クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 「──はっ!」

 ヒマナは飛び起きた。
 その肩からは、()け布団が落ちる。
 白い天井にベッド、周りを見渡すと場所を把握できた。

「……保健室?」

 ぽつりとつぶやくと、シャッと横のカーテンが開く。

「そう」
「アスラ君!?」

 離れた隣のベッドには、アスラが寝転がっていた。
 あまりに自然にいるため、保健室の住人かと思うほどだ。

 だが、ヒマナはすぐに我に返る。

「──って、お手伝いの時間が!」
「もう()だよ」
「え?」

 すると、アスラは外を指して伝えた。

「翌日の昼。君は昨日ここに運ばれて、ほぼ一日寝てたらしいよ」
「そんな……」
「ま、俺はサボりに来てるだけなんだけど」

 アスラは相変わらずだが、ヒマナはツッコむ気にもなれない。
 自身の学生服は着替えさせられ、体も清潔に()かれている。
 保健室の先生がやってくれたのだろう。
 
 アスラの言葉が本当だと分かると、ヒマナはがくりと肩を落とした。

「私、最低だ。頼まれごと、たくさんあったのに……」

 ヒマナは布団の上で拳を握る。
 後悔というより、おびえている(・・・・・・)に近い顔だ。
 
 その表情を見て、アスラは静かに口を開く。

「居場所を失うのが怖い、からか?」
「!」

 ヒマナが勢いよく振り返るが、アスラは構わず続けた。

「寝言で言ってたよ。頑張らなきゃ私の居場所はない、って」
「それは、お見苦しいところを……」

 しかし、実はそんな寝言は言っていない。
 アスラは原作知識で、ヒマナの背景を知っているだけ。
 (けな)()に頑張る姿勢を放っておけなかったのだ。

過労(オーバーワーク)になる時期は、本来よりだいぶ早いけどな)

 ヒマナが闘気の実践をした時、アスラは一瞬で分かった。
 彼女の疲労が限界まで溜まっていると。
 選択授業でヒマナから目を離さなかったのは、そのためだ。

(周りの影響もあるのかもしれないな)

 リーゼルをはじめ、セレスやノアルの成長は、原作より圧倒的に早い。
 加えて、本来は学園にいないコノメという存在までいる。
 彼女達の影響でヒマナがより焦っているとしたら、アスラも間接的に責任を感じた。

 すると、弱っているせいか、ヒマナはぽつりと吐露(とろ)する。

「その通りだよ……私は、居場所を失うのが怖い」
「そんなに簡単に失うものなのか?」
「だって……」

 ヒマナにとって居場所とは、簡単に壊れてしまうもの。
 必死に守らなければいけないものだ。
 だからこそ、どれだけ人間関係が増えても、ヒマナは関わり方を変えなかった。

 笑顔を振りまき、進んでお手伝いをする。
 そうすることで、ようやく人間関係を(つな)いできた。

 対して、アスラは向こうの机を指す。

「あれを見ても、同じこと言える?」
「え?」

 そこには、色々な物が置かれていた。
 果物や焼き菓子、手紙なんてものまで。

「あれは全部、お見舞いに来た人が置いて行った物だ」
「……!」
どっか(・・・)で君が倒れたって聞いたんだろ」

 アスラはふっと笑うと、彼らの言葉を代弁した。

「俺がここで寝てる時、お見舞いの声が聞こえてきたよ」
 
『いつもありがとう』
『大変なこと気づかなかった』
『無理させてごめんね』

 アスラはヒマナに目を向けた。

「誰も、君がそこまで追い込んでるって分かってなかった。でも、気づいたら駆けつけたんだ」
「……」
「居場所はもう、とっくに出来てたんじゃないか?」
「……っ!」

 ヒマナの布団を握る指先に力が入る。
 彼女の瞳にも、うっすら涙が浮かんだ。
 しかし、不安はまだ消えない。

「でも、頼まれごとは、誰が……」

 放り出してしまった仕事はなくならない。
 すると、アスラはわずかに視線を逸らす。

「……さ、さあ? 誰かやったんじゃね?」
「!」

 それにはヒマナが目を見開く。
 幼少期から他人の顔をうかがってきた彼女は、嘘には敏感(びんかん)だ。
 その感覚は、アスラの優しい嘘に気づく。

(アスラ君が、やってくれたんだ……)

 だが、アスラは見抜かれてるとは思わず。
 そのまま能天気に思い返していた。

(休む時間が無いのって辛いからなあ……)

 誰よりものんびりしたい男、アスラ。
 彼は、休む時間が無い苦しさを一番知っている。
 昨日も今日も、ヒマナの雑務は肩代わりしてあげたのだ。

 当然この先も、ヒマナに負担がかかりすぎないようにするつもりだ。
 すると、やがてアスラは立ち上がる。

「てなわけで、俺はそろそろ行くよ。次の授業はサボるとやばいし」
「あ、うん。ありがとう」
「保健室の先生も、安静にしてれば問題ないって言ってた。くれぐれも無理すんなよ」
「……!」

 だが、ヒマナはふと自分の内側へ意識を向けた。

(あれ、闘気が補給されてる……?)

 闘気は、体内を(めぐ)る生命エネルギーだ。
 ()(かつ)すれば危険であり、身体機能に(こう)()(しょう)を残すことさえある。
 ヒマナはそれすらも覚悟で、無理に修行をしていたのだ。

 しかし、あの時は闘気が()れたはずなのに、問題ないという。
 ヒマナが疑問を持つ中、アスラは去り際に伝えた。

「また武術訓練場なんか行ったりしないように」
「!」

 その一言に、ヒマナの肩が跳ねる。
 すると、何を思ったのか、最後に一つだけお願いをした。

「ごめん、アスラ君。あの果物だけ取ってくれない?」
「ん? ああ」

 軽く返事したアスラは、果物を手渡そうとする。
 だが、ヒマナはパシっとアスラの手首を掴んだ。

「……!」
「あっ!」

 やばいと思ったのか、アスラもすぐさま手を引っ込めた。
 しかし、もう遅い。
 ヒマナはアスラをじっと見つめた。

「私に闘気を補給したの、アスラ君?」
「……」
「ここまで同じだと、さすがの私でも間違えないよ」

 闘気は、人によって微妙に“感じ”が違う。
 流れ方も、熱量も、運動量も。
 ヒマナが体内に感じた闘気は、アスラのそれと全く同じだったのだ。

 対して、アスラはそろーりと忍び足で後退していく。
 
「いやー、なんのことやら。ははー……」

 誤魔化(ごまか)しながら保健室を出る算段だ。
 だが、ヒマナにはもう一つ確信があった。

「私、武術訓練場にいたなんて一言も言ってない」
「はっ!」

 アスラはもう言い逃れできない。
 ヒマナの嘘を見抜く目と、(つちか)われた野性の勘。
 それが、助けてくれたのはアスラだと訴えかけていた。

 ヒマナはベッドを下りながら、アスラに近づく。

「【(とう)()(だん)】って、どうやるの?」
「…………」

 【闘気弾】は、全身の闘気を形にして放つ大技。
 ヒマナに巨大な岩が迫った場面で、アスラがとっさに使った技だ。
 しかしそれは、達人にしか扱えない──“武術の極み”。

 というのも、魔法と武術では、ある程度の住み分けがされている。
 魔法は“広範囲”の威力に優れ、武術は“一点”の威力に優れる。
 どちらも良い所があり、使える場面が違うということだ。

 だが、【闘気弾】だけは違う。
 武術の延長線にあるが、魔法のように広範囲を攻撃できる。
 威力、範囲と、両方の良い所取りをした技なのだ。

 そんな“(わざ)”は、武術家の中でささやかれている。
 今の時代では、武神ぐらいしか扱えないだろうと。

「もしかして、キミが武神さん?」
「………………」

 アスラは梅でも食べたような渋い顔で、だんまりを決め込む。

 あの時、アスラはヒマナの代わりに他のお手伝いをしていた。
 彼女の様子を見に行くのが少し遅れたのだ。
 そこで追いついた時には、ヒマナに巨大な岩が迫っていた。

『やるしかねえ!』
 
 あの場面では、助ける手段は【闘気弾】しかなかった。
 魔法よりも弾速(だんそく)が速く、貫通力に優れるからだ。
 仕方なかったとはいえ、それが今の事態を招いている。
 
 変顔で乗り切ろうとするアスラに対し、ヒマナは確信を持って問い続ける。

「武神さんが武術の授業(こっち)に来たって事は、指導してくれるんだよね?」
「……」
「そうだよね?」

 尊敬の眼差しだ。
 その武神を(あが)める視線からは、アスラはつい目を(そむ)けたくなる。

セレスやコノメ(あいつら)から逃げて来たとは言えねえ……!)

 武術の授業に変更したのは、あまりにも情けない理由だったからだ。
 それでも、ヒマナは止まらない。

「さすがは武神さんだよね。キミのおかげで気づくことが出来た。今の居場所は簡単に失わないんだって」

 ヒマナは胸に手を当てる。

「それは安心した。これからも大切にしたい。でも、それだけじゃない」
「ん?」
「初めてなんだ。私自身が、誰かの居場所になりたい(・・・・・・・・・・・)って思ったのは」
「……!?」

 ヒマナがずいずいっと迫ってくる。
 その姿勢に、アスラは目を見開く。

(ヒマナって、こんな子だったか!?)

 アスラが(おこな)った“闘気の(じょう)()”には、実は禁術を使っている。
 原作には登場しない、魔法を極めたからこそ可能な(わざ)だ。
 
 そのため、アスラは知らなかった。
 闘気を受け取った者が何を感じるかを。

 ヒマナは高鳴る胸をぎゅっと抑える。

(温かい……)

 アスラの闘気は究極まで磨かれている。
 それに体内を満たされ、ヒマナは高揚(こうよう)していた。
 すると、今までは良い子ちゃんだった反動が──裏返る(・・・)

「キミの居場所に、私がいたい」
「……っ!」

 今までの想いと、その反動が()み合っていた。
 その勢いは止まらず、アスラに壁ドン気味に迫っている。

「武術の授業から、逃げないでね」
「うぐっ」
「他の誰にも言わないから」
「!」

 ヒマナの独占欲が働いたのだろう。
 それが約束されるなら、都合は悪くない。

 剣の授業には、リーゼル・ノアル。
 魔法の授業には、セレス・コノメ。
 単純な算数の問題なら、武術を選ぶのが賢明だ。

 アスラは色々と考えた結果──。 

「……わ、わかった」
「ふふっ」

 アスラの返事に、ヒマナはうっとりとした目で笑う。
 明るい表情ではあるものの、どこかアスラだけを見つめるように。

「やったね」

 アスラの周りに、またも執着してきそうな者が増えた。
 アスラはふぅと天井を見上げる。

(また、やっちまった……)

 アスラの平穏は、(おびや)かされるばかりのようだ。