クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 「どっからでもこいよ」
 
 アスラは模擬用の木剣を片手に、不良達を挑発する。
 イラついた不良達は一斉に向かってきた。

「んじゃあお望み通り!」
「しばいてやるよ!」
「もう後悔しても遅えぞ!」

 対して、アスラは──。

「話が早くて助かる」
「「「……!?」」」

 その姿を消す。
 否、消えたと錯覚するほどの速さで動き出した。
 そこら中を移動しているのは体感できるが、不良達からは全く姿が(とら)えられない。

 一方、リーゼルにはギリギリ(・・・・)視認できていた。

(縮地法に高速サイドステップ、東国風の足運びまで……!)

 アスラの動きは、型の結晶。
 努力の賜物(たまもの)とも言える洗練された移動だが、それだけではない。
 数々の型を組み合わせ、()り交ぜることで、オリジナルの動きへと変革させていた。

 まさに『剣聖ステップ』だ。
 リーゼルは先程のアスラの言葉を思い出す。

『型に縛られるのが良くない』

(それを体現してるのね……)
 
 不良達をボコすついでに、実戦形式で見せてくれているようだ。
 やがて十分に動きを見せると、アスラは攻撃へと移る。

「こっちだ」
「ごはッ!?」

 アスラが急に目の前に現れたかと思うと、不良の一人がぶっ飛ばされる。
 その調子で、一人また一人と次々に仲間が減っていく。
 不良達からすれば恐ろしい体験だろう。

 そんなアスラから、リーゼルは目を離せない。

(これが剣聖!! ……なの?)

 だが、見開いた目はすぐにひそめられた。
 というのも、アスラの戦い方はヤンチャ(・・・・)だったのだ。

「ほらほら、どうしたあ!」
「なんかこいつ楽しんでねえか!? ごばあッ……!」

 アスラは斬るのではなく、持ち手で相手を思いっ切りぶん殴っている。
 これでは武器差も何も関係ない。
 木剣だからこそかもしれないが、その割には手付きが慣れていた。

 その戦い方は荒くなる一方だ。

「でりゃあっ!」
「ぐがッ……!」

 もはや“鈍器”と言った方が正しいかもしれない。
 しかし、リーゼルは不思議と安心感を覚える。
 その姿からは“負け”のイメージは全く湧いてこないのだ。

(何としても勝つ、か)
 
 これがアスラの言っていたことなのかと納得する。
 もしかしたら、(あら)(りょう)()であえてリーゼルとかけ離れた戦い方をしてくれているのかもしれない。
 そう思わされる程の心強さだ。

 やがて、不良達は尻もちを付いていた。
 そこでアスラはフィニッシュに入る。

「んじゃ、大サービス」
「……!」

 しっかりと剣技も見せてくれるらしい。 
 アスラは剣聖ステップで動き回ると、タンッと高く跳び上がった。
 そのあまりに速い動きを追うように、ゴオオと竜巻が巻き起こる。

「“疑似(ぎじ)聖剣”ってな」

 すると、その竜巻を剣に(まと)わせた。
 精密にコントロールすると、天へと伸びる竜巻の剣が完成する。

 ちなみに、相変わらず不良達は姿を捉えられていない。
 そんな彼らにアスラは最終警告を告げた。

「二度とレーニャの悪口言うんじゃねえぞ」
「「「……!?」」」
「〇ねえ!」

 アスラはそのまま木剣を振り下ろす。
 その動きと共に、一体となった竜巻が不良達に降り注ぐ。
 ガキのような放送禁止用語をかき消す勢いで。

「「「のわああああああッ!」」」

 ──ズドオオオオオオオッ!!

 訓練場がうなりを上げる。
 不良達は気が付けば迫っていた竜巻に押し潰され、一斉に気絶した。
 アスラも、本当には死なない程度には抑えているだろう。

 ちなみに、正体バレの配慮もしっかりしている。
 レーニャは微笑みながらつぶやいた。

「高度な(わざ)は魔法と見分けがつかない。何をされたかも分からないでしょうねぇ」

 アスラと不良達に実力差がありすぎるからだ。
 動く姿もほとんど見られず、最後まで何が起きたか判別できない。
 アスラが剣聖ということを予想すらできないだろう。

「ま、これでも“ウォーミングアップ程度”の力でしょうけどね」

 レーニャの言う通り、アスラの実力は計り知れない。
 そうして事を終えると、アスラはスタっと地上に着地した。

「よし、スッキリしたね!」
「やっぱりストレス解消じゃないですかぁ」
「ち、違うって! レーニャの悪口に怒ったのはガチだから!」
「そうだと良いですけどねぇ」

 そこにはレーニャの軽口が待っていた。
 冗談を言うあたり、全く心配していなかったのだろう。
 すると、リーゼルもゆっくり近寄ってくる。

「……さすがね」

 何かを考えているようだが、ようやくまとまったように視線が合う。
 そこには晴れやかな表情が浮かんでいた。
 リーゼル自身、伸び悩んでいた自覚が消えるように。
 
「あなたの言っていた事、少しは分かった気がする」
「お、そっか。あいつらも少しは役に立ったな」
「……」

 それにはノーコメントだが、アスラの次の言葉には賛同できた。

「型に頼り過ぎない柔軟さと、なんとしても勝つ貪欲(どんよく)さ。それがあれば君はもっと強くなる」
「ええ、ありがとう」

 わざわざ実践形式で示してくれたおかげで、リーゼルは成長のイメージを明確に掴むことができたようだ。
 リーゼルはふっと微笑む。

(なんだかんだで面倒見が良いじゃない)

 クズ、()()(らく)、なまけ者。
 そう見えていたアスラの姿は、少しずつ剣聖と重なって見え始める。
 高鳴る胸の鼓動と共に。

 すると、アスラはくるりと背を向ける。

「てことで俺はこれで」
「……!」

 対して、リーゼルは思わず手を動かした。
 去ろうとしたアスラの(そで)をつまんだのだ。

「ん?」
「……あ、えと」

 だが、リーゼルは無意識だったらしい。
 それでも、心に素直になれば、自分の行動の意味が分かった。

「……もっと、教えて?」
「え?」
「あ、あなたが今言ったんじゃない! 貪欲になれって!」
「言ったけど、それとこれとは……」

 アスラはちらりとリーゼルを視線を合わせる。
 恥ずかしがりながらも勇気を出した表情だった。
 その端麗な顔でお願いされては、正直ずるい。

「しょうがない。もうちょっとだけだぞ」
「本当!?」
「ああ。けど、その代わり──」

 ぱっと明るくなったリーゼルに、アスラはつい口が滑る。

「俺の言う事を何でも一つ聞いてくれたらな!」
「……!」
「──あ」

 勢いのまま、レーニャと同じノリで軽口を叩いてしまった。
 
(やべ、また嫌われる!)

 自然と友達になった気でいたのかもしれない。
 アスラは慌てて訂正しようとするが──。
 
「……のよ」
「え?」
「な、何をしたら教えてくれるのよ!」
「!?」

 リーゼルは本気だった。
 何を想像したのか、耳まで赤く染め、上半身はよじるように抑えている。
 それでも剣聖に教わりたいという気持ちで言いきったのだ。
 
 対して、アスラは余計に血の気が引く。

(この子、思ったより危うい……!)

 原作主人公はこういう軽口を言うタイプではない。
 ゆえに、リーゼルのこんなセリフは初めて聞いた。
 真面目な彼女は、変な方向にも素直だと実感する。

 アスラは申し訳なさそうに、下から下から声をかけた。

「あ、あの、すみません。今のは冗談で……」
「……は?」

 リーゼルの目がパチっと開く。
 そのままゆっくりとアスラを向くと、みるみるうちに怒りを募らせた。
 顔を着実に赤くさせながら。

「~~~~っ! あなたねえ……!」
「すみませんでしたあーっ!!」

 その後、リーゼルはアスラをしばらく追いかけ回した。
 なんとそこで報酬が一つ。
 剣聖のアスラを追いかける内に、ステップのコツを掴んだという。

 一方、冷静に光景を眺めていたレーニャは、やれやれと肩をすくめていた。

(また“正体を広めるぞ”って(おど)せばいいだけなのに。真面目ちゃんですねぇ)

 こうして、アスラはたまにリーゼルの剣を見てあげることになった。
 少し面倒ではあるが、リーゼル相手なら悪くないとも思える。
 ちなみに、有能メイドのレーニャは後片付けまで完遂(かんすい)していた。

 後日、教師に呼ばれた不良達は告げられる。

「はい、訓練場の修理代8000万コルね」
「「「はあああああああ!?」」」

 悪口の腹いせに、ちゃっかり不良達に責任を押し付けたという。