「外傷自体は軽いですね。擦り傷と打撲が中心です。骨折の所見も、今のところありません」
白衣の医師は、パソコンの画面を見ながらそう言った。少し肩の力が抜ける。
「ただ」
医師は顔を上げた。
「頭を打っていますし、火災現場にいましたので、煙の吸入も気になります。CTと血液検査、それから念のため今夜は検査入院してください」
「入院ですか?」
「一晩様子を見るだけです。異常がなければ、明日には退院できますよ」
「お願いします」
横から木内が即答し、深々と頭を下げた。
「では、手続きを進めます。少ししたら看護師が来ますので」
そう言い残して、医師は病室を出ていった。
ドアが閉まる音がした途端、
「月芝くん」
木内が低い声で言った。
「……はい」
「自分が何やったか、分かってる?」
「……はい。すみません」
「スタッフ呼ぶとか、周りに叫ぶとか、他にも方法あったでしょ」
「……誰も動かなかったので――」
「言い訳しない!」
「はい。すみません」
木内は深く息を吐いた。
「ほんと寿命縮んだ」
「はい。本当にすみませんでした」
僕は深く頭を下げた。
「もう、私に謝ってどうすんの。頭上げて」
恐る恐る顔を上げると、木内が涙目になっていた。
「ほんとに無事でよかった」
少し空気がゆるんだのを感じて、僕は春川の容体を尋ねた。
「ケガはしてないらしい。今は眠ってるみたい」
木内はスマホを確認しながら答えた。
「よかった」
僕はほっとして、ため息をついた。
「現場はしっちゃかめっちゃかだけどね。明日は一旦撮影中止。とりあえず、ゆっくり休んで」
木内が僕の肩を優しくぽんと叩いたところで、看護師が入ってきた。そのあと諸々の検査を行い、ようやくすべて終わって個室の病室へ戻されたころには、心底疲れ果てていた。
僕はベッドに仰向けになり、天井を見つめた。消灯後の病室は、怖いくらいに静かだ。目を閉じると、炎が浮かぶ。その中心で、踊り狂う春川。いや、あれは春川ではなかった。まったくの別人。髪の隙間から覗いた真っ黒な瞳は、人の目というより穴だった。どこか別の世界へとつながる、底なしの穴。
僕は目を開けて上半身を起こし、棚に置いてある布袋を手に取った。そのとき、コン、と背後から音がした。窓の方からだ。心臓が跳ね上がる。ここは三階だ。まさか――。ゆっくり、首だけ動かして窓を見る。カーテンは閉じていて、隙間から真っ暗な夜が覗いている。
もう一度、コン、と先ほどと同じ音が響く。たぶん病院の庭木か何かが風で窓に当たっただけ。そうに決まっている。だが、確かめなければ今夜は眠れそうになかった。そろりそろりと窓へ近づく。カーテンの端をつまみ、そっと開けた。見下ろした瞬間、息が止まった。
真下に、日永が立っていた。こちらを見上げている。片手で小石を軽く放り上げ、ぱし、と受け止める。もう片方の手で、「来い」と言うように人差し指をくいっと曲げた。正面玄関から出ていくのは無理だ。こっそり抜け出すしかない。日永はすっと指先を横へ向けた。視線を移す。病棟の端、壁沿いに非常階段があった。僕は急いで自分の服に着替え、布袋をポケットへねじ込む。そっと病室のドアを開け、左右を確認してから、足早に非常口へ向かった。扉を開くと、キィッと軋んだ音が響く。看護師が駆けつけてこないかと内心びくびくしながら、なるべく音を立てないよう、抜き足差し足で階段を下りる。地面へ降り立つと、すぐに駆け出した。
日永のもとへ駆け寄ると、彼はさっきと同じように指をくいっと動かし、そのままくるりと背を向けた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
僕は小声でそう言いながら、そのあとを追った。病院の裏手を抜け、暗い通路を曲がり、やがて駐車場へ出る。街灯の下に、黒いバイクが一台停まっていた。日永はそこへ歩み寄り、ハンドルにかけてあったヘルメットを外すと、ぽんと僕へ放って寄越した。
受け損ねかけて、慌てて抱える。
「乗って」
「乗ってって……どこに行くの?」
「□□園」
日永は自分のヘルメットを被りながら、短く言った。
「あの介護施設に?なんで……」
「鎮魂、やるから」
「たましずめ?」
日永はエンジンキーを差し込み、透明なシールド越しにこちらを見る。
「行くの。行かないの」
「行く」
自分でも、なぜ即答したのか分からない。こんな夜更けに病院を抜け出すなんて。普段の僕なら、絶対にこんな無茶はしないのに。
日永は小さく頷いた。
「後ろ、しっかりつかまって」
言われるがまま後部座席へまたがる。バイクに乗るのは初めてだ。どこにつかまればいいのだろうと迷っていると、日永の手が伸びてきて、僕の手を自分の腰へ回させた。エンジンが低く唸り、車体が震える。その振動の中で、ふと思いついて尋ねる。
「……日永って、いくつ?」
少し間があって、前から声が返ってきた。
「16」
僕と同い年だ。
「たぶん」
「……は?」
意味を問い返す間もなく、バイクは夜の駐車場を蹴るように発進した。
病院から少し離れると、街灯はほとんどなくなった。暗闇のなか、頼れるのは日永だけだったが、そのバイクの速度がとにかく速い。カーブで車体が傾くたび、ひやりとする。いつの間にか、僕は日永の背中にしがみつくような格好になっていた。細いのに、不思議と体はぶれない。
「ちょ、ちょっと……!」
声を張ったつもりだったが、風に半分さらわれる。
「なに」
「スピード出しすぎじゃない⁉」
数秒の間があって、
「いつもよりは抑えてる」
と、平然とした声が返ってきた。
「これで⁉」
思わず叫ぶ。
「このバイク……日永の⁉」
「師匠の」
「師匠?」
「神社の宮司」
「神社って、この前の?」
「うん」
古びた社殿が脳裏によみがえる。
「なんていう神社?」
「御機神社」
「みはた?」
「御前の御に、機織りの機」
聞きなじみのない名前だ。あんな山奥にひっそりと佇んでいるのだから、知る人ぞ知る神社なのだろうか。道路脇の田んぼから虫の声が聞こえる。へッドライトだけが、黒い道を白く切り開いていた。
「さっき言ってた……たましずめって、何なの」
「そのままの意味。魂を、鎮める」
お祓いみたいなものなのだろうか。
「強い感情は、残ることがある」
「強い感情?」
「怒りとか。悲しみとか。恨みとか。そういうのがないまぜになって“澱み”として残る。苦しんだ場所とか、身近にあった物、側にいた人とかに」
「それって祟りとか……そういうこと?」
日永が首を横に振る。
「それだけだったら、大した影響はない。そういうのに敏感なやつは、ちょっと具合が悪くなったりもするけど」
日永の頭が、かすかにこちらへ向いた気がした。もしかして僕は、その「敏感なやつ」なのかもしれない。
「条件がそろうと物理的にこっちへ干渉してくる存在になる。それを、俺らは怪異って呼んでる」
続く機材トラブル。虫の群れのようなもの。憑りつかれたみたいにおかしくなる演者たち。そして、あの女。
「……霊とか、本当にあるんだ」
「分からない」
「……え?」
独り言への返事だろうか。かなり小さな声で呟いたつもりだったが、聞こえていたらしい。
「ほんとにそんなものがあるのかは、分からない」
拍子抜けして、思わず聞き返す。
「えっと……じゃあ今の話は」
「考え方」
日永の声は、変わらず静かだった。
「病気。災い。説明できない出来事。昔から、人はコントロールできないものに名前をつけて、対処してきた」
「……鎮魂、みたいに?」
日永は、うん、と返事をした。
「本当の正体なんて、たぶん誰にも分からない。でも、積み重ねてきた経験から、効果のあるやり方を見つけてきた。それは確かにある」
バイクが山道に入った。エンジン音だけが響く。ガードレールの向こうの黒々とした斜面はひどく静かだ。
やがて見覚えのある建物が現れた。暗闇に沈む四角の塊は、ほんの数時間前にいたときより、ずっと不気味に見える。敷地の雑草が風に揺られ、ざわざわと音を立てた。思わず身震いしてしまう。
日永は建物から少し離れた場所にバイクを停め、エンジンを切った。ヘルメットを外すと、冷えた空気が汗ばんだ額に触れ、心地よかった。バイクから降りると、膝が少し笑っていた。速度のせいだと思いたい。暗がりのなか、日永の横顔が白く浮かんで見えた。
「あのさ…僕もここに連れてきたのって――」
「つかれてるから」
僕が言い終わらないうちに、日永が答えた。
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
――お前、つかれてるよ。
今日の午前中のことが脳裏によみがえる。
「つかれてるってそっちの意味……」
日永がこちらを見た。静かな目でまっすぐに。
「人によっては、寄られやすい」
「……僕がそうってこと?」
日永は施設へ視線を移した。僕も施設を見上げる。
「日永には、その……“澱み”が見えるの?」
少し考えるような間。
「“澱み”がある場所は、ゆがんで見える」
「ゆがむ?」
「熱い道路の上みたいに。空気が曲がってる感じ」
僕の目にはただの暗い廃墟にしか見えない。
「……ここは?」
「たくさんある」
そう聞くと、建物の壁、窓の奥に、目に見えない何かが貼りついている気がしてくる。
「……今日のこと、全部見てた?」
「俺はお前に袋を渡したあと、すぐ戻った」
「戻った?」
「神社。鎮魂の準備をしに」
そう言いながら、バイクの後ろへ回り、リアボックスを開ける。中から、ずしりと重そうな大きな袋を引っ張り出した。それを肩にかつぐと、日永はこちらを見た。
「準備、手伝ってくれる?」
白衣の医師は、パソコンの画面を見ながらそう言った。少し肩の力が抜ける。
「ただ」
医師は顔を上げた。
「頭を打っていますし、火災現場にいましたので、煙の吸入も気になります。CTと血液検査、それから念のため今夜は検査入院してください」
「入院ですか?」
「一晩様子を見るだけです。異常がなければ、明日には退院できますよ」
「お願いします」
横から木内が即答し、深々と頭を下げた。
「では、手続きを進めます。少ししたら看護師が来ますので」
そう言い残して、医師は病室を出ていった。
ドアが閉まる音がした途端、
「月芝くん」
木内が低い声で言った。
「……はい」
「自分が何やったか、分かってる?」
「……はい。すみません」
「スタッフ呼ぶとか、周りに叫ぶとか、他にも方法あったでしょ」
「……誰も動かなかったので――」
「言い訳しない!」
「はい。すみません」
木内は深く息を吐いた。
「ほんと寿命縮んだ」
「はい。本当にすみませんでした」
僕は深く頭を下げた。
「もう、私に謝ってどうすんの。頭上げて」
恐る恐る顔を上げると、木内が涙目になっていた。
「ほんとに無事でよかった」
少し空気がゆるんだのを感じて、僕は春川の容体を尋ねた。
「ケガはしてないらしい。今は眠ってるみたい」
木内はスマホを確認しながら答えた。
「よかった」
僕はほっとして、ため息をついた。
「現場はしっちゃかめっちゃかだけどね。明日は一旦撮影中止。とりあえず、ゆっくり休んで」
木内が僕の肩を優しくぽんと叩いたところで、看護師が入ってきた。そのあと諸々の検査を行い、ようやくすべて終わって個室の病室へ戻されたころには、心底疲れ果てていた。
僕はベッドに仰向けになり、天井を見つめた。消灯後の病室は、怖いくらいに静かだ。目を閉じると、炎が浮かぶ。その中心で、踊り狂う春川。いや、あれは春川ではなかった。まったくの別人。髪の隙間から覗いた真っ黒な瞳は、人の目というより穴だった。どこか別の世界へとつながる、底なしの穴。
僕は目を開けて上半身を起こし、棚に置いてある布袋を手に取った。そのとき、コン、と背後から音がした。窓の方からだ。心臓が跳ね上がる。ここは三階だ。まさか――。ゆっくり、首だけ動かして窓を見る。カーテンは閉じていて、隙間から真っ暗な夜が覗いている。
もう一度、コン、と先ほどと同じ音が響く。たぶん病院の庭木か何かが風で窓に当たっただけ。そうに決まっている。だが、確かめなければ今夜は眠れそうになかった。そろりそろりと窓へ近づく。カーテンの端をつまみ、そっと開けた。見下ろした瞬間、息が止まった。
真下に、日永が立っていた。こちらを見上げている。片手で小石を軽く放り上げ、ぱし、と受け止める。もう片方の手で、「来い」と言うように人差し指をくいっと曲げた。正面玄関から出ていくのは無理だ。こっそり抜け出すしかない。日永はすっと指先を横へ向けた。視線を移す。病棟の端、壁沿いに非常階段があった。僕は急いで自分の服に着替え、布袋をポケットへねじ込む。そっと病室のドアを開け、左右を確認してから、足早に非常口へ向かった。扉を開くと、キィッと軋んだ音が響く。看護師が駆けつけてこないかと内心びくびくしながら、なるべく音を立てないよう、抜き足差し足で階段を下りる。地面へ降り立つと、すぐに駆け出した。
日永のもとへ駆け寄ると、彼はさっきと同じように指をくいっと動かし、そのままくるりと背を向けた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
僕は小声でそう言いながら、そのあとを追った。病院の裏手を抜け、暗い通路を曲がり、やがて駐車場へ出る。街灯の下に、黒いバイクが一台停まっていた。日永はそこへ歩み寄り、ハンドルにかけてあったヘルメットを外すと、ぽんと僕へ放って寄越した。
受け損ねかけて、慌てて抱える。
「乗って」
「乗ってって……どこに行くの?」
「□□園」
日永は自分のヘルメットを被りながら、短く言った。
「あの介護施設に?なんで……」
「鎮魂、やるから」
「たましずめ?」
日永はエンジンキーを差し込み、透明なシールド越しにこちらを見る。
「行くの。行かないの」
「行く」
自分でも、なぜ即答したのか分からない。こんな夜更けに病院を抜け出すなんて。普段の僕なら、絶対にこんな無茶はしないのに。
日永は小さく頷いた。
「後ろ、しっかりつかまって」
言われるがまま後部座席へまたがる。バイクに乗るのは初めてだ。どこにつかまればいいのだろうと迷っていると、日永の手が伸びてきて、僕の手を自分の腰へ回させた。エンジンが低く唸り、車体が震える。その振動の中で、ふと思いついて尋ねる。
「……日永って、いくつ?」
少し間があって、前から声が返ってきた。
「16」
僕と同い年だ。
「たぶん」
「……は?」
意味を問い返す間もなく、バイクは夜の駐車場を蹴るように発進した。
病院から少し離れると、街灯はほとんどなくなった。暗闇のなか、頼れるのは日永だけだったが、そのバイクの速度がとにかく速い。カーブで車体が傾くたび、ひやりとする。いつの間にか、僕は日永の背中にしがみつくような格好になっていた。細いのに、不思議と体はぶれない。
「ちょ、ちょっと……!」
声を張ったつもりだったが、風に半分さらわれる。
「なに」
「スピード出しすぎじゃない⁉」
数秒の間があって、
「いつもよりは抑えてる」
と、平然とした声が返ってきた。
「これで⁉」
思わず叫ぶ。
「このバイク……日永の⁉」
「師匠の」
「師匠?」
「神社の宮司」
「神社って、この前の?」
「うん」
古びた社殿が脳裏によみがえる。
「なんていう神社?」
「御機神社」
「みはた?」
「御前の御に、機織りの機」
聞きなじみのない名前だ。あんな山奥にひっそりと佇んでいるのだから、知る人ぞ知る神社なのだろうか。道路脇の田んぼから虫の声が聞こえる。へッドライトだけが、黒い道を白く切り開いていた。
「さっき言ってた……たましずめって、何なの」
「そのままの意味。魂を、鎮める」
お祓いみたいなものなのだろうか。
「強い感情は、残ることがある」
「強い感情?」
「怒りとか。悲しみとか。恨みとか。そういうのがないまぜになって“澱み”として残る。苦しんだ場所とか、身近にあった物、側にいた人とかに」
「それって祟りとか……そういうこと?」
日永が首を横に振る。
「それだけだったら、大した影響はない。そういうのに敏感なやつは、ちょっと具合が悪くなったりもするけど」
日永の頭が、かすかにこちらへ向いた気がした。もしかして僕は、その「敏感なやつ」なのかもしれない。
「条件がそろうと物理的にこっちへ干渉してくる存在になる。それを、俺らは怪異って呼んでる」
続く機材トラブル。虫の群れのようなもの。憑りつかれたみたいにおかしくなる演者たち。そして、あの女。
「……霊とか、本当にあるんだ」
「分からない」
「……え?」
独り言への返事だろうか。かなり小さな声で呟いたつもりだったが、聞こえていたらしい。
「ほんとにそんなものがあるのかは、分からない」
拍子抜けして、思わず聞き返す。
「えっと……じゃあ今の話は」
「考え方」
日永の声は、変わらず静かだった。
「病気。災い。説明できない出来事。昔から、人はコントロールできないものに名前をつけて、対処してきた」
「……鎮魂、みたいに?」
日永は、うん、と返事をした。
「本当の正体なんて、たぶん誰にも分からない。でも、積み重ねてきた経験から、効果のあるやり方を見つけてきた。それは確かにある」
バイクが山道に入った。エンジン音だけが響く。ガードレールの向こうの黒々とした斜面はひどく静かだ。
やがて見覚えのある建物が現れた。暗闇に沈む四角の塊は、ほんの数時間前にいたときより、ずっと不気味に見える。敷地の雑草が風に揺られ、ざわざわと音を立てた。思わず身震いしてしまう。
日永は建物から少し離れた場所にバイクを停め、エンジンを切った。ヘルメットを外すと、冷えた空気が汗ばんだ額に触れ、心地よかった。バイクから降りると、膝が少し笑っていた。速度のせいだと思いたい。暗がりのなか、日永の横顔が白く浮かんで見えた。
「あのさ…僕もここに連れてきたのって――」
「つかれてるから」
僕が言い終わらないうちに、日永が答えた。
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
――お前、つかれてるよ。
今日の午前中のことが脳裏によみがえる。
「つかれてるってそっちの意味……」
日永がこちらを見た。静かな目でまっすぐに。
「人によっては、寄られやすい」
「……僕がそうってこと?」
日永は施設へ視線を移した。僕も施設を見上げる。
「日永には、その……“澱み”が見えるの?」
少し考えるような間。
「“澱み”がある場所は、ゆがんで見える」
「ゆがむ?」
「熱い道路の上みたいに。空気が曲がってる感じ」
僕の目にはただの暗い廃墟にしか見えない。
「……ここは?」
「たくさんある」
そう聞くと、建物の壁、窓の奥に、目に見えない何かが貼りついている気がしてくる。
「……今日のこと、全部見てた?」
「俺はお前に袋を渡したあと、すぐ戻った」
「戻った?」
「神社。鎮魂の準備をしに」
そう言いながら、バイクの後ろへ回り、リアボックスを開ける。中から、ずしりと重そうな大きな袋を引っ張り出した。それを肩にかつぐと、日永はこちらを見た。
「準備、手伝ってくれる?」
