まもなく終点、東京です――というアナウンスで目が覚めた。いつの間にか、眠っていたらしい。横を見ると、日永は静かに窓の外を眺めていた。
帰り道、ほとんど会話はなかった。たぶん、僕が勝手に落ち込んでいるだけで、日永は何とも思っていない。新幹線を降りたら、僕もいつも通りに振る舞おう――そう思って、パンっと頬を叩いた。
「じゃあ、明日も今日と同じ時間に集合でいい?」
ホテルの前、昨日と同じ場所でそう尋ねる。
すると、
「ここに泊まってけば?」
と思いがけない言葉が返ってきた。
「……えっ?」
たしかに今日は、どこか近くのネットカフェででも過ごそうと思っていた。けれど、朝は得意ではないし、同じホテルに泊まる方が合理的かもしれない。
「……じゃあ、そうしよっかな」
コンビニで下着と明日の朝ごはんを買い、フロントに向かうと、
「大変恐れ入りますが、あいにく本日は全室ご予約で埋まっております」
と、フロントスタッフが申し訳なさそうに言った。
「あっ、そうですか……」
「俺の部屋に泊まれば?」
スタッフと僕の視線が、同時に日永へ向く。
「えっと……」
「別に嫌ならいい」
「いや、むしろ日永が気にしないのかなって。ベッド一つだし……ダブルではあるけど……いいの?」
「よくなかったら、最初から言わない」
「うん……」
三人の間に妙な沈黙が落ちる。
うんって何だよ。内心で自分にツッコミを入れながら、スタッフに確認する。
「この場合でも大丈夫ですか?」
「はい、問題ございません」
満面の笑みで返されて、じゃあお願いしますと言って、手続きを進めた。
部屋に入った瞬間、強烈な眠気に襲われた。新幹線で少し寝たはずなのに。
浴室のドアがバタンと閉まる音がして、すぐに、ザーッという水の音が響き始める。僕は手に持っていたアメニティを机の上に置き、椅子にどさりと腰を下ろした。怒涛の一日だった。心身ともに、いや、特に心のほうがすり減った気がする。
三木原の母が深く頭を下げる姿を思い出す。日永は「同情するな」と言ったけど、そんなに簡単に割り切れるものではない。
脳裏に、「直樹くん」と目線を合わせて笑いかけてくる三木原の姿が浮かぶ。あの現場では、三木原だけが僕に優しかった。どうして長い間、名前すら思い出さなかったのだろう。僕は元来、薄情なやつなのかもしれない――
「椅子で寝るな」
ハスキーな声に、ビクッとして目を開ける。日永が目の前で僕を見下ろしていた。
「……寝てないよ。目つぶってただけ」
本当は、半分落ちかけていたが。日永の白い頬は上気して赤みが差し、髪はまだ濡れている。僕は椅子から立ち上がり、日永の肩にかけてあったタオルを取って、そのまま頭にかけた。
「早くドライヤーしないと、風邪ひくよ」
「今からするつもりだったけど」
「あ、先に呼びに来てくれたのか。ありがと」
軽く日永の頭を拭いてから、バスルームに向かった。熱いお湯が、全部を洗い流してくれるような気がして、いつもより長くシャワーを浴びた。
バスルームのドアを開けると、部屋の電気はすでに落ちていた。手早くドライヤーを済ませ、そっとバスルームを出る。ベッドの上を見ると、布団がこんもりと丸まっていた。
そっと覗き込むと、日永が横向きに体を丸めて眠っている。布団も一緒に巻き込んでいて、僕の分の布団の面積はだいぶ小さい。僕は苦笑しながら、ベッドの端に体を横たえ、そのまま静かに目を閉じた。
ふと、目が覚めた。枕元のスマホを手に取り、画面を確認する。2時18分。横を向くと、日永は、相変わらず体を丸めて眠っていた。ただ、さっきとは違って、こちら側に体の向きが変わっている。こんもりと丸まった布団の中から、顔だけがちょこんと出ている。
そっとベッドから抜け出し、冷蔵庫を開ける。中からペットボトルの水を取り出して、一口飲むと、少しだけ頭がすっきりした。ベッドに戻り、スマホに手を伸ばしかけて、ふと止める。光で日永を起こしてしまうかもしれない。
再び横になって目を閉じる。が、眠気はすっかりどこかへ消えてしまっていた。姿勢を変えようと、ベッドの内側へ体を向けると、日永と目が合った。
「うわっ」
思わず声が出てしまう。慌てて口を押さえた。
「ご、ごめん。起こした?」
「冷蔵庫、開ける音で」
そう答えながら、体を起こし、ばさりと布団をこちらへかけてきた。
「あ、ありがと」
かけられた布団から、ふわりといい匂いがした。ホテルのリネンの清潔な香りに混じった、日永自身の匂い。どんな匂いかと言われれば、うまく言葉にできない。イメージするとしたら、誰も踏み入れたことのない山奥にひっそりと咲く、朝露をまとった白い野花――そんな感じだろうか。
なんだか自分の発想が変態くさく思えて、そんな思考を振り払うために、日永に話かけた。
「なんかさ、ちょっと修学旅行みたいだな」
「行ったことない」
日永は仰向けの姿勢のまま答えた。
「えっ、小中のころ行かなかった?」
「小学生のときは風邪ひいて、中学は一か月くらいで行かなくなったから」
「へ、へえ……」
少し間を置いてから、恐る恐る聞く。
「ちなみに……中学行かなくなった理由って、聞いてもいい?」
「上下関係とか校則がめんどくさかった」
「ああ……学校によっては結構厳しいよね。風紀検査とかあった?」
「風紀担当が体育教師で、いつも竹刀持ち歩いてた」
「えぇ……今どきそんな先生いるんだ……実際に振り回したりしてたの?」
「風紀検査の日、髪が地毛か疑われて、引っ張られて」
「うわ、それ最悪だな」
「やめろって言って手を払ったら、怒って竹刀振り上げてきた」
「えっ大丈夫だった?」
「鳩尾に蹴り入れたら、うずくまってた」
「えぇっ⁉」
「竹刀落としたから、それ拾って頭に振り下ろしたら失神した」
「……」
文字通り、開いた口が塞がらない。
「師匠が、“やられたらやり返すのは違う”って」
「それは門藤さんの言う通――」
「二度と歯向かってこないように、ぶちのめせって言ってたから」
「……」
少しの沈黙のあと、躊躇いながら口を開く。
「あのさ……僕、勝手に頭拭いたりしてたけど、嫌じゃなかった?」
「嫌だったら、どうなってたと思う?」
日永がにやっと笑う。
「怖いこというなよ」
僕もつられて笑い返した。
「あのさ、門藤さんのこと“師匠”って呼んでるのは、神職のお師匠さんってことなの?」
「うん」
「じゃあ、儀式のときの舞とかも門藤さんが教えてくれたわけ?」
「そう」
「門藤さんがあの優雅な舞を踊るなんて、ちょっと想像できないな。ああいうのって神楽っていうんだっけ」
「そう。招いた神のために舞う」
「そういえば前から気になってたんだけど、日永が降ろしてる神様って、何ていう名前なの?」
日永がこちらに体を向けた。
「それは、言えない」
きっぱりとしたその答えは、拒絶というよりも、揺るがない信念のようなものを感じさせた。
「それは……どうして?」
「神の本質や名を知るっていうのは、その存在と相互に影響を持つことと結びついてる。神も人と同じで千差万別だから、扱い方を心得ていないやつが下手に手を出すと、災厄をもたらす神もいる。そういう神を扱う側は、みだりに正体を明かさない。人の口に戸は立てられないから」
「なるほど……あ、なんか僕ばっかり質問してるな。日永も何か聞きたいことあったら、何でも聞いて」
日永は少し考えてから、口を開いた。
「映画の出演は『楽園のネズミ』以来って言ってたけど、その間、出演依頼はなかったの。なんか賞も受賞してたよね」
「あぁ……あるにはあったんだけど、僕が断ってたんだ」
日永は、じっと僕の顔を見つめる。
「ちょっと言ったけど、中条監督ってすごく厳しい人だったからさ。あのときのことで、少し演技の仕事がトラウマになって……当分は学業優先ってことにしてもらって、演技の仕事は避けてたんだ。CMとか短い教育番組とかにちょこちょこ出るくらいで。でも……」
ふっと息を吐く。
「今回は、かなり熱心にオファーされて。事務所にも、これまで僕の要望をずっと尊重してもらってたから、断り続けるのも悪くて受けたんだ……」
日永は何も言わない。
「僕って基本、周りに流されてばっかりなんだよ。俳優になったきっかけも、母さんと舞台を観に行ったときにスカウトされて、なんとなく、だし。求められてることはこうかなって窺いながら、しゃべって、動いて……」
苦笑いが漏れる。
「中条監督にもさ、『お前にはリアルがない。ごっこ遊びしてんじゃねぇぞ』って言われてさ。たぶん、そういうところ、見抜いてたんだと思う」
「ごっこでリアルを演出するのが、演技じゃないの」
日永の言葉に、思わず目を丸くする。
「……確かに、そうとも言えるかもね」
「演技すること自体は、どう思ってる」
「うーん……」
少し考える。
「嫌いではない、かな。自分とは違う人生に思いを馳せるのって、なんていうか……自分の枠を押し広げられる感じがして、人間としての成長を実感できるというか……うまく言葉にできないけど」
ぽりぽりと頭をかく。
「……ほんとは、もっと単純かもしれない。チームで一つの作品を作る中で、演技ってその中の役割のひとつでしかなくて。結果としていい作品ができたときに、自分の役割でちゃんと貢献できたって思えるのがうれしくて……それで、演技することに誇りを持てるようになるのかも。要は――」
少し考えてから、続ける。
「誰かの役に立てたって実感が欲しいだけなのかな」
言い終えてから、なんだか照れくさくなって、仰向けになった。
「お前は流されるだけの人間じゃない」
「えっ?」
思いがけない言葉に、首を日永の方へ向ける。
「自分の役をうまく演じるたくて、撮影日の前日に現場に来た。炎の中に真っ先に飛び込んだ。また俺に会いに来た。今こうして怨霊の対処に奔走している。全部、お前の意思で動いてる」
「それは――」
言葉が詰まる。
「お前は、誰かのために動くことを選べる」
静かな声なのに、有無を言わせない響きがあった。胸の奥が、じんと熱くなる。
「……そんな、大したもんじゃないよ」
もしかして、励ましてくれているのだろうか。いや、日永はそういうタイプじゃない。本当に思ったことを、そのまま口にしているだけなんだろう。だからこそ、胸に刺さる。目の奥が熱くなって、あわてて瞬きをし、ぐっと眉間に力を入れた。
日永が、ふわっとあくびをする。
「眠いよな。こんな時間だし、もう寝よう。明日も長い一日になりそうだし」
日永はこくんと頷いて、目を閉じた。すぐに、すうすうと静かな寝息が聞こえてくる。
本当に眠かったのだろう。話に付き合わせて悪かったな、と思う。
――誰かのために動くことを選べる。
日永の言葉を頭の中で反芻していると、眠気がじわじわと戻ってきた。
体があたたかい。布団をかぶっているのだから当たり前か――そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
帰り道、ほとんど会話はなかった。たぶん、僕が勝手に落ち込んでいるだけで、日永は何とも思っていない。新幹線を降りたら、僕もいつも通りに振る舞おう――そう思って、パンっと頬を叩いた。
「じゃあ、明日も今日と同じ時間に集合でいい?」
ホテルの前、昨日と同じ場所でそう尋ねる。
すると、
「ここに泊まってけば?」
と思いがけない言葉が返ってきた。
「……えっ?」
たしかに今日は、どこか近くのネットカフェででも過ごそうと思っていた。けれど、朝は得意ではないし、同じホテルに泊まる方が合理的かもしれない。
「……じゃあ、そうしよっかな」
コンビニで下着と明日の朝ごはんを買い、フロントに向かうと、
「大変恐れ入りますが、あいにく本日は全室ご予約で埋まっております」
と、フロントスタッフが申し訳なさそうに言った。
「あっ、そうですか……」
「俺の部屋に泊まれば?」
スタッフと僕の視線が、同時に日永へ向く。
「えっと……」
「別に嫌ならいい」
「いや、むしろ日永が気にしないのかなって。ベッド一つだし……ダブルではあるけど……いいの?」
「よくなかったら、最初から言わない」
「うん……」
三人の間に妙な沈黙が落ちる。
うんって何だよ。内心で自分にツッコミを入れながら、スタッフに確認する。
「この場合でも大丈夫ですか?」
「はい、問題ございません」
満面の笑みで返されて、じゃあお願いしますと言って、手続きを進めた。
部屋に入った瞬間、強烈な眠気に襲われた。新幹線で少し寝たはずなのに。
浴室のドアがバタンと閉まる音がして、すぐに、ザーッという水の音が響き始める。僕は手に持っていたアメニティを机の上に置き、椅子にどさりと腰を下ろした。怒涛の一日だった。心身ともに、いや、特に心のほうがすり減った気がする。
三木原の母が深く頭を下げる姿を思い出す。日永は「同情するな」と言ったけど、そんなに簡単に割り切れるものではない。
脳裏に、「直樹くん」と目線を合わせて笑いかけてくる三木原の姿が浮かぶ。あの現場では、三木原だけが僕に優しかった。どうして長い間、名前すら思い出さなかったのだろう。僕は元来、薄情なやつなのかもしれない――
「椅子で寝るな」
ハスキーな声に、ビクッとして目を開ける。日永が目の前で僕を見下ろしていた。
「……寝てないよ。目つぶってただけ」
本当は、半分落ちかけていたが。日永の白い頬は上気して赤みが差し、髪はまだ濡れている。僕は椅子から立ち上がり、日永の肩にかけてあったタオルを取って、そのまま頭にかけた。
「早くドライヤーしないと、風邪ひくよ」
「今からするつもりだったけど」
「あ、先に呼びに来てくれたのか。ありがと」
軽く日永の頭を拭いてから、バスルームに向かった。熱いお湯が、全部を洗い流してくれるような気がして、いつもより長くシャワーを浴びた。
バスルームのドアを開けると、部屋の電気はすでに落ちていた。手早くドライヤーを済ませ、そっとバスルームを出る。ベッドの上を見ると、布団がこんもりと丸まっていた。
そっと覗き込むと、日永が横向きに体を丸めて眠っている。布団も一緒に巻き込んでいて、僕の分の布団の面積はだいぶ小さい。僕は苦笑しながら、ベッドの端に体を横たえ、そのまま静かに目を閉じた。
ふと、目が覚めた。枕元のスマホを手に取り、画面を確認する。2時18分。横を向くと、日永は、相変わらず体を丸めて眠っていた。ただ、さっきとは違って、こちら側に体の向きが変わっている。こんもりと丸まった布団の中から、顔だけがちょこんと出ている。
そっとベッドから抜け出し、冷蔵庫を開ける。中からペットボトルの水を取り出して、一口飲むと、少しだけ頭がすっきりした。ベッドに戻り、スマホに手を伸ばしかけて、ふと止める。光で日永を起こしてしまうかもしれない。
再び横になって目を閉じる。が、眠気はすっかりどこかへ消えてしまっていた。姿勢を変えようと、ベッドの内側へ体を向けると、日永と目が合った。
「うわっ」
思わず声が出てしまう。慌てて口を押さえた。
「ご、ごめん。起こした?」
「冷蔵庫、開ける音で」
そう答えながら、体を起こし、ばさりと布団をこちらへかけてきた。
「あ、ありがと」
かけられた布団から、ふわりといい匂いがした。ホテルのリネンの清潔な香りに混じった、日永自身の匂い。どんな匂いかと言われれば、うまく言葉にできない。イメージするとしたら、誰も踏み入れたことのない山奥にひっそりと咲く、朝露をまとった白い野花――そんな感じだろうか。
なんだか自分の発想が変態くさく思えて、そんな思考を振り払うために、日永に話かけた。
「なんかさ、ちょっと修学旅行みたいだな」
「行ったことない」
日永は仰向けの姿勢のまま答えた。
「えっ、小中のころ行かなかった?」
「小学生のときは風邪ひいて、中学は一か月くらいで行かなくなったから」
「へ、へえ……」
少し間を置いてから、恐る恐る聞く。
「ちなみに……中学行かなくなった理由って、聞いてもいい?」
「上下関係とか校則がめんどくさかった」
「ああ……学校によっては結構厳しいよね。風紀検査とかあった?」
「風紀担当が体育教師で、いつも竹刀持ち歩いてた」
「えぇ……今どきそんな先生いるんだ……実際に振り回したりしてたの?」
「風紀検査の日、髪が地毛か疑われて、引っ張られて」
「うわ、それ最悪だな」
「やめろって言って手を払ったら、怒って竹刀振り上げてきた」
「えっ大丈夫だった?」
「鳩尾に蹴り入れたら、うずくまってた」
「えぇっ⁉」
「竹刀落としたから、それ拾って頭に振り下ろしたら失神した」
「……」
文字通り、開いた口が塞がらない。
「師匠が、“やられたらやり返すのは違う”って」
「それは門藤さんの言う通――」
「二度と歯向かってこないように、ぶちのめせって言ってたから」
「……」
少しの沈黙のあと、躊躇いながら口を開く。
「あのさ……僕、勝手に頭拭いたりしてたけど、嫌じゃなかった?」
「嫌だったら、どうなってたと思う?」
日永がにやっと笑う。
「怖いこというなよ」
僕もつられて笑い返した。
「あのさ、門藤さんのこと“師匠”って呼んでるのは、神職のお師匠さんってことなの?」
「うん」
「じゃあ、儀式のときの舞とかも門藤さんが教えてくれたわけ?」
「そう」
「門藤さんがあの優雅な舞を踊るなんて、ちょっと想像できないな。ああいうのって神楽っていうんだっけ」
「そう。招いた神のために舞う」
「そういえば前から気になってたんだけど、日永が降ろしてる神様って、何ていう名前なの?」
日永がこちらに体を向けた。
「それは、言えない」
きっぱりとしたその答えは、拒絶というよりも、揺るがない信念のようなものを感じさせた。
「それは……どうして?」
「神の本質や名を知るっていうのは、その存在と相互に影響を持つことと結びついてる。神も人と同じで千差万別だから、扱い方を心得ていないやつが下手に手を出すと、災厄をもたらす神もいる。そういう神を扱う側は、みだりに正体を明かさない。人の口に戸は立てられないから」
「なるほど……あ、なんか僕ばっかり質問してるな。日永も何か聞きたいことあったら、何でも聞いて」
日永は少し考えてから、口を開いた。
「映画の出演は『楽園のネズミ』以来って言ってたけど、その間、出演依頼はなかったの。なんか賞も受賞してたよね」
「あぁ……あるにはあったんだけど、僕が断ってたんだ」
日永は、じっと僕の顔を見つめる。
「ちょっと言ったけど、中条監督ってすごく厳しい人だったからさ。あのときのことで、少し演技の仕事がトラウマになって……当分は学業優先ってことにしてもらって、演技の仕事は避けてたんだ。CMとか短い教育番組とかにちょこちょこ出るくらいで。でも……」
ふっと息を吐く。
「今回は、かなり熱心にオファーされて。事務所にも、これまで僕の要望をずっと尊重してもらってたから、断り続けるのも悪くて受けたんだ……」
日永は何も言わない。
「僕って基本、周りに流されてばっかりなんだよ。俳優になったきっかけも、母さんと舞台を観に行ったときにスカウトされて、なんとなく、だし。求められてることはこうかなって窺いながら、しゃべって、動いて……」
苦笑いが漏れる。
「中条監督にもさ、『お前にはリアルがない。ごっこ遊びしてんじゃねぇぞ』って言われてさ。たぶん、そういうところ、見抜いてたんだと思う」
「ごっこでリアルを演出するのが、演技じゃないの」
日永の言葉に、思わず目を丸くする。
「……確かに、そうとも言えるかもね」
「演技すること自体は、どう思ってる」
「うーん……」
少し考える。
「嫌いではない、かな。自分とは違う人生に思いを馳せるのって、なんていうか……自分の枠を押し広げられる感じがして、人間としての成長を実感できるというか……うまく言葉にできないけど」
ぽりぽりと頭をかく。
「……ほんとは、もっと単純かもしれない。チームで一つの作品を作る中で、演技ってその中の役割のひとつでしかなくて。結果としていい作品ができたときに、自分の役割でちゃんと貢献できたって思えるのがうれしくて……それで、演技することに誇りを持てるようになるのかも。要は――」
少し考えてから、続ける。
「誰かの役に立てたって実感が欲しいだけなのかな」
言い終えてから、なんだか照れくさくなって、仰向けになった。
「お前は流されるだけの人間じゃない」
「えっ?」
思いがけない言葉に、首を日永の方へ向ける。
「自分の役をうまく演じるたくて、撮影日の前日に現場に来た。炎の中に真っ先に飛び込んだ。また俺に会いに来た。今こうして怨霊の対処に奔走している。全部、お前の意思で動いてる」
「それは――」
言葉が詰まる。
「お前は、誰かのために動くことを選べる」
静かな声なのに、有無を言わせない響きがあった。胸の奥が、じんと熱くなる。
「……そんな、大したもんじゃないよ」
もしかして、励ましてくれているのだろうか。いや、日永はそういうタイプじゃない。本当に思ったことを、そのまま口にしているだけなんだろう。だからこそ、胸に刺さる。目の奥が熱くなって、あわてて瞬きをし、ぐっと眉間に力を入れた。
日永が、ふわっとあくびをする。
「眠いよな。こんな時間だし、もう寝よう。明日も長い一日になりそうだし」
日永はこくんと頷いて、目を閉じた。すぐに、すうすうと静かな寝息が聞こえてくる。
本当に眠かったのだろう。話に付き合わせて悪かったな、と思う。
――誰かのために動くことを選べる。
日永の言葉を頭の中で反芻していると、眠気がじわじわと戻ってきた。
体があたたかい。布団をかぶっているのだから当たり前か――そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
