が俺以外の人間に一切興味を示さないことに多少の喜びを感じていた。
 誰の「一番」にもなれなかった俺にとっては、何よりも救いだったから。
 とはいえ、このままでは渚が心配だったのも本音だった。
 
「……とりあえず、気が向いたら挨拶だけでもしてやってよ」
「はぁ……。わかったよ。考えとく」
「まじで? ありがとう!」
「その代わりなんか奢れよ!」
「おお! どっかで飯行こうぜ」

 笑顔で去っていく佐藤の後ろ姿を見送る。金髪にメガネという見た目から、勘違いされがちだが、真っ直ぐで割といい奴なのだ。
 誰とでも距離感が近い佐藤なら、きっと上手いことやってくれるだろう。
 と、そんなの予想は外れたような当たったような。
 その日以降、渚の話題に佐藤が出るようになった。主に愚痴ではあるが。

「ねぇ、なんなのあの金髪メガネ。すごい話しかけてくるんだけど。うざい」
「お前、そんな言い方すんなよ。佐藤いいやつだろ」
「知らない。とりあえずうるさい」

 誰かと会話しているだけでマシなような、人嫌いが悪化しているような。
 どうしたものかと頭を抱えた。こんなに干渉する時点で、世話を焼きすぎなのかもしれない。
 唯一の救いは佐藤が「あんだけ嫌われると逆に燃える!」と意気込む変なやつだったことくらいだ。
 
「佐藤、最近渚どう?」

 約束通り佐藤と飯を奢った時、俺はそんな風に尋ねた。佐藤は意味がわからないといったように、首を傾げる。

「どうってなんだよ。絶好調なんじゃない? 相変わらずすっごい塩対応」
「……悪い」
「ふっ! なんでそこで燈が謝るんだよ」

(なんで、なんでってそんなの、俺は渚の──)

 思考が止まる。
 俺は渚にとってのなんなんだろう。
 友達、という言葉ではなんだか収まりきらないような気がした。とはいえ、ピンとくる言葉がない。

「おーい、どうした。大丈夫?」
「あっ、悪い、考え事してた」
「なんだかんだ燈もマイペースだよな」
「えっ、うそ」
「ほんと。久しぶりに話しかけてきたかと思えば、変なことお願いしてくるし」
「それは、ごめん」
「別にいいけど。霜月面白いし」
「……話すの久しぶりだったっけ?」
「お前、そういうとこ霜月にそっくり」

 思いがけない言葉に、えっ、と声が漏れ出る。

「お前ら基本2人だけの世界なんだよな。中学の時はまだマシだったけど。なんか高校入ってからさらに悪化してる」
「……悪化って?」
「んー、なんだろ。他の奴らを寄せ付けない感じ? 燈単体でいると話しかけられるんだけど、お前ら2人でいると、なんか話しかけにくいんだよ」

 佐藤の言葉を反芻してみるが、すぐには意味を理解できなかった。

「あっ、なんとなくってだけだからな……? あんま深く捉えんなよ?」

 少しだけ焦ったようにそうフォローする佐藤は、やはりいい奴だと思う。

「ああ、大丈夫。……でも気をつけるよ。俺ももう少し他の奴との時間作ろうと思う」
「いや、別に無理して作ることもないとは思うけど。まぁ、俺とはたまにはご飯行ってくれよ」

 こんな俺にもそう声をかけてくれる佐藤は、絶対にいい奴である。
 その日から俺は渚と少しだけ距離を取るようになった。
 といっても、一緒に登下校はするし、バイトでも話す機会はたくさんあった。
 傍から見たら、何も変わっていないかもしれない。が、何もない日に渚以外との時間を作ったり、少しだけ、ほんの少しだけ渚と会う時間を減らしていった。
 そしてもちろん、渚はそんな俺を察していた。バイトの帰り道、何か言いたげな視線が突き刺さる。

「燈、最近俺のこと避けてる?」
「……は? 避けてないけど。今だって一緒に帰ってんだろ」
「そうじゃなくて。誤魔化さないでよ」
「別に誤魔化してなんか」

 言いかけたところで、渚が立ち止まる。

「俺、なんかしちゃった?」

 迷子の子供のように不安げな表情を浮かべている渚。あの嵐の夜と重なった。
 あぁ、どうして俺は同じことばかり繰り返してしまうんだろう。
 途端に自分に対する嫌気で吐き気がしてくる。本当に俺は、いつも自分のことしか考えていない。

「ごめん、渚。違うんだ」
「……そう。ならいいけど。でも、なんかあったんでしょ? 何もないことはないと思う」
「……ははっ、さすが渚」
「燈のことは俺が一番わかるからね」

 重い事を言うなと思いつつ、嬉しいと思う自分も同じくらい重いのだろう。

「……なんか、急に不安になってさ」
「何が?」
「俺たち2人でいすぎなのかなって」
「え、何が悪いの」
「……お前、すごいな」

 あまりにケロッとした顔でいうものだから、悩んでいたこっちがバカらしくなってきた。

「いや、なんかこう……俺ら、他の人を寄せ付けないオーラ出しちゃってるらしくて。あんまそういうのって良くないだろ。渚の人嫌いも悪化してる気がするし」
「意味わかんない。誰がそんなこと言ったの」
「いや、それは……」
「誰」
「……まぁ誰っていうか」
「燈」
「……佐藤」

 渚の口から、ちっ、という舌打ちが漏れる。
 
「あいつ、本当最悪」
「いや、まじで佐藤は悪くなくて」
「悪いよ。燈に余計なこと言うなって言ったのに」
「え? 何それ」
「いや、余計なことって言うか、その、心配かけること言うな、みたいな」

 今度は渚がたどたどしくなる。別に怒っているわけじゃないのに。
 ただ、驚いたのだ。
 渚が佐藤とそんな風に話しているなんて。なんか、俺により遠慮なく話している気がする。
 嬉しい……嬉しいはずなのに。
 少しだけなんだか悔しい気持ちになっている俺は最悪で、救いようがない。

「……佐藤と結構仲良くなったんだな」
「は!? 絶対ないから」
「でも、なんか遠慮ない感じ。俺と話すよりも」
「違う違う、本当に違うって。遠慮と思いやりって違うでしょ? 佐藤にはどう思われてもいいから全部言ってるだけで」
「ふーーん。俺には全部言ってないんだ」
「いや、違うって!」

 渚が焦るのは新鮮で、少し楽しくなってきた。渚を揶揄うため……だけであって、本気でいじけているわけではない、と信じたい。
 自分で頼んでおいて、なんて女々しくて面倒臭いんだろう。佐藤には焼肉くらい奢らないと申し訳なくて顔向けできないかもしれない。

「ふっ、冗談。クラスで話せる人ができて良かったよ」
「……いや、だから違うんだけど」
「俺たちこのままでいいのかね」
「このままって?」
「んー、2人でずっと一緒にいて?」
「いいに決まってるじゃん。前言ったこと覚えてないの?」
「なに」
「家族と燈なら燈をとる。それ以外でも同じ。友達より面子より、俺は燈をとるの」
「……なんだそれ。俺は友達じゃないのかよ」
「燈は燈。俺にとって燈は燈って存在なの」

 ストンとその言葉が腑に落ちた。
 俺にとって渚は友達でも家族でも、もちろん恋人でもない。どれとも比較できなくて、それでも俺にとってなくてはならない存在。
 渚は渚。

「ふっ、ははっ! 確かに……納得かも」
「でしょ。佐藤の変な言葉なんかに惑わされないで。誰に何を言われようと、2人で一緒にいればいいじゃん」
「それもそうか。まぁ、もちろん他のコミュニティも大切にしつつだけど」
「何それ。俺には必要な」
「とりあえず週1くらいで、佐藤も昼飯誘うか」

 渚が見たこともないほど、険しい顔をする。イケメンが台無しなその表情に、思わず笑いが溢れた。
 ちなみにこの後の3年のクラスでは、奇跡的に俺と渚と佐藤が同じクラスになる。
 あの時も渚はなんとも言い難い複雑な顔をしていた。俺がいて、嬉しい気持ちと、佐藤がいて最悪だと思う気持ち。
 そんな渚を見て、俺と佐藤で大笑いしたことは記憶に新しい。

 俺たちの関係に名前はない。俺にとって、渚は渚で、それ以上でも以下でもない。
 でも、決めていることが一つだけ。
 俺は何があっても、渚の味方でいる。
 渚がどんな罪を犯しても、どんな姿になっても、俺だけは味方でいようと、そう決めている。
 渚が悲しむ夜があるならば、何も言わずにそばに居ようと。
 
 ──まさに今、その決意を試されている時なのかもしれない。