クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 「「「うおおおおおおおおおお!」」」

 放課後、第一訓練場。
 学園最大級の施設は、生徒たちでごった返していた。

「すげえ対決だな!」
「こんな機会があるなんて!」
「どうして急にやることになったんだ!?」

 彼らの目当ては、主に二人。
 “(けん)鬼姫(きひ)”──リーゼル・レインフェルト。
 エーデルン家次女──セレス・エーデルン。

 名もあり華もある二人が、対決する。
 その噂だけで人が集まるには十分すぎた。

 ただし、アスラの本意ではない。

「なんでこんなことになってんの……」

 観客席の端で、アスラは困惑していた。
 対決は提案したが、これは想定外だったようだ。
 そんな彼に、隣のレーニャが涼しい顔で答える。

「面白いかなって」
「君の仕業(しわざ)かい!」

 張本人が隣にいた。
 対決が決まった後、レーニャがあちこちで触れ回ったらしい。
 しかも、それだけでは終わらない。

「現在の配当率《オッズ》は、リーゼル・ノアル組が1.3倍ですね」
「賭けまで始めてるし……」

 アスラは息を吐くも、今更止めはしない。
 むしろ周囲の熱気に押されたのか、口元を(ゆる)めた。

(たまにはこういうのも悪くないか。……俺は見てるだけだし)

 後者の理由が大きいのは間違いない。
 アスラは今一度、周囲を見渡す。

(この強度の結界は破れないな)

 訓練場と観客席の間には、結界が張られている。
 リーゼル達の実力はなんとなく把握しているが、まだ壊せる程ではないだろう。
 その中で、対決する四人が向かい合っている。

 リーゼルとノアルの、剣チーム。
 セレスとコノメの、魔法チーム。

 正式に許可を取ったため、各自武器の持ち込みも認められている。
 準備が整ったのか、いよいよ対決が開始するようだ。

 四人を代表してコノメが口を開いた。

「このコインが地面に着いたら、開始です」

 そう言うと、弾かれたコインが高く舞う。
 やがてカランと音が鳴った瞬間──四人は同時に動き出した。

 前に駆け出したのは、リーゼル。

「はあッ!」

 彼女は剣を抜くと同時に、高く跳び上がる。
 そのまま高速の剣技を繰り出した。

「──【()(こん)村雨(むらさめ)】」

 宙から数多の斬撃(ざんげき)が降り注いだ。
 激しく降る雨のごとく。
 名前に自身の髪色が入った、原作でもリーゼルを代表する技だ。

 対するセレスも、真正面から迎え撃つ。

「【朱雀(すざく)(ほむら)】……!」

 セレスの前方に、ぶわっと(しゃく)(ねつ)の炎が広がる。
 炎を(まと)った鳥が羽を開くように。
 火魔法を得意とするセレスの、上級の魔法だ。

 ──ドゴオオオオオオオオオ!!

 リーゼルの剣技とセレスの魔法が正面からぶつかり、轟音(ごうおん)が鳴り(ひび)く。

「「くぅっ……!」」

 衝撃は爆風と化し、二人とも腕で前方を(ふさ)いだ。
 その一瞬を逃さず、コノメが手を向けた。

「聖なる風よ」
「!」

 コノメが詠唱をすると、その場に小竜巻が発生した。

「こんなの……!」

 リーゼルはふわりと身体が持ち上がるが、さすがの身体能力だ。
 宙で態勢を立て直し、コノメの小竜巻を断ち切る。
 しかし、これ以上は前に踏み込めないと、一度元の位置に退避した。

 キッと視線を前に向けると、リーゼルは笑みを浮かべる。

「……さすがね」

 対して、セレス・コノメもうなずく。

「あんたこそ」
「今のはお見事でしたよ」

 お互いに称え合うような表情だ。
 それぞれ少なからずライバル意識は持っていたが、本気の対戦は初めて。
 相手の力量を肌で実感し、改めて認めたのだろう。

 そんな開幕の激突に、観客は大盛り上がりだ。
 
「「「おおおおおおおおおお!」」」

 噂以上の力に、興奮しているのだろう。
 そしてそれは、場内のノアルも同じく。

「すごい! みんな、アスラ師匠の舎弟なだけありますね!」
「「「誰が舎弟よ!」」」

 彼には一斉にツッコミが飛んだ。
 リーゼル、セレス、コノメの声が見事に重なっていた。
 ノアルは真っすぐ過ぎるあまり、少々天然が入っているようだ。

 そんな小休止もありつつ、戦闘は再開。
 両者が再び激しくぶつかる中、観客席のアスラは目を細めていた。

(リーゼルもセレスも、もうストーリー後半クラスだな)

 先ほどの技は、本来ならもっと先で身につける大技だ。
 これも当然、アスラの影響である。

 リーゼルには、放課後に剣を見ている。
 セレスには、勝負の流れでアドバイスを与えている。
 その上、二人ともすごく努力家だ。
 
 結果、本来のゲーム進行ではありえない速度で成長していた。
 また、コノメに関しては言うまでもない。

(コノメは元々優秀だし)

 使者は時として、敵の排除も担う。
 学園では支援役に回っているが、攻撃手段もしっかり持っている。
 今のリーゼル・セレスに比べても、同格以上と言って良い。

 そうなると、どうしても見劣りしてしまう者が一人いる。
 アスラの視線は、肩で息をするノアルへ向いた。

「ハァ、ハァ……!」

 ノアルは新入生としてはよくやっている。
 だが、実力が追い付いていない。
 現にリーゼル・ノアル組は、少しずつ押し込まれ始めていた。

 アスラは、注意深くノアルを見つめる。

(持ち武器は剣。剣聖ルートの育成だな)

 剣聖ルートは、最も王道だ。
 成長に複雑な要素はさほど必要ない。
 師匠としての役目を果たすなら、単純に(あお)るのが一番だ。

 アスラは風魔法に声を乗せ、直接ノアルの耳元に届けた。

「もう終わりか?」
「!」
「その程度では舎弟とは呼べん。やはり他を当たれ」
「……!」

 ノアルの肩がびくりと震える。
 その声が誰のものかはすぐに分かった。
 すると、ノアルは奥歯を噛みしめる。

(せっかく、師匠に認めてもらえるかもしれないチャンスなんだ!)

 湧き上がる想いと共に、ノアルは全身に力を込めた。

「まだ、まだ……!」

 その瞬間、ノアルの身体が(まばゆ)い光を放つ。
 まるでエネルギーが内側から爆発したように。
 ノアルは体が軽快に感じる。

「なんだこれ、力が()いてくる……!」

 (きゅう)()でパワーアップする。
 いわゆる主人公の“覚醒”だ。
 
 その光景を見ながら、アスラは笑みを浮かべた。

(ほう、この段階で至る(・・)か)

 何かは起こすと期待したものの、予想以上だったようだ。

 これは──【新星(しんせい)(きょく)()】。
 ノアルに宿る、主人公らしい特殊能力だ。
 体の内側に眠る“ある力”をエネルギーに変え、一時的に爆発的な力を得る。
 
 まさに、“主人公補正”。
 剣聖ルートのノアルならば、全数値(パラメータ)が上昇する。
 本来なら、ストーリー“中盤”で発現するはずの特殊能力である。

 すると、ノアルは剣を強く握り直した。

「これなら戦える! 僕だって、師匠に認めてもらいたい!」

 原作では100億%ありえない動機だ。
 それでも、この世界では引き金(トリガー)になったらしい。
 経緯はどうであれ、これで勝負は分からなくなった。

 ノアルはダンッと地面を()る。

「うおおおおおッ!」
「「「……ッ!」」」

 その速度が、先程とまるで違った。
 セレスとコノメは、目を見開きながら対応した。

「なっ、速い……!」
「それより、重い……!」

 二人は同時に結界を張った。 
 だが、その圧に押され、二人の足は少し後ずさる。

(いける……!)

 ノアルの剣筋はまだ荒い。
 しかし、その踏み込みと勢いが一気に試合の流れを変える。
 
 リーゼルも続けて攻勢に入った。

「良い動きね。ここから逆転しよう!」
「うん!」

 押されていたはずのリーゼル・ノアル組が、逆に前へ出る。
 これには観客席も一気に沸き返った。

「なんだあいつ!?」
「急に強くなったぞ!」
「今年の一年、マジでやばくねえか!?」
「レベル高すぎだろ!」

 それから戦闘は、さらに激しさを増す。
 剣と魔法がぶつかり、衝撃と結界がひしめき合う。
 学園全体で考えても、トップ層と言えるほどのハイレベルさだ。

 そして──対決も終盤。
 リーゼルとノアルは息を整える。

「この剣で決める」
「僕の全力を込める!」

 対して、セレスとコノメも魔力を練っている。

「いくわよ」
「そろそろ決めます」

 四人全員が最大火力を溜めていた。
 意思は一致。
 全員が、これで決着を付けるつもりだ。

 その様子を見て、アスラの眉がぴくりと動く。

「ん?」

 訓練場を囲む結界が、ミシミシと(きし)んでいたのだ。
 アスラはぎょっと目を開く。

(マジか!?) 

 今の四人の実力を(かんが)みても、結界は壊れないと踏んでいた。
 だから呑気にお菓子をつまみながら眺めていたのだ。

 だが、実はヒロインズが力を隠していた。
 リーゼルも、コノメも、セレスも。

(あなたに見せるために特訓したの)
(使者として新しい魔法を身に付けました) 
(あんたを驚かせる魔法を覚えたわ)

 みんな、アスラに褒めてもらうため(・・・・・・・・・・・・)、裏で隠し玉を用意していたのだ。
 それをここでぶつける気である。 
 さらにノアルも、師匠への思い入れが強くて覚醒した。

 四人全員の本気は、アスラの想定を上回っていたのだ。

(おいおい! 結界が壊れるって!)

 同時にぶつかれば、おそらく結界が壊れる。
 そうなれば観客席に被害が及ぶ。
 しかも、アスラ以上に詳しい者がおらず、結界が危ない事に誰も気づいていない。

(これはまずい……!)

 【全属性結界】なら容易に防げるだろう。
 だが、それを使えば、この場に賢者級の者がいる証明になってしまう。
 アスラは急いでポップコーンをかきこんだ。

(みんな成長しすぎなんだけど!)
 
 そんなアスラの嫌な予感をよそに、四人は一斉に技を解き放つ。

「「「はあああああああああッ!!」」」

 一方で、アスラは観客席を()る。

「まったくもー、しょうがない!」