明人は、自分に巻き付いた糸を眺めながら、しばし逡巡していたが、耳にくるりと巻き付いている糸を選んで、「じゃあこれ行ってみよ~!」と歩き始めた。「これ、それぞれに繋がってんの?」明人が糸を手繰り寄せるようにしながら歩いているのを見て、質問する。「そうだよ。ちなみに祠はこれ」明人は左手の薬指を指さす。「ほら。」明人が左手を祠のほうへ伸ばすと、赤い糸がまっすぐと伸びているのがわかった。「なるほど。ちょっとそのまま」祠の方へ小走りで戻り、再び扉を開けると予想通り、明人から出た糸はご神体の赤い布へ溶け込んで同化していて、そこから伸びていることが分かった。「これって、引っ張られたりしない?糸から生気吸い取られたり。」特に首に巻き付いている赤い糸を見ながらそう聞く。糸といえども何本にもなるときっと強靭で、力も強い。こんなんでぎゅうぎゅう締め付けられたら、死んでしまう。「全然。離れたらその分伸びるだけだし、絡まったりもしないし、痛くもないし、そもそも僕にはもう生気という概念が存在しない。」「そっか。」痛くないのならいいんだ。死んでまで痛い思いをしているなんて耐えられないから。「行こ」明人はまた歩き始めた。
どうやら表門のほうへ向かっているらしい。校舎裏から曲がって、校舎の横を歩いていく。薄明りをまとった校舎からは、すこしひんやりとした空気が流れ込んでいるような気がして、震えた。いや、これは武者震いだ、そう、多分。廊下の端の窓があり、覗いてみる。普段と反対側から見るガラス窓は、少し歪んでいるような、物足りないような、変な感じがした。一階の校舎端、廊下。崩れた天井と、向こうに「KEEPING」のテープが見える。記憶の中で何回も反芻したこの場所を、裏返しに見ていた。そのまま歩いていると、次は美術室の窓だ。作業がしやすい大きな机がぬらぬらと暗く光っている。石膏像が月明かりに照らされて薄気味悪い。「GOOD LUCK!」黒板に白い文字がさらさらと現れて、石膏像のマダムがバチコンときれいなウィンクをよこしてくる。優しいのか怖いのかどちらかにしてほしい。少なくともゾッとはした。「ありがとう、マドモワゼル!」明人はウィンクを投げ返している。「余裕だな、怖えよ」「あのお姉さん、めちゃくちゃいい人だよ、しゃべらないけど。」「なんそれ」「僕が七不思議退治するって言ったら、七不思議モチーフでかつて書かれた美術室の作品教えてくれたもん。」「はあ……」
校舎の横辺を角まで歩き終わると、校庭が広がっておりその異変に気付く。だだっ広くて、夏は日影なんて一つもないまっ平らな校庭に、墓がずらりと並んでいるのだ。手入れされていない、古ぼけた墓。それらが、無機質に並んで、弔いを待っている。「やっぱり迫力あるね」明人は、スーッと上に登って行って墓を見下ろしながら言ってくる。「迫力はあるけど、意外とこれだけって?感じ。」不思議な体験にも慣れてきた俺は、あくびこそしないが、目の前の墓地を受け入れ始めてしまっているのかもしれない。「なんか、この学校ってもともとお墓があったところを更地にして、そのためにお墓を移して建設されたらしいよ。広い校庭を作るにはそうするしかなかったんだって。」明人は確かにこの七不思議たちについて、よほど調べをつけているらしい。墓地に踏み入れると、石畳の固い地面の感触が確かに伝わってきた。いつも校庭を歩いているときは、砂を踏みしめるじゃりっという感触と、砂が小さく跳ねて足首に当たる感じがするのだが、今は全くない。完全に石の上を歩いている。どうなっているんだろう。怪奇現象に仕組みも何もないのはわかっているのだが、思わず地面を眺めてしまった。墓には「先祖代々之墓」とあるもの、「田中家之墓」とあるもの「金田マツ」と名前が彫られているもの、いろいろなものがある。こんなにまじまじと墓を眺めることなんて今までなかったから、少し新鮮な気持ちを抱いていることは否めない。墓参りにも数回行ったことがあるが、ほかの家の墓をじろじろ見るわけには行かない。墓前灯篭まできちんと置かれている墓があれば、ほぼ野ざらしに墓石だけが斜めになって土に沈んでいるものもある。なんとなく切ない気持ちになって、小さく手を合わせた。このお墓たちは、今どこにあるのだろう。埋め立てられたり捨てられたりしてここに出てきているのだろうか、それともどこかの墓地がここに投影されているのだろうか。どちらにせよ、ここに怪異として出現していることは間違いない。恵まれていない墓であるならば、このお参りでどうか、と目を瞑った。いつの間にか明人がそばに来ている。「凪?」少し戸惑ったような心配しているような声で名前を呼ばれて参った。「何でもない、どうする?」「お札とかないし、七不思議そのものについてはかなり調べたんだけど、その祓い方については何の情報も集められなくってさ」明人は珍しくどうしようと眉を下げている。たしかに、未だこの怪異が存在しているということは、お祓いに成功した人はいないということに等しい。「とりあえず、それ、辿ってみるか。」明人の耳の糸を指さして、言った。
明人は、自分の糸を手繰り寄せるように、ふよふよとその方向へ進んでいく。墓地の真ん中にボス墓があるわけでもなければ、人魂が浮かんでいることも幽霊が襲ってくることもない。「ここ……だ……」明人が止まり、ショックを受けたように固まる。俺もその墓に向き合うとその意味が分かった。「松原明人之墓」石に刻まれたその温度を持たない名前は、俺が幼稚園の時から今までずっと見てきた漢字の並びだ。「僕の……墓……」明人は小さくつぶやき、その場にしゃがみ込む。「大丈夫か」隣にしゃがんで、背中に手を当てようとして、その手が宙を掻いた。「あ」小さな声が出る。もう、明人に寄り添うことはできても、触れることはできない。「ぼく、死んじゃったんだ」明人が膝の間に顔を挟むようにして俯きながら呟く。あんなに気丈にふるまっていた彼でも、大丈夫なわけがないのだ。「死んじゃったんだな」どうせできないのに、肩に手を回して、引き寄せようとする。明人が、腕と腕が重なって透けあうくらい近くまで寄ってきて、俺の肩に頭を預けた。「墓参りしよう。自分の墓参り」明人を促して、俺も手を合わせる。神様仏様、この墓に眠る者をどうか天国で幸せにしてやってください。俺の大切な大切な幼馴染なんです。目をぎゅっと瞑って、心の中でお願いした。目を開き、明人のほうを向くと、俺の横顔を見つめていたのか目が合う。「ありがとう、お墓詣り。」「どういたしまして、ほら、お前も。」彼は小さくうなづいて自分の墓に手を合わせた。その瞬間、明人の耳に巻き付いていた赤い糸が、空気にぱっと飛び散るように霧消したのを見る。「あっ」それと同時に、彼の墓は消えた。彼の墓だけじゃない、俺らを囲むようにあった無数の墓が消えた。「これで完了?」「多分。耳のも無くなってるし」祓う条件は、おそらく死んだ本人が自分の墓を見つけ墓参りをすること、とか、墓参りをしてもらうこととかそんなところだろう。明人を横目で見ると、まだ少し目に陰りがある気がした。「大丈夫だよ」何が大丈夫なのかわからないが、明人がそんな顔をしているときは、ふとこの言葉が口をついてしまう。「大丈夫、か。」悪趣味なこの七不思議巡りを一刻も早く終わらせたい一心だった。
どうやら表門のほうへ向かっているらしい。校舎裏から曲がって、校舎の横を歩いていく。薄明りをまとった校舎からは、すこしひんやりとした空気が流れ込んでいるような気がして、震えた。いや、これは武者震いだ、そう、多分。廊下の端の窓があり、覗いてみる。普段と反対側から見るガラス窓は、少し歪んでいるような、物足りないような、変な感じがした。一階の校舎端、廊下。崩れた天井と、向こうに「KEEPING」のテープが見える。記憶の中で何回も反芻したこの場所を、裏返しに見ていた。そのまま歩いていると、次は美術室の窓だ。作業がしやすい大きな机がぬらぬらと暗く光っている。石膏像が月明かりに照らされて薄気味悪い。「GOOD LUCK!」黒板に白い文字がさらさらと現れて、石膏像のマダムがバチコンときれいなウィンクをよこしてくる。優しいのか怖いのかどちらかにしてほしい。少なくともゾッとはした。「ありがとう、マドモワゼル!」明人はウィンクを投げ返している。「余裕だな、怖えよ」「あのお姉さん、めちゃくちゃいい人だよ、しゃべらないけど。」「なんそれ」「僕が七不思議退治するって言ったら、七不思議モチーフでかつて書かれた美術室の作品教えてくれたもん。」「はあ……」
校舎の横辺を角まで歩き終わると、校庭が広がっておりその異変に気付く。だだっ広くて、夏は日影なんて一つもないまっ平らな校庭に、墓がずらりと並んでいるのだ。手入れされていない、古ぼけた墓。それらが、無機質に並んで、弔いを待っている。「やっぱり迫力あるね」明人は、スーッと上に登って行って墓を見下ろしながら言ってくる。「迫力はあるけど、意外とこれだけって?感じ。」不思議な体験にも慣れてきた俺は、あくびこそしないが、目の前の墓地を受け入れ始めてしまっているのかもしれない。「なんか、この学校ってもともとお墓があったところを更地にして、そのためにお墓を移して建設されたらしいよ。広い校庭を作るにはそうするしかなかったんだって。」明人は確かにこの七不思議たちについて、よほど調べをつけているらしい。墓地に踏み入れると、石畳の固い地面の感触が確かに伝わってきた。いつも校庭を歩いているときは、砂を踏みしめるじゃりっという感触と、砂が小さく跳ねて足首に当たる感じがするのだが、今は全くない。完全に石の上を歩いている。どうなっているんだろう。怪奇現象に仕組みも何もないのはわかっているのだが、思わず地面を眺めてしまった。墓には「先祖代々之墓」とあるもの、「田中家之墓」とあるもの「金田マツ」と名前が彫られているもの、いろいろなものがある。こんなにまじまじと墓を眺めることなんて今までなかったから、少し新鮮な気持ちを抱いていることは否めない。墓参りにも数回行ったことがあるが、ほかの家の墓をじろじろ見るわけには行かない。墓前灯篭まできちんと置かれている墓があれば、ほぼ野ざらしに墓石だけが斜めになって土に沈んでいるものもある。なんとなく切ない気持ちになって、小さく手を合わせた。このお墓たちは、今どこにあるのだろう。埋め立てられたり捨てられたりしてここに出てきているのだろうか、それともどこかの墓地がここに投影されているのだろうか。どちらにせよ、ここに怪異として出現していることは間違いない。恵まれていない墓であるならば、このお参りでどうか、と目を瞑った。いつの間にか明人がそばに来ている。「凪?」少し戸惑ったような心配しているような声で名前を呼ばれて参った。「何でもない、どうする?」「お札とかないし、七不思議そのものについてはかなり調べたんだけど、その祓い方については何の情報も集められなくってさ」明人は珍しくどうしようと眉を下げている。たしかに、未だこの怪異が存在しているということは、お祓いに成功した人はいないということに等しい。「とりあえず、それ、辿ってみるか。」明人の耳の糸を指さして、言った。
明人は、自分の糸を手繰り寄せるように、ふよふよとその方向へ進んでいく。墓地の真ん中にボス墓があるわけでもなければ、人魂が浮かんでいることも幽霊が襲ってくることもない。「ここ……だ……」明人が止まり、ショックを受けたように固まる。俺もその墓に向き合うとその意味が分かった。「松原明人之墓」石に刻まれたその温度を持たない名前は、俺が幼稚園の時から今までずっと見てきた漢字の並びだ。「僕の……墓……」明人は小さくつぶやき、その場にしゃがみ込む。「大丈夫か」隣にしゃがんで、背中に手を当てようとして、その手が宙を掻いた。「あ」小さな声が出る。もう、明人に寄り添うことはできても、触れることはできない。「ぼく、死んじゃったんだ」明人が膝の間に顔を挟むようにして俯きながら呟く。あんなに気丈にふるまっていた彼でも、大丈夫なわけがないのだ。「死んじゃったんだな」どうせできないのに、肩に手を回して、引き寄せようとする。明人が、腕と腕が重なって透けあうくらい近くまで寄ってきて、俺の肩に頭を預けた。「墓参りしよう。自分の墓参り」明人を促して、俺も手を合わせる。神様仏様、この墓に眠る者をどうか天国で幸せにしてやってください。俺の大切な大切な幼馴染なんです。目をぎゅっと瞑って、心の中でお願いした。目を開き、明人のほうを向くと、俺の横顔を見つめていたのか目が合う。「ありがとう、お墓詣り。」「どういたしまして、ほら、お前も。」彼は小さくうなづいて自分の墓に手を合わせた。その瞬間、明人の耳に巻き付いていた赤い糸が、空気にぱっと飛び散るように霧消したのを見る。「あっ」それと同時に、彼の墓は消えた。彼の墓だけじゃない、俺らを囲むようにあった無数の墓が消えた。「これで完了?」「多分。耳のも無くなってるし」祓う条件は、おそらく死んだ本人が自分の墓を見つけ墓参りをすること、とか、墓参りをしてもらうこととかそんなところだろう。明人を横目で見ると、まだ少し目に陰りがある気がした。「大丈夫だよ」何が大丈夫なのかわからないが、明人がそんな顔をしているときは、ふとこの言葉が口をついてしまう。「大丈夫、か。」悪趣味なこの七不思議巡りを一刻も早く終わらせたい一心だった。
