閑静な高級住宅街に佇む邸宅のひとつの前で足を止め、インターホンを押す。「ほ〜い」という綾木の声がして、カチャリと門のロックが外れる音がした。門が自動でスライドし、玄関のドアから綾木がひょっこり顔を出した。
「いらっしゃ〜い」
そう言いながら扉を大きく開き、僕の隣へ視線を向ける。
「日永くん?はじめまして〜」
とにこやかに言った。
「はじめまして」
日永は、いつもの平坦な口調で返す。
「クールなイケメンくんじゃん!マジで一般人なん?」
お邪魔しますと言って中に入りながら、
「そうだよ」と答える。
「どこで知り合ったんだよ」
「撮影現場でたまたま。はい、これ」
手土産を差し出す。
「毎度気ぃ使わんでもいいのに」
「別にお前には気を使ってない」
「もぅ素直じゃないんだからぁ」
「ご両親は?」
「今は二人ともいない。姉ちゃんは部屋にいるけど。先に俺の部屋行ってて。お茶持ってくから」
「分かった」
そう言って、日永とともに階段を上がり、綾木の部屋に入る。二人で低いテーブルの前に腰を下ろした。
道中で、綾木の家族構成については日永に話していた。音楽プロデューサーの父、元アイドル歌手の母、モデルの姉。そして綾木自身もアイドルグループに所属していること。
だからだろうか、日永はこの豪邸にも特に驚いた様子を見せず、きょろきょろすることもない。単に興味がないだけかもしれないが。
まもなく「おまたせ〜」と綾木が盆にお茶とクッキーを載せて入ってきた。テーブルに盆を置き、どかりと僕たちの前に腰を下ろす。
「とりあえず乾杯しよっか」
「何のだよ」
「そりゃこの三人の出会いにっしょ」
と言って、無理やりアイスティーで乾杯させられる。よく冷えたアイスティーが喉を流れ、品のいい茶葉の香りが鼻を抜けた。ちらりと横目で日永を見ると、目を輝かせていた。
トン、とグラスをテーブルに置き、
「で、早速本題なんだけど」
と綾木が切り出す。
「協力するからには、ある程度事情を知りたいんすけど。日永くんはなんで、あやしげな会に参加したいんすか?」
日永も、ことりとグラスを置く。
「受けた依頼を完遂するために、ある人の死の真相を知りたい」
「お、おぉ……日永くんはひょっとして……探偵?」
日永は少し考えてから、似たようなもの、と答えた。
「か、かっけー!」
「で、お前はどうやって協力してくれるわけ?」
僕がジト目でそう聞くと、綾木はバン、と机を叩いた。
「決まってんだろ〜!女装だよ!」
「は?」
「お前、女装なめんなよ。素人がやると、ただ女の子の格好した男にしかなんねぇからな」
「女装のプロなの?」
日永が真顔で聞く。
「ふむ、まぁそう言っても過言ではないでしょう!そう、始まりは初レギュラー番組の女装対決でのこと――」
「あーはいはい分かった。とにかく女装に関して知識はあるんだな。でも服とかは持ってないだろ、お前」
「姉ちゃんの借りればモーマンタイ」
「借りれんの?」
「……いけるいける!」
「おい、なんだよ今の間は」
「日永くん、写真撮っていいっすか?」
「……必要なの?」
「はい」
「別にいいけど」
「アザス!」
綾木は角度を慎重に調整しながら、日永の写真を撮った。そのままスマホを操作し、ぐっと親指を立てた。
「了解を得ました!服は選び放題です!」
それから、と綾木は続けた。
「親父から聞き出した情報伝えるな。日曜会は“Garden of Eden”っていう高級クラブを貸し切って開催されてて、開始時間は午後6時。参加してるって噂されてる人は――」
一般人でも知っているような有名人の名前が挙がる。
「あと、ネクストエンターテイメントっていう――」
「えっ?」
思わず聞き返す。
「なにツクシー知ってんの?」
「う、うん……昔の共演者に、そこ所属の人がいたから」
「ここ結構ヤバい事務所らしいよ」
「どういうこと?」
「いや、俺も知り合いから聞いただけなんだけど、社長は元半グレで、その……接待要員として若い女の子を所属させて、たっかいレッスン料とか宣材費とか取った挙句、新人期間だから無給ってことにされて、何年かして解雇、みたいなことやってるって」
僕と日永は目を合わせた。
「あくまで噂だけどな。えっと、あとは――」
まだまだ名前が挙がる。
「……これくらいかな。女の子たちも入れたら100人規模くらいにはなるんじゃねーかって」
「なるほど……」
「潜入はどーいう作戦でいくの?」
綾木の問いに、日永が口を開いた。
説明を聞き終えた綾木が、にやりと笑う。
「……なるほどねー。なんかいけそうじゃね?」
「僕は全然いけそうに思えないけど……」
「いけるいける!アカデミー賞の実力見せてやれ!」
「それとこれとは別だろ……」
「よし、俺が監督をしてやる!」
「は?何言って――」
「俺ちっさいときから、おじさんたちが集まる場には結構行ってたからさ~。おっさんたちのツボをつくコツを教えてやるよ!」
「日永くんもビシバシいくっすからね!」
「よろしく」
「ちょっ、日永まで何言って――」
綾木が僕と日永の手首をつかむ。
「“Garden of Eden潜入大作戦”開始!エイエイ、オー!」
勝手に腕が突き上げられる。僕はもう片方の手で頭を抱えた。
なぜかそこから、綾木の演技指導が始まった。しかも設定まで細かく決めはじめる。
しばらくすると、ふと時計を見て、
「そろそろ変装の準備はじめるか」
と言い出した。
「あと四時間くらいあるけど……早くね?」
そう言うと、
「バカ野郎!レディは支度に時間がかかるんだよ」
と返された。
それからの支度は、確かに大変だった。綾木の姉の部屋から大量の洋服が持ち込まれ、あーでもないこーでもないと何十着も日永の体にあてていく。ウィッグやアクセサリー、靴の組み合わせまで含めると、見ているだけで頭が痛くなりそうだった。
結局、男性的な骨格を自然に隠せるように、ハイネックで上半身にボリュームのある淡い黄色のワンピースに、黒いレースの手袋、エナメルの黒いハイヒールとショルダーバッグという組み合わせに落ち着いた。
ようやく服装が決まったと思ったら、次は入念なメイク。最後に黒髪ボブのウィッグをつける。その仕上がりを見て、僕と綾木は思わず声を上げた。
「どう見ても女の子だ……」
と呟く綾木。これには同意見だった。
一方の僕は、髪をワックスでアップスタイルに整え、カラコンを入れてから黒縁眼鏡をかけた。服は綾木が持っているスーツを借りた。
「これ、大人に見えるかな……」
と不安を口にすると、
「見える見える!大事なのは堂々とした振る舞いだって!」
とバシバシ肩を叩かれた。準備が終わった頃には、もう出発すべき時間になっていた。
「じゃあ、あとはさっきの段取り通りに」
そう言って、僕と日永は綾木の家を後にした。
「いらっしゃ〜い」
そう言いながら扉を大きく開き、僕の隣へ視線を向ける。
「日永くん?はじめまして〜」
とにこやかに言った。
「はじめまして」
日永は、いつもの平坦な口調で返す。
「クールなイケメンくんじゃん!マジで一般人なん?」
お邪魔しますと言って中に入りながら、
「そうだよ」と答える。
「どこで知り合ったんだよ」
「撮影現場でたまたま。はい、これ」
手土産を差し出す。
「毎度気ぃ使わんでもいいのに」
「別にお前には気を使ってない」
「もぅ素直じゃないんだからぁ」
「ご両親は?」
「今は二人ともいない。姉ちゃんは部屋にいるけど。先に俺の部屋行ってて。お茶持ってくから」
「分かった」
そう言って、日永とともに階段を上がり、綾木の部屋に入る。二人で低いテーブルの前に腰を下ろした。
道中で、綾木の家族構成については日永に話していた。音楽プロデューサーの父、元アイドル歌手の母、モデルの姉。そして綾木自身もアイドルグループに所属していること。
だからだろうか、日永はこの豪邸にも特に驚いた様子を見せず、きょろきょろすることもない。単に興味がないだけかもしれないが。
まもなく「おまたせ〜」と綾木が盆にお茶とクッキーを載せて入ってきた。テーブルに盆を置き、どかりと僕たちの前に腰を下ろす。
「とりあえず乾杯しよっか」
「何のだよ」
「そりゃこの三人の出会いにっしょ」
と言って、無理やりアイスティーで乾杯させられる。よく冷えたアイスティーが喉を流れ、品のいい茶葉の香りが鼻を抜けた。ちらりと横目で日永を見ると、目を輝かせていた。
トン、とグラスをテーブルに置き、
「で、早速本題なんだけど」
と綾木が切り出す。
「協力するからには、ある程度事情を知りたいんすけど。日永くんはなんで、あやしげな会に参加したいんすか?」
日永も、ことりとグラスを置く。
「受けた依頼を完遂するために、ある人の死の真相を知りたい」
「お、おぉ……日永くんはひょっとして……探偵?」
日永は少し考えてから、似たようなもの、と答えた。
「か、かっけー!」
「で、お前はどうやって協力してくれるわけ?」
僕がジト目でそう聞くと、綾木はバン、と机を叩いた。
「決まってんだろ〜!女装だよ!」
「は?」
「お前、女装なめんなよ。素人がやると、ただ女の子の格好した男にしかなんねぇからな」
「女装のプロなの?」
日永が真顔で聞く。
「ふむ、まぁそう言っても過言ではないでしょう!そう、始まりは初レギュラー番組の女装対決でのこと――」
「あーはいはい分かった。とにかく女装に関して知識はあるんだな。でも服とかは持ってないだろ、お前」
「姉ちゃんの借りればモーマンタイ」
「借りれんの?」
「……いけるいける!」
「おい、なんだよ今の間は」
「日永くん、写真撮っていいっすか?」
「……必要なの?」
「はい」
「別にいいけど」
「アザス!」
綾木は角度を慎重に調整しながら、日永の写真を撮った。そのままスマホを操作し、ぐっと親指を立てた。
「了解を得ました!服は選び放題です!」
それから、と綾木は続けた。
「親父から聞き出した情報伝えるな。日曜会は“Garden of Eden”っていう高級クラブを貸し切って開催されてて、開始時間は午後6時。参加してるって噂されてる人は――」
一般人でも知っているような有名人の名前が挙がる。
「あと、ネクストエンターテイメントっていう――」
「えっ?」
思わず聞き返す。
「なにツクシー知ってんの?」
「う、うん……昔の共演者に、そこ所属の人がいたから」
「ここ結構ヤバい事務所らしいよ」
「どういうこと?」
「いや、俺も知り合いから聞いただけなんだけど、社長は元半グレで、その……接待要員として若い女の子を所属させて、たっかいレッスン料とか宣材費とか取った挙句、新人期間だから無給ってことにされて、何年かして解雇、みたいなことやってるって」
僕と日永は目を合わせた。
「あくまで噂だけどな。えっと、あとは――」
まだまだ名前が挙がる。
「……これくらいかな。女の子たちも入れたら100人規模くらいにはなるんじゃねーかって」
「なるほど……」
「潜入はどーいう作戦でいくの?」
綾木の問いに、日永が口を開いた。
説明を聞き終えた綾木が、にやりと笑う。
「……なるほどねー。なんかいけそうじゃね?」
「僕は全然いけそうに思えないけど……」
「いけるいける!アカデミー賞の実力見せてやれ!」
「それとこれとは別だろ……」
「よし、俺が監督をしてやる!」
「は?何言って――」
「俺ちっさいときから、おじさんたちが集まる場には結構行ってたからさ~。おっさんたちのツボをつくコツを教えてやるよ!」
「日永くんもビシバシいくっすからね!」
「よろしく」
「ちょっ、日永まで何言って――」
綾木が僕と日永の手首をつかむ。
「“Garden of Eden潜入大作戦”開始!エイエイ、オー!」
勝手に腕が突き上げられる。僕はもう片方の手で頭を抱えた。
なぜかそこから、綾木の演技指導が始まった。しかも設定まで細かく決めはじめる。
しばらくすると、ふと時計を見て、
「そろそろ変装の準備はじめるか」
と言い出した。
「あと四時間くらいあるけど……早くね?」
そう言うと、
「バカ野郎!レディは支度に時間がかかるんだよ」
と返された。
それからの支度は、確かに大変だった。綾木の姉の部屋から大量の洋服が持ち込まれ、あーでもないこーでもないと何十着も日永の体にあてていく。ウィッグやアクセサリー、靴の組み合わせまで含めると、見ているだけで頭が痛くなりそうだった。
結局、男性的な骨格を自然に隠せるように、ハイネックで上半身にボリュームのある淡い黄色のワンピースに、黒いレースの手袋、エナメルの黒いハイヒールとショルダーバッグという組み合わせに落ち着いた。
ようやく服装が決まったと思ったら、次は入念なメイク。最後に黒髪ボブのウィッグをつける。その仕上がりを見て、僕と綾木は思わず声を上げた。
「どう見ても女の子だ……」
と呟く綾木。これには同意見だった。
一方の僕は、髪をワックスでアップスタイルに整え、カラコンを入れてから黒縁眼鏡をかけた。服は綾木が持っているスーツを借りた。
「これ、大人に見えるかな……」
と不安を口にすると、
「見える見える!大事なのは堂々とした振る舞いだって!」
とバシバシ肩を叩かれた。準備が終わった頃には、もう出発すべき時間になっていた。
「じゃあ、あとはさっきの段取り通りに」
そう言って、僕と日永は綾木の家を後にした。
