クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 とある日、学園の屋外にて。

「【()(えん)(きゅう)】!」  

 高い声と共に、(しゃく)(ねつ)(かたまり)が放たれた。
 ドゴオッと音が響いた巨大な壁には、焦げ跡が刻まれる。
 その威力に、周りの生徒はわっと沸いた。

「「「おおっ……!」」」

 この壁は“()(ほう)(へき)”。
 ただ分厚いだけでなく、魔法の威力を測るため、並の攻撃では傷一つ付かない強固な壁だ。
 そこへ、くっきりと分かるほどの痕跡(こんせき)を残したのだ。

 盛り上がった生徒たちは、一人の少女を囲む。

「さすがセレスさん!」
「入学前から噂になってましたもんね!」
「やっぱりエーデルン家はすごいなあ……」

 称賛の中心にいたのは──セレス・エーデルン。
 
 低めの身長によく似合う、金髪ボブ。
 強気な視線は、整った顔をより際立たせている。
 彼女は『エストレア・アカデミー』における、賢者ルートのヒロインだ。

 セレスはその(つや)やかな金髪を払うと、少し口元を上げる。

「当然よ。私はエーデルン家の次女なんだから!」

 エーデルン家。
 四世代前には賢者も輩出した、魔法界屈指の名門家系である。
 セレスはその直系なのだ。

 今行われている、魔法の選択授業を受ける生徒にとっては、まさに憧れの的だった。

「「「おおおー!」」」

 その実力の伴った言葉には、生徒たちの歓声が一段と大きくなる。
 だが、その輪から離れた場所では、あくびをしている者が一人。

「ふわ~あ……」

 体育座りをしたアスラである。
 否、一人ではなく二人だ。
 その隣には、当然のようにレーニャもいた。

「課題だけこなして日陰に直行とは。さすがです、怠惰(たいだ)の王」
「いや君も座ってるじゃん。てかその失礼な二つ名なに?」

 二人とも出された課題はとっくに終えている。
 教師からしても、周りの邪魔はしていないので注意をしにくい。
 やる気は感じられないが、文句を言える隙もなかった。

 アスラを嫌う者にとっては目(ざわ)りらしいが。

「なんだよあいつ、休みやがって」
「課題もズルでもしたんじゃねえの」
「セレスさんも()らしめてくださいよ」

 陰口を言うしかない者は、セレスを頼る始末だ。
 しかし、セレスはそちらへ視線すら向けなかった。

「別にどうでもいいわ」

 不真面目な者に興味は無いと言わんばかりに。
 というのも、セレスには“想い”があった。

(わたしには、そんな奴に構ってる暇なんて無い)

 入学初日から一貫した態度だ。
 “現賢者を超えるために入学した”、そう言っていたように。
 そんなセレスの視線は、遠く上に向けられる。

(わたしは、あれぐらい強くならなくちゃいけないの)

 視線の先には、ケタ違いに大きな魔法の跡が残っていた。
 前々代の賢者であり、セレスの“ひいひいおばあちゃん”にあたる人物が、学園生時代に刻んだ魔法の跡だ。
 彼女が卒業後に賢者になったことから、伝説として残されている。

 魔法の跡の大きさは、そのまま威力の証明になる。
 今のセレスには、到底届かない大きさだった。
 その差を実感しながら、セレスの耳の奥には聞き慣れた声が(よみがえ)る。

『セレスならもっとやれるはずだ!』
『あなたは賢者にならなければいけないの』
『四世代ぶりの機会を逃すつもりか?』

「……っ」

 セレスはズキっとした頭を抑える。
 その重圧を払うように、首を横に振った。

(大丈夫、わたしならやれる……)

 セレスにも事情があるようだ。
 しかし、今この場においては一つ確信を持てる。

(少なくとも、この中にわたしより上はいないでしょうね)

 その確信は、名家の傲慢(ごうまん)ではない。
 実際に努力を積み上げ、結果も出してきたからこその自己評価だ。
 セレスは落ち着きを取り戻すと、訓練に戻ろうとする。

 ──と、その一方で。

「クズさんよ、邪魔だから消えてくんね?」
「ん?」

 後方では、アスラが大男に絡まれていた。
 アスラは細めた目で相手を見上げる。

「邪魔はしてねーよ。それとも何だ? 目立つ場を奪われてイラついてんのか?」
「な、なわけねえだろ!」

 図星らしく、大男の顔はみるみる赤くなる。
 アスラはゲーム知識で知っているが、大男もそれなりの家系出身だ。
 もっと目立てると思ったはずが、セレスに全部もっていかれ、その腹いせをアスラにぶつけたのだ。

 すると、気が立った大男は最悪の一言を口にした。

「ま、お前には授業も関係ねえか。隣にそんな女飼ってりゃ退屈しな──」
「おい」
「……!?」

 その瞬間、アスラは炎の球をぶっ放す。

 ──ボガアアアアッ!!

 アスラの魔法はヒュッと大男の顔スレスレを通り過ぎ、壁に激突した。
 “レーニャの悪口”という(きん)()を犯したからだ。
 立ち上がったアスラは、大男に指を向ける。

「次言ったら当てる。去れ」
「お、覚えてやがれ!」

 アスラに怯えて大男は去って行く。
 たまに見るほんの一幕だ。
 しかし、問題はそこじゃない。

 一連のやり取りを横目で見ていたセレスは、目を疑っていた。

(……は? なによ、あの威力!)

 たった今、壁にできた魔法の跡。
 アスラが一瞬イラっとして残した跡が、先程のセレスの跡より大きかったのだ。

 こんなことはありえてはならない。
 本気で賢者を志す者として、たかが授業で他人に劣っていて良いはずがない。

(なんなのよ、あいつ……!)

 プライドを傷つけられたセレス。
 彼女の足は自然と、いよいよ寝そべろうとしているアスラに向かっていた。

「あんた、アスラだったかしら?」
「え? あ、はい」
「今すぐわたしと勝負しなさい! どっちが大きな跡を付けられるか!」
「なんで!?」

 アスラは大きく口を開けた。
 当然、メインヒロインであるセレスのことは認知している。
 その上で、アスラは今まであえて避けてきたのだ。

(なんで俺に絡んでくるんだ!?)

 原作のセレスは、性格ゆえにアスラとは中盤まで関わらない。
 そのはずが、この序盤でセレスの方から声をかけてきた。
 アスラは訳が分からないながらも、たった今思わず付けた魔法の跡を指す。

「じゃあ俺、あれで提出で」
「はあ!? わたしをナメてるわけ!?」
「ち、違うって! これは面倒──じゃなくて、あなたに勝てるわけないなって!」
「絶対ナメてる! 今に見てなさい!」

 セレスは()(だん)()を踏むと、アスラの魔法の跡の前に立つ。
 己の集中させ、練り上げた魔力を渾身の力で放った。

「【原初の炎】!!」

 ──ドゴオオオオッ!!
 先程以上の轟音(ごうおん)と共に、真っ赤な炎の塊が壁へ激突する。
 辺りには熱気が押し寄せ、大きく砂ぼこりが舞った。

「どうよ、見たかしら!」
 
 セレスは胸を張る──が、その表情はすぐ固まった。

「か、勝ってない……?」

 砂ぼこりが晴れ、新しい跡を確認する。
 確かに大きい跡が付いていたが、アスラの一撃には届いていなかった。
 
「そんな、わたしの本気の魔法が……?」
「あ、おい! そんなこと言ったら──!」

 すると、アスラは目を見開く。
 周りの生徒たちがざわつき始めたのだ。

「セレスさんの跡より大きいだと?」
「あいつ、一体何したんだ?」
「いやいや、そんなわけ……」

 これにはアスラの顔色が一気に悪くなる。

(バカバカ、何してくれとんじゃー!)

 油断していたら、急に正体バレの危機が訪れた。
 慌てたアスラは、勢い任せでそれっぽい事を大声で叫ぶ。

「あ、あー! あそこ、みんなの魔法が重なって(もろ)くなってたのかもなー! いやー、偶然ってあるんだなー、あはははー!」

 そのアピールは意外にも効果的らしく。

「なんだ、そういうことかよ」
「あのクズが出来るわけねえもんな」
「目立とうとするんじゃねえよ」

 よほどアスラの評価が低いらしい。
 これで納得されるのも中々に悲しいが、今は良しとする。
 しかし、セレスだけは引っ掛からなかった。

(そんなわけない。こいつは……何か隠してる!)

 むしろ、今の言い訳で確信が深まっていた。
 セレスは腰に両手を当ててアスラに迫る。

「あんたねえ──」

 だが、問い詰めようとした時。
 キンコンカンコーン。
 授業終了のチャイムが鳴り、教師が全体に呼びかける。

「本日の選択授業はここまでです。皆さん、校舎に戻るように」
「イエス!」

 その瞬間、アスラはくるりと背を向けた。

「じゃ!」
「あ、ちょっと待ちな──消えた!?」

 そして、(またた)きの間に消えている。
 まさかの“剣聖ステップ”だ。
 史上最悪の使い方だが、今は彼が剣聖なのでどう使おうと自由だ。

 しかも、気づけば隣のレーニャもこっそり消えていた。
 セレスはぷるぷると拳を震わせる。

(な、なんなのよ、あいつ~~~~!)

 天才と、もてはやされてきたセレス。
 ここまでコケにされた経験は初めてだ。
 この(くつ)(じょく)が彼女に強烈な火を点けた。

(しかも、あの魔法は本気じゃなかった。その化けの皮、ぜーーっっったいに()がしてやるんだから!)

 そして、セレスはくるりと振り返る。
 正体を暴く決意はしたものの、負けず嫌いな彼女には“まずやるべきこと”があった。
 たとえ教師に止められようとも。

「さあ、セレスさんも校舎に──」
「いえ、やるべきことがありますので」
「ですが次の授業が――」
「やるべきことがありますので!!」
「ひっ」

 教師をあしらうと、セレスは魔法壁へと向かう。
 狙うのはアスラの残したあの跡だ。

「まずはこれを超えてからよ! ──【原初の炎】!!」

 その日、魔法壁には絶え間なくドゴオッと音が響いたという。

 やがて夕方。
 制服の(そで)を黒ずみだらけにし、セレスはようやくアスラの跡を上回る。
 彼女は大の字に寝転ぶと、改めて決意を固めた。

「アスラ・ヴァルティオ……見破ってやるわよ、その正体!」

 そして、次の日からアスラのストーカーが現れた。