破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった

 「さすがに勝ちじゃね?」

 第一層、入口付近。
 回収した素材を確認しながら、アスラがつぶやく。

 校外学習の残り時間はあとわずか。
 アスラ班はすでに探索を終え、引き返してきていた。

「もう帰っていいでしょ」
「ダメよ。序盤の取りこぼしも回収するの」
「へいへーい」

 リーゼルもそう言うが、表情は穏やかだ。
 自信を持てるほどの成果を持ち帰ったようだ。

 だが、アスラはふと入口へ耳を傾ける。

「ん?」

 教師が待機するテントが、妙に騒がしかったのだ。

「先生、このままじゃセレス様が……!」
「!」

 教師に訴えかけているのは、セレス班の生徒。
 だが、他三人はいてもセレスの姿は無い。

 アスラは彼に駆け寄った。

「なあ、何かあったのか」
「アスラ・ヴァルティオ! お前なんかに言っても――」
「いいから!」

 強めの声に押され、生徒は切り出す。

「謎の魔法でセレス様の足元が爆発して、下に落ちてしまったんだ!」
「なに!?」
「俺たちも助けようとした! けど、瓦礫(がれき)が道を塞(ふさ)いでしまって……!」
「……!」

 ダンジョンの壁や床は、簡単には壊れない。
 何もできなかったのも仕方がない。
 しかし、その謎の魔法は周囲を破壊したことになる。

 生徒たちがざわつく中、教師陣も混乱していた。

「生徒は落ち着いて待機してください! 教師陣で対処します!」
「ええい、探知はまだなのか!」
「駄目です! なぜか魔石の反応が追えません!」

 何が原因なのか、教師陣も苦戦している。
 加えて、生徒は“他班への干渉が禁止”。
 本来ならこのまま解決を待つしかない。

 そんな中、アスラは口元に手を当てていた。

(原作でこんなイベントあったか? ……いや、俺の記憶には無い)

 何千時間とやり込んだ原作でも、一度も出会ったことない状況だ。
 アスラは思考を巡らせると、一つの結論に至る。

(異常事態(イレギュラー)か! セレスはどこに、いや、どこまで落ちた!)
 
 次の瞬間、アスラは踵(きびす)を返していた。
 ハッとしたリーゼルは、険しい顔で彼の腕をつかむ。

「ちょっと、どこへ行くのよ!」
「……昼寝だ」

 静かに答えると、アスラはリーゼルをまっすぐ見る。

「今回ばかりは絶対に邪魔するな」
「……!」

 その一言でリーゼルは悟る。
 彼が何をするつもりなのかを。
 すると、アスラは横に視線を向けた。

「レーニャ」
「はい」

 二人に言葉は必要ない。
 レーニャは“現場を確認しろ”という指示を受け取った。
 彼女はすぐに行動に移すと、後方のコノメも役割を全(まっと)うする。

(わたくしは、まだダンジョンに残る生徒の保護を)

 そうして、三人は姿を消した。
 しかし、事情を知らない者達は懐(かい)疑(ぎ)の目を向けている。

「なんだよあいつら!」
「こんな時に昼寝?」
「人の心がねえのか!」

 その中で、リーゼルだけは首を横に振っていた。

(違う。アスラたちは──!)


◆


「ハァ、ハァ……!」

 金髪のボブが激しく揺れる。
 息を切らして走っているのはセレスだ。
 その後方には──多数の魔物。

「「「ギャオオオオオオオッ!」」」

 謎の魔方陣が浮かび、セレスはどこかに落とされた。
 魔法を駆使して一命は取り留めたものの、落下先は地獄だった。
 巨大な魔物が巣くう、集落のような地点だったのだ。

 それも、“化け物”ばかり。

「ギョアアアッ!」
「……!」

 魔物の一体が口から熱線を放つ。
 速く、分厚いエネルギーの塊(かたまり)だ。
 逃げながらのセレスでは避け切れない。

「うぐっ……!」

 熱線が直撃する寸前、結界が自動で発動する。
 校外学習用に支給された『結界の魔石』が働いたのだ。
 しかし──。

「結界が!」

 一度防ぐと結界は破れ、魔石も割れてしまった。
 セレスの疑念は確信に変わる。

(やっぱりこいつら……!)

 教師によれば、結界は下層の魔物の攻撃も防げる。
 それが破れたということは、今追われているのはさらなる化け物(・・・・・・・)だ。
 敵うはずのない相手に、セレスはここまでよく逃げたと言える。

 ──だが、それもここまで。

「そんな……!」

 逃げ続けた先は、行き止まり。
 前方は壁、後方は魔物に挟まれた。
 普通はダンジョンの壁を壊せない以上、助けも期待できない。

 まさに“絶体絶命”だった。

「「「グルオ……」」」
「……っ」

 魔物たちは、ゆっくりとセレスに近づいてくる。
 彼女の逃げ場が無いと理解し、獲物を弄(もてあそ)ぶように。

 対してセレスは、力なく杖を手放した。

「……もう、疲れちゃった」

 からんからん、と杖の音が空(むな)しく響く。
 思わず出てきたのは、今まで溜め込んでいた一つの感情だった。

「これで、ようやく終われるのね」

 エーデルン家の次女。
 その肩書きには、重すぎる期待がのしかかっていた。

 どれだけ結果を出しても、次はもっと上を求められる。
 もう何年も、苦しい時間の方が圧倒的に長かった。
 あの日(・・・)からずっと。

 セレスは大きく息をつく。

(わたし、頑張ったよね……)

 魔物を見ながらも、セレスの脳裏には別の映像が浮かんでいた──。


────

 幼少期。

「お姉様、魔法を教えてーっ!」

 セレスは、毎日のように一人の者にくっついていた。
 相手は、エーデルン家の長女──ステラ・エーデルン。
 セレスの三歳上の実姉だ。

 セレスが抱き着くと、ステラは優しく微笑む。

「ふふっ。セレスは本当に魔法が好きね」
「うん、好き! でもね、お姉様に教えてもらえるのがもっと好きなの!」
「あら、甘えん坊さんだこと」
「えへへ」

 仲睦(なかむつ)まじい姉妹の様子だ。
 二人を見ながら、父も苦笑いを浮かべる。

「こらこら。ステラの邪魔をしちゃいけないじゃないか」
「えー、でもー!」

 すると、ステラはにっこりうなずいた。

「いいんです、お父様。私もセレスと遊ぶのは楽しいですから」
「やったあ!」

 この頃のエーデルン家は穏やかだった。
 ステラが、次代の賢者確実(・・)と言われる才媛だったからだ。
 あとは彼女が順調に成長するだけだと、誰もが安心していた。

 ──しかし、そんな日常は突然崩れる。



「お姉様! お姉様ぁ!」

 ステラは事故で死んだ。
 次代の賢者を約束された少女が、あっけなくいなくなった。
 この出来事は、エーデルン家を取り巻く環境を一変させる。

『エーデルン家は終わりだな』
『まったく、投資失敗ではないか』
『妹の方はどうなんだ?』
『無理だろう。賢者に届く才能ではない』

 エーデルン家から人が離れていく。
 評価も支援も、次第に失われていった。
 その影響は家族すらも変えてしまう。

「今日も取引先が一つ消えたわ」
「支援者もまた一人連絡がつきません……」
「末代まで支援するというのは噓だったのか!」

 父が、母が、分家の者が。
 優しかった者達が頭を抱え、性格が歪(ゆが)んでいく。
 そんな家族を、セレスは見ていられなかった。

 もう自分が立ち上がるしかなかった。

「わたしが、なんとかするから! お姉様の分まで……!」

 才能は姉に劣る。
 ならば三倍努力すればいい。
 そう決意したセレスは、甘えん坊だった自分を捨て、ひたすら努力を積み重ねた。

 ただでさえ辛い日々だった。
 だが、それに追い討ちをするよう、周囲はセレスに求め続ける。
 次代賢者の幻影を追って。

『セレスならもっとやれるはずだ』
『あなたは賢者にならなければいけないの』
『四世代ぶりの機会を逃すつもりか?』

 それでも、セレスは挫(くじ)けなかった。
 大好きだった姉の穴は、自分が埋めるんだと言い聞かせて。

「わかって、います……!」

 やがて、その努力と結果は少しずつ認められていく。
 支援や関係にも回復傾向が見られた。
 しかし、その時にはセレスは変わってしまっていた。

「結果が全てよ。結果を出さなければ何の意味も無い。わたしはエーデルン家の次女なんだから」

 かつては好きで触れていた魔法。
 それも今では、ただ結果を出すための手段に過ぎない。

「どこかで見ててください、お姉様。わたしが賢者になる姿を」

 その目には、温かさは残っていなかった。

────


「……ふっ」

 記憶が頭を過ると、セレスは冷たく笑った。

「惨(みじ)めだわ。結局わたしも、こうなるなんて」

 学園に入学し、今からという時期だった。
 好きだった気持ちを捨ててまで学んだ魔法は、もう水の泡になる。
 そんな自分が滑稽(こっけい)に思えてしまったのだ。

 魔物を順に眺めると、それぞれが最大火力を溜めている。

「「「グオオ……」」」

 一撃ですら『結界の魔石』を砕いた威力だ。
 しかも属性も全てバラバラ。

 その光景に、セレスは指導役から聞いた話を思い出す。

「……皮肉なものね」

 この世には、【全属性結界】という究極の防御魔法があるらしい。
 相手の属性を瞬時かつ正確に見抜き、それを相殺(そうさい)する属性を過不足なく放出する、神業(かみわざ)だ。
 指導役の見解では、今の時代で使えるのは今代賢者ぐらいだという。

「わたしが賢者だったら、この状況もなんとかできたのかしら」

 セレスは乾いた笑いを浮かべる。
 そのまま全てを諦めたように、ふっと肩の力を抜いた。

「お姉様」

 上を見上げると、セレスの頬(ほお)に一筋の涙が伝(つた)う。

「わたしも、届きませんでした」
「「「ギャオオオオオオオッ!」」」

 魔物たちの技が、一斉に解き放たれる。
 セレスは成す術もなく消し炭になった。
 ──と、思ったのも束(つか)の間。

 バギィィィィィィィィィン!!

「……!?」

 セレスの前方に、巨大な結界が展開された。
 全ての攻撃を完全に防ぎ切っている。
 続いて、どこからともなく声が聞こえた。

「【全属性結界】」
「……ッ!」

 次の瞬間、背後の壁がガラガラアッと崩れ落ちる。
 壊れないはずのダンジョンの壁が突破されたのだ。

 そこから現れたのは──アスラだった。

「無事みたいだな」
「あ、あんた……!」

 なぜここに、どうやって。
 そんな感情が浮かぶ隙も無く、セレスの胸には安堵(あんど)が広がった。

 対して、アスラはとぼけた声を出す。

「なんか偶然辿り着いちゃってさ」

 それでも、ぺたんと座り込んだセレスは、目を離すことができない。
 やけに大きく見える、そのアスラの背中からは。

「ま、あとは任せろ」