カナタに連れられて卓へと近づくと、荒井はソファに背を預け、ワイングラスを揺らしながら丹羽と談笑していた。
「荒井さん、丹羽さん、お待たせしました」
カナタは、にこやかな笑みを浮かべた。その一言で、卓の視線が一斉にこちらへ向く。
「おぉ、お前か。わぉ、やっぱイケメンが連れてる女ってレベルたっけーな」
「気に入っていただけましたか?よかったぁ〜」
「まぁ座れよ」
カナタは「失礼します」と軽く頭を下げたあと、自然にこちらへ手を向けた。
「で、こっちが――」
一拍、間を置く。
「山本さん。ブライトエージェンシーっていう事務所の社長秘書やってる人で。俺が誘いました」
僕は一歩前に出て、軽く会釈した。
「山本貴と申します。本日はご挨拶の機会をいただき、ありがとうございます」
荒井の視線が、今度ははっきりとこちらに向く。
「ブライトエージェンシー?」
「はい。まだ設立したばかりで、諸々の整備を進めている段階でして、ご存じないのは当然かと存じます。名刺もまだご用意できておらず、恐縮です」
「ふぅん」
グラスを口に運びながら、荒井は僕を観察した。
「社長秘書?社長の名前は?」
一瞬の間。
「申し上げること自体は可能ですが……いわゆる“お飾り”でございまして」
やや声を落とす。
「オーナーについては、私の口からはお伝えできないのです。私は私設秘書として、各所との折衝や調整を任されております」
荒井の眉が、わずかに動いた。僕はそこで、視線だけを奥へ滑らせた。
「中条監督の横に座っている女は、私が手配いたしました」
周囲の視線が、一斉にそちらへ向く。
「あの……黄色いワンピースの子?」
「左様でございます」
丹羽がひゅっと口笛を吹いた。
「やるねぇ。あそこに座らせるなんて」
「恐縮です」
眼鏡をくいっと上げる。
「皆さまにも後ほどご挨拶させますので、何卒よろしくお願いいたします」
「なるほどね……よろしくな、山本さん」
荒井は、含み笑いをしながら呟いた。
「はい。ご教示お願いいたします」
僕は深く頭を下げた。
「ま、堅い話は後にしようや」
荒井がグラスを軽く掲げた。
「せっかくの夜だ。まずは一杯」
「ありがとうございます」
僕もグラスを持ち上げる。周囲の女性たちも、それぞれにグラスを手に取った。
「乾杯」
「乾杯」
僕はグラスを口元へ運び、わずかに傾ける。喉を通したふりだけして、すぐにテーブルへと戻した。
「しかしよぉ、最近の若いのは顔ちっせーのに背はでけーやつ多いよなぁ。女に困んねえだろ?」
「いやいや、荒井さんの若い頃、相当すごかったって聞いてますよ」
カナタが顔をくしゃっとゆがめながら返す。
「なぁんか今はマッチングアプリの時代だろ?あれ好きじゃねーんだよんなぁ。俺は両手に花じゃねぇと満足できねーの」
荒井はそう言って、両隣の女性の腰を引き寄せた。
「やっぱり荒井さんくらい女慣れしてると、目利きもすごいですよね。ネクストさんに所属している女性タレントって、粒ぞろいだし。どういう基準で採用されているんですか」
僕は視線をわずかに逸らしながら尋ねた。
「簡単だよ。俺が抱けると思った子は採用」
どっと笑いが起きる。僕も周囲に合わせて笑顔をつくった。
「でもな、献上品にする女は慎重に選んだほうがいいぜ。俺、一回超肝冷やしたことあんのよ」
「ぜひ詳しくお聞きしたいです」
僕はくいっと眼鏡を上げながら、心臓の鼓動が高まるのを感じていた。
「俺の事務所にさぁ、三木原っていう女が所属してたことあんだよ。もう自殺してんだけどさ」
――来た。
「それ、もしかして今SNSで話題になってる女じゃないですか?幽霊が映りこんでるっていう」
そう言って、僕はわずかに体を前のめりにする。
「あぁ、俺もそれ見た!自殺した女優の怨念とかいって騒がれてた」
カナタがパチンと指を鳴らした。
「なに、そんなことになってんの?まぁ、何にも知らない田舎娘でさ、顔もオーラも芸能界じゃ埋もれるレベルだったんだけど、胸がそこそこでかかったし採用したんだよ」
荒井はにやにやしながら、ワインを口に含んだ。
「でさ、カタログを中条監督に見せたとき、三木原が目にとまったわけよ」
「カタログ?」
「あぁ、これこれ」
荒井は足元に置いてあったカバンから黒いファイルを取り出した。開くと、女性タレントの写真とプロフィールが並んでいる。顔のアップや水着姿の写真に加え、各部位のサイズまで細かく記されていた。
「これ見せて、監督が気に入った子は献上してんの」
献上。その言葉に、胸の奥が重く沈む。
「出来レースで三木原が『楽園のネズミ』に出演することが決まって、この会に呼んだんだけどさ――三木原が中条監督にヤラせなかったんだよなぁ、これが。何言われても断るなって言っといたのにさ。ちなみに、これが第一回の肝冷えね」
「ってことは、第二回もあるんですか?」
カナタが身を乗り出す。
「そうなんだよ」
荒井が指を突きつける。
「第二回がさぁ、三木原がここに乗り込んできて、修羅場になったんだよ」
「えぇー!マジっすか!」
「マジよ、マジ」
荒井も身を乗り出し、声を落とす。
「もうこの会に呼ばれなくなってたのにさ、三木原がダーって走ってきて、中条の前に膝ついて、“もう許してください”って泣き出したんだよ。HIVと梅毒にかかってて、声帯にも深い傷があるとか言ってたかな。しゃくりあげてたから、よく聞き取れなかったけど」
「えっ、でも枕は断ってたんじゃ?」
「あー、話飛ばしたわ」
荒井はさらに声を潜める。
「拒否られたのが気に入らなかったみたいでな。中条監督が撮影現場の楽屋で無理やりヤったんだよ」
心臓が、胸を突き破りそうなほど跳ね上がる。冷や汗が背中を伝う。
「実は裏設定でメイドは主人とできてたからそれが匂い立つようなリアルなエロスがほしかった、とかいろいろ言ってたけどさ。要は腹いせだよ。それを撮影して脅して、何回もヤってたんだよ。メイド服のまま犯すのがすっげーツボだったみたいでさ、いっつもメイドコスでご奉仕させて撮影してたなぁ」
「してたなぁってことは……」
「うん、俺もちょくちょく参加してた」
「わぁお」
カナタが歓声のような驚きの声を上げる。僕も何か相槌を打たなくてはと思うのに、声を出すことができない。
「でさぁ、いきなり現れた三木原にキレたのか興奮したのか知らないけど、中条監督がものすっげー剣幕で怒鳴り散らかして、蹴りまくってさ。もう会場が静まり返ったよね」
「いやぁ、あれはすごかったよね。俺、監督が言ってたこと、今でも覚えてるもん」
丹羽が笑いながらグラスを揺らす。
「よっ、さすがセリフ覚えの速さがピカイチ!なんつってたっけ」
「“許してだ?それだと俺が何か悪いことしてるみてぇに聞こえるんだが?女優になれる華もないのに勘違いして芸能界に入ったブス女が!コネで俺の作品に出られただけでも一生分以上の運を使ってんだよ!お前は無価値の人間だ!せいぜいが都合のいいおもちゃなんだよ!売女の分際で俺にたてつくな!性病がうつるから近寄るな!どうせお前の母ちゃんも売女なんだろうが!この、ゴミが!”って」
「それは、なかなか……」
「その日の会は台無し。俺、土下座したからね」
「そのあと、自殺しちゃったんですか」
「そーそ。次の日、死んでんのが見つかってさ。母親がうちの事務所来たよ。“なんも知りませーん”って言い続けたら、すごすご帰ってった。ヒスババアじゃなくて助かったわ~」
「へぇ~」
「まぁ、残念だったよなぁ」
「おっ、荒井社長にも人の心が残ってた」
丹羽がからかうように言う。
「だって、生きててくれてたら、AVなり風俗なりに堕として一稼ぎできたじゃん」
「うわ~祟られても知りませんよ~」
カナタが大袈裟に身震いをして、どっと笑いが起きた。
「ん?山本さんどうかしました?顔真っ青ですよ?」
カナタが僕の顔をのぞきこんだ。最後の理性をふりしぼって、顔を上げる。
「すみません、実は僕、お酒を受け付けない体質で」
なんとか口角を持ち上げる。
「今日こそは頑張ろうと思ってたんですけど……」
「ありゃりゃ、大丈夫かい」
丹羽が心配そうに眉尻を下げた。
「トイレ一緒に行こうか?」
カナタがそっと僕の背に手を置いた。背中ごしに伝わってくる生暖かい体温が今は気持ち悪い。
「いえ、大丈夫です。すぐに戻ります。申し訳ありません」
そう言って立ち上がると、口元に手を当てて足早に卓から離れた。
「荒井さん、丹羽さん、お待たせしました」
カナタは、にこやかな笑みを浮かべた。その一言で、卓の視線が一斉にこちらへ向く。
「おぉ、お前か。わぉ、やっぱイケメンが連れてる女ってレベルたっけーな」
「気に入っていただけましたか?よかったぁ〜」
「まぁ座れよ」
カナタは「失礼します」と軽く頭を下げたあと、自然にこちらへ手を向けた。
「で、こっちが――」
一拍、間を置く。
「山本さん。ブライトエージェンシーっていう事務所の社長秘書やってる人で。俺が誘いました」
僕は一歩前に出て、軽く会釈した。
「山本貴と申します。本日はご挨拶の機会をいただき、ありがとうございます」
荒井の視線が、今度ははっきりとこちらに向く。
「ブライトエージェンシー?」
「はい。まだ設立したばかりで、諸々の整備を進めている段階でして、ご存じないのは当然かと存じます。名刺もまだご用意できておらず、恐縮です」
「ふぅん」
グラスを口に運びながら、荒井は僕を観察した。
「社長秘書?社長の名前は?」
一瞬の間。
「申し上げること自体は可能ですが……いわゆる“お飾り”でございまして」
やや声を落とす。
「オーナーについては、私の口からはお伝えできないのです。私は私設秘書として、各所との折衝や調整を任されております」
荒井の眉が、わずかに動いた。僕はそこで、視線だけを奥へ滑らせた。
「中条監督の横に座っている女は、私が手配いたしました」
周囲の視線が、一斉にそちらへ向く。
「あの……黄色いワンピースの子?」
「左様でございます」
丹羽がひゅっと口笛を吹いた。
「やるねぇ。あそこに座らせるなんて」
「恐縮です」
眼鏡をくいっと上げる。
「皆さまにも後ほどご挨拶させますので、何卒よろしくお願いいたします」
「なるほどね……よろしくな、山本さん」
荒井は、含み笑いをしながら呟いた。
「はい。ご教示お願いいたします」
僕は深く頭を下げた。
「ま、堅い話は後にしようや」
荒井がグラスを軽く掲げた。
「せっかくの夜だ。まずは一杯」
「ありがとうございます」
僕もグラスを持ち上げる。周囲の女性たちも、それぞれにグラスを手に取った。
「乾杯」
「乾杯」
僕はグラスを口元へ運び、わずかに傾ける。喉を通したふりだけして、すぐにテーブルへと戻した。
「しかしよぉ、最近の若いのは顔ちっせーのに背はでけーやつ多いよなぁ。女に困んねえだろ?」
「いやいや、荒井さんの若い頃、相当すごかったって聞いてますよ」
カナタが顔をくしゃっとゆがめながら返す。
「なぁんか今はマッチングアプリの時代だろ?あれ好きじゃねーんだよんなぁ。俺は両手に花じゃねぇと満足できねーの」
荒井はそう言って、両隣の女性の腰を引き寄せた。
「やっぱり荒井さんくらい女慣れしてると、目利きもすごいですよね。ネクストさんに所属している女性タレントって、粒ぞろいだし。どういう基準で採用されているんですか」
僕は視線をわずかに逸らしながら尋ねた。
「簡単だよ。俺が抱けると思った子は採用」
どっと笑いが起きる。僕も周囲に合わせて笑顔をつくった。
「でもな、献上品にする女は慎重に選んだほうがいいぜ。俺、一回超肝冷やしたことあんのよ」
「ぜひ詳しくお聞きしたいです」
僕はくいっと眼鏡を上げながら、心臓の鼓動が高まるのを感じていた。
「俺の事務所にさぁ、三木原っていう女が所属してたことあんだよ。もう自殺してんだけどさ」
――来た。
「それ、もしかして今SNSで話題になってる女じゃないですか?幽霊が映りこんでるっていう」
そう言って、僕はわずかに体を前のめりにする。
「あぁ、俺もそれ見た!自殺した女優の怨念とかいって騒がれてた」
カナタがパチンと指を鳴らした。
「なに、そんなことになってんの?まぁ、何にも知らない田舎娘でさ、顔もオーラも芸能界じゃ埋もれるレベルだったんだけど、胸がそこそこでかかったし採用したんだよ」
荒井はにやにやしながら、ワインを口に含んだ。
「でさ、カタログを中条監督に見せたとき、三木原が目にとまったわけよ」
「カタログ?」
「あぁ、これこれ」
荒井は足元に置いてあったカバンから黒いファイルを取り出した。開くと、女性タレントの写真とプロフィールが並んでいる。顔のアップや水着姿の写真に加え、各部位のサイズまで細かく記されていた。
「これ見せて、監督が気に入った子は献上してんの」
献上。その言葉に、胸の奥が重く沈む。
「出来レースで三木原が『楽園のネズミ』に出演することが決まって、この会に呼んだんだけどさ――三木原が中条監督にヤラせなかったんだよなぁ、これが。何言われても断るなって言っといたのにさ。ちなみに、これが第一回の肝冷えね」
「ってことは、第二回もあるんですか?」
カナタが身を乗り出す。
「そうなんだよ」
荒井が指を突きつける。
「第二回がさぁ、三木原がここに乗り込んできて、修羅場になったんだよ」
「えぇー!マジっすか!」
「マジよ、マジ」
荒井も身を乗り出し、声を落とす。
「もうこの会に呼ばれなくなってたのにさ、三木原がダーって走ってきて、中条の前に膝ついて、“もう許してください”って泣き出したんだよ。HIVと梅毒にかかってて、声帯にも深い傷があるとか言ってたかな。しゃくりあげてたから、よく聞き取れなかったけど」
「えっ、でも枕は断ってたんじゃ?」
「あー、話飛ばしたわ」
荒井はさらに声を潜める。
「拒否られたのが気に入らなかったみたいでな。中条監督が撮影現場の楽屋で無理やりヤったんだよ」
心臓が、胸を突き破りそうなほど跳ね上がる。冷や汗が背中を伝う。
「実は裏設定でメイドは主人とできてたからそれが匂い立つようなリアルなエロスがほしかった、とかいろいろ言ってたけどさ。要は腹いせだよ。それを撮影して脅して、何回もヤってたんだよ。メイド服のまま犯すのがすっげーツボだったみたいでさ、いっつもメイドコスでご奉仕させて撮影してたなぁ」
「してたなぁってことは……」
「うん、俺もちょくちょく参加してた」
「わぁお」
カナタが歓声のような驚きの声を上げる。僕も何か相槌を打たなくてはと思うのに、声を出すことができない。
「でさぁ、いきなり現れた三木原にキレたのか興奮したのか知らないけど、中条監督がものすっげー剣幕で怒鳴り散らかして、蹴りまくってさ。もう会場が静まり返ったよね」
「いやぁ、あれはすごかったよね。俺、監督が言ってたこと、今でも覚えてるもん」
丹羽が笑いながらグラスを揺らす。
「よっ、さすがセリフ覚えの速さがピカイチ!なんつってたっけ」
「“許してだ?それだと俺が何か悪いことしてるみてぇに聞こえるんだが?女優になれる華もないのに勘違いして芸能界に入ったブス女が!コネで俺の作品に出られただけでも一生分以上の運を使ってんだよ!お前は無価値の人間だ!せいぜいが都合のいいおもちゃなんだよ!売女の分際で俺にたてつくな!性病がうつるから近寄るな!どうせお前の母ちゃんも売女なんだろうが!この、ゴミが!”って」
「それは、なかなか……」
「その日の会は台無し。俺、土下座したからね」
「そのあと、自殺しちゃったんですか」
「そーそ。次の日、死んでんのが見つかってさ。母親がうちの事務所来たよ。“なんも知りませーん”って言い続けたら、すごすご帰ってった。ヒスババアじゃなくて助かったわ~」
「へぇ~」
「まぁ、残念だったよなぁ」
「おっ、荒井社長にも人の心が残ってた」
丹羽がからかうように言う。
「だって、生きててくれてたら、AVなり風俗なりに堕として一稼ぎできたじゃん」
「うわ~祟られても知りませんよ~」
カナタが大袈裟に身震いをして、どっと笑いが起きた。
「ん?山本さんどうかしました?顔真っ青ですよ?」
カナタが僕の顔をのぞきこんだ。最後の理性をふりしぼって、顔を上げる。
「すみません、実は僕、お酒を受け付けない体質で」
なんとか口角を持ち上げる。
「今日こそは頑張ろうと思ってたんですけど……」
「ありゃりゃ、大丈夫かい」
丹羽が心配そうに眉尻を下げた。
「トイレ一緒に行こうか?」
カナタがそっと僕の背に手を置いた。背中ごしに伝わってくる生暖かい体温が今は気持ち悪い。
「いえ、大丈夫です。すぐに戻ります。申し訳ありません」
そう言って立ち上がると、口元に手を当てて足早に卓から離れた。
