「ふう……」
とある大部屋で、アスラは息をついた。
学園が始まって、およそ二週間。
アスラには疲れが溜まっているようだ。
(なぜこうなった?)
夢に見た学園生活。
そこでは昼寝して、授業は最低限で流し、のんびり過ごせると思っていた。
そのために、先回りして最強の三役職を手に入れたのだ。
だが、現実は違った。
主に二人の執着によって。
(リーゼルにセレス……面倒が確実に増えている!)
リーゼルは放課後の度に誘ってくる。
セレスは目が合う度に勝負を仕掛けてくる。
どちらも悪い子ではないが、怠惰な日常からは遠ざかっていた。
(ポケ〇ンバトルじゃないんだからさあ……)
そんな内心が態度に出ていたのだろう。
すると、すぐそばに控えていた少女が、心配そうに口を開いた。
「大丈夫ですか、賢者様」
「ん? おう──ではなく。うむ、心配はいらない」
アスラは慌てて口調を切り替える。
今のアスラは学園の怠け者ではなく、“賢者”なのだから。
ここは賢者の間。
分厚いじゅうたんが敷かれた大部屋で、変装をしたアスラはいかにも偉い人が座る椅子に腰かけている。
絶賛、賢者のお仕事中だ。
もっとも、今日の仕事内容は「待機」。
緊急時以外はぼーっとするだけ。
ここで唯一の雑談相手である少女は、アスラの返事にほっとする。
「それはよかったです」
少女の名は──コノメ。
小さめの体に、銀色のショート。
背筋がぴんと伸び、落ち着いて見える一方で、せっかく可愛い顔にはうっすら疲れが浮かぶ。
コノメは、先代から賢者に仕える“使者”だ。
しかし、その業態はブラックである。
「賢者様のお仕事は大変でしょうから」
「……いやいや」
アスラは仮面の下からじっと視線を返した。
「君の方がよほど大変そうじゃ? 先月はちゃんと休めた?」
「はい。今代様のおかげで、先月の残業はたったの200時間で済みました」
「お願いだからもっと休んでぇ!」
思わずアスラの素が出る。
しかし、コノメはきょとんとして首をかしげる。
「先月は一回、お休みもいただていますよ? わたくしにとっては天国のような職場です」
「それじゃ“社畜使者”だよ……」
使者の仕事は多岐にわたる。
各所の報告整理、国の魔法研究の管理に、国民の緊急呼び出しなど。
ほぼお国の“雑用係”として機能させられている。
ちなみに、これでもかなり減った方だ。
(俺も片付けたり他に回してるはずなんだけど、まだそんなにあるのか。先代までどんだけブラックだったんだよ……)
アスラは細い目を浮かべる。
また他に掛け合おうと静かに決意すると、話題を変えた。
「で、学園の方はどう?」
そんな社畜使者のコノメは、アスラと同じ学園の一年生だ。
ただし原作では学園に登場しない。
賢者の使者を専業にしており、青春とは無縁の立場だった。
しかし、この世界では──。
「俺勧めた理由は分かった?」
アスラが進学するように進言したのだ。
理由はいくつかある。
一つは休息を与えるため。
アスラはコノメの進学を口実に、仕事を減らすよう手回しした。
もう一つは、この年の子は学校に行くべきと思ってのこと。
しかし、コノメは少し視線を下げる。
「……いえ、まだ学園には意味を見出せておりません」
「え?」
「賢者様は信頼しております。わたくしの事を思ってのご進言だと、理解もしているつもりです。それでも──」
コノメは静かに膝をついた。
「やはり、わたくしの使命は賢者様をお支えすること。我が一族が代々してきたことです。学園にいる間、賢者様のお傍を離れるのはどうしても……」
「……」
その小さくも健気な姿勢に、アスラは口を閉ざす。
(うーん、難しいねえ)
コノメの家系は、代々賢者に仕えてきた一族だ。
それ自体は立派なことだが、アスラにはその生き方が健全に思えなかった。
(だってそれって、最初から生き方を決められてるようなもんじゃん)
“縛られて生きる”。
アスラが嫌う事の一つだ。
だが、厄介なことに、コノメ自身は現状を幸せだと信じている。
「賢者様にお仕えする。それが、わたくしの至上の喜びなのです」
「……そっか」
悲しくも、アスラはますます確信した。
(生まれた時から、そう教え込まれてきたんだろうな)
誰かに命じられた生き方を、本人が心から望むものだと思い込んでしまっている。
そういう匂いが、コノメからはずっとしていた。
だからこそ、アスラはコノメへ入学を勧めた。
賢者に仕えること以外の楽しさや幸せ、普通の時間を知ってほしかったから。
これが学園へ行かせた一番の理由だ。
しかし、すぐに説得は難しそうなので、また少し話題を変えてみる。
「ちなみにだけど、学園への不満とかはないの?」
「不満ですか……あ。いえ、ありません」
「今の“あ”はあるね。言ってみなさい。先生、誰にも言わないから」
「さすが見抜かれてしまいますね。では」
コホンと一息つくと、コノメは不満を話し始める。
「学園に一人、許しがたい者がおります」
「ほう」
「仕事とは関係がないため、わざわざ接触はしていないのですが」
「……その人の名前は?」
少ーし嫌な予感がしながらも尋ねる。
すると案の定、“彼”の名前が挙がった。
「アスラ・ヴァルティオという者です」
「……っ!!」
(うそーーーん!)
アスラは仮面の下でショックを受けた。
「どうされましたか。名前に聞き覚えが?」
「い、いや全く! ところで、なぜその者が嫌いなんだ?」
「……あの者には規範がありません」
そう言うと、コノメは一気に愚痴を吐き出した。
「平然と授業をサボり、振る舞いに品位もなく、学生らしからぬ態度で、ペラペラペラペラ……」
「ぐふぅっ!」
コノメの愚痴は加速していく。
その一つ一つが、アスラにはボディブローのように突き刺さった。
「あの、大丈夫ですか。やはりお疲れが」
「いえ、お気になさらず……」
(この子から言われる悪口きちー)
それも大体正論だ。
知らない誰かの陰口ならまだしも、コノメのような真っ直ぐな子からの指摘は普通に効いた。
やがて言い切ったのか、コノメはすっと姿勢を正す。
「とにかく、そういう男なのです。偉大な賢者様からすれば、想像もつかないでしょうけれど」
「ソ、ソウダネー……」
思わぬパンチを食らったアスラだが、考えは一貫していた。
(このまま、ただ学園に置いただけじゃコノメは変われない。仕えること以外の幸せも知ってほしい)
そんな考えの元、アスラは命じる。
「では、君に任を与える」
「……! は、はい!」
コノメはぱっと顔を晴らした。
賢者から直々に任を授かることは、彼女にとって大変な名誉だ。
だが、アスラから出たのは──。
「君には一週間の休暇を与える。今週は学園に集中しなさい」
「……え?」
「その間、“使者の仕事は忘れること”。いいね?」
「お、お待ちください!」
コノメは思わず一歩前へ出る。
期待していたものとは違ったようだ。
賢者へ逆らうなどあってはならないと分かっていながら、コノメは聞かずにはいられなかった。
「それは、わたくしが頼りないからでしょうか! 足りない部分があれば、なんなりとご指摘ください! 必ず改めます!」
「違う。君のことを思ってだ。わかった?」
「…………はい」
コノメは肩を落としながらも、賢者の命に従う。
彼女は一礼し、賢者の間を後にした。
◆
翌朝、学園にて。
(──とは言ったものの)
いつものようにギリギリ登校したアスラは、教室へ入った瞬間に足を止めた。
教室の隅、ぽつんとした席。
銀髪に見え隠れするコノメの横顔が、沈んでいたのだ。
「…………」
姿勢は正しく、表情も崩れていない。
だが、付き合いのあるアスラには分かる。
あれは落ち込んでいる顔だ。
(さすがにかわいそうだったか? いや、判断は間違ってないはず)
一瞬考えを改めようとも思ったが、アスラはすぐに首を振る。
これもコノメを思ってのことだ。
心を鬼にして任は解除しない。
(とはいえ、何もしてあげないのも違うか。俺が命じたわけだし)
すると、アスラは自然にコノメに近づく。
あくまで他人のフリをして。
「あの、どうかされましたか?」
「……ん」
声がかかると、ゆっくりとコノメがこちらを向く。
しかし、それがアスラだと分かった瞬間。
「あなたでしたか。今すぐ消えてください」
「──え」
「消えないならわたくしが去ります。では」
「あ、ちょ」
コノメはすっと席を立ち、スタスタと教室の外へ出て行く。
一瞬も話す隙を与えてくれなかった。
彼女の背中を見ながら、アスラは息をつく。
(し、辛辣ぅ……)
賢者には忠誠を尽くす一方で、アスラは嫌う。
かといって、このまま放置してもコノメは変われない。
(これは苦労しそうだ……)
そうは思いながらも、アスラはコノメを救いたいと動き始めた。
とある大部屋で、アスラは息をついた。
学園が始まって、およそ二週間。
アスラには疲れが溜まっているようだ。
(なぜこうなった?)
夢に見た学園生活。
そこでは昼寝して、授業は最低限で流し、のんびり過ごせると思っていた。
そのために、先回りして最強の三役職を手に入れたのだ。
だが、現実は違った。
主に二人の執着によって。
(リーゼルにセレス……面倒が確実に増えている!)
リーゼルは放課後の度に誘ってくる。
セレスは目が合う度に勝負を仕掛けてくる。
どちらも悪い子ではないが、怠惰な日常からは遠ざかっていた。
(ポケ〇ンバトルじゃないんだからさあ……)
そんな内心が態度に出ていたのだろう。
すると、すぐそばに控えていた少女が、心配そうに口を開いた。
「大丈夫ですか、賢者様」
「ん? おう──ではなく。うむ、心配はいらない」
アスラは慌てて口調を切り替える。
今のアスラは学園の怠け者ではなく、“賢者”なのだから。
ここは賢者の間。
分厚いじゅうたんが敷かれた大部屋で、変装をしたアスラはいかにも偉い人が座る椅子に腰かけている。
絶賛、賢者のお仕事中だ。
もっとも、今日の仕事内容は「待機」。
緊急時以外はぼーっとするだけ。
ここで唯一の雑談相手である少女は、アスラの返事にほっとする。
「それはよかったです」
少女の名は──コノメ。
小さめの体に、銀色のショート。
背筋がぴんと伸び、落ち着いて見える一方で、せっかく可愛い顔にはうっすら疲れが浮かぶ。
コノメは、先代から賢者に仕える“使者”だ。
しかし、その業態はブラックである。
「賢者様のお仕事は大変でしょうから」
「……いやいや」
アスラは仮面の下からじっと視線を返した。
「君の方がよほど大変そうじゃ? 先月はちゃんと休めた?」
「はい。今代様のおかげで、先月の残業はたったの200時間で済みました」
「お願いだからもっと休んでぇ!」
思わずアスラの素が出る。
しかし、コノメはきょとんとして首をかしげる。
「先月は一回、お休みもいただていますよ? わたくしにとっては天国のような職場です」
「それじゃ“社畜使者”だよ……」
使者の仕事は多岐にわたる。
各所の報告整理、国の魔法研究の管理に、国民の緊急呼び出しなど。
ほぼお国の“雑用係”として機能させられている。
ちなみに、これでもかなり減った方だ。
(俺も片付けたり他に回してるはずなんだけど、まだそんなにあるのか。先代までどんだけブラックだったんだよ……)
アスラは細い目を浮かべる。
また他に掛け合おうと静かに決意すると、話題を変えた。
「で、学園の方はどう?」
そんな社畜使者のコノメは、アスラと同じ学園の一年生だ。
ただし原作では学園に登場しない。
賢者の使者を専業にしており、青春とは無縁の立場だった。
しかし、この世界では──。
「俺勧めた理由は分かった?」
アスラが進学するように進言したのだ。
理由はいくつかある。
一つは休息を与えるため。
アスラはコノメの進学を口実に、仕事を減らすよう手回しした。
もう一つは、この年の子は学校に行くべきと思ってのこと。
しかし、コノメは少し視線を下げる。
「……いえ、まだ学園には意味を見出せておりません」
「え?」
「賢者様は信頼しております。わたくしの事を思ってのご進言だと、理解もしているつもりです。それでも──」
コノメは静かに膝をついた。
「やはり、わたくしの使命は賢者様をお支えすること。我が一族が代々してきたことです。学園にいる間、賢者様のお傍を離れるのはどうしても……」
「……」
その小さくも健気な姿勢に、アスラは口を閉ざす。
(うーん、難しいねえ)
コノメの家系は、代々賢者に仕えてきた一族だ。
それ自体は立派なことだが、アスラにはその生き方が健全に思えなかった。
(だってそれって、最初から生き方を決められてるようなもんじゃん)
“縛られて生きる”。
アスラが嫌う事の一つだ。
だが、厄介なことに、コノメ自身は現状を幸せだと信じている。
「賢者様にお仕えする。それが、わたくしの至上の喜びなのです」
「……そっか」
悲しくも、アスラはますます確信した。
(生まれた時から、そう教え込まれてきたんだろうな)
誰かに命じられた生き方を、本人が心から望むものだと思い込んでしまっている。
そういう匂いが、コノメからはずっとしていた。
だからこそ、アスラはコノメへ入学を勧めた。
賢者に仕えること以外の楽しさや幸せ、普通の時間を知ってほしかったから。
これが学園へ行かせた一番の理由だ。
しかし、すぐに説得は難しそうなので、また少し話題を変えてみる。
「ちなみにだけど、学園への不満とかはないの?」
「不満ですか……あ。いえ、ありません」
「今の“あ”はあるね。言ってみなさい。先生、誰にも言わないから」
「さすが見抜かれてしまいますね。では」
コホンと一息つくと、コノメは不満を話し始める。
「学園に一人、許しがたい者がおります」
「ほう」
「仕事とは関係がないため、わざわざ接触はしていないのですが」
「……その人の名前は?」
少ーし嫌な予感がしながらも尋ねる。
すると案の定、“彼”の名前が挙がった。
「アスラ・ヴァルティオという者です」
「……っ!!」
(うそーーーん!)
アスラは仮面の下でショックを受けた。
「どうされましたか。名前に聞き覚えが?」
「い、いや全く! ところで、なぜその者が嫌いなんだ?」
「……あの者には規範がありません」
そう言うと、コノメは一気に愚痴を吐き出した。
「平然と授業をサボり、振る舞いに品位もなく、学生らしからぬ態度で、ペラペラペラペラ……」
「ぐふぅっ!」
コノメの愚痴は加速していく。
その一つ一つが、アスラにはボディブローのように突き刺さった。
「あの、大丈夫ですか。やはりお疲れが」
「いえ、お気になさらず……」
(この子から言われる悪口きちー)
それも大体正論だ。
知らない誰かの陰口ならまだしも、コノメのような真っ直ぐな子からの指摘は普通に効いた。
やがて言い切ったのか、コノメはすっと姿勢を正す。
「とにかく、そういう男なのです。偉大な賢者様からすれば、想像もつかないでしょうけれど」
「ソ、ソウダネー……」
思わぬパンチを食らったアスラだが、考えは一貫していた。
(このまま、ただ学園に置いただけじゃコノメは変われない。仕えること以外の幸せも知ってほしい)
そんな考えの元、アスラは命じる。
「では、君に任を与える」
「……! は、はい!」
コノメはぱっと顔を晴らした。
賢者から直々に任を授かることは、彼女にとって大変な名誉だ。
だが、アスラから出たのは──。
「君には一週間の休暇を与える。今週は学園に集中しなさい」
「……え?」
「その間、“使者の仕事は忘れること”。いいね?」
「お、お待ちください!」
コノメは思わず一歩前へ出る。
期待していたものとは違ったようだ。
賢者へ逆らうなどあってはならないと分かっていながら、コノメは聞かずにはいられなかった。
「それは、わたくしが頼りないからでしょうか! 足りない部分があれば、なんなりとご指摘ください! 必ず改めます!」
「違う。君のことを思ってだ。わかった?」
「…………はい」
コノメは肩を落としながらも、賢者の命に従う。
彼女は一礼し、賢者の間を後にした。
◆
翌朝、学園にて。
(──とは言ったものの)
いつものようにギリギリ登校したアスラは、教室へ入った瞬間に足を止めた。
教室の隅、ぽつんとした席。
銀髪に見え隠れするコノメの横顔が、沈んでいたのだ。
「…………」
姿勢は正しく、表情も崩れていない。
だが、付き合いのあるアスラには分かる。
あれは落ち込んでいる顔だ。
(さすがにかわいそうだったか? いや、判断は間違ってないはず)
一瞬考えを改めようとも思ったが、アスラはすぐに首を振る。
これもコノメを思ってのことだ。
心を鬼にして任は解除しない。
(とはいえ、何もしてあげないのも違うか。俺が命じたわけだし)
すると、アスラは自然にコノメに近づく。
あくまで他人のフリをして。
「あの、どうかされましたか?」
「……ん」
声がかかると、ゆっくりとコノメがこちらを向く。
しかし、それがアスラだと分かった瞬間。
「あなたでしたか。今すぐ消えてください」
「──え」
「消えないならわたくしが去ります。では」
「あ、ちょ」
コノメはすっと席を立ち、スタスタと教室の外へ出て行く。
一瞬も話す隙を与えてくれなかった。
彼女の背中を見ながら、アスラは息をつく。
(し、辛辣ぅ……)
賢者には忠誠を尽くす一方で、アスラは嫌う。
かといって、このまま放置してもコノメは変われない。
(これは苦労しそうだ……)
そうは思いながらも、アスラはコノメを救いたいと動き始めた。


