日が落ちて間もなく、本番の撮影が始まった。今回のシーンは、工程ごとに細かく分けられ、エキストラと春川、僕と春川、エキストラのみ――といったカットを、さまざまなアングルから順に撮っていく。炎は、基本的に祭壇とは別の位置で小規模に焚いたものを撮影し、最終的に編集で合成して一体の炎に見せる手法が取られる。しかし撮影の最後には、制御された範囲で実際に祭壇の一部へ火を入れ、その周囲でエキストラが踊るカットも押さえる予定だ。
まずはエキストラと春川による通常の祭壇でのカットだ。本番前の独特な緊張感が漂っている。かなり大がかりな撮影になるうえ、今日はギャラリーも多い。演者たちの表情も、リハのときよりぐっと引き締まっていた。
「本番いきまーす!」
その声で、現場から雑音がすっと引く。助監督の合図で、春川が経文を読み上げ、エキストラが祭壇に向かって上半身を地面に投げ出すような姿勢で祈りを捧げ始める。
「カット!」
監督の声とともに、エキストラの動きが緩慢になる。
ゴッ。ゴッ。ゴッ。
重いものを地面に落としたような鈍い音が響いている。皆の視線が、祭壇の中央、最前列の三人のエキストラに集まった。額が地面を実際に打っている。
「……おい!」
近くのエキストラが声をかけ、肩に手を伸ばす。だが三人は、ただ黙々と額を打ち続ける。腕を掴んで体を起こそうとする。それでも止まらない。
「ちょっ、やばいって! 助けて!」
誰かの叫びで、さらに人が集まる。数人がかりで羽交い絞めにすると、ようやく動きを止めた。三人の額は皮膚が剥け、土と混じって赤黒い血が滲んでいた。それなのに、表情はぼんやりとしている。口元はわずかに開き、寝ぼけているように見えた。
「水持ってきて!」
「いや、下手に動かすな! 座らせろ!」
「き、救急車呼ぶ⁉」
現場は騒然となった。そのとき。
「……この空気感、こわすのもったいないねぇ」
大声ではないのに、不思議なくらいよく通る声が響いた。皆の視線が中条に集まる。
口元には、かすかな笑みのようなものが浮かんでいる。
「い、いやぁ……確かにねぇ……」
さすがの監督も、表情が引きつっている。中条は地面に座り込んでいる三人のもとへゆっくり歩いていき、しゃがみ込んでそれぞれの顔を見渡した。
「まだ、できるよな?」
三人は、ぼーっとした表情のまま、それぞれ頷いた。
「本人らはやる気みたいだぞ」
中条は振り返り、監督に視線を固定した。監督はプロデューサーと視線を交わしたあと、何事か耳打ちをした。二人で何度か頷き合ってから、助監督を手招きで呼びつける。しばらく会話を交わしたのち、助監督はこちらをくるりと振り返った。
「……各所、持ち場戻って!スタイリストはちょっとこっち来て!」
ざわつきながらも、人が散っていく。三人の顔の血は、拭くとかえって出血が止まらなくなるという理由で、そのままにされた。僕はポケットの中でずっと握りしめていた手をそっと開いた。手汗で袋が湿り、くしゃくしゃになっていた。
次は、春川とエキストラが踊るカットだ。さきほどまでの緊張感とはまた違った張り詰めた空気が漂っている。エキストラが銅鑼の音に合わせて、ステップを踏み、春川は両腕を広げ、舞を踊る。白い浴衣のような祭服が翻り、髪が乱れる。さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、現場の集中力が高まっていく。銅鑼の音が一段大きくなった、そのときだった。
春川が大きく身を捻った拍子に、胸元の合わせがばさりと開いた。肩から布がずれ落ち、白い肌と乳房があらわになる。僕はとっさに顔をそむけた。カットはかからない。
「――カット!」
ようやく監督の声が飛んだ。
「いいねぇ!今のいいよ!」
モニターを見ながら、満足げに頷いている。
春川は胸元を押さえながら、息を切らしていた。乱れた前髪の隙間から、真っ青な顔が見えた。
「あの……待ってください。もう一度撮ってもらえませんか」
春川の声はかすれていた。監督は一瞬きょとんとした顔をして、口をとがらせた。
「なんで」
「露出NGの約束だったはずです」
春川がはっきりとそう言うと、監督はゆっくりと顔を上げた。
「いやいや、今のよかったて言ってるじゃん。演技ほめてんだよ?それに激しく踊るシーンで衣装がぴっちり閉じてるほうが不自然でしょ。むしろ」
にやついた顔で、軽く言い放つ。
「でも……話が違います……」
春川は助けを乞うように、マネージャーの方を見た。だが、春川のマネージャーは隅のほうでスマホをいじっていた。まるで現場には目も向けていない。指の動きからして、パズルゲームでもしているように見えた。
「硬いこと言わないでさぁ、萌乃ちゃん」
監督は手をひらひらさせる。その横で、中条が低く喉を鳴らして笑った。
「生々しさが出てた。信仰に呑まれて、理性も体裁も剥がれていく感じがある」
「ですよねぇ!」
監督はテカった顔を輝かせ、身を乗り出す。
「先生もそうおっしゃってるし、これは生かさない手ないよ!」
春川は何か言い返そうとして、言葉を失ったようだった。胸元を押さえる指先だけが小さく震えている。そこへ、プロデューサーが前に出た。愛想笑いを浮かべているが目が笑っていない。
「春川ちゃん、ここで止まると撮影進まないんだよ」
穏やかな口調なのに、妙に圧があった。
「ただでさえスケジュール押してるの、分かるよね?」
「……でも……」
「一日延びるごとに、いくら損害出ると思ってるの?」
「……」
「ここにいるみーんな真面目に頑張ってる。エキストラの人たちだってケガしても続けてくれてる」
監督も畳みかける。
「これだから本業じゃない子は困るんだよなぁ。女優は脱いで一人前。プロ意識ってそういうことでしょ。まぁ無理ならいいんだよ。君はそこらのアイドルとは違うって期待してたんだけどねぇ」
春川は、ただ、地面を見ていた。
「お前ひとりの都合で現場止めるのか?」
中条のその一言が決定打だった。
「……分かりました」
その声は、驚くほど平坦だった。現場が、まるで何事もなかったかのように再び動き出す。
スタイリストが春川に駆け寄った。顔色が青ざめている。俯いたまま衣装を調整しているが、指先がかすかに震えていた。ついさっきまでは、普通に元気そうに見えたのに。
――もしかして……
明らかに様子のおかしいスタイリスト。本番で急に乱れた衣装。今日に限ってやけに多い、偉そうなおじさんたち。全部、一本の線でつながった気がした。胃の奥がせり上がり、胸がじわじわと冷えていく。
「はい、じゃあ次のシーンいこう!」
監督の明るい声がどこか遠くに聞こえる。こめかみが脈打つ。反射的にポケットに手を入れ、袋を取り出す。鼻先に寄せ、深く吸い込む。頭の疼きは、すっと引いた。けれど、胸の奥に沈んだものは、そのままだった。
その後の撮影は、拍子抜けするほど順調に進んだ。カットがかかるたび、「いいねぇ」と監督の上機嫌な声が飛んだ。僕と春川だけのカットもすべて一発でOKが出た。
そして、この日最後の撮影。燃える祭壇の周りを信者が踊るシーンの準備が行われていた。安全確認が何度も行われ、消防立ち会いのスタッフも増えている。周囲には消火器と水タンクが並べられた。
「火、入りまーす!」
合図とともに、祭壇の側面へ松明が差し入れられる。すぐに乾いた木材がぱちぱちと音を立て、橙色の炎が這い上がった。
「おおっ……」
ギャラリーからどよめきが起こる。思ったよりも炎の勢いがあり、迫力がある。
「本番いきます!」
銅鑼が鳴った。燃え盛る祭壇を囲み、エキストラが踊り始める。炎に照らされた顔が赤く光り、同じ姿勢の影が地面に映し出される。
そのとき、視界の端で、何かが動いた。白い何かが、ものすごい速さで祭壇へ向かって突っ込んでいく。一瞬、それが人だと分からなかった。走り方が異様だったからだ。腕を振るでもなく、俯いたまま上体をほとんど揺らさず、足をもつれさせながら、一直線に迫っていく。そのまま祭壇を駆け上がり、檀上へ飛び乗る。
春川だった。檀上の板自体にはまだ火が回っていない。だが周囲の炎は高く立ち上り、熱で空気が歪んでいる。その中心で、春川が腕を振り回し、首を折れそうなほど反らし、足を踏み鳴らす。髪が顔を覆い隠し、白い衣装が炎の中でバサバサとひらめいている。僕は周囲を見た。その場にいる全員が唖然として固まっていた。誰も動かない。
「監督!」
僕は叫んでいた。
「止めないと!」
監督は目の前の光景に目を奪われて、完全に固まっている。
「監督!!」
ほとんど叫ぶような声で呼びかけた。監督がハッと我に返る。
「カ、カット!カット!」
裏返った声が響く。けれど、誰も止まらない。春川だけではない。エキストラも誰一人。むしろどんどん激しさを増していく。手足をむちゃくちゃに振り回し、腰や首を限界までひねっている。
「おい!止まれって!」
監督が甲高い声で叫ぶ。
そのとき、ギシ、と嫌な音がした。祭壇が、わずかに傾いている。考えるより先に、体が動いていた。近くにあったペットボトルを掴み、頭から水をかぶる。木内が何か叫んでいる声が聞こえたが、燃え盛る祭壇へダッシュし、そのまま駆け上がった。
熱い。ものすごい熱気だ。靴底越しに熱が伝わってくる。春川へ飛びつくようにして、その体を押さえ込む。暴れないよう腕ごと抱え込んだ、その瞬間。春川のボサボサの髪の隙間から、顔が見えた。
ぎょっとした。春川の顔ではない。紙のように白い肌、真っ黒な大きい瞳がこちらを凝視している。息が止まりそうになる。けれど次の瞬間、腕の中の体からふっと力が抜けた。目を閉じ、ぐったりとしている。春川の顔に戻っていた。気を失ったらしい。
僕はその体を抱え上げると、祭壇を駆け下りた。最後の一段に足をかけたとき、祭壇が崩れた。バランスを崩したが、春川を落とさないように体をひねり、尻から地面に倒れ込む。勢いのままひっくり返り、頭を強く打ちつけた。
その直後、燃え盛る木材が内側へ折れ、火の粉が夜空へ舞い上がった。ようやく我に返ったらしいエキストラが悲鳴を上げ、我先にとその場から離れていった。
炎の向こう側。誰かが立っていた。黒髪の――女だ。虚空のような目で、こちらを見ている。しかし、瞬きをした次の瞬間には、女の姿は消えていた。
「消火器!早く!」
怒鳴り声とともに、スタッフたちが駆け寄る。白い粉が噴き出し、炎を包み込んでいった。
まずはエキストラと春川による通常の祭壇でのカットだ。本番前の独特な緊張感が漂っている。かなり大がかりな撮影になるうえ、今日はギャラリーも多い。演者たちの表情も、リハのときよりぐっと引き締まっていた。
「本番いきまーす!」
その声で、現場から雑音がすっと引く。助監督の合図で、春川が経文を読み上げ、エキストラが祭壇に向かって上半身を地面に投げ出すような姿勢で祈りを捧げ始める。
「カット!」
監督の声とともに、エキストラの動きが緩慢になる。
ゴッ。ゴッ。ゴッ。
重いものを地面に落としたような鈍い音が響いている。皆の視線が、祭壇の中央、最前列の三人のエキストラに集まった。額が地面を実際に打っている。
「……おい!」
近くのエキストラが声をかけ、肩に手を伸ばす。だが三人は、ただ黙々と額を打ち続ける。腕を掴んで体を起こそうとする。それでも止まらない。
「ちょっ、やばいって! 助けて!」
誰かの叫びで、さらに人が集まる。数人がかりで羽交い絞めにすると、ようやく動きを止めた。三人の額は皮膚が剥け、土と混じって赤黒い血が滲んでいた。それなのに、表情はぼんやりとしている。口元はわずかに開き、寝ぼけているように見えた。
「水持ってきて!」
「いや、下手に動かすな! 座らせろ!」
「き、救急車呼ぶ⁉」
現場は騒然となった。そのとき。
「……この空気感、こわすのもったいないねぇ」
大声ではないのに、不思議なくらいよく通る声が響いた。皆の視線が中条に集まる。
口元には、かすかな笑みのようなものが浮かんでいる。
「い、いやぁ……確かにねぇ……」
さすがの監督も、表情が引きつっている。中条は地面に座り込んでいる三人のもとへゆっくり歩いていき、しゃがみ込んでそれぞれの顔を見渡した。
「まだ、できるよな?」
三人は、ぼーっとした表情のまま、それぞれ頷いた。
「本人らはやる気みたいだぞ」
中条は振り返り、監督に視線を固定した。監督はプロデューサーと視線を交わしたあと、何事か耳打ちをした。二人で何度か頷き合ってから、助監督を手招きで呼びつける。しばらく会話を交わしたのち、助監督はこちらをくるりと振り返った。
「……各所、持ち場戻って!スタイリストはちょっとこっち来て!」
ざわつきながらも、人が散っていく。三人の顔の血は、拭くとかえって出血が止まらなくなるという理由で、そのままにされた。僕はポケットの中でずっと握りしめていた手をそっと開いた。手汗で袋が湿り、くしゃくしゃになっていた。
次は、春川とエキストラが踊るカットだ。さきほどまでの緊張感とはまた違った張り詰めた空気が漂っている。エキストラが銅鑼の音に合わせて、ステップを踏み、春川は両腕を広げ、舞を踊る。白い浴衣のような祭服が翻り、髪が乱れる。さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、現場の集中力が高まっていく。銅鑼の音が一段大きくなった、そのときだった。
春川が大きく身を捻った拍子に、胸元の合わせがばさりと開いた。肩から布がずれ落ち、白い肌と乳房があらわになる。僕はとっさに顔をそむけた。カットはかからない。
「――カット!」
ようやく監督の声が飛んだ。
「いいねぇ!今のいいよ!」
モニターを見ながら、満足げに頷いている。
春川は胸元を押さえながら、息を切らしていた。乱れた前髪の隙間から、真っ青な顔が見えた。
「あの……待ってください。もう一度撮ってもらえませんか」
春川の声はかすれていた。監督は一瞬きょとんとした顔をして、口をとがらせた。
「なんで」
「露出NGの約束だったはずです」
春川がはっきりとそう言うと、監督はゆっくりと顔を上げた。
「いやいや、今のよかったて言ってるじゃん。演技ほめてんだよ?それに激しく踊るシーンで衣装がぴっちり閉じてるほうが不自然でしょ。むしろ」
にやついた顔で、軽く言い放つ。
「でも……話が違います……」
春川は助けを乞うように、マネージャーの方を見た。だが、春川のマネージャーは隅のほうでスマホをいじっていた。まるで現場には目も向けていない。指の動きからして、パズルゲームでもしているように見えた。
「硬いこと言わないでさぁ、萌乃ちゃん」
監督は手をひらひらさせる。その横で、中条が低く喉を鳴らして笑った。
「生々しさが出てた。信仰に呑まれて、理性も体裁も剥がれていく感じがある」
「ですよねぇ!」
監督はテカった顔を輝かせ、身を乗り出す。
「先生もそうおっしゃってるし、これは生かさない手ないよ!」
春川は何か言い返そうとして、言葉を失ったようだった。胸元を押さえる指先だけが小さく震えている。そこへ、プロデューサーが前に出た。愛想笑いを浮かべているが目が笑っていない。
「春川ちゃん、ここで止まると撮影進まないんだよ」
穏やかな口調なのに、妙に圧があった。
「ただでさえスケジュール押してるの、分かるよね?」
「……でも……」
「一日延びるごとに、いくら損害出ると思ってるの?」
「……」
「ここにいるみーんな真面目に頑張ってる。エキストラの人たちだってケガしても続けてくれてる」
監督も畳みかける。
「これだから本業じゃない子は困るんだよなぁ。女優は脱いで一人前。プロ意識ってそういうことでしょ。まぁ無理ならいいんだよ。君はそこらのアイドルとは違うって期待してたんだけどねぇ」
春川は、ただ、地面を見ていた。
「お前ひとりの都合で現場止めるのか?」
中条のその一言が決定打だった。
「……分かりました」
その声は、驚くほど平坦だった。現場が、まるで何事もなかったかのように再び動き出す。
スタイリストが春川に駆け寄った。顔色が青ざめている。俯いたまま衣装を調整しているが、指先がかすかに震えていた。ついさっきまでは、普通に元気そうに見えたのに。
――もしかして……
明らかに様子のおかしいスタイリスト。本番で急に乱れた衣装。今日に限ってやけに多い、偉そうなおじさんたち。全部、一本の線でつながった気がした。胃の奥がせり上がり、胸がじわじわと冷えていく。
「はい、じゃあ次のシーンいこう!」
監督の明るい声がどこか遠くに聞こえる。こめかみが脈打つ。反射的にポケットに手を入れ、袋を取り出す。鼻先に寄せ、深く吸い込む。頭の疼きは、すっと引いた。けれど、胸の奥に沈んだものは、そのままだった。
その後の撮影は、拍子抜けするほど順調に進んだ。カットがかかるたび、「いいねぇ」と監督の上機嫌な声が飛んだ。僕と春川だけのカットもすべて一発でOKが出た。
そして、この日最後の撮影。燃える祭壇の周りを信者が踊るシーンの準備が行われていた。安全確認が何度も行われ、消防立ち会いのスタッフも増えている。周囲には消火器と水タンクが並べられた。
「火、入りまーす!」
合図とともに、祭壇の側面へ松明が差し入れられる。すぐに乾いた木材がぱちぱちと音を立て、橙色の炎が這い上がった。
「おおっ……」
ギャラリーからどよめきが起こる。思ったよりも炎の勢いがあり、迫力がある。
「本番いきます!」
銅鑼が鳴った。燃え盛る祭壇を囲み、エキストラが踊り始める。炎に照らされた顔が赤く光り、同じ姿勢の影が地面に映し出される。
そのとき、視界の端で、何かが動いた。白い何かが、ものすごい速さで祭壇へ向かって突っ込んでいく。一瞬、それが人だと分からなかった。走り方が異様だったからだ。腕を振るでもなく、俯いたまま上体をほとんど揺らさず、足をもつれさせながら、一直線に迫っていく。そのまま祭壇を駆け上がり、檀上へ飛び乗る。
春川だった。檀上の板自体にはまだ火が回っていない。だが周囲の炎は高く立ち上り、熱で空気が歪んでいる。その中心で、春川が腕を振り回し、首を折れそうなほど反らし、足を踏み鳴らす。髪が顔を覆い隠し、白い衣装が炎の中でバサバサとひらめいている。僕は周囲を見た。その場にいる全員が唖然として固まっていた。誰も動かない。
「監督!」
僕は叫んでいた。
「止めないと!」
監督は目の前の光景に目を奪われて、完全に固まっている。
「監督!!」
ほとんど叫ぶような声で呼びかけた。監督がハッと我に返る。
「カ、カット!カット!」
裏返った声が響く。けれど、誰も止まらない。春川だけではない。エキストラも誰一人。むしろどんどん激しさを増していく。手足をむちゃくちゃに振り回し、腰や首を限界までひねっている。
「おい!止まれって!」
監督が甲高い声で叫ぶ。
そのとき、ギシ、と嫌な音がした。祭壇が、わずかに傾いている。考えるより先に、体が動いていた。近くにあったペットボトルを掴み、頭から水をかぶる。木内が何か叫んでいる声が聞こえたが、燃え盛る祭壇へダッシュし、そのまま駆け上がった。
熱い。ものすごい熱気だ。靴底越しに熱が伝わってくる。春川へ飛びつくようにして、その体を押さえ込む。暴れないよう腕ごと抱え込んだ、その瞬間。春川のボサボサの髪の隙間から、顔が見えた。
ぎょっとした。春川の顔ではない。紙のように白い肌、真っ黒な大きい瞳がこちらを凝視している。息が止まりそうになる。けれど次の瞬間、腕の中の体からふっと力が抜けた。目を閉じ、ぐったりとしている。春川の顔に戻っていた。気を失ったらしい。
僕はその体を抱え上げると、祭壇を駆け下りた。最後の一段に足をかけたとき、祭壇が崩れた。バランスを崩したが、春川を落とさないように体をひねり、尻から地面に倒れ込む。勢いのままひっくり返り、頭を強く打ちつけた。
その直後、燃え盛る木材が内側へ折れ、火の粉が夜空へ舞い上がった。ようやく我に返ったらしいエキストラが悲鳴を上げ、我先にとその場から離れていった。
炎の向こう側。誰かが立っていた。黒髪の――女だ。虚空のような目で、こちらを見ている。しかし、瞬きをした次の瞬間には、女の姿は消えていた。
「消火器!早く!」
怒鳴り声とともに、スタッフたちが駆け寄る。白い粉が噴き出し、炎を包み込んでいった。
