クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

「では各ペア、探索を開始してください」

 昼前の学園敷地内に、教師の声が行き渡る。
 号令と同時に、生徒たちは一斉に動き出した。

 ──ひと組を除いて。

「なぜですか……」

 青ざめた顔でつぶやいたのは、コノメ。
 その隣にはアスラが立っている。

「くじ引きじゃ仕方ないだろ」
「……」

 朝、コノメはアスラに辛辣(しんらつ)な対応を見せた。
 彼とは関わらないつもりが、よりによって授業でペアになってしまったのだ。

 授業内容は単純。
 学園の庭に点在する素材を集め、簡単なアイテムへ加工して提出する。
 薬草からポーションを作ったり、木材を削って簡易武器を作ったりすれば良い。

 来週の“大型演習”に向けた、探索の基礎訓練らしい。

「必修授業だしな」
「…………」

 拒否すれば留年のため、やらない選択肢は無い。
 コノメは一息つくと、すぐに顔を引き締めた。

「仕方ありませんね」
「お。やっと協力する気に──」
「わたくし一人で終わらせますので、あなたはそこにいてください」
「って、おーい!」

 冷たく言い切ると、コノメはスタスタと歩き出した。
 課題が記された紙も彼女が持っているため、アスラは後を追うしかない。
 だが、コノメの迷いのない足取りに、アスラは尋ねる。

「待て待て。場所が分かって歩いてるのか?」
「はい。学園の隅々まで、どこに何があるかは把握済みですので」
「ひえっ」

 さすがは賢者の使者だ。
 普段からの癖で、地理や素材配置は頭に入っているらしい。
 昼寝スポットくらいしか把握していないアスラとは雲泥(うんでい)の差だった。

 そんな調子で、コノメは薬草に樹液など、次々に素材を回収していく。
 アスラはその背中を見ながら思った。

(使者として働く時はこんな感じなのか……)

 今のコノメは、“社畜モード”。
 無機質な目には何の感情も持たず、機械的に体を動かしている。
 淡々と最短ルートを進み、仕事を遂行するのみだ。

(賢者の時はもうちょい柔らかいんだけど)

 だが、賢者と接する時のコノメは(あい)(きょう)があった。
 尊敬する相手の前だからか、声色も(やわ)らぎ、しっかり表情も出る。
 その時のコノメは年相応に可愛らしい。
 
 それだけに、今の無機質さが余計に際立って見えた。

(学園でもあの姿を表に出せば、もっと楽しいだろうに)

 と、そんなことを考えている内に。

「回収完了しました」
「……マジかよ」

 授業開始から十五分程度。
 結局、一瞬も迷うことなく、コノメは素材を回収し終えた。
 どう考えても全ペア中で最速だ。

 残るは加工して、提出用に整えるだけ。
 しかし、コノメは一人で作業に取り掛かった。

「では、引き続き手出しはしないでください」
「ここでも()け者……」
「あなたの手が入れば作業が遅れますから」

 コノメはその場に正座し、薬草をすり潰して液体を混ぜ、木片を一定サイズに(そろ)えていく。
 すべての作業が流れるように速い。

「最速最短、必要最低限で一定の価値を出す。これがわたくしのやり方です」
「タイパにコスパ……これが社畜なのか」
「“しゃちく”?」
「あ、いや、働き者だなって」
「……そうですか」

 言葉を交わす間も、コノメの手は一切止まらない。
 アスラはそんな彼女を見ながら、ふと聞いてみる。

「普段から、寄り道とかしないの?」
「寄り道とは」
「帰る途中でちょっと違う道を通ってみたり、新しい店でもないかなって遠回りしたりさ。普段と違うことするのって、けっこう楽しいぜ!」
「楽しい……」

 対して、コノメは一息ついて返した。

「その感情に意味はあるのですか?」
「え?」
「そんなことをする時間があるなら、一秒でも早く体を休め、一秒でも早く動く。それが正しき姿でしょう」
「……おぉう」

 冷たい返答だった。
 授業を通してのコノメを見ると、アスラには彼女の背景が透けて見える。

(普段のコノメは想像以上だな……)

 コノメにとって、生きることは働くこと。
 幼少から叩き込まれた価値観により、彼女は動いていなければ落ち着かない。
 そんな感情は(ゆが)み、今では“役目を果たしていない自分には価値がない”とすら思ってしまっている。

(その価値観で生きるのも大変な気がする)

 コノメの価値観は、想像よりずっと深く()り固まっていた。
 不幸中の幸いか、アスラという人格で接したからこそ見えた姿だ。

 これは何とか突破口を見つけてあげたい。
 そう思いながら、アスラはすっと手を伸ばす。

「なあ、このポーション借りていいか?」

 手に取ったのは、すでに完成された小瓶。
 コノメはじろりと冷たい視線を向ける。

「何をする気ですか。それはすでに提出できる品質ですが」
「ちょっといじるだけ」
「三秒までなら」
「みじけー。ま、そんだけあれば十分」
「!」

 アスラは指先に淡い光を灯した。
 それにはコノメの目がわずかに鋭くなる。

(この魔力制御……)

 賢者の使者であるコノメは、魔法に精通している。
 ほんの一瞬見ただけでも、アスラにそれなりの技量があるのは分かった。
 その直後、ポーションの色が緑からオレンジへと変わる。

「こんなのどうだ? ポーション美味しくしてみた!」
「は?」

 コノメは無機質な目のまま、アスラを見る。

「くだらないですね。回復薬にそんなもの求めてどうするのですか」
「でもさー、傷ついた時にさらに苦いもの飲まされるのって嫌じゃない? 特に子どもとかさ」
「それは……」
「まあまあ、とりあえず味見してみてよ」
「この、勝手に──!」

 促されるまま、コノメは小瓶に口を付けた。

(……美味しい?)

 今まで経験したことのない味だった。
 薬らしい苦味は消え、爽やかで柔らかい甘さが残る。
 固まっているコノメを見ながら、アスラはうなずく。

(前世で言うなら、オレンジジュースみたいな感じかな。この世界には無いからなあ)

 そんなことを考えつつ、コノメの反応をうかがう。

「どう? これでもくだらない?」
「……はい。考えは変わりません。そもそも飲食の本質は栄養補給です」
「うーむ」

 あくまで理屈は崩れないらしい。

(そういや、まともな食事してるの見たことないな……)

 美味しさより栄養、味わうより効率。
 常に働くコノメは、摂取する物にも思考が反映されていた。
 すると、アスラはゴソゴソとかばんを(あさ)る。

「じゃ、せめて一緒にお昼しない?」

 軽食を取り出したのだ。
 授業は長丁場が想定されており、生徒にはパンが支給されている。
 しかし、コノメは首を縦に振らない。

「結構です。もう作業が終わりますので、提出して一人で食べます」
「そう? せっかく小物も用意したんだけど」

 次にアスラが取り出したのは、小さなガラス(びん)

「じゃーん! いちごジャム!」
「……?」
「これをパンに()ると美味いんだよ。ほれ、こんな風に」

 アスラはパンを半分に割り、スプーンで赤いジャムをたっぷり塗った。
 ふわっと甘い匂いが広がると、アスラは片方を(ほお)()る。

「うめー! ほら、せっかくだからあげるよ」
「……こんなものをもらっても」
「まあ、いいからいいから」

 幸せそうな声を出してから、アスラは残り半分を差し出す。
 コノメに強引に手渡しつつ、これに至る経緯を話し始めた。

「味を再現──じゃなくて、発明する魔法にハマった時期があってさ。最近ようやく形になったんだ」
「随分とくだらない所に力を注ぎましたね」
「そんなことはないよ。人にとって食は力だ」
「!」

 その言葉に、コノメの脳裏にぼんやりと記憶が(よぎ)る。
 使者の多くの仕事は使いっ走りだが、たまに感謝をしてくれる者もいたのだ。

『いつもありがとうな』
『この野菜もらってくれ!』
『料理したら美味しいわよ』

 ただし、効率(ちゅう)のコノメは一度も持ち帰ったことがない。
 自分には不必要と、施設や子どもたちに寄付していた。

(あの者たちも、わたくしを(ねぎら)おうと?)

 初めてそんな風に考える。
 そう思うと、胸の奥に小さな温かさが灯るような気がした。

 ちなみに、隣ではアスラがまだ語り続けている。

「想定してる果物が入手しづらくてさー、そこでこう補って……」
「なるほど」
「お、興味出た?」
「いえ。職業柄、理解はできただけです」

 そんな中、コノメは時計を見てハッとした。

(って、もうこんな時間! わたくしは何を楽しんで(・・・・)──いや、楽しんでなど!)

 我に返って慌てて立ち上がる。
 脳内スケジュールから、すでに三分以上超過していたのだ。

「では、わたくしはこれで」
「結局食べないんかーい! まあいいや、使っちゃったポーションは作り直しとくよ」
「はい、そうしてもらわないと困ります」

 きっぱり言うと、コノメは背を向けた。
 そのまま一人で、課題の提出先へとさっさと歩いていく。
 だが、手元のそれが気になって仕方ない。

「…………」

 アスラはジャムとやらのために、わざわざ魔法を開発したらしい。
 他に使い所はない、無駄な魔法だ。
 そうは思いながらも、コノメはパンをはむっと小さく口にする。

「……甘い」

 その表情には、少し色が灯っていた。

 それから、提出先に着いたコノメ。
 保健担当の教師から一つ指摘をもらう。

「あら、口の横に何か付いてますよ」
「……っ!」
「傷でも負いましたか?」
「こ、これは……」

 赤色の見たことない物だったため、教師は血と勘違いしたのだろう。
 だが、コノメは口元を拭くと恥ずかしそうにつぶやく。

「なんでも、ないです……っ」
 
 その手元にはジャムのパンは持っていなかった。