クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 「次の対戦組は、前へ」

 王立エストレア学園、第一闘技場。
 実技試験の会場に、試験官の声が響く。
 呼ばれて前に出たのは、ひとりの少女と、ひとりの青年。

 次の対戦は──『リーゼル・レインフェルト対アスラ・ヴァルティオ』だ。

「「「うおおおっ……!」」」
 
 二人が前に出ると同時に、周囲はどよめいた。

「ついにあのリーゼル殿か!」
「レインフェルト家のご令嬢がどこまでやるか見ものだな」
「今年の大本命か──“剣鬼姫(けんきひ)”」

 その歓声は、リーゼルに向けられたものだ。
 レインフェルト家は代々剣で名を立ててきた。
 その中でも、リーゼルはすでに『剣鬼姫』と称される才女だった。

 一方で、アスラへ飛ぶのは嘲笑(ちょうしょう)だ。

「出てきたぞ、あのクズ」
「冷やかしで来たくせに指名されてかわいそー」
「見ろよ、リーゼルを前に(おび)えてやがるぜ」

 “アスラが怯えている”。
 まったくもってその通りだ。

(マジでどうすんだよ~~~!)

 平穏な学園生活が失われることを心配して、だが。

 ここで変に目立てば、夢に見た平穏な学園生活が遠のく。
 だが、手を抜けば剣聖の正体を広められる。
 完全に詰みに思える。

(結局、何も思いつかなかった……)

 リーゼルとの話から多少時間はあったが、未だ回答は出ず。
 頼みの綱に、アスラは観客列にいるレーニャへ目を向けるが──。

(ご主人様、グッドラック)
(それでもメイドかあ!)

 口パクで(あお)られる始末。
 しかも絶妙に楽しんでいる顔である。
 ちなみに、同年代のレーニャも受験生なのだが、先程さくっと勝利していた。

「両者、構えて」
「うっ」

 アスラの苦悩にも容赦(ようしゃ)なく、審判は二人に指示を出す。
 渋々従うアスラだが、前を向けばリーゼルの青い瞳が突き刺さった。

「……」
「ヒョエッ」

 分かってるわよね?
 そう言わんばかりの鋭い眼光だ。

 校舎裏での言葉は脅しではない。
 本気を出さなければ、確実に剣聖の正体を広められる。

(どうする……!)
 
 アスラの考えもまとまらないままに、審判の号令が響く。

「はじめ!」

 同時に、姿勢を(かが)めたリーゼルが地面を()った。

「はああああッ!」
「……!」

 ──速い。
 この前にも多く対戦があったが、群を抜いた(しゅん)(びん)(せい)だ。
 両者の距離は(またた)く間に縮まり、双方の剣が激しくぶつかる。

 カアァンッ!
 模擬戦用の木剣のはずが、甲高い音が闘技場中に響いた。
 リーゼルはギリっと力を入れながら、剣を受けたアスラを睨む。
 
「やっぱり受けられるんだ」
「うぐっ」

 しかし、アスラにとってはどうってことない。
 上段見てから防御余裕でした。
 そう言いたげな超反応だが、リーゼルは攻撃の手を休めない。

「じゃあ、これはどうかしら!」
「うおっ!」

 リーゼルは立て続けにラッシュを重ねる。
 洗練された()(れい)(けん)(さば)きだ。
 “剣鬼姫”の名に恥じない剣技に、周囲からは歓声が届く。

「うおおおおおおお!」
「なんて剣技なんだ!」
「これが才能というものか!!」
「いや、でも……」

 しかし、中には気づく者もいる。
 素晴らしい剣技には間違いないが、アスラはそれを一撃ももらっていない(・・・・・・・・・・)と。
 リーゼルの真意に気づいたアスラは、小声で口に出す。
 
「おい、いじわるしてんだろ!」
「さあね! はあッ!」

 口を動かしながらも、アスラはリーゼルの渾身の突きを見事にかわした。
 それに若干の動揺が走る。

「またかわしたぞ……?」
「いやいや偶然だろ」
「悪運が強いねえあのクズも」

 これこそがリーゼルの狙いだった。
 攻撃の手を休めず、防御させることで周囲に段々と違和感を抱かせる。
 今のまま全て防御すれば、リーゼルが正体を言わずともアスラの実力がバレてしまうのだ。

(このままじゃまずい……!)

 リーゼルにバラされるか、自らバラすことになるか。
 究極の二択を迫ってきたのだ。
 一度手を休めたリーゼルだが、次は止まらないだろう。

「いくわよ」
「ぐぬぅ……」

 対して、アスラは覚悟を決めた。
 
「──しょうがないか」

 すると、アスラはふっと力を抜く。
 そのまま握り直した剣をただ(・・)前に構えた。

「一瞬だけだぞ」
「……ッ!?」

 アスラがリーゼルに剣を向けた──その瞬間。
 リーゼルはぞわっと背筋を凍らせる。

(隙が無い……!)

 その構えには、寸分たりとも隙が見当たらなかった。
 それどころか、リーゼル自身にも多大な影響を与える。

(これ、は……っ!?)

 アスラの構えには、崩せるイメージが全く湧かない。
 どこから打ち込んでも、どう打ち込んでも、絶対に反撃されてしまう。
 強制的にそう直感させられた。

 今のリーゼルに(よぎ)るのは、悪いイメージのみ。
 悪いイメージは体をこわばらせる。
 それが強烈であればあるほど、人の体は硬直してしまう。
 
(なん、なのよ、これ……!)

 結果、リーゼルの体は固まった(・・・・)

 一歩でも動けば斬られる。
 いや、一歩どころか、息を吸うだけでも斬られる。
 リーゼルの思考は、どんどんと恐怖に染まっていく。

 何をしても無駄。
 何もしなくても無駄。
 そう意識せざるを得ない内に、リーゼルの身体は動くことを諦めた。

 そして──。

(……あれ?)

 やがて、世界から音が消えた気がした。
 極度に狭まった視界は何も見えない。
 恐怖に支配された感情に、五感が働くことをやめたのだ。

 目の前までゆっくり歩いてきた、アスラにすら気づかない程に。

「ほれ」
「……っ!!」

 アスラは木剣で、ぽんとリーゼルの手を叩く。
 それだけで、リーゼルはカランカランと剣を落としてしまった。
 彼女の手が、究極の緊張から一気に解き放たれたように。

「「「……っ」」」

 闘技場に訪れたのは、静寂。
 息を吐いたアスラが振り返ると、ハッとした審判は慌てて声を大にして言った。

「しょ、勝者! アスラ・ヴァルティオ!」

 その瞬間、会場が一斉にざわつく。

「な、何が起きたんだ?」
「リーゼルが剣を落とした……?」
「あいつ何もしてなくないか?」
「買収したんじゃねえだろうな!」

 そう、外から見ればアスラは何もしていない。
 ただ“構えを取った”だけだ。
 だが、剣を向けられた本人はその限りではない。

(あれが、“剣聖の構え”とでも言うの……?)
 
 一瞬、アスラが剣聖の殺意を見せる。
 それだけでリーゼルの中から勝つイメージが消失し、体を極限まで硬直させた。
 まさに──『剣聖の構え』だ。
 
(何も、できなかった……)

 リーゼルは腰が抜け、その場に座り込む。
 そのまま落ちた木剣を見つめた。

 悔しい、情けない、認めたくない。
 そんな気持ちは確かにある。

 だが、それ以上に一つの感情が芽生えていた。

(──美しい)

 剣を向けられた時は恐怖したが、今は違う。
 剣士として、あれほど完成された構えは見たことがない。
 たとえ違う者が同じ構えを取ろうと、裏に見える“努力の差”は埋められない。

「……っ」

 アスラはクズだ。
 しつこく嫌がらせをされたし、今でもネガティブな噂は絶えない。
 しかし、憧れるだけの理由がそこにはあった。

 目指す場所がハッキリすると、リーゼルは清々しい気持ちで満たされる。
 すると、やりすぎたかなと思ったアスラは、恐る恐る手を差し出す。

「だ、大丈夫か……?」
「気安く触らないで」
「おっと、ごめん」

 だが、その手はパシと軽く払いのけられる。
 嫌がらせの対価みたいなものだ。
 リーゼルは自らの足で立ち上がると、アスラを真っ直ぐ見て伝えた。

「今度は私から触れてみせるから」
「……!?」

 それだけ言って、リーゼルは背を向けて歩いていく。
 もちろん“剣で触れる”という意味だ。
 次やる時は構えを崩してみせると伝えたつもりだろう。

 だが、言い方が非常に紛らわしい。

(ちょっとそれ詳しく聞いていい!?)

 アホなアスラは勘違いした。
 
 こうして、アスラの実技試験は終了。
 彼のクズエピソードも相まって、ほとんどの者には実力がバレていないだろう。
 結果的に、実力もバレず、正体を言いふらされる心配もなくなった。

 ただし、ごくわずかの者はアスラに何かを感じ取っていたようだが。

「ふーん」
「面白い奴じゃないか」
「これは楽しくなりそうっ」

 剣聖、賢者、武神。
 最強の三役職を担うアスラの、波乱の学園生活の幕開けである──。