クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

 「到着です」

 洞窟に入った所で、教師が告げる。
 生徒も足を止めると、奥には巨大な空間が広がっていた。

「ここが『エストレア学園ダンジョン』です」
「「「おおー!」」」

 入口には学園章が刻まれている。
 王立エストレア学園の関係者しか立ち入れない、“学園専用”のダンジョンだ。
 その規模だけでも、学園の格が分かる。

 生徒がざわつく中、教師は説明を始めた。

「改めてですが、今回探索するのは“上層”。6層以上は許可していません」

 ダンジョンは細かく階層が分かれている。
 その内、1~5層を上層と呼ぶのだ。
 上層は一年生用に学園側が難易度を調整している。

「目標素材は配った紙に記してあります。時間内になるべく多く回収をしてください」

 授業の名目は、素材回収。
 薬草1点、鉱石2点など、素材ごとに点数が決められている。
 魔物は種族ごとに配点が異なり、ドロップアイテムで換算だ。

 素材にしろ魔物にしろ、得点は入手難易度で決められている。

「班が回収した総得点によって、成績をつけます」

 セレス班とはこの総得点を競うわけだ。
 最初から合格ラインなど気にしていない。
 ……アスラはその限りでもなかったが。

(最低限だけクリアしてサボるつもりだったのに……)

 そんな表情は、隣の列に並ぶセレスに見られていた。

「あら。今さら勝負を後悔しているのかしら?」
「……まあ」
「フッ、相変わらずね」

 セレスは小さく人指し指をアスラに向けた。

「何から話すか。あんたはそれだけ考えていればいいわ」
「ぐぬぅ」

 勝つだけなら訳ない。
 だが、正体がバレないようにも立ち回らなければいけない。
 アスラはその点に頭を悩ませていた。

 すると、教師の説明も終盤。

「では禁止事項をもう一度。“他班への干渉はしない”。これは順守してください」

 勝負はしても、引きずり下ろすのはダメということだ。
 そして、最後の案内をする。

「序盤は構造こそ広いですが、実質“一本道”です」
「「「……!」」」
「また座学で教えましたが、ダンジョンの壁や地面はまず壊れません(・・・・・・・)。中盤の分岐点までは、先に進んだ班が有利になるでしょう」

 その一言で、生徒たちの空気が引き締まる。
 教師は手を上げ、高らかに告げた。

「では、武装を許可。探索を開始してください!」
「「「うおおおー!」」」

 号令と同時に、生徒たちが一斉に駆け出す。
 ただし、中でも真っ先に飛び出した班がある。

「行くわよ!」
「「「はい!」」」

 セレス班だ。
 セレスを筆頭に風が巻き起こり、四人全員が加速していく。
 そのスピードは他を寄せ付けない。

 アスラは細い目で見送っていた。

「……あれ、風魔法使いを集めたのか」

 風魔法は移動補助に優れる。
 序盤の一本道を駆け抜け、素材を根こそぎ回収する作戦らしい。
 しかも、気合いの入り具合が異常だ。

「「「セレス様ー!」」」

 名門エーデルン家の次女、セレス。
 その肩書きと本人のカリスマ性には、多くの者が惹かれている。
 彼女から声をかければ、有能な魔法使いはすぐに集まるだろう。

(もはやセレス親衛隊(しんえいたい)じゃねえか……)

 セレスを(あが)める連中は、あっという間に先へ行った。
 呆気(あっけ)に取られていると、隣のリーゼルが口を開く。

「ねえ、私たちも急がないと」
「ああ。でも、あの調子じゃ中盤までの素材は全部取られるな……」
「じゃあ、どうするの?」
「ふむ」

 アスラは口元に手を当て、その辺を歩き出した。
 セレス班以外にも、周りにはとっくに誰もいない。
 リーゼル達からも少し距離を取ると、一瞬目を盗んで行動を起こす。

(──【破壊】)

 その場にしゃがんだアスラは、ちょんと指を地面に付ける。
 すると、音すらなく地面に細長い穴が穿(うが)たれた。
 アスラは二秒ほど待ってから、わざとらしく叫ぶ。

「う、うわぁ!? 床が抜けた! 落ちるぅ!」
「アスラ!?」

 アスラの足元に広がったのは、アリ地獄のような穴だった。
 魔法で(もろ)くした部分に足を踏み入れたのだ。
 心配したリーゼルが駆け寄ってくるが、アスラは下に目を向けた。

「いや、2層に繋がってるかも!」
「ええ!? ダンジョンの地面って壊れないんじゃ!?」
「お、俺もワカンネー!」

 若干棒読みのアスラだが、もう勢いで押し切った。

「とにかく、セレス班を上回るにはここしかない! 行こう!」
「ちょっとー!」

 アスラに半ば巻き込まれる形で、リーゼルも穴に飛び込む。
 そこに空気を読んだレーニャとコノメも続いた。
 二人は真顔を浮かべながら。

((猿芝居……))

 アスラ班は、独自のルートを進み始めた。



「ストップ。もう一度休憩を取るわ」

 第三層。
 残り時間は半分を過ぎたところで、セレスは振り返って指示を出した。
 後方の班員たちが遅れているからだ。

「大丈夫かしら?」
「ハァ、ハァ……問題、ありません……」

 明らかに無理をしている返事だ。
 しかし、これも彼らの意思である。

「私はエーデルン家の傘下ですから!」
「セレス様を勝たせたいのです!」
「推しのセレス様のために頑張ります!」

 まだ入学して一か月であれば、第一層を抜けるだけでも優秀だ。
 ここまで着いてきたのなら相当頑張っている。
 休憩を取りながら、セレスは現状を確認した。

「今、何点あるかしら」
「372点です。去年のトップ班が201点。まだ時間を残してこれなら、さすがに勝ちかと」
「……ええ」

 曖昧(あいまい)な返事をしながら、セレスは思考を巡らせる。

(ペースは落ちてるとはいえ、これは(くつがえ)せないはず。そもそも、ここまでの素材はほとんど取ってきた。逆転するだけの点数が無いわ)

 考えるほど、そう結論付けられる。
 だが、どこか胸騒ぎは消えない。
 アスラと関わりを持った時の授業が、脳裏にこびりついているのだ。

(……いいや、不可能よ)

 そんな不安を消すように、セレスは首を振った。
 すると、班員が純粋な声で話しかけてくる。

「それにしてもセレス様、やはり魔法がお好きなんですね」
「え?」
「あれだけ多種類の魔法を使えるなんて、普段からよほど研究していないと出来ませんよ!」
「…………」

 しかし、セレスはすぐに答えられない。
 一瞬(よみがえる)るのは、周囲からの期待と重圧。
 嫌なことを振り払うように、セレスは背を向けて吐き捨てた。

「魔法なんて、大嫌い(・・・)よ」

 その時だった。
 セレスは遠方から、かすかな金属音を聞き取る。

「……! 戦闘をしてる?」

 そんなわけない。
 自分達がトップスピードで走り続けたのだから。
 だが、セレスの経験上、戦闘以外に考えられない。

 目を見開いたセレスは、タっと駆け出す。

「あなた達はそのまま待機!」
「は、はい!」

 それからセレスは音のなる方へ進む。
 やがて岩陰に身を潜め、先を覗き込んだ。

「……!」
 
 そこで戦っていたのは──アスラ班だ。

「うおー!」

 アスラは()(みょう)に気が抜ける声で、魔物と(たい)()している。
 その手に持つのは──“こん棒”。
 付近にいるリーゼルはツッコんだ。

「ちょっと、それ真面目なんだよね!?」
「あ、当たり前じゃん!」

 アスラは剣聖・賢者、どちらも隠す必要がある。
 そこで剣と杖の間として、こん棒を選んだらしい。
 おかげで今のアスラは、剣士でも魔法使いでもなく、こん棒で殴る“荒くれ者”スタイルだ。

 一応、リーゼルとコノメも理解はしているが。

(剣聖を隠すためね……)
(賢者を隠すためですね……)

 そうして、立っている魔物は残り一体。
 巨体のイノシシは、アスラへ突っ込んできた。

「グオオオ!」
「……!」

 アスラの三倍以上のデカさだ。
 普通にこん棒で殴っただけでは、まず倒れない。
 だが、リーゼル達の前で派手なこともできない。

 アスラは班員をチラ見しつつ(・・・・・・・・・)──魔物と交差した。

「グギャッ!」
「「「……!」」」

 交差したイノシシはその場で崩れ落ちる。
 アスラは班員と魔物の位置関係を把握し、隠れるように攻撃したのだ。
 
 しかし、リーゼルとコノメも手練れ。
 アスラをガン見していた二人は、わずかに見えた動きから攻撃を推測した。

(一瞬で三発殴った?)
(風魔法を(まと)っていた?)

 一般人が見れば、一度しか殴っていない。
 だが、二人の目はそう(とら)えていた。
 ちなみに、レーニャもしっかり見ている。

(風魔法を用いて四発。さすがです、ご主人様)

 リーゼルとコノメより、多くを見抜いていた。
 すると、アスラは(ひたい)の汗を(ぬぐ)う。

「ふー」

(風と土魔法の応用で、六発。ギリごまかせたかなー)

 風魔法で動きを速め、土魔法でこん棒を強化。
 六発は全て急所に叩き込んだ。
 班員三人が追えた動きよりも、(はる)かに高度なことをしていた。

 剣聖の精密さ、賢者の高位魔法、武神の集中力。
 全てが揃ってようやく成立する(わざ)である。

 そうして、アスラ班は手早く魔石を回収すると、次の場所へ向かう。

「よし、次に──―うわぁ! 穴に引っかかった!」
「また!?」

 穴に落ちたフリをして、さらに下へ。

 ──と、そんな一部始終を見ていたセレス。
 今の戦闘場所を見て恐れを感じる。

(オーク15点に、ゴーレム20点、ツノイノシシ40点……!)

 残骸(ざんがい)の点数だけでも相当なものだった。
 どうやって先に行かれたのかは分からない。
 だが、アスラ班は“高得点狙い”の作戦を遂行していた。

(こんなの、すぐ追いつかれる!)

 しかも、彼らが落ちていった穴はもう閉じていた。
 セレスは訳が分からないながらも、急いで戻る。
 すぐに班員たちに声をかけた。

「あなたたち、行くわよ! モタモタしていられない!」
「は、はい……」
「!」

 だが、班員の顔色は良くなかった。
 十分な休憩でも疲労が取れていない。
 もう限界が近かったのだ。

「すみません、今、立ちますから」
「──いえ」

 すると、セレスは首を横に振った。

「引き返しましょう」
「え?」
「あなたたちはね」

 ここから先は、今まで以上に危険になる。
 心優しいセレスは、班員を巻き込みたくなかった。

「ここまでの道の魔物は狩りつくした。帰りは安全のはずよ」
「ですが、セレス様は──!」
「ええ。わたしは行く」

 セレスは班員たちに背を向ける。

「わたしは、絶対に負けられないの。エーデルン家の次女として……!」

 鬼気迫る想いだ。
 良い事ではあるが、授業へ向けるにはあまりに重い。
 それもそのはず、セレスの胸中にはある人物が浮かんでいた。

(授業ですら一番になれないで、“お姉様”の代わりなんて……!)

 セレスは地面を()った。
 そのまま背中越しに班員たちへ告げる。

「みんな、こんなわたしに付き合ってくれてありがとう」
「「「……!」」」
「ここからは、わたしの戦いよ」

 だが、そのまま思い通りにはならない。
 セレスが班から距離を取った瞬間(・・・・・・・・)

「セレス様、足元!」

 セレスの足元に、ぶぅんと魔方陣が浮かんだ。

(え?)

 見たこともない魔法の幾何(きか)(がく)模様だ。
 すると次の瞬間──ボガアアアッ!

 セレスの足場が、音を立てて崩れた。