「もー、遅いっ……!」
草陰に身を潜めながら、リーゼルは小声をこぼした。
入学試験から、約一週間。
アスラと戦ったリーゼルは、学園に無事合格した。
晴れて新入生となったが、今はとある“ミッション”の最中である。
(いつになったら来るのよ! まさか入学式からすっぽかすとかないでしょうね!?)
今日は王立エストレア学園の入学式だ。
しかし、すでに登校時間ギリギリ。
真面目なリーゼルにとって、初日から遅刻など論外である。
友人との待ち合わせでも三十分前には来る彼女からすれば、焦らずにはいられない。
(もう登校時間過ぎちゃうわよ!?)
そわそわ、もぞもぞ。
なんとか気配は消しながらも、内心は落ち着かず。
リーゼルの視線は、時計と周囲を往復しては、たまに手鏡で前髪を直していた。
そんな中、ようやく件の男が現れる。
(やっときた!)
校門へと近づいてきたのは、アスラ・ヴァルティオ。
その隣には、長い茶髪が目を引くレーニャもいる。
「なんで学校ってこんなに朝早いんだろうなー」
「ご主人様の生活が終わってるだけです」
登校時間は残り五分。
相変わらずの重役出勤だ。
間に合えばなんでもいい、という発想がまる見えである。
(……あのメイドさんも一緒に入学するのね)
一瞬レーニャにムッとした顔を浮かべるも、リーゼルはすぐに首を振った。
今の自分には大切なミッションがある。
そう思い直し、早速行動に移す。
(こっちだって、わざわざ時間を削って来たんだから!)
かれこれ待機すること一時間以上。
日課の朝稽古も早めに切り上げたのだ。
ここでミッションを完遂しなければ、全てが無駄になる。
リーゼルは校内に入っていく二人の背中をこっそり追いかけた。
「入学式ってあっちだっけ?」
「こっちです、ご主人様」
変わらず会話を続けるアスラとレーニャ。
そこに、リーゼルはごく自然を装いながら──。
「お、おはよ」
「ん?」
少し詰まりながらも一言。
視線は合わせず、横を通り過ぎながら挨拶をした。
しかし、アスラはリーゼルのことを不思議そうに見つめている。
「急にどうしたんだ?」
「なによ。べ、別に見かけたら挨拶ぐらいするでしょ! じゃ、私は急ぐから!」
それだけ言うと、リーゼルは逃げるように小走りで去っていく。
アスラの視界から外れると、ニヤリとした笑顔で小さくガッツポーズをする。
(言えた~っ!)
とあるミッションとは、たったこれだけ。
この「おはよ」を言うためだけに、リーゼルは長らく待機していた。
人にとっては小さな一歩だが、リーゼルにとっては大きな一歩だ。
(完全に自然だったわね!)
そして何より、自然風を装うのが大事だった。
それは見事に成功したはず。
と、本人は思い込んでいたが、アスラはその背中を見送りながら苦笑する。
(それで隠れてたのか……)
さすがはアスラ。
彼は校門に着く前からリーゼルの気配に気づいていた。
敵意もなかったので、隠れていると思ってスルーしたのだ。
(でもなんで?)
しかし、リーゼルの真意は理解できず。
わざわざ追いかけることもしないが、首を傾げていた。
ちなみに、リーゼルの気配に気づいていた者はもう一人。
レーニャだ。
「処すか?」
もっとも、こちらは乙女心にも気づいていたようだが。
◆
「ふい~、終わったあ」
初日の午後。
教室の端で、アスラは大きく背伸びをした。
「今日は早くて助かる」
本格的な授業は明日かららしく、今日は早めの終業だ。
入学式を終え、クラスへ移動し、軽いオリエンテーションだけで終わった。
周りもぼちぼち帰宅し始めている。
すると、隣の席のレーニャは一枚の紙を取り出した。
「ご主人様。選択授業は何にするんですかぁ?」
「んー、俺は魔法かな」
学園には必修授業と選択授業がある。
選択授業には、『エストレア・アカデミー』の最初の分岐とも言える選択が用意されていた。
剣、魔法、武術だ。
その中で、アスラは迷いなく魔法を選ぶようだ。
「ちなみに理由を聞いても?」
「決まってるだろ」
すると、アスラはフッと笑って答えた。
「魔法なら動かすのは指だけでいい」
「相変わらず終わってますねぇ」
学園に来てもアスラは変わらない。
彼の中で最重要なのは、いかに適度に過ごせるかだけ。
そんな会話は周囲にも聞こえていたらしく、冷ややかな視線が飛んでくる。
「なんであいつが受かったんだよ」
「侯爵家のコネってやつか?」
「やる気もねえくせにな」
ただ、いつもの事なのでアスラも気にしない。
というより一部正論には反論できなかった。
しかし、ここは学園。
青春の箱庭とも言われるこの場所では、学園マジックも起きるらしく──。
「ねえ」
「ん?」
ぶっきらぼうな声に振り向くと、リーゼルが立っていた。
多少緊張しているのか、声をかけてきた割には視線が合わない。
その態度のまま、リーゼルは前髪をくるくるといじりながら口に出した。
「この後どうせ暇でしょ? ちょ、ちょっと付き合いなさいよ」
「「「……!?」」」
その瞬間、周囲が大きくざわついた。
顔も良い才女のリーゼルは、入学初日から注目の的だった。
そんな彼女が、よりにもよってアスラを放課後に誘ったのだ。
波立たない方がおかしい。
「どうしてあのクズを!?」
「まさか裏で脅されて!?」
「あいつ、どこまで外道なんだよ……!」
たくましすぎる妄想力だ。
なんとしてもアスラが悪いことにしたいらしい。
だが、最も衝撃を受けていたのは、他の誰でもなくアスラ本人だった。
(リ、リーゼルさあん!?)
その表情には、雷でも落ちたかのような衝撃を受けている。
しかし、彼女の荷物に目を向けてすぐに気づいた。
リーゼルの荷物から剣の鞘が覗いていたのだ。
(あー、剣か)
アスラの目からふっと期待の色が消える。
リーゼルはどうやら剣を教わりたいらしい。
周りを反応を見るに剣聖の事は他言していないので、その気持ちを無下にすることもできなかった。
アスラはやれやれと重い腰を上げる。
「そういうことなら仕方ないなあ」
「……ニヤニヤするんじゃないわよ」
アスラは子を見守る親のような表情で、荷物をまとめる。
リーゼルも若干気に入らないが、剣の実力だけは確かなので、ここは我慢することにした。
しれっと付いていくのレーニャを含め、そのまま三人は教室を後にしようとする。
一方、周囲は彼らを横目で確認していた。
「どうしてあいつなんだよ……」
「俺が話しかけても苦笑いされたのに……」
「あれ、俺のあげた花束捨てられてる?」
「初日でそれはお前がキモい」
また、別の一角でも小さな会話が交わされている。
「どういうことなのかしら」
「ねー。よりにもよってだよね」
「どう思う? “セレス”さん」
だが、その名前だけは、教室を出る直前のアスラの耳に届いた。
「……!」
聞き逃せるはずがない。
なにしろ、その名はこのゲームのメインヒロインの一人なのだから。
しかし、話を振られた少女は平然と答える。
「別に興味ない。私は遊びに来てるわけじゃないんだから」
ただ、その淡々とした声音にはわずかに熱が込められていた。
「私は──現賢者を超えるために入学したんだもの」
草陰に身を潜めながら、リーゼルは小声をこぼした。
入学試験から、約一週間。
アスラと戦ったリーゼルは、学園に無事合格した。
晴れて新入生となったが、今はとある“ミッション”の最中である。
(いつになったら来るのよ! まさか入学式からすっぽかすとかないでしょうね!?)
今日は王立エストレア学園の入学式だ。
しかし、すでに登校時間ギリギリ。
真面目なリーゼルにとって、初日から遅刻など論外である。
友人との待ち合わせでも三十分前には来る彼女からすれば、焦らずにはいられない。
(もう登校時間過ぎちゃうわよ!?)
そわそわ、もぞもぞ。
なんとか気配は消しながらも、内心は落ち着かず。
リーゼルの視線は、時計と周囲を往復しては、たまに手鏡で前髪を直していた。
そんな中、ようやく件の男が現れる。
(やっときた!)
校門へと近づいてきたのは、アスラ・ヴァルティオ。
その隣には、長い茶髪が目を引くレーニャもいる。
「なんで学校ってこんなに朝早いんだろうなー」
「ご主人様の生活が終わってるだけです」
登校時間は残り五分。
相変わらずの重役出勤だ。
間に合えばなんでもいい、という発想がまる見えである。
(……あのメイドさんも一緒に入学するのね)
一瞬レーニャにムッとした顔を浮かべるも、リーゼルはすぐに首を振った。
今の自分には大切なミッションがある。
そう思い直し、早速行動に移す。
(こっちだって、わざわざ時間を削って来たんだから!)
かれこれ待機すること一時間以上。
日課の朝稽古も早めに切り上げたのだ。
ここでミッションを完遂しなければ、全てが無駄になる。
リーゼルは校内に入っていく二人の背中をこっそり追いかけた。
「入学式ってあっちだっけ?」
「こっちです、ご主人様」
変わらず会話を続けるアスラとレーニャ。
そこに、リーゼルはごく自然を装いながら──。
「お、おはよ」
「ん?」
少し詰まりながらも一言。
視線は合わせず、横を通り過ぎながら挨拶をした。
しかし、アスラはリーゼルのことを不思議そうに見つめている。
「急にどうしたんだ?」
「なによ。べ、別に見かけたら挨拶ぐらいするでしょ! じゃ、私は急ぐから!」
それだけ言うと、リーゼルは逃げるように小走りで去っていく。
アスラの視界から外れると、ニヤリとした笑顔で小さくガッツポーズをする。
(言えた~っ!)
とあるミッションとは、たったこれだけ。
この「おはよ」を言うためだけに、リーゼルは長らく待機していた。
人にとっては小さな一歩だが、リーゼルにとっては大きな一歩だ。
(完全に自然だったわね!)
そして何より、自然風を装うのが大事だった。
それは見事に成功したはず。
と、本人は思い込んでいたが、アスラはその背中を見送りながら苦笑する。
(それで隠れてたのか……)
さすがはアスラ。
彼は校門に着く前からリーゼルの気配に気づいていた。
敵意もなかったので、隠れていると思ってスルーしたのだ。
(でもなんで?)
しかし、リーゼルの真意は理解できず。
わざわざ追いかけることもしないが、首を傾げていた。
ちなみに、リーゼルの気配に気づいていた者はもう一人。
レーニャだ。
「処すか?」
もっとも、こちらは乙女心にも気づいていたようだが。
◆
「ふい~、終わったあ」
初日の午後。
教室の端で、アスラは大きく背伸びをした。
「今日は早くて助かる」
本格的な授業は明日かららしく、今日は早めの終業だ。
入学式を終え、クラスへ移動し、軽いオリエンテーションだけで終わった。
周りもぼちぼち帰宅し始めている。
すると、隣の席のレーニャは一枚の紙を取り出した。
「ご主人様。選択授業は何にするんですかぁ?」
「んー、俺は魔法かな」
学園には必修授業と選択授業がある。
選択授業には、『エストレア・アカデミー』の最初の分岐とも言える選択が用意されていた。
剣、魔法、武術だ。
その中で、アスラは迷いなく魔法を選ぶようだ。
「ちなみに理由を聞いても?」
「決まってるだろ」
すると、アスラはフッと笑って答えた。
「魔法なら動かすのは指だけでいい」
「相変わらず終わってますねぇ」
学園に来てもアスラは変わらない。
彼の中で最重要なのは、いかに適度に過ごせるかだけ。
そんな会話は周囲にも聞こえていたらしく、冷ややかな視線が飛んでくる。
「なんであいつが受かったんだよ」
「侯爵家のコネってやつか?」
「やる気もねえくせにな」
ただ、いつもの事なのでアスラも気にしない。
というより一部正論には反論できなかった。
しかし、ここは学園。
青春の箱庭とも言われるこの場所では、学園マジックも起きるらしく──。
「ねえ」
「ん?」
ぶっきらぼうな声に振り向くと、リーゼルが立っていた。
多少緊張しているのか、声をかけてきた割には視線が合わない。
その態度のまま、リーゼルは前髪をくるくるといじりながら口に出した。
「この後どうせ暇でしょ? ちょ、ちょっと付き合いなさいよ」
「「「……!?」」」
その瞬間、周囲が大きくざわついた。
顔も良い才女のリーゼルは、入学初日から注目の的だった。
そんな彼女が、よりにもよってアスラを放課後に誘ったのだ。
波立たない方がおかしい。
「どうしてあのクズを!?」
「まさか裏で脅されて!?」
「あいつ、どこまで外道なんだよ……!」
たくましすぎる妄想力だ。
なんとしてもアスラが悪いことにしたいらしい。
だが、最も衝撃を受けていたのは、他の誰でもなくアスラ本人だった。
(リ、リーゼルさあん!?)
その表情には、雷でも落ちたかのような衝撃を受けている。
しかし、彼女の荷物に目を向けてすぐに気づいた。
リーゼルの荷物から剣の鞘が覗いていたのだ。
(あー、剣か)
アスラの目からふっと期待の色が消える。
リーゼルはどうやら剣を教わりたいらしい。
周りを反応を見るに剣聖の事は他言していないので、その気持ちを無下にすることもできなかった。
アスラはやれやれと重い腰を上げる。
「そういうことなら仕方ないなあ」
「……ニヤニヤするんじゃないわよ」
アスラは子を見守る親のような表情で、荷物をまとめる。
リーゼルも若干気に入らないが、剣の実力だけは確かなので、ここは我慢することにした。
しれっと付いていくのレーニャを含め、そのまま三人は教室を後にしようとする。
一方、周囲は彼らを横目で確認していた。
「どうしてあいつなんだよ……」
「俺が話しかけても苦笑いされたのに……」
「あれ、俺のあげた花束捨てられてる?」
「初日でそれはお前がキモい」
また、別の一角でも小さな会話が交わされている。
「どういうことなのかしら」
「ねー。よりにもよってだよね」
「どう思う? “セレス”さん」
だが、その名前だけは、教室を出る直前のアスラの耳に届いた。
「……!」
聞き逃せるはずがない。
なにしろ、その名はこのゲームのメインヒロインの一人なのだから。
しかし、話を振られた少女は平然と答える。
「別に興味ない。私は遊びに来てるわけじゃないんだから」
ただ、その淡々とした声音にはわずかに熱が込められていた。
「私は──現賢者を超えるために入学したんだもの」


