モイライ来りて糸を繰る


 陽向が梶山辰巳という少年と知り合ったのは幼稚園の頃である。当時からかけっこが誰よりも速く、おしゃべりも達者だった辰巳は、当然のように皆の中心に立つ存在であった。幼いながらさらさらとした黒髪に高く通った鼻筋は、あと十数年もすれば恐ろしいほどの美形になることを周囲の人間に容易く想像させたものだ。
 一方、当時の陽向はというと内気な子どもで、同い年の子とする外遊びよりも、塗り絵や折り紙など一人でできる室内遊びを好んでいた。特に折り紙で小さなテーブルやピアノ、椅子などを折り、それらをお菓子の箱の中にインテリアとして飾るのが好きだった。そこにこれまた親指サイズのお人形を置いて、まるで本当に人が生活しているかのように演出するのが殊の外面白いのだ。今思えば箱庭遊びの一種だったのかもしれない。
 しかし幼稚園の年長になったある日。同じ組にいた特にやんちゃな男子が、陽向の作った箱庭をぐちゃぐちゃに壊してしまった。一人でこんな物を黙って作っているのは気持ちが悪いとかダサいとか、いろいろ言われたような気もする。
 陽向は懸命に作った折り紙たちがビリビリに破かれ、踏まれてぐしゃぐしゃになっていく様を見ても、何を言うわけでもなく立ち尽くすだけだった。そんな陽向の様子に調子づいたのか、目の前の彼は小さな人形を掴み床に叩き付けようとする。
 だがその前に、いたずらな子どもを横から蹴り飛ばす少年がいた。梶山辰巳だ。彼は園庭でたくさんの友人たちと遊ぶサッカーでいつも華麗にゴールを決めているその足で、容赦なく同い年の子どもの横腹を蹴り飛ばしたのだ。
 何が起こったのか分からなかったのは陽向だけでなく、蹴られた男の子も同じだったらしい。一瞬の静寂の後、彼は顔を真っ赤にして泣き始めた。

「泣くな! 泣きたいのは、陽向の方だろ!」

 しかし辰巳は彼を一喝し、陽向の方に向き直る。
 お前もひどいことをされたのに、何で怒らないんだ。
 そんなことを言われた陽向は、「だって、理由があるかもしれないから」と答えた記憶がある。
この男の子がこんなことをしたのには、何か事情があるのかもしれない。だからむやみに怒りたくない。
 そんな内容をたどたどしく伝えると、辰巳はぱっちりとした瞳を瞬かせて、それはいくら何でも優し過ぎるんじゃないのかと驚いてみせた。

「陽向。これからは、俺と一緒にいよ。何か、危ないもん」
「あぶない?」
「うん。優しいのはいいことだけど、陽向のは、お人好しって言うんだ。優しいとは、ちょっと違うんだよ」

 辰巳は幼い子どもらしい声で、何やら難しそうなことを言う。当時の陽向には理解し切れなかったが、とにかくこの少年が自分のことを心から案じてくれているのだということだけは分かった。
 それからというもの、二人は共に過ごす機会が増えた。陽向が辰巳に連れられて他の友人たちと鬼ごっこやサッカーをすることもあったし、逆に辰巳が陽向と一緒に絵本を読んだり折り紙をしたりすることもあった。それまであまり手を動かすような遊びはしていなかった辰巳が、初見であっという間に綺麗な折り鶴を折ってみせたのは、陽向にとって意外だったが。
 思えばこの時から既に、自分と彼との間に横たわる格差という溝は生まれていたのだろう。