クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 「はッ!」

 リーゼルの張り詰めた声と共に、剣先が空気を()く。
 その鋭い剣筋を追うように、砂ぼこりが舞った。

「ふう……こんなところかしら」
「おお~」

 リーゼルが最後の型を終え、(こん)(むらさき)色の髪を整える。
 その横からは、パチパチと気の抜けた拍手が聞こえた。

 ここは学園端の訓練場。
 数ある施設の内、(ひと)()のない場所を狙って、アスラはリーゼルの剣を見ていた。
 今のところ、壁に寄りかかって拍手をするだけだが。
 
 そんなアスラに、リーゼルは鋭い目を向ける。

「おおー、じゃなくて。どうなのよ、あなたの目から見て」
「そうだなあ。率直に言って……」
「……っ」

 ようやく壁から背を離したアスラに、リーゼルは固唾を飲む。
 憧れの“剣聖”の評価を前に、平然とはいられないようだ。
 アスラは真面目な顔つきで伝えた。

「──綺麗だ」
「……!」

 その評価に、リーゼルは思わず顔を手で隠す。

(なによその、紛らわしい言い方は……)
 
 頬が若干熱を帯びるのを感じて、思わず手が動いてしまった。
 乱れた情緒を押さえ込むと、リーゼルは咳払いをして聞き返す。

「コホン。それは良い事だと受け取っていいのよね?」
「もちろん。整った型は見事の一言だよ。けど、逆に言えば──」

 だが、アスラは少し目を細める。

「真面目すぎるかも」
「!」

 リーゼルの肩がぴくりと跳ねる。
 どこか図星だったかのように。
 アスラは訓練用の木剣を持ち上げると、軽く振りながら尋ねた。

「じゃあ、リーゼルの目指す剣聖の話をしようか。剣聖にとって、一番“あってはならないこと”は何だと思う?」
「え? ええと……型が崩れること、とか?」
「違う」

 アスラは首を横に振る。

「負けることだ」
「……!」

 ハッキリした断言に、リーゼルは思わず息を呑む。
 アスラは笑みを崩さないながらも、真面目に続ける。

「剣聖は──“剣士の象徴”。国を背負う存在だ。もし他国の侵略や、強大な魔物が押し寄せた時、最も頼れる存在でなくちゃいけない」
「……ええ」
「けど、そんな剣聖が戦場で負けたらどうなるか」

 アスラは視線を鋭くさせた。

「国は総崩れだ。剣聖でも勝てない相手に、自分たちが勝てるわけない。人々はそう言い始める。剣聖が負けるというのは、そのくらい重い」
「……っ」
「だからまずは、何としても勝つ。どんな戦いでも“勝利”が一番にあり、そのための手段として剣を使っている。それが剣聖という存在」

 胸中を明かすと、アスラは普段の柔らかい表情に戻る。

「──と少なくとも俺は思ってる。解釈は人それぞれだろうけどね」
「……そう」

 アスラから初めて“剣聖”としての本音を聞いた。
 ありがたい体験のはずなのに、リーゼルは若干戸惑ってしまう。
 それほど今の言葉と、普段の姿が重ならなかったのだろう。
 
 それでも、一つ分かったことがある。

(この人も“剣聖”を背負っているんだ……)

 普段は軽口を叩いてばかりのようで、剣聖としての自覚は持っている。
 それに衝撃を受けつつ、嬉しくも感じた。
 目標とする者が剣聖の職をしっかり果たしているのだから。

 その上で、リーゼルは先程の話に答えてみる。

「私の剣が真面目過ぎるって、型に頼るのはダメってこと?」
「いや、型は大事だよ。先人達から学べることは多い。でも、型に(しば)られるのが良くないって話だね」
「……なるほど」

 アスラのアドバイスに、リーゼルは口元に手を当てる。
 彼女自身、思う所があったようだ。
 最初は相手に勝つために型を学んだはずが、いつしか型を洗練させることに意識を向けすぎていたかもしれないと。

 ちなみに、アスラはリーゼルがそうなる未来を知っている。

(いずれぶち当たる壁だからな。早く教えておいて損は無い)

 何百周と繰り返したゲームの知識だ。
 リーゼルが将来苦しむ姿を知っているなら、それを黙って招く必要は無い。
 そんな思いと共に、闘技場の入口に目を向けた。

「ま、せっかくならお手本でも見せようか」
「え?」

 少し前から、アスラはすでに察知していたのだ。
 この闘技場に向かってくる(やから)達の気配を。

「ここかあ!」

 闘技場の扉がドガアッと乱暴に開かれる。
 怒号と共に現れたのは、武器を持った複数人の男達だ。
 彼らはアスラを視界に入れると、ニヤリと口角を上げた。

「探したぜ、このクズが」
「早くこの崇高な学園から消えてくれよ」
「痛い目を見たくなければなあ?」

 同じ新一年生の連中だ。
 クズの呼び声が高いアスラを排除したいのだろう。
 似た連中はよくいるが、この不良達は一つ違う点があった。

「“探した”か。それはこっちのセリフだ」
「あん?」

 アスラは男達にじっと目を向ける。

「てめえら、入学式で“レーニャの悪口”言ってたな?」
「「「……!」」」

 風魔法の応用で、アスラは周囲の声を拾いやすくできる。
 その地獄耳ならぬ“賢者耳”に、男達の言葉が届いていた。

『あの隣の女って、飼い主に媚びて餌もらってる犬だろ?』
『能無しはクズの下に付くしかねえのか』
『下のお世話までしてんだろうなあ』

『『『アッハッハッハ!』』』

 基本、寛容なアスラはなんでも水に流す。
 しかし、彼にも禁忌(タブー)は存在する。
 その一つが、レーニャの悪口だ。

「俺はクズだが、俺に付いてきてくれる奴はクズじゃねえ。レーニャの悪口は撤回してもらおうか」

 それを聞き逃さなかったアスラは、どちらにしろ不良達をしめる(・・・)つもりだった。
 加えて、彼らの顔には見覚えがある。

(こいつら闇バイトの奴らなんだよなあ)

 アスラはゲーム知識で知っていたのだ。
 中盤のイベントで、この不良達は悪事の手足となる。
 遅かれ早かれ、邪魔になる存在には違いない。

(“疑わしきは罰せず”……だっけ? まあいいや)

 アスラは軽く前世のことを思い出すが、首を横に振った。
 ここは転生した異世界だ。
 そんなルールに縛られる必要は無い。

「“ムカつくからぶっとばす”。よし、これでいこう」

 アスラは模擬用の木剣を片手に、一歩前に出る。
 対して、顔を見合わせた不良達は──。

「「「ギャハッハッハ!!」」」

 顔を見合わせて大笑いした。
 彼らは腹を抑えながら、アスラ同様に一歩踏み出す。

「俺達をぶっとばすだあ?」
「クズのくせに威勢が良いじゃねえか!」
「てめえごときに出来るわけねえだろ!」

 完全にアスラをナメている。
 クズエピソードは多くあれど、強さに関する情報は無いからだろう。
 さらに、双方の武器にも差がある。

 リーゼルは目を見開いた。

「あ、あいつら……!」

 危険防止のため、訓練場に私用武器の持ち込みは禁じられている。
 だが、不良達の武器は明らかにオリジナルだ。

 対して、アスラは模擬用の木剣。
 もし正面からぶつかれば、木剣など木端(こっぱ)微塵(みじん)になる。
 しかし、リーゼルの横にすっとレーニャが現れた。

「心配はいりませんよぉ。それより、せっかくならご主人様の一挙手一投足を見逃さないでくださいね」
「え?」

 レーニャはふふっと笑みを浮かべた。

「生で見られますよ。──“剣聖の(わざ)”が」