破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった

 「ま、あとは任せろ」

 アスラはセレスの前に立つ。
 座り込む彼女の盾になるように。

 すると、魔物たちも威(い)嚇(かく)を上げた。

「「「ギャオオオオオッ!!」」」

 明らかに警戒した様子だ。
 アスラにただならぬ気配を感じたのだろう。

 だが、この時点で一歩遅れている。

「声を上げる暇があれば防御しな」
「「「グギャッ……!?」」」

 その瞬間、数体の魔物がぶくぶくと泡を吹いて倒れた。
 
 アスラの見えぬ攻撃に反応出来なかったのだ。
 否、攻撃ですらない(・・・・・・・)。
 アスラはその答えを口にする。

「魔力解放」
「「「……ッ!」」」

 普段は包み隠す膨大(ぼうだい)な魔力を、ただ解放しただけ。
 魔力は力の源だが、過剰な濃度は中毒を起こす。
 今倒れた魔物は、それに耐えられなかったのだ。

 しかし、大半はなお立っている。
 思ったより数が残ったことに、アスラは思考を巡(めぐ)らす。

(このレベルの魔物が、学園のダンジョンにねえ……)

 気になる事はあった。
 ただし、辿り着く結論は同じ。

「まあ、全員ぶっとばせばいいか」
「「「ギャオオッ!」」」

 アスラが地面を蹴(け)る。
 それを合図にしたように、魔物側も一斉に動き出す。

 一方で、セレスはアスラの結界で守られていた。
 その中から、アスラをじっと見つめる。

(あの魔力量で魔法を使ったら……何が起きるの?)

 その期待は、すぐに目の前で示される。
 アスラは開幕に一撃ぶっ放した。

「【火炎球】」

 ──ズドオオオオオオオオオッ!!

 セレスも授業で使った中級魔法だ。
 だが、一般的なそれとは規模が違いすぎる。
 強く押し出された炎の塊(かたまり)はビームと化し、魔物を鋭く貫いた。

「「「グガアアッ!」」」

 まさに魔力量の暴力。
 威力も速度も、同じ魔法とは思えない。
 
 だが、セレスもそれだけではないことを見抜いていた。

(わずかに風魔法が混ざってる!)

 アスラは風魔法を混合させていた。
 風の力で螺(ら)旋(せん)状に発射し、推進力を高めたのだ。
 理屈が分かると、セレスは背筋を震わせる。

(こんなの、普通は出来ない……というか、しない(・・・)!)

 魔法使いは、一つの属性を極めるのが良いとされる。
 たとえ一生をかけようと、一属性ですら学ぶことは無限にあるからだ。
 複数を並行して学ぶのは非効率、というのが一般常識だ。

 しかし、アスラは違った。

「【巨神の土拳(ギガント・フィスト)】」
「【氷柱の雨(アイシクル・レイン)】」
「【雷撃の鉄槌(ケラウノス)】」

「「「グアアアアッ!!」」」

 土が唸(うな)り、氷が降り、雷が奔(ほとばし)る。
 アスラは瞬時に属性を切り替えていく。

 火、土、雷、風、氷、水、闇。
 現存する七属性を、全て使えるのではと思うほどに。
 
 その姿を見ながら、セレスはある推測をする。

(まさか、全て極め終えている(・・・・・・・)とでも言うの!?)

 バカげた発想だとは自覚している。
 だが、もうそうとしか考えられない。
 ならば、気になることが一つ。

「一体、どんな“適性”を持って……」

 適性とは、その人が伸ばしやすい属性のこと。
 原作では、火魔法に適正があれば、火魔法の経験値が1.5倍になったりする。
 魔法使いは、適性のある属性から、極める一つを選択するのだ。

 その答えを知るのは──アスラ本人のみ。

(アスラの適性は“ゼロ”なんだよなあ……)

 だが、アスラの適性は無し(・・)。
 どの属性にも向いていない。
 クズ役だからか、都合の良い才能は与えられなかったのだ。

 だからアスラは、“知識”と“努力”でここまで至った。

(懐かしい日々だ)

 アスラの特訓方法は──“最難関のダンジョンへ潜ること”。
 剣、魔法、武術。
 それぞれでとにかく強敵を倒し、各役職の経験値を積み上げていった。

 何十回、何百回と死にかけた。
 特に初期は、無装備で終盤ボスに挑むようなものだ。
 無(む)謀(ぼう)に思える戦いだが、攻撃パターンや弱点を熟知していた。

 攻撃を食らわなければ問題無い。
 アスラはその精神で、己を鍛え続けた。

 そんな超危険な綱渡りの末に、今の地位がある。

「【破壊】」
「「「グギャアアアッ!」」」

 魔法だけでも、下層以上の化け物を蹂(じゅう)躙(りん)する実力だ。
 三役職全ての力を出した時の強さは、計り知れない。

 そんな戦いを見ていたセレスは──。

「す、すごい……」

 純粋に惹(ひ)かれていた。
 アスラの魔法にも、背後に見える努力の影にも。
 彼を見続ける内に、セレスの目には少しずつ温度が戻っていく。

 やがて、魔物の数は半減。
 好機だと判断し、アスラは高く跳ぶ。

「もういけるだろ」
 
 そのまま宙で両腕を広げると、六色の結界を展開した。
 辺り一面を包んだ、巨大な領域(フィールド)だ。
 完全にこの場を支配している。

 その下で、セレスは慌(あわ)ただしく視線を動かしていた。

(【全属性結界】? いえ、これは──!)

 【全属性結界】は、全ての属性を相殺(そうさい)する究極の防御魔法。
 つまり、使用するには全属性を扱える必要がある。
 ならば、それも攻撃に転じることも可能。

 アスラは両腕を下ろす。

「降り注げ」

 その瞬間、領域(フィールド)が七色に輝いた。
 彼の前世にあった『虹』を想起させるような色だ。

「【全属性(ぜんぞくせい)流(りゅう)星群(せいぐん)】」

 すると、領域(フィールド)一面から魔力の塊(かたまり)が降り注ぐ。
 各属性の力を帯びた“隕石(いんせき)”のように。
 それらは乱雑に、無差別に魔物たちへ叩き込まれていく。

「「「グギャアアアアアッ!!」」」

 魔物側に成(な)す術(すべ)は無かった。
 これだけの量が降れば、どの魔物にも必ず致命となる属性が混ざる。
 しかも、一つ一つの威力も高い。

 ほんの数瞬。
 残っていた魔物は、一体残らず消し飛んでいた。

 一方で、セレスの瞳には光が宿る。

「こんな綺麗な魔法、見たことがない……」

 魔法に通じるセレスには、多少の理解ができた。
 今の魔法は、理論、魔力量、魔力制御など、全てが噛(か)み合ったものだと。
 まさに“叡(えい)智(ち)の結晶”だ。

「……っ」

 それを間近で見れば、自然と心は引っ張り上げられる。
 昔捨てた感情が、胸の奥から蘇(よみがえ)ってくる。
 魔法が好きという、あの頃の気持ちが。

 そして、セレスは確信を得た。

(あんな魔法、存在するはずがない。おそらく独自に開発したもの……)

 今一度アスラを見上げながら。

(あれは──“賢者”の魔法なのね)

 もう疑いようがなかった。
 そう考えれば、出会いから今までの違和感にも辻褄(つじつま)が合う。
 
 やがて、アスラは静かに地上へ降り立つ。

「よっと」

 そこでようやくセレスは立ち上がった。
 まだ足元はおぼつかないながら、アスラへ近づく。

「……ありがとう。命を救ってもらったわ」
「いやー、なんとかなったよ!」
「ったく、まだそんなこと言って」
 
 セレスは苦笑いを浮かべた。

「もう言い逃れできないわよ、賢者さん」
「うぐっ!」

 アスラの肩がぴくっと跳ねる。
 バレるかもとは薄々思っていた。
 しかし、今回は相手も強く、ある程度(・・・・)の力は出さざるを得なかったのだ。

 ただ、話は悪い方向には進まない。

「別に、言いふらしたりなんかしないわ」
「お、そうか!」
「ええ。わたしだけが知っておきたいし……」
「?」

 セレスは少し口角を上げた。

 アスラはその言葉の真意こそ分からないもの、胸をなで下ろす。
 セレスが周りに言わなければ、今ぐらいの平穏は守られる。

 アスラは安心したように口を開いた。

「とりあえず良かったー。君との対決は、多分俺の負けだから」
「そうなの?」
「うん。“他班の干渉はしない”って禁則、破ったわけだし」
「あっ」

 セレスも言われて気づく。
 だが、形式上はそうでも、彼女は肩をすくめる。

「これで勝ちなんて、言えるわけないわ。今回は引き分けにしておいてあげる」
「え、神!」
「……けど、一ついいかしら」

 セレスは少し口を尖らせると、上目遣いのように下から尋ねる。

「わたしに……魔法を教えて?」
「あー、別にいいけど」
「いいの!」

 かつては姉にしていた事だ。
 前までのセレスなら、家系を気にして言えなかっただろう。
 だが今は、大好きな(・・・・)魔法を学びたい気持ちが上回った。
 
 その笑顔を見ると、アスラの表情も柔らかくなる。

「君は自分に正直な方が似合ってるよ」
「……っ!」

 アスラはセレスの背景も知っている。
 彼女を取り巻く環境、想い、全てに対しての言葉だ。
 セレスには、これ以上自分を抑えてほしくなかったのだ。

 すると、セレスは胸に手を当てる。

「……じゃあ、もう一つ」
「ん?」
「正直になって言ってみるわ」

 高鳴る鼓動を抑えるようにうなずくと、セレスは再びアスラに目を向けた。

「好きよ」
「!?」

 それにはアスラも固まる。
 だが、ニッとしたセレスはすぐに続けた。

「──あんたの魔法がね」
「……! あ、あぁー!」

 激しく動揺するアスラに、セレスは笑う。

「あら。何か勘違いしたのかしら」
「し、してねーし! 断じてしてねーし!」
「慌てちゃって。その顔を見られて満足よ」
「ぐぬぅ……」
「あははっ!」

 声を出して笑いながらも、セレスは背を向けた。
 赤く染まっていく頬が見られる前に。
 それからチラリと振り返ると、セレスは背中超しに伝える。

「明日からは、毎日あんたのところに通わせてもらうわよ」

 元々、セレスは甘えん坊だった。
 強気な口調は、それを押し込んだ反動だ。
 本性に正直になると、セレスも心が軽くなった気がした。

 しかし、アスラは相変わらずだった。

「えー、毎日はちょっと……」
「なっ! そこは了承するところでしょ!」
「いでっ!」

 バシッと背中を叩かれながらも、アスラはセレスを連れて帰還する。
 学園側には、「その辺にいた」と報告することにした。

 セレスも、今日のことは二人だけの秘密にしておきたかったから。
 
(いつかあんたを超えてみせる)

 もちろん、アスラの正体を知っても、セレスの目標は変わらない。
 今も目指すのは賢者だ。
 家系や姉の悲願を蔑(ないがし)ろにはしない。

 でも、もう一つ。

(わたしを認めてくれた時には、本当に伝えるわ)

 この日、セレスに新たな(・・・)目標が生まれた。

(──好きってね)