「私、それ手伝うよ!」
放課後。
ヒマナは女子生徒に声をかけた。
彼女はそのまま、重たい荷物の半分を持ってあげる。
対して、女子生徒は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ヘリーバーさん! いつもごめんね」
「気にしないで! こういうの得意だから!」
ヒマナは明るく返事すると、ドヤ顔で鍛えられた二の腕を見せる。
武術家として当然とでも言いたげだ。
やがて荷物を運び終えると、女子生徒とは礼をして別れる。
「ありがとう、助かったよ」
「ううん! いつでも頼ってね!」
これがヒマナの日常だ。
困っている人にはすぐさま声をかけ、体を動かす。
ただ、別に体力が無尽蔵というわけではない。
「……ふぅ」
短くも、疲労が見える吐息だった。
それでも、次の瞬間にはいつもの明るい顔に戻る。
「よしっ」
ヒマナは辺りをきょろきょろと見渡すと、お手伝いを求める人がいないかを探す。
しかし、なぜか今日はもう見当たらない。
誰か他の人が片付けたのかと思うぐらいに。
(こんな日もあるのかな……?)
学園生活が始まって以来の少なさだった。
基本、忙しなく動いているこの学園にしては、とても珍しい。
しかし、お手伝いの予定はまだある。
「魔法部と球技部……生徒会のお手伝いも後からだっけ」
雑用やお片付け要員として、頼まれているようだ。
これはヒマナ本人から申し出たこと。
少し前に困っている彼らを見つけて、自分から声をかけたのだ。
それでも、多少の空き時間がある。
ヒマナはうんと頷く。
「少しでも打ち込みに行こう」
ヒマナは踵を返して、“いつもの場所”へと向かった。
◆
武術訓練場。
「ふぅ……」
巨大な岩を前に、ヒマナは白いハチマキを締め直した。
周りに誰もいないと確認すると、ぽつりとつぶやく。
「お手伝いの時間までに──打ち込み500本」
その声には、昼間の明るさがない。
誰かを元気づけるための声ではなく、自分を追い込むための声だ。
「はッ!」
ダンッ、と踏み込む。
拳、膝、足。
闘気を纏った連撃が、巨大な岩へ叩き込まれる。
ドゴッ! バギッ! ドガアッ!
授業の時よりも動きが鋭い。
綺麗な見せ技ではなく、実戦向きの武術だ。
しかし──。
「ハァ、ハァ……!」
ヒマナの呼吸が乱れていく。
型も撃つ度に崩れていく。
ヒマナがイメージする形から、どうしても離れていく。
そもそも、打ち込み500本という数字が異次元すぎる。
一般的には、100本でも多すぎるほど。
それをヒマナは、空き時間にこなそうと言うのだ。
それでも、ヒマナは止まらない。
「もっと、もっと強く……!」
体を纏う闘気の供給が足りず、拳には血が滲み始める。
「私には、武術しかないんだから……!」
そんなヒマナの脳裏には、過去の記憶が蘇っていた。
────
幼少期。
『ヒマナ、すまない』
それが、父から一番聞いた言葉だった。
ヒマナの実家──ヘリーバー男爵家は下位貴族。
その中でも、下から一・二を争う権力の“弱さ”だった。
田舎の小さな村を収めるだけであり、大きな力も華やかな血筋もない。
幼きヒマナは、よく他家の子に嘲笑されていた。
『お、田舎のヘリーバー家が来たぜ』
『この荷物重いから持ってくんね?』
『野生で生きてるから力あるっしょ』
一応貴族であるため、ヒマナもパーティーなどには参加する。
しかし、そこでは上位貴族に虐げられるばかり。
では逆に、平民と接する時はどうか。
『どうせ良い暮らしをしてるんでしょうね』
『そりゃ貴族様ですから』
『生まれから違うもんな』
貴族だからと、距離を置かれる。
敬われている体裁はあるものの、同世代とも壁を感じてしまう。
ヒマナの居場所はどこにも無かった。
そんな環境で、ヒマナの性格は育まれた。
「明るく、しなきゃ……」
だからヒマナは、無理にでも明るく振る舞った。
上位貴族にいじられても明るく対応し、自ら手伝いを求めるように。
平民とも壁を作らず、明るく接することができるように。
ヒマナは作り笑いから、自分の人格すらも変えていった。
全ては──“居場所を見つけるため”。
そして、ある日。
領地の近くで暴れた魔物を、ヒマナが偶然殴り飛ばした。
『すごいです、ヒマナ様!』
『助かりました!』
『命の恩人です!』
「はぁ、はぁ……え?」
初めて領民に称えられた。
みんなが笑顔になった。
あの父も、ヒマナを褒めてくれた。
「よくやった、ヒマナ。お前はこの家の誇りだ」
「お父さん……!」
すごく嬉しかった。
頭脳も魔法も才能が無いヒマナには、唯一“闘気”があったのだ。
ヒマナはこれしかないと思った。
武術を極めれば、自分を認めてくれる。
自分の居場所ができる。
そう思って、ヒマナは武術の道に進んだ。
その根っこには、ずっと一つの恐れを持ちながら。
(武術でも秀でなかったら、私に居場所はない)
────
過去の記憶を思い出しながら、ヒマナは打ち込み続ける。
「……っ!」
だが、100本を超えたところで、膝がガクッと落ちた。
「こんなんじゃ、全然……!」
それでもヒマナは構え直そうとする。
彼女の行動は全て、居場所を求めるため。
そのために人に声をかけ、人を手伝い、人と触れ合うことで心の穴を埋めている。
アスラや、原作でノアルに声をかけるのも同じだ。
居場所が無い辛さを誰より知っているからこそ、ヒマナは手を差し伸ばす。
「また、あの頃みたいになっちゃう……!」
だが、居場所を作れば、今度は失うことが怖くなる。
その恐怖が、ヒマナを突き動かしていた。
それゆえに一つ問題を抱えている。
“過労”だ。
「──っ。あれ?」
ヒマナがフラっと態勢を崩す。
日頃の疲労と、闘気の使いすぎでめまいがしたのだ。
その頭上から──巨大な岩。
ヒマナの打ち込みで下部だけが崩れ、残った上部が落ちてこようとしている。
普段なら決してしない初歩的なミスを、疲労で犯してしまっていた。
「……うっ」
だが、ヒマナは頭を抑えるばかり。
朦朧とする意識下では、頭上に注意を向けるのは困難だ。
やがて、ようやく事態に気づく。
「……!!」
しかし、もう遅い。
思わず目を開いた行為ですら辛いのだ。
すでに直前まで迫る巨大な岩には、何も成す術が無い。
そもそも、全開の時でも壊せるか分からないサイズだ。
もし壊せるとすれば──武術の達人のみ。
「【闘気弾】」
「……!?」
ドゴオオオオッ!
突如、後方から闘気の塊が飛んでくる。
それはいとも簡単に岩を粉砕し、辺りに破片をまき散らす。
さらになぜか、破片すらも消失していった。
すると、闘気が飛んできた方向から声がする。
「あぶねー、間一髪」
「……っ」
だが、ヒマナの疲労はピークに達していた。
その状態で一気に安堵したからか、そのまま瞼を閉じてしまう。
その体は、ある男に支えられた。
「……やっぱりな。頑張りすぎだ」
対して、ヒマナはふと思う。
(この声、どこかで……)
そう感じながらも、ヒマナは意識を失った──。
放課後。
ヒマナは女子生徒に声をかけた。
彼女はそのまま、重たい荷物の半分を持ってあげる。
対して、女子生徒は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ヘリーバーさん! いつもごめんね」
「気にしないで! こういうの得意だから!」
ヒマナは明るく返事すると、ドヤ顔で鍛えられた二の腕を見せる。
武術家として当然とでも言いたげだ。
やがて荷物を運び終えると、女子生徒とは礼をして別れる。
「ありがとう、助かったよ」
「ううん! いつでも頼ってね!」
これがヒマナの日常だ。
困っている人にはすぐさま声をかけ、体を動かす。
ただ、別に体力が無尽蔵というわけではない。
「……ふぅ」
短くも、疲労が見える吐息だった。
それでも、次の瞬間にはいつもの明るい顔に戻る。
「よしっ」
ヒマナは辺りをきょろきょろと見渡すと、お手伝いを求める人がいないかを探す。
しかし、なぜか今日はもう見当たらない。
誰か他の人が片付けたのかと思うぐらいに。
(こんな日もあるのかな……?)
学園生活が始まって以来の少なさだった。
基本、忙しなく動いているこの学園にしては、とても珍しい。
しかし、お手伝いの予定はまだある。
「魔法部と球技部……生徒会のお手伝いも後からだっけ」
雑用やお片付け要員として、頼まれているようだ。
これはヒマナ本人から申し出たこと。
少し前に困っている彼らを見つけて、自分から声をかけたのだ。
それでも、多少の空き時間がある。
ヒマナはうんと頷く。
「少しでも打ち込みに行こう」
ヒマナは踵を返して、“いつもの場所”へと向かった。
◆
武術訓練場。
「ふぅ……」
巨大な岩を前に、ヒマナは白いハチマキを締め直した。
周りに誰もいないと確認すると、ぽつりとつぶやく。
「お手伝いの時間までに──打ち込み500本」
その声には、昼間の明るさがない。
誰かを元気づけるための声ではなく、自分を追い込むための声だ。
「はッ!」
ダンッ、と踏み込む。
拳、膝、足。
闘気を纏った連撃が、巨大な岩へ叩き込まれる。
ドゴッ! バギッ! ドガアッ!
授業の時よりも動きが鋭い。
綺麗な見せ技ではなく、実戦向きの武術だ。
しかし──。
「ハァ、ハァ……!」
ヒマナの呼吸が乱れていく。
型も撃つ度に崩れていく。
ヒマナがイメージする形から、どうしても離れていく。
そもそも、打ち込み500本という数字が異次元すぎる。
一般的には、100本でも多すぎるほど。
それをヒマナは、空き時間にこなそうと言うのだ。
それでも、ヒマナは止まらない。
「もっと、もっと強く……!」
体を纏う闘気の供給が足りず、拳には血が滲み始める。
「私には、武術しかないんだから……!」
そんなヒマナの脳裏には、過去の記憶が蘇っていた。
────
幼少期。
『ヒマナ、すまない』
それが、父から一番聞いた言葉だった。
ヒマナの実家──ヘリーバー男爵家は下位貴族。
その中でも、下から一・二を争う権力の“弱さ”だった。
田舎の小さな村を収めるだけであり、大きな力も華やかな血筋もない。
幼きヒマナは、よく他家の子に嘲笑されていた。
『お、田舎のヘリーバー家が来たぜ』
『この荷物重いから持ってくんね?』
『野生で生きてるから力あるっしょ』
一応貴族であるため、ヒマナもパーティーなどには参加する。
しかし、そこでは上位貴族に虐げられるばかり。
では逆に、平民と接する時はどうか。
『どうせ良い暮らしをしてるんでしょうね』
『そりゃ貴族様ですから』
『生まれから違うもんな』
貴族だからと、距離を置かれる。
敬われている体裁はあるものの、同世代とも壁を感じてしまう。
ヒマナの居場所はどこにも無かった。
そんな環境で、ヒマナの性格は育まれた。
「明るく、しなきゃ……」
だからヒマナは、無理にでも明るく振る舞った。
上位貴族にいじられても明るく対応し、自ら手伝いを求めるように。
平民とも壁を作らず、明るく接することができるように。
ヒマナは作り笑いから、自分の人格すらも変えていった。
全ては──“居場所を見つけるため”。
そして、ある日。
領地の近くで暴れた魔物を、ヒマナが偶然殴り飛ばした。
『すごいです、ヒマナ様!』
『助かりました!』
『命の恩人です!』
「はぁ、はぁ……え?」
初めて領民に称えられた。
みんなが笑顔になった。
あの父も、ヒマナを褒めてくれた。
「よくやった、ヒマナ。お前はこの家の誇りだ」
「お父さん……!」
すごく嬉しかった。
頭脳も魔法も才能が無いヒマナには、唯一“闘気”があったのだ。
ヒマナはこれしかないと思った。
武術を極めれば、自分を認めてくれる。
自分の居場所ができる。
そう思って、ヒマナは武術の道に進んだ。
その根っこには、ずっと一つの恐れを持ちながら。
(武術でも秀でなかったら、私に居場所はない)
────
過去の記憶を思い出しながら、ヒマナは打ち込み続ける。
「……っ!」
だが、100本を超えたところで、膝がガクッと落ちた。
「こんなんじゃ、全然……!」
それでもヒマナは構え直そうとする。
彼女の行動は全て、居場所を求めるため。
そのために人に声をかけ、人を手伝い、人と触れ合うことで心の穴を埋めている。
アスラや、原作でノアルに声をかけるのも同じだ。
居場所が無い辛さを誰より知っているからこそ、ヒマナは手を差し伸ばす。
「また、あの頃みたいになっちゃう……!」
だが、居場所を作れば、今度は失うことが怖くなる。
その恐怖が、ヒマナを突き動かしていた。
それゆえに一つ問題を抱えている。
“過労”だ。
「──っ。あれ?」
ヒマナがフラっと態勢を崩す。
日頃の疲労と、闘気の使いすぎでめまいがしたのだ。
その頭上から──巨大な岩。
ヒマナの打ち込みで下部だけが崩れ、残った上部が落ちてこようとしている。
普段なら決してしない初歩的なミスを、疲労で犯してしまっていた。
「……うっ」
だが、ヒマナは頭を抑えるばかり。
朦朧とする意識下では、頭上に注意を向けるのは困難だ。
やがて、ようやく事態に気づく。
「……!!」
しかし、もう遅い。
思わず目を開いた行為ですら辛いのだ。
すでに直前まで迫る巨大な岩には、何も成す術が無い。
そもそも、全開の時でも壊せるか分からないサイズだ。
もし壊せるとすれば──武術の達人のみ。
「【闘気弾】」
「……!?」
ドゴオオオオッ!
突如、後方から闘気の塊が飛んでくる。
それはいとも簡単に岩を粉砕し、辺りに破片をまき散らす。
さらになぜか、破片すらも消失していった。
すると、闘気が飛んできた方向から声がする。
「あぶねー、間一髪」
「……っ」
だが、ヒマナの疲労はピークに達していた。
その状態で一気に安堵したからか、そのまま瞼を閉じてしまう。
その体は、ある男に支えられた。
「……やっぱりな。頑張りすぎだ」
対して、ヒマナはふと思う。
(この声、どこかで……)
そう感じながらも、ヒマナは意識を失った──。


