ゆうれい

 救急車で運ばれて行った義兄たちはそのまま入院した。一週間、起きたら暴れて笑いながらお互いを殴り合う、血まみれになって気を失うとそのまま長時間死んだように眠るを繰り返して、今は意識は正常に戻ったが、怪我が酷くてまだしばらく入院が必要となった。溺愛する我が子があんなことになってショックを受けている萌さんは落ち込み、父さんも心配で頭を抱えていた。

 俺はもう誰の顔色を伺うこともなく、用があれば自由にリビングを行き来する。
 ウォーターサーバーの水で喉を潤してすぐにリビングを出ようとドアの方に向かう。辛そうな萌さんの話を聞いて、励ます父さんを横目に見ると、目が合って慌てて逸らす。

「あ、澪」
「……なに?」
「澪は、今日は体調どうだ?」

 父さんが優しい声で問いかける。俺は俯いたまま頷く。

「大丈夫」
「そうか、良かった。またあとで部屋に行くから」
「うん……」

 父さんは、俺が引きこもっていようが焦ることも怒ることもなく、常に優しい。
 義兄弟のことを気にかけ、萌さんを支え、そして俺にもちゃんと寄り添おうと、部屋に来て体調を気遣いながら他愛もない話をしたり、勉強を教えてくれたりすることもある。
 そうやって久しぶりに父さんと過ごしていると、二人で生活していた日々を思い出す。
 幸せだった。確かに。父さんは相変わらず仕事で忙しいけれど、母さんは居なくて寂しかったけれど、学校で友だちはできなかったけれど。不思議と辛いと思うことはなかった。

 そして幸せだった頃の生活を思い出すと、もうそれが戻ってこない現実がより鮮明になって、いつも苦しくなる。
 リビングを出て、階段を駆け上がる。

 ベッドを背もたれにして床に座り、シュウクリームを食べながらテレビを見ていたユウが、こっちを見て微笑む。隣に座ると、引き寄せて優しく頬を撫でてくれる。
 俺もクーラーボックスから買い溜めているシュウクリームを取り出して、袋を開けて、口に運ぶ。今まであまり甘いものは食べなかったけれど、ユウに影響されて食べてみると案外ハマってしまった。
 スマホの通知が鳴って画面を見ると、ユウが“サイキン ソレ バカリ タベテル”、“エイヨウ カタヨル ヨ”と送ってきた。俺の頬にキスをしながら、心配そうにジッと見つめるユウに笑いかける。

「いいんだよ。ユウと同じの食べてた方が美味しく感じるから」

 シュウクリームを食べ終わると、ユウに抱き締められる。

 どんなに現実が苦しくても、辛くても、俺にはユウがいる。だから、大丈夫。

 窓の外を見ると、すっかり冬の景色に変わっていた。
 目を閉じる。ユウの身体の冷たさに浸って、目の前の現実を遠ざけた。

 また一週間が経った夜、父さんが俺の部屋のドアをノックした。まるでクッションの代わりのように抱き締めていたユウの骨を慌てて隠して内鍵を開け、返事をすると、ゆっくりと隙間を開けて顔を覗かせる。

「良かった、まだ起きてた。……入って大丈夫か?」
「あ、うん」

 父さんは俺の部屋に入ると、ベッドに腰かける。ユウがまじまじと興味深そうに父さんを見つめていた。

「澪、急ですまないが、今日ちょっと仕事の方でトラブルがあって、明日は帰りがかなり遅くなりそうなんだ。もしかしたら日付けが変わる頃になるかもしれない」
「そっか」
「萌さん身体がしんどいみたいだから、お粥と、他にもいくつかおかずを作り置きしておいたから、澪も食欲が出たら食べて。萌さんにも言ってあるから。澪が好きなつくねの照り焼きもあるよ」
「……ありがとう……」

 父さんの後ろで、ユウの瞳がきらきら輝く。自分も食べる気なのかな。父さんがいないときは多分萌さんがリビングに入るのを許してくれないと思うけど。
 俺の頭を優しく撫でたあと、父さんは「おやすみ」と言って部屋を出て行った。

 父さんの作ったご飯、久しぶりに食べたいな。萌さんに見られたら面倒だし、夜中にこっそり取りに行こう。昼夜がめちゃくちゃになっている俺にとっては簡単なことだった。
 深夜の二時頃に静かに暗いリビングに降りて、冷蔵庫から父さんが作り置きしたおかずを少しずつ取り分けて温め、タッパーに入れて二階に持って上がる。

 待っていたユウはとても嬉しそうな顔をしていた。
 俺はまたユウの骨を膝に置いて、二人で父さんの作ったご飯を美味しく食べた。自然と父さんと過ごしていた頃の記憶が蘇って、思い出話をユウに聞いてもらったりした。ユウは優しい表情を浮かべながら、俺の話を聞いてくれていた。
 その間もずっと、俺はユウの骨を抱き締めていた。

 深夜であることと、子どものようにあれもこれもと夢中で話しておかげで油断していた俺は、この時気づかなかった。

 部屋の内鍵をうっかり閉め忘れたこと。
 そしてドアの隙間から、萌さんの血走った目がこっちを覗いていたことに。

 次の日の夜だった。ユウと一緒にコンビニに行って、また甘いものを買い溜めて、二人で仲良く手を繋いだり、後ろから抱きしめられながら帰り道を歩いていた。
 澄んだ空に白い息が上る。

「今日寒いなあ……雪降りそう」

 俺がそう呟くと、ユウが瞳を輝かせた。

「雪好きなの?」

 聞くと、コクコクと頷く。

「じゃあ、雪降って積もったら外で遊ぼっか」

 笑いかけたら、ユウがまた嬉しそうに笑って頷く。そして────突然、フッと姿を消した。

 目を見開く。何が何だか分からず、手に持ったビニール袋を落として数秒間呆然としてしまった。

「……ユウ……?」

 辺りを見回しても、どこにもいない。

「ユウ!? どこだ、ユウ!!」

 叫びながら走る。焦りで、ドッドッと鼓動が早くなっていく。
 胸の奥がザワついて、胃がムカムカしてくる。
 嫌な予感がして、俺は全速力で走って家に帰った。

 玄関を開け、二階に駆け上がる。俺の部屋の扉が開いていて、冷や汗が吹き出る。
 中に入ると、酷くやつれた様子の萌さんが、ユウの骨を包丁でガンガン刺していた。

「やめろ!!」
「……あら、早かったわね」
「やめろ!! それを離せ!!」

 萌さんに包丁の先を向けられるが、お構いなしに手元のユウを取り返そうと思いっきり飛び込む。
 体当たりして奪い取ったユウを強く抱き締めると、床に転がった俺に向かって萌さんが包丁を振り下ろした。
 
「ッ……!」

 間一髪避けたが、顔に掠ってドクドクと血が溢れる。このままだと殺される。ユウを壊される。
 萌さんの血走った目がぎょろりと動いて、ユウの骨を見る。

「“それ”でしょう、アンタが“それ”を使って何かして……理人と維人を呪って……! あんな姿にしたんでしょう?!」
「…………ッ」
「許さない!! 許さない!!」

 萌さんがヒステリックな叫び声を上げて、再び包丁を振り上げる。
 俺は何とか刺される前に萌さんの身体を蹴り飛ばし、ユウを抱えて部屋を飛び出した。
 靴も履かずに無我夢中でそのまま外に出る。
 後ろを見ると、萌さんも追ってきていた。

「大丈夫だよ、ユウ……、大丈夫」

 走りながら、傷だらけになったユウの骨を震える手で撫でる。

「いつもっ、守ってくれたんだ……っ、今度は、俺が守るから……」

 肩で息をしながら夢中で走っていると、線路の近くまで辿り着く。そのとき、急に足に強い痛みがして思わず立ち止まる。
 しゃがんで足の裏を確認すると、大きなガラスの破片が突き刺さって血が溢れていた。
 その傷に、冷たい手が触れる。

「……ユウッ!」

 足と顔の傷に触れ、俺のことをとても心配そうに見るユウがいた。でもその姿は、陽炎のようにゆらゆらと不安定だった。

「ああ……! ユウ、やだ、消えないで……ッ」

 揺れるユウの影に手を伸ばす。またユウの姿がフッと消えてしまって、その手は空を切る。俺の目からは大粒の涙がこぼれる。片手に抱いた骨が、ポロポロと形を崩す。
 後ろから萌さんが包丁を持ったまま、奇声を発しながら走って来る。カンカンカンと、踏切の音が鳴り響く。

 そうだ、俺はどうせ何もしなければ殺されるんだ。このままだとユウが完全に消えてしまうのも時間の問題だろう。

 ユウがいないなら、希望の無いこんな人生を、生きる意味なんて無い。

 力を振り絞り、足に刺さったガラスの破片を抜いて血を垂らしながら走る。
 裸足で走って、下りた踏切の中に侵入すると、ユウが立っていた。
 俺は骨を持ったまま、近付いてくる電車のライトを背に浴びて、踏切の音が鳴り響く中でユウに向かって片腕を広げる。

「ユウ、こっちに来て、キスして」

 ユウに笑いかける。

「“同じ”になって、ずっと一緒にいよう、ユウ」

 そんな俺を、ユウは、微かに見開いた瞳でジッと見ていた。


◇◇◇


 この世で一番愛おしい人が、涙に濡れた虚ろな目で真っ直ぐに僕を見つめ、手を広げて待っている。
 迫り来る電車のライトが、澪の影を濃くする。

 僕の中に、一人の少年の記憶が、物凄い速さで駆け抜けていった。

***

 今から約六十年前。当時はまだ田舎だったこの土地に生まれた。
 親は多くの土地を持つ地主の息子だった。
 しかし死んだ愛人が生んだ子どもであり、さらに生まれつき声が出ない病気を持っていた僕は、家の中で愛されたことは一度もなかった。

 だからいつも誰かに愛されたくて、ニコニコ笑っていた。
 周りから見ると話せない僕がずっと笑っているのは不気味だったようで、近所の子どもたちからは「妖怪」と言われて嫌われ、虐められていた。

 それでも好かれたくて、愛されることを諦めたくなくて、笑うことをやめなかった。

 いつも優しく頭を撫でたり、頬にキスをしたり、愛の言葉を囁いてもらいながら寝かし付けてもらえる兄弟が羨ましかった。
 楽しそうに笑ってお菓子を食べている家族をドアの隙間からこっそり見ながら、ぐうぐう鳴るお腹を押えていた。どんな味なのかなと想像しながら、いつか大人になったら食べてみたいと夢見ていた。

 体が大きくなるにつれ、虐めは酷いものになっていった。

 「よう、妖怪」と言いながら、毎日のように後ろから頭を殴られた。挨拶のようなものだと自分に言い聞かせ、僕が笑いかけると、寄ってたかって気持ち悪いと言いながら、僕を指さして笑った。

 ずっと独りだった。家でも外でも、ずっと。
 泣いたら全部壊れると思って、泣けずにいた。辛い気持ちは押し殺し、毎日笑顔でいた。

 僕の存在を拒絶しないのは近所の野良猫たちだけだった。猫じゃらしで遊びながら、笑って鼻をすすった。

 そんな毎日を過ごしながら、将来の夢をテーマに作文する中学の卒業文集には、ありったけの夢を書いた。


“将来の夢

僕の夢は、好きな人と幸せに暮らすことです。
あたたかい布団で一緒に眠ったり、お互いの好きな食べものを一緒に食べて、普通の会話をしながら笑い合いたいです。
辛い時は支え合って、傷を負ったら癒して、好きな人とその人が大切にする全部を守り抜いて、何よりも愛して、好きな人がずっと心から笑っていられる世界を作りたいです。

そして、その人とお爺ちゃんになっても手を繋いで歩くのが、僕の夢です。”

 “日本を建て直す”、“世界に羽ばたく人間になる”、“家庭を築いて立派な子を育てる”。そんな大きな夢ばかりが書かれていた中で、僕の夢は小さなものだった。
 案の定、卒業文集が出来上がると、僕の夢はみんなの前で音読され、くだらない、気持ち悪いと晒されて笑いものになった。

 それでも僕は、涙を押し込めて笑った。

 あれは高校に進学して、最初の夏だった。
 違う高校に進学した、小さい頃から僕を虐めていた集団が、学校帰りの僕をたまたま見かけたらしい。
 「よう、妖怪」と声がした瞬間、頭をバットで殴られた。何か嫌なことでもあったのか、突然そのまま路地に引きずり込まれ、酷い暴力を受けた。とても痛くて苦しかった。このまま殺されると思った。
 助けてと叫ぶ声は僕には無い。
 もう笑うのも忘れて、僕は隙をついて必死に逃げた。
 しかし数人で追いかけ回され、住宅地の中の階段の手前で追い付かれたとき、一人の手が僕の背中を強く押した。

 正面から階段を転がり落ちた僕は、落ちた先で頭に強い衝撃を受け、首の骨が折れた。
 激しい痛みが襲い、呼吸ができず、地獄のような苦しみを味わったのち、そのまま絶命した。

 身体は動かず、痛みは全て消えたのに何故か意識はあって、気付くと泣きながら死んでいる惨めな僕の姿が上から見えた。
 バタバタと階段を降りてきたいじめっ子たちが、酷く焦った様子で話し合っていた。一人がどこかから持って来た大きな袋に僕の身体を数人がかりで詰め込み、周囲の様子を気にしながら、いじめっ子たちは近くの山に入り、汗だくになって穴を掘り、首が曲がった僕の死体に必死になって土をかけた。
 僕はその様子を、ただボーッと眺めていた。

 それから約六十年。長い長い間、僕は山の中を虚しく彷徨っていた。

 たまに僕の姿が見えるらしい動物と過ごした。六十年かけて、僕の怨念は募っていった。不貞行為の末僕を産み落として死んだ顔も知らない母親。僕を透明人間のように扱った家族。僕を理不尽に虐めて、何度も笑いものにした、悪魔たち。
 自分の中がどんどん黒く染まり、化け物に変わっていく感覚がした。

 僕のことを殺して、でもそんなことを気にも留めずに変わっていく町の姿を見下ろしながら、果てしない時間をかけて積み上げられた憎しみに、僕自身が飲み込まれて消えてしまいそうだった。

 そんなときだった。
 夏の夜、酷く傷付いた様子の、とても美しい少年が凶暴な女の霊に連れられて山に入って来た。
 その少年は、最近猪に掘り返されて出てきた僕の頭蓋骨に躓き、驚いて腰を抜かした。そのまま力尽きたのか、その場に寝そべると、僕の頭蓋骨に手を伸ばした。

 僕は目を見開いた。
 少年は、僕の頭蓋骨を抱き締めて言った。

「………………寂しかったよなぁ…………」

 生きていた頃から声が出ない、僕の喉が震えた。
 この少年を連れて来た女の幽霊が戻ってきて、獲物を逃がすまいと奇声を上げて少年を殺そうとした。考えるよりも先に手が動いていた。
 僕は内に溜め込んでいた憎しみを呪いに変え、すぐに女の幽霊を始末した。

 気を失った少年の、美しい黒髪に触れる。
 そして背中に手を伸ばし、身体の中に入り込んで、少年の記憶を覗いて代わりに身体を動かし、自分の頭蓋骨を持って家まで送り届けた。

 いくつもの悲しい不幸を背負ったこの少年を守ると決めた。
 ひとりで辛かったね。もう大丈夫、君には僕がいる。これから、君のことは必ず僕が守る。
 そんな思いを込めて、頭蓋骨を隣に置くと、身体を返してから少しして目覚めた少年は、ぼんやりしたまま僕の骨をベッドの下にしまった。

 それから、僕はまず澪の周りにまとわりつく悪霊を始末し、澪の心に深い傷を付けた母親である如月梨華を社会的に殺すため、しばらく梨華を観察した。金を得るために悪事を働く姿を確認して、梨華からの売春斡旋や薬物の購入に関わった被害者たちの身体を一時的に乗っ取り、警察や週刊誌に情報を回した。

 そうしてやっと澪の前に姿を見せると、澪は僕を怖がった。
 それでも良かった。すぐに仲良くなってみせる、君を孤独や不幸から救ってみせる。
 いつか、君の笑顔が見たい。
 その一心で僕は動いていた。

 澪を汚い目で見ていた柳、理不尽な暴力を振るう村岡。次々に呪った。日常的に澪を苦しめる義家族と、自分の欲望のために澪に偽りの姿を見せている小高のことは、然るべきタイミングで強い呪いを使って始末してやろうと考えた。

 澪のことを大切に思ってくれている晴奈ちゃんにはあわよくば澪と幸せになって欲しくて、ダメな男に騙されていることを知らせておいた。
 澪は徐々に心を開いてくれた。澪に優しい友だちができて、笑うことが増えた。
 幼なじみの晴奈ちゃん、僕が見える葵くん、明るい力くん。
 一番最初に澪と友だちになった響くんは大人っぽくて色気があってカッコよくて、僕がなりたかった男性像そのもので、何だか妬けたからちょっと気に入らなかった。

 僕に“ユウ”という名前をつけて笑う澪は、この世の何よりも綺麗で、可愛かった。

 澪のことが日に日に愛おしくなっていった。
 響くんが誰かに襲われた姿を見て、澪の笑顔を守るためには、澪の大事な人たちのことも守らなければと思った。

 愛おしくて、可愛くて仕方がなかった。毎日色んな方法で愛情表現をした。
 てっきり、澪はこんな僕をペットのようにでも思っているのだろうと、僕はそう思っていた。

 澪が、眠気眼で僕に「好き」と言うまでは。

 幽霊である僕を、澪が愛してくれるなんて微塵も思わず、戸惑った。
 このまま澪のそばにいてもいいのかと迷いが生まれた。
 澪に「葵といる方が楽しいと思うけど」と言われ、その言葉に嫉妬心が含まれていることは容易に想像ができた。

 僕は、澪が僕のような幽霊なんかを本気で好きになってしまう前に、離れたところから見守ることにした方がいいのかもしれないと思った。
 だって僕は、澪に温もりひとつ、与えてあげられないのだから。

 だから悪役に徹しようと思った。
 澪の物を盗んでいた真中優香は、嫉妬に狂って晴奈ちゃんを殺そうとしたタイミングで呪った。
 動揺する澪が僕のことを嫌いになるように、問い詰められるとわざと笑った。
 気持ちを押し殺して笑うのは得意だったから。

 その頃、ようやく梨華の罪が公になり、澪は僕のことを「信じていたのに、大嫌いだ」と泣きながら大声で責めた。
 嫌われることは良かった。
 ただその悲痛な表情や涙を見ていると、無いはずの心が酷く痛んだ。

 想像以上に澪は傷付いた様子で、遠くから見ていると苦しかった。
 そんな澪の傷に、また小高がつけ込んだ。僕は葵くんたちに助けを求め、澪たちが見えなくなったところで小高を呪い、始末した。

 その夜、澪は全てを思い出した。
 僕の頭蓋骨を抱き締め、泣きながら僕の名前を呼ぶ澪を見ていられなかった。
 僕の方が、澪を離してあげられなくなってしまう。それは絶対に、澪のためにならない。
 そう思って、澪の前に姿を見せないよう必死に耐えていたのに。

 日に日に弱々しく憔悴していく澪を、柳に殺されかけた直後でも、泣きながら僕を呼んで必死に手を伸ばす澪を。この世で一番愛おしい人を、抱き締めずにはいられなかった。

 自ら大切な繋がりを断ち切り、「ユウ以外何も要らない」と言う澪は酷く虚ろだった。僕がそばにいても澪のためにならない。分かっていても。

 澪と二人きりで過ごした日々は、僕の描いた、夢に見ていた幸せそのものだった。


 不器用で、ヤキモチをよく妬いて、本当はちょっとわがままで、強がりで、寂しがり屋で。
 とても優しくて、根は素直で、正義感が強くて、友だちが大好きで、かわいくて、美しい。

 拗ねる顔。キスしてって甘える顔。友だちの話をする楽しそうな顔。一緒にシュウクリームを食べて美味しいねって笑う顔。本を読む美しい横顔。僕を怖がる顔。子どものような寝顔。
 色んな澪が、僕の中に鮮明に刻まれている。

 澪は僕に色んなものをくれた。
 人を愛する温もりや心。
 何気なく幸せな毎日や、学生らしい思い出。
 「愛人の子」「妖怪」とばかり言われていた僕に、名前をくれた。愛おしそうに何度も呼んでくれた。

 僕を見上げて、目を細めて、少し頬を赤らめて、笑う。
 本当はずっと、自分の声で伝えたかった。
 僕はね、澪と出会えて、こんなにも幸せなんだって。

 だって君だけだ。
 君だけだったんだ。
 僕がずっと、この世に生まれ落ちてからずっと、寂しかったことに気付いてくれたのは。


──ねえ、澪。
 辛い思いをさせてごめんね。
 僕は君に幸せになって欲しい。
 君の笑顔が、永遠に続いて欲しい。
 僕の夢をたくさん叶えてくれてありがとう。
 僕を愛してくれてありがとう。
 もう消えてしまう僕ではなく、澪を愛してくれる人たちと、幸せになって欲しい。

 君が、心からの笑顔で、
 愛しい人と幸せに、お爺ちゃんになっても手を繋いで歩いている未来を、
 僕は永遠に、願っています。

 僕の最後の夢を、どうか、澪が叶えてね。


***

「ユウ、来て。同じになろう」

 片腕を広げる澪に、手を伸ばす。
 抱き締めて、唇に最後のキスをする。
 澪が、僕の腕の中で嬉しそうに笑った。

 それを見届けて、僕は澪から自分の頭蓋骨を奪い、澪を線路の外へと突き飛ばす。

 澪が驚いて手を伸ばす姿に笑いかけて、目を閉じる。

 その瞬間、僕の骨は、電車に跳ねられて粉々に砕け散った。