いい加減スキンシップに慣れて



 部活のない火曜日、傘を持ってきていなかった雛形と仲良く相合傘をして帰り道を歩く。
 腕が触れ合いそうで距離を取るのに、
「濡れる」
 と肩を抱き寄せられ狭い傘の中で密着する。あえて距離を取っていたのに、距離を縮められてしまい困り果てる。
「ダンスを始めたきっかけって何なの?」
 意識を逸らそうと雛形に話を振る。
「おばさんから両親は社交ダンスをしてたって聞いたからかな。まあでも、社交ダンスは興味なかったけど、テレビで見たブレイクダンスができたらカッコいいなって思って始めた」
「そんな単純な理由なの!?」
 ダンスを始めたきっかけは僕と同じだ。
「大層な理由なんていらなくね?」
「そうだね」
 雨は降っていたけど、橋の下は雨を(しの)ぐのにちょうど良くて雛形はいつもと変わらずダンスを踊る。雛形の義弟と義妹は友達との約束があるらしく、雛形と二人きりになる。
「雛形は振り付けをどうやって覚えてるの?」
 いまだに、振り付けは完璧に覚えられていなくて雛形に相談する。
「俺のはあんま参考にならないよ?」
「ん?」
「一回見たら振り付けを覚えられるから」
 一回で完コピできるなんてどういう頭をしているんだろう。
「それは確かに参考にはならないかも。でも、それって雛形の特技だよね」
「そうなるのかな?」
「そうだよ。特技のうちに入るよ」
 ダンス部員の足を引っ張りたくなくて、何かいい方法がないか思案する。
 どれだけ考えてもこれといった方法はなく、とにかく何度も観て頭に叩き込んでいると、雛形が屈んでスマホ画面を見せてくる。
「参考になるかわかんないけど聞いてみた」
 雛形は見かねたのか雛形の義弟と義妹に覚え方のコツを聞いてくれる。
『言葉で覚えてる』
『ステップから覚える』
「言葉で覚える? ステップから??」
 言いたいことは何となくわかるけど、いまいちピンと来ない。
「体で覚えるんじゃなくて、ジャンプ、ターンみたいに振り付けのリズムに合わせた言葉で覚えてるってこと。ステップからっていうのは、知らないステップがあると動きが止まるから最初にステップを練習するってこと」
 雛形に二人の簡潔なアドバイスをわかりやすく言い換えてもらいイメージがつく。
「本当にありがとう。参考にしてみる」
 二人のアドバイスを実践すると、闇雲に覚えようとしていたときより、振り付けが体にすんなり入ってくる。
「雛形、見といてもらえない?」
 ダンスを中断した雛形は通しで踊る僕のパフォーマンスをチェックする。
「どうだった?」
 途中でパフォーマンスが止まらずに踊り切れ達成感を味わう。
「全体的に良かった。後は細かいところを調整したらもっと良くなる」
 雛形に細かい部分を手取り足取り教えてもらい修正する。
「手は斜め四十五度に上げるように意識してみて」
 とにかく距離が近くて練習どころではない。雛形は親切に教えてくれているだけだというのに、触れられると意識してしまう。
 緊張して手汗をかいてしまい、雛形に手汗でべたべたな手を触られたくなくて手を引っ込める。
 そして慌ててべたついた手を制服で拭く。
「どうかした?」
 ちょうど通勤バッグを傘代わりにした中年男性が雨宿りをしに来た。見ず知らずの男性を言い訳には使いたくなかったけど、これ以上くっつかれると心臓が持たない。
「誰が見てるかわからないし、くっつかれるのはちょっと……」
「気分を害したならごめん」
「ああっと、違うよ……」
 胸のあたりで慌ただしく手を振って否定する。
 謝らせたいわけじゃない。雛形は全然悪くないのに謝らせてしまった。
 問題は僕のほうにある。
「スキンシップはしない。続きする?」
 雛形の表情からは傷ついた様子は見受けられなかった。
「……する」
 練習を再開してからは、言葉通りスキンシップはしてこなくなった。ダンス歴が長い雛形から伝授してもらうのはすごく有り難くて頼りになった。
 ダンスの動線確認を兼ねて雛形と通しで踊る。練習に付き合ってくれる雛形は本当に優しい。順調にいってたのに、最後のダンスパートでフォーメーション移動があり、僕が動線を間違えて雛形と正面衝突する。
「ごめ――」
「今のは僕が悪いから謝らないで」
 雛形は僕の体に手が触れないように手を宙に掲げる。
 ものすごく気を遣わせている。
 そうこうしていると、雨が止み気まずい空気が流れる。雨宿りしていた中年男性はスマホを片手に立ち去る。
「……」
 スマホ画面から目を離さない雛形をちらっと見る。
 緊張するとよく手汗をかく。昔はプリントを回すとき触れたプリントが湿るのをすごく気にしていた。今は制汗剤とかで汗を抑えている。それでも、汗は噴き出るからスキンシップとかは本当に無理。
「スキンシップの話なんだけど……」
「あー、うん」
「もしも汗っかきな僕が雛形の恋人だったとするでしょ。手を繋ぐとかそういうスキンシップを嫌がられたらどう思う?」
 精神性発汗だと公言するのは抵抗があって、真実と嘘を巧みに混ぜる。
 どうして僕が恋人だという設定になった……。
 友だちとしては好き。でも、恋愛っていう意味での好きとは違う。
「……堀平の話??」
「違うよ。もしもの話」
 雛形は口を真一文字に結んで何やら考え込む。
「よくわかんないんだけど……」
「そうだよね。言ってる僕もよくわからない」
「ははっ、何それ」
 笑ってうやむやにする。雛形は追求してくることもなく、友だちを失わずにいられてほっとする。
「僕は先に帰るよ」
 立ち上がってズボンの砂を払い落とす。
「堀平!」
 河川敷の階段を半分くらい登ると、雛形に呼び止められて振り返る。
「もしも堀平が汗っかきでも好きになってると思う」 
 呼応するような返事に放心する。バッグが肩からずり落ちて階段にすとんと垂直に落下する。
「えっと……、そうなんだ……」
 ほかに返す言葉が見つからなかった。
 気が抜けてぼーっとしながら帰り道を歩く。
 恋愛対象に入るの!?
 どういうつもりで言ったのだろう。雛形の気持ちはわからないけど、好きになっているというのは(あなが)ち間違いではないかもしれない。複雑な家庭環境を隠したりしない雛形のことだから。


 雛形のたった一言に頭を悩ませていた。席替えがあり、雛形と席が離れたというわけではなく、前後が逆になっただけだった。
「堀平、昼飯一緒に食べよ」
 あんなことを言っておきながら、雛形はいつもと変わらない。僕だけが振り回されている。
「うん……」
 曜日は決まっていないけど、昼ご飯は雛形と食べていることがほとんど。
 雛形の昼ご飯は大体決まっている。パンかサンドイッチと紙パックのジュース。中学校までは給食があったみたい。でも、高校ではそうはいかない。
「良かったら食べる?」
 雛形の机にもうひとつ用意していたお弁当箱を置く。
「食べたいけどいいの?」
 雛形は目をキラキラ輝かせて見るからに嬉しそうだ。
「いいよ」
 お弁当箱を開けた雛形はおかずをじっと見る。
 昨日の残り物であるたこ焼きなど、タコ料理を中心にしたおかず。
「また魚の消費に困ってる?」
「そうだよ。まただよ。後じゃがいも掘りに行ってきたらしくて、じゃがいもの消費も手伝ってくれない?」
「ははっ、喜んで」
「雛ちゃーん」
 マイペースでどちらかというとひとり行動が好きな雛形にも僕以外の友だちがいる。『雛ちゃん』というあだ名で呼ばれているのは、行動が遅いところがまるで雛鳥みたいだからだそう。雛形はクラスで一番背が高く、可愛いところはあっても背丈だけは雛鳥の小ささには程遠い。身長だけでいうなら、クラスで最も低い僕が雛鳥っぽい。
 雛形を『雛ちゃん』と呼んだ友だちが、雛形のお弁当に入っていたたこ焼きをかっさらう。
「ひよちゃーん、私もちょうだい」
 雛形を『ひよちゃん』と呼ぶ女友だちが、雛形の背後からたこ焼きを横取りし口に放り込む。
 雛形はクラスメイトから『雛ちゃん』かあるいは『ひよちゃん』と呼ばれている。『雛形』と呼ぶのは僕と先生だけ。『ひよちゃん』というあだ名はひよこから来ている。雛形はそんなあだ名で呼ばれても全く気にしていなかった。
「俺のだから!」
 雛形はお弁当を抱え込んで死守する。
「雛ちゃんだけ、ずりぃわ」
「僕は昨日食べたからあげる」
 僕のお弁当に入っていたたこ焼きを三つも雛形のお弁当に入れる。
「堀平、ひよちゃんをあんまり甘やかしたらいけないよ。ダメ人間になるから」
 それだけ言い残して雛形の友だちはその場から離れる。
 ご飯を一粒残さず美味しそうに完食する雛形を見ているとほっこりする。今度はどんなじゃがいも料理を作ろうかな。母親はよくコロッケを作っていたから、ポテトコロッケとカレーコロッケにしてもいいかもしれない。
「昨日は用事があった?」
「仕事があって、待ってたりしてないよな?」
「うん、いなかったから帰ったよ」
「ならいいけど」
 嘘をついた。本当は三十分くらい、いつもの河川敷で待っていた。三十分経っても来ないから、さすがに用事でもできたのだと家に帰った。
「これ、家庭部で作ってあげようと思ってたんだ」
 家庭部で作ったチョコパイをバッグから取り出して雛形と食べる。
「仕事って何してるの?」
「何だと思う?」
「カフェ店員?」
「いや、違う」
「わかった! イベントスタッフじゃないかな?」
「違うけど」
「ええー、違うの!?」
 結構自信はあったんだけど違ったらしい。
 雛形はスマホを机に置く。スマホ画面を見て思考が停止する。雛形の顔とスマホ画面に映る人物を交互に見る。そう言われれば、背格好が似ている。顔はマスクとキャップ帽ではっきりわからない。
 こんなことってある……。僕、フォローしているんですけど……。
 雛形はダンス動画をSNSに投稿していて、単一プラットフォームだけで百万人のフォロワーがいる。なので総フォロワー数は四百万人くらいいる。千月(ちづき)という名前で活動していて振付師として有名だ。手掛けたダンスの総再生回数は二桁の億超えだったはず。
 そんなすごい人が雛形なの!!?
「嘘だよね?」
 なぜか小声になる。
「嘘ついてるように見える?」
 ブンブンと首を横に振る。
 いやいや、滅相もない。
「今ってすごい忙しいんじゃない?」
「なんで?」
「なんでって、オーディション番組で楽曲の振り付けをするって予告動画が公開されてたよ」
「なんでそんな詳しいの?」
 雛形は片方の眉だけを上げて怪訝そうにする。
「偶然だよ。偶然見たんだ」
 疑われて慌てて言葉を返す。
 実は数あるダンス動画の中で、千月は一番お気に入りのダンサー。隠されれば隠されるほどベールに包まれた素顔を見たくなるものだ。更新されたら必ず見ているファンなんて大っぴらには言えない。
「偶然ねえ……」
 雛形の片眉はさらに吊り上がる。
「本当だって」
 椅子の上で身を小さくして『これ以上は聞かないで』と強く願う。
「そういうことにしとく」
 とりあえずファンだとバレずに済んで安堵する。
 顔を上げると雛形の口周りにチョコがついていてくすっと笑う。
 本当に千月が雛形だなんて、まだちょっと信じられない。勝手に二十代前半だと思い込んでいた。まさか高校生だなんてとんだサプライズだ。
 無意識に手を伸ばして、雛形の口周りにつくチョコを指先で拭う。
「チョコ、ついてた」
「スキンシップは嫌なんじゃなかった……?」
「えっと……、そうだね……」
 背中に変な汗が流れる。
 スキンシップは確かに避けてたけど、どうして僕から触ったんだろう。聞かれても説明できない。完全に無意識だった。
「堀平から触るのは嫌ではないわけ?」
「んーっと、嫌ではないかな?」
 雛形を直視できず視線を宙に泳がせ頬をポリポリ掻く。
 今まで気にしてなかったけど、僕から触るのは問題ない。相手からだとどこを触られるか、予測できないから苦手なのかもしれない。
「それなら、これからスキンシップに慣れて」
「えっ、うん……」
 思わず頷いて返事をする。
 でも、スキンシップに慣れないといけないのはなんで??
 頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。