破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった

 「あんた、まだ何か隠してない?」
「……ッ!!」

 対決終了後、訓練場の外にて。
 アスラと二人っきりになったところで、セレスが尋ねた。
 彼を疑うような目で、じーっと見つめてくる。

「どうなのよ」
「うぐっ……」

 原因は間違いなく、四人の技を受け止めたことだ。
 仕方ないとはいえ、剣チームの二人まで容易(たやす)く止めたのがまずかった。
 それを見て、賢いセレスには疑念が生まれたのだろう。

 だが、目を逸らし続けるアスラに、やがてセレスは息をついた。

「ま、タダで教えるわけないわよね」
「……!」
「いいわ。でも、きっと暴いてみせるから」

 セレスは人差し指をビシっとアスラに向ける。
 脅すようで、どこか楽しげな言い方だ。
 セレスは踵(きびす)を返すと、肩越しに言い残していく。

「明日からもよろしくね」

 ふっと笑い、セレスは去っていった。
 そんな背中を見送りながら、アスラは空を見上げる。

「そうなるよなあ……」

 セレスは決して鈍くない。
 むしろ今までバレなかったのが、逆におかしいくらいだ。
 しかし、仮定を立てたとしても信じられないのだろう。

 剣聖、賢者、武神。
 歴代でも複数の役職を担った者はいない(・・・)。
 もし本当にそんな存在がいるなら、史上初なのだから。

 とはいえ、疑いを持たれたことは事実だ。

「他のやつらにも勘づかれたかな……」

 その推測は、割と当たっている。

 コノメは帰り道、静かに思考を巡らせていた。

(まさかとは思いますが……)

 コノメの使者としての観察眼が、何かを訴(うった)えかけていた。
 ただしセレス同様、どこか信じ切れないようだ。
 どちらにしろ、魔法チームは鋭いらしい。
 
 一方で、剣チームはあまり気づいていない。
 リーゼルは居残りで剣を振っていた。

「あれにも止められないぐらいの剣技を……!」

 頭の中では、アスラの【絶(ぜつ)無(む)】が繰り返し流れている。
 彼への憧れはさらに強まり、自身も成長したいと思っていた。
 
 そして、ノアル。
 彼は部屋へ戻るなり、一つの魔石を握りしめていた。

「さっきの感覚を忘れないように……!」

 声を録音できる魔石だ。
 そこからは同じ音声が何度も再生されている。

『もう終わりか?』

 師匠アスラの声だ。
 それを糧(かて)に、覚醒した時のイメージトレーニングをしていた。
 
 ──と、そんな事情までは把握していないが、アスラは再び歩き出す。
 何か決心をした様子で。

「特に危ないのは魔法チームだな」

 セレスとコノメ。
 このまま二人と近い位置にいれば、いずれ余計なところまで掘られるかもしれない。
 ならば、アスラにも考えはある。

「いいだろう。勘づかれたのなら、俺にも“対策”がある……!」


◆


「──で、こちらの授業ですか」

 翌日、選択授業。
 レーニャは隣のアスラにジト目を向けた。

 周りにはざーっと滝が流れ、大きな岩がゴロゴロ配置されている。
 まるで武者修行の場所だ。

 すると、アスラは親指を立てて返す。

「ああ。選択授業が武術なら、物理的に距離が取れるぜ!」
「相変わらず狡(こす)いというか、ちっぽけというか……」

 アスラは選択授業を魔法から武術へ変更していた。
 学園側も柔軟で、その程度の変更ならあっさり通ったらしい。

「おいおい、そんなに褒(ほ)めるなって」
「等身大ではありますけどね」

 理由はもちろん、セレスとコノメから離れるため。
 少しでも接触頻度を減らせば、その分だけ平穏は守られる。

 しかし、レーニャは小言を漏(も)らす。

「こんなのが役職の正体とは、追う側も不(ふ)憫(びん)ですねぇ」
「フッ、なんとでも言うがいい」

 軽口を叩きつつも、例のごとく最低限の課題は終わらせている。
 魔法も武術も極めているアスラにとっては、朝飯前だ。
 ちなみにレーニャは雰囲気でこなした。
 
 すると、そんなところに、一人の少女がやってくる。

「キミ、アスラ君だよね!」
「ん?」
「課題が終わったなら、一緒に自主練しようよ!」

 ぱたぱたと軽快な足音だ。
 アスラが視線を上げると、少女のピンク色のポニーテールがふわりと揺れる。

 第一印象は──明るい。
 髪型や仕草も相まって、“元気っ娘(こ)”がイメージされた。
 少女は白いハチマキをきゅっと締め直すと、アスラへ手を差し出す。

「私はヒマナ・へリーバー! ヒマナって呼んでね!」
「……!」

 アスラはその手を取りながら、目を見開いた。

(武神ルートのヒロイン!)

 ヒマナ・へリーバー。
 へリーバー男(だん)爵(しゃく)家(け)の娘であり、武神ルートのヒロインだ。
 『エストレア・アカデミー』における、最後のヒロインと言える。

 話し方、雰囲気、印象。
 どれも太陽のようで、アスラの知るゲーム通りの出会いだった。

 しかし、周囲の反応はあまり良くない。

「へリーバーさん、そいつは……」
「何でもいいじゃん!」

 対して、ヒマナは周囲へ振り返り、当然のように言い切る。

「武術を学ぶ人はみんな仲間だよ!」

 ヒマナには偏見が無い。
 すでに彼女の良い所が現れていた。
 アスラが輪(わ)から外れていたのを見て、声をかけてきたのだろう。

 そんなやり取りに、アスラはふっと笑う。

(この子は最初から優しいんだよなあ)

 原作でのヒマナを思い出したのだ。

 原作主人公のノアルは、平民。
 ほとんどが貴族のこの学園では、どうしても見下されることがある。
 だが、ヒマナは最初から、このように手を差し伸ばしてくれるのだ。

 そして、クズと呼び声高いアスラにも、同じ様に接してくれた。
 ヒマナのこの世界でも変わらぬ姿に、アスラは安心感を覚える。

 すると、アスラも柔らかく答えた。

「ま、少しぐらいなら付き合ってもいいかな」
「やったね!」

 面倒くさがりのアスラにしては珍しい。
 意外にもすんなり着いていった理由は──彼も“男”だからだ。

(優しい子っていいね!)

 女の子に優しくされたら、気が良くなる。
 こればかりは男の性(さが)だ。
 普段のクズ扱いとは反対の対応に、アスラもノリ気になっていた。
 
 ……背後からは、レーニャの殺気が飛んできていたが。

「また女……」
「ヒョエッ」

 アスラの肩は跳ねるが、聞こえなかったことにする。

 そんなことはともかく、ヒマナは元気にアスラを案内する。
 やがて、身長と同等サイズの岩の前にたどり着いた。

「今までの授業ではね、“闘(とう)気(き)”を練ることを学んだんだ!」
「ほう」

 闘気とは、武術の基礎(きそ)となる力。
 魔力とは別の回路で体内を巡っており、身体強化や拳の威力に直結する。

 魔力が強ければ魔法、闘気が強ければ武術。
 そのように進路を選択する者も多い。

 ヒマナは呼吸を整え、右腕を引く。
 その拳にぼぅっと淡い光が灯ると、勢いよく突き出した。

「ふぅぅぅぅ──はッ!」

 ドゴォンッ!!

 ヒマナの拳は、目の前の岩を粉砕(ふんさい)する。
 今、淡く光ったものが闘気だ。
 見事な実践には、周りの生徒から拍手が起きる。

「「「おおーっ!」」」

 反応を見るに、ヒマナは授業の中でも上位の実力者らしい。
 ヒマナは少し照れたように笑いながら、アスラへ向き直る。

「武術を選んだのなら、これからよろしくね!」
「……ああ」

 しかし、アスラは目を細めていた。
 周りの生徒とは反応が明らかに違う。
 何かヒマナに違和感を覚えたように。

 すると、ヒマナの体が一瞬フラっと揺れる。

「うっ」
「──おっと。大丈夫か?」
「……! あ、ありがとう! 全然平気だから!」

 しかし、アスラが支えると、ヒマナはパッと顔を晴らす。
 そのまま自主練に戻って行った。

 対して、アスラは思考を巡らせる。

(まさか、もう(・・)なのか?)

 思い当たることがあったようだ。
 すると、アスラはこそっと後ろのレーニャへ声をかける。

「放課後、用事ができた。一人でいい」
「かしこまりました」

 アスラの目はしばらくヒマナから離れなかった。