「来週の初めに“校外学習”を行います」
ある日の放課後。
教師の一言に、教室がざわりとした。
「向かう先は、学園が所有するダンジョン。その上層を探索して、課題をこなしてもらいます」
「「「……っ」」」
「休日を挟みますので、各自準備をするように」
生徒の多くはごくりと固唾を飲んでいる。
外を眺めていたアスラも、さすがに前を向いた。
(お、初の大型イベント!)
入学してから一か月。
学園にも慣れたことで、原作でも最初の転換点となるイベントが始まる。
以前、アスラとコノメがペアになった授業は、この予行練習だったのだ。
アスラの前世で言う、中間テストのようなものだ。
だが、当然不安の声も上がる。
「ダンジョンって危険なのでは?」
「はい。ですので、皆さんにはアイテムを一つ支給します」
教師が取り出したのは、手の平サイズの魔石だ。
「これは緊急時に結界を発動し、身を守ってくれる『結界の魔石』です。下層の魔物の攻撃すら防げるので、今回の上層の魔物では、結界に傷一つつけられません」
教師は結界を見せながら、生徒を安堵させる。
だが、授業の名目として忠告はしておく。
「ただし、なるべく発動させないように。これまで学んだ知識、実践を活かして立ち回ること」
「「「はーい」」」
概要を話し終えると、教師はうなずく。
「では、当日の班となる四人一組を作ってください。簡単な役割分担も決めておくように」
その瞬間、教室の空気が一気に動いた。
それぞれ席を立ち、生徒は友達や仲間に声をかけていく。
アスラはその光景を見ながら、ゲーム知識を思い出していた。
(原作じゃ、ここが最初の大きな分岐点なんだよなあ)
『エストレア・アカデミー』は三つのルートに分かれ、それぞれにヒロインが設定されている。
その内、剣聖ルートはリーゼル、賢者ルートはセレスだ。
原作のこの場面では、各ヒロインが別々に班を作っており、主人公は一つを選ぶ。
(んで、大まかなルートは決まる)
このイベントで選んだヒロインとは距離が縮まり、主人公の戦闘スタイルも大別される。
まさに序盤の山場。
一つ目の大型イベントと言える。
(ま、この世界では向こうから寄ってきているけど)
アスラは頬杖をついたまま視線を上げる。
彼の席の前には二人が立っていた。
リーゼルとコノメだ。
「……どうせ空いてるでしょ?」
「仕方ありませんが、同じ班になってあげます」
リーゼルは横目でアスラを覗き、コノメは澄ました表情を浮かべている。
どこか上から目線の言葉だが、内心ではしっかり意図がある。
(彼の剣を、もっと近くで見なきゃ)
(わたくしがアスラ様の全てをお支えします……!)
対して、口を開いたのはアスラの隣のレーニャだ。
「この二人ですかぁ。採用に悩みますね」
「なんであなたはそちら側前提なのよ!」
それにはリーゼルがツッコミを入れる。
すると、アスラが仲介して場を落ち着かせた。
「まあまあ、ちょうど四人だしいいじゃん」
「随分あっさりですね、ご主人様」
「いやいや、俺だってちゃんと考えてるよ。だって──」
アスラは三人を改めて見渡すと、うむと頷いた。
「楽できそうじゃね? みんな強いし」
「そんなことだろうと思いました」
レーニャに続き、リーゼルも呆れた表情を浮かべる。
だが、班が成立したことに異論はない。
そのまま、お初の者は挨拶を交わす。
「リーゼル・レインフェルトよ。持ち武器は細剣。よろしく」
「コノメと申します。支援と補助はお任せください」
二人は笑顔で握手を交わす。
しかし、裏では疑問を浮かべていた。
(この子──)
(この方──)
アスラの正体に関してだ。
(“剣聖”ってこと知ってるのかな)
(“賢者”のことを知っているのでしょうか)
もちろん口には出さない。
だが、もし相手も知っていたら、なんとなく心地良くない。
二人の間に、バチッと視線の火花が散ったような気がした。
「「…………」」
「あの、お二人さん?」
何かを感じ取ったアスラの視線は、二人を往復する。
そして、そんな空気を横目に、内心マウントを取るレーニャ。
(本当は三役職全部なんですけどねぇ)
この数日間で、レーニャは「コノメが正体に気づいた」ことを見抜いていた。
当然、コノメが賢者の使者であることも知っているので、賢者に気づいたと断定している。
もはや恐ろしいアスラへの執着だ。
「ふふふ……」
「レ、レーニャさん?」
班員同士の関係に若干不安を持つアスラであった。
何はともあれ、班は完成。
教師からは役割も決めるよう言われているため、簡単な作戦会議へ移る。
班員を見て、アスラがなんとなく提案した。
「とりあえず、リーゼルとレーニャが前衛。俺とコノメが後衛でいいかな」
「ん? あなた前衛じゃないの?」
アスラが剣聖だと思っているリーゼルは首を傾げる。
対して、アスラはそれっぽく誤魔化す。
「そ、それはまあ……レーニャの方が適任かなって」
「そうですね。ご主人様は後方でふんぞり返っていてください」
「さすがに俺でもそんなことしねえよ!」
剣聖、賢者、武神。
全てを兼ねるアスラに、明確な不得手はない。
レーニャが機転を利かせて答えると、コノメも続いた。
「どこにいても変わらないの間違いでは?」
「ひでえ!」
コノメは正体に気づかないフリをしている。
賢者の使者として役目を果たしているのだ。
同時に、自身も楽しんでいる。
「ふふっ」
「……!」
クスっと笑うコノメを見て、アスラも柔らかい表情になる。
(コノメ、校外学習を楽しみにしてるのか)
アスラは純粋にそれが嬉しかった。
そんなこんなで班の役割は決定。
あとは帰宅するだけ──と思った時。
カッカッと強めの足音がアスラに向かってくる。
「アスラ・ヴァルティオ」
「!」
金髪のボブがさらりと揺れる。
腰に手を当て、アスラに声をかけてきたのは──セレスだ。
最近はいつメンと化していた彼女だが、アスラと同じ班は申し出なかった。
最初からこう切り出すために。
「この校外学習、わたしと勝負しなさい!」
「……!」
「今まで、どれだけ勝負をかわされてきたことか。ここで決着をつけるわよ!」
だが、アスラもすぐには答えられない。
「おいおい、急だな」
「こんな絶好の機会まずないもの。それとも自信がないのかしら?」
「そういうわけじゃないけど……俺にメリットなくない?」
「じゃあ、こうしましょ」
セレスは鋭い視線を浮かべた。
「あなたが勝てば、わたしはもう勝負を仕掛けない」
「よしやろう」
「ちょ、決断早くない!? そ、そんなに嫌だったの……?」
少しだけ傷つくセレス。
だが、今さら狼狽えたりしない。
すると、アスラはふと尋ねる。
「あれ、俺が負けたら?」
「フッ。あなたのことを吐いてもらうわよ。洗いざらい、全部ね」
「なに!?」
アスラはようやく過ちに気づいた。
(しまった、即断しすぎた……)
勝負を仕掛けられない、イコール昼寝を邪魔されない。
そう高速に結び付いたアスラは、即決するあまり相手の条件を聞き忘れていた。
しかも、班員が妙な動きを見せている。
「セレスちゃん、私も本気でいくよ」
「わたくしも張り切ってきました!」
リーゼルとコノメが、さらに張り切り出したのだ。
こうなってはまずい。
(ど、どうすればいいんだ……!)
アスラ視点では、コノメに正体はバレていない。
そのため、無闇に力は見せられない。
だが、セレスに負ければそもそもバレる。
つまり、有能使者のコノメからは悟られないよう立ち回りながら、強敵セレスには勝たなければいけない。
(難易度たかくね……?)
口をあんぐりして焦るアスラ。
その顔を見られたのが嬉しかったのか、セレスはフッと口角を浮かべる。
「当日楽しみにしてるわよ」
「……ぐぬぅ」
セレスは背を向けて帰っていった。
対して、アスラは頭を抱える。
「どうしていつも、こうなるんだよお!」
初の大型イベント、“校外学習”。
アスラは平穏を守ることができるのか──。
ある日の放課後。
教師の一言に、教室がざわりとした。
「向かう先は、学園が所有するダンジョン。その上層を探索して、課題をこなしてもらいます」
「「「……っ」」」
「休日を挟みますので、各自準備をするように」
生徒の多くはごくりと固唾を飲んでいる。
外を眺めていたアスラも、さすがに前を向いた。
(お、初の大型イベント!)
入学してから一か月。
学園にも慣れたことで、原作でも最初の転換点となるイベントが始まる。
以前、アスラとコノメがペアになった授業は、この予行練習だったのだ。
アスラの前世で言う、中間テストのようなものだ。
だが、当然不安の声も上がる。
「ダンジョンって危険なのでは?」
「はい。ですので、皆さんにはアイテムを一つ支給します」
教師が取り出したのは、手の平サイズの魔石だ。
「これは緊急時に結界を発動し、身を守ってくれる『結界の魔石』です。下層の魔物の攻撃すら防げるので、今回の上層の魔物では、結界に傷一つつけられません」
教師は結界を見せながら、生徒を安堵させる。
だが、授業の名目として忠告はしておく。
「ただし、なるべく発動させないように。これまで学んだ知識、実践を活かして立ち回ること」
「「「はーい」」」
概要を話し終えると、教師はうなずく。
「では、当日の班となる四人一組を作ってください。簡単な役割分担も決めておくように」
その瞬間、教室の空気が一気に動いた。
それぞれ席を立ち、生徒は友達や仲間に声をかけていく。
アスラはその光景を見ながら、ゲーム知識を思い出していた。
(原作じゃ、ここが最初の大きな分岐点なんだよなあ)
『エストレア・アカデミー』は三つのルートに分かれ、それぞれにヒロインが設定されている。
その内、剣聖ルートはリーゼル、賢者ルートはセレスだ。
原作のこの場面では、各ヒロインが別々に班を作っており、主人公は一つを選ぶ。
(んで、大まかなルートは決まる)
このイベントで選んだヒロインとは距離が縮まり、主人公の戦闘スタイルも大別される。
まさに序盤の山場。
一つ目の大型イベントと言える。
(ま、この世界では向こうから寄ってきているけど)
アスラは頬杖をついたまま視線を上げる。
彼の席の前には二人が立っていた。
リーゼルとコノメだ。
「……どうせ空いてるでしょ?」
「仕方ありませんが、同じ班になってあげます」
リーゼルは横目でアスラを覗き、コノメは澄ました表情を浮かべている。
どこか上から目線の言葉だが、内心ではしっかり意図がある。
(彼の剣を、もっと近くで見なきゃ)
(わたくしがアスラ様の全てをお支えします……!)
対して、口を開いたのはアスラの隣のレーニャだ。
「この二人ですかぁ。採用に悩みますね」
「なんであなたはそちら側前提なのよ!」
それにはリーゼルがツッコミを入れる。
すると、アスラが仲介して場を落ち着かせた。
「まあまあ、ちょうど四人だしいいじゃん」
「随分あっさりですね、ご主人様」
「いやいや、俺だってちゃんと考えてるよ。だって──」
アスラは三人を改めて見渡すと、うむと頷いた。
「楽できそうじゃね? みんな強いし」
「そんなことだろうと思いました」
レーニャに続き、リーゼルも呆れた表情を浮かべる。
だが、班が成立したことに異論はない。
そのまま、お初の者は挨拶を交わす。
「リーゼル・レインフェルトよ。持ち武器は細剣。よろしく」
「コノメと申します。支援と補助はお任せください」
二人は笑顔で握手を交わす。
しかし、裏では疑問を浮かべていた。
(この子──)
(この方──)
アスラの正体に関してだ。
(“剣聖”ってこと知ってるのかな)
(“賢者”のことを知っているのでしょうか)
もちろん口には出さない。
だが、もし相手も知っていたら、なんとなく心地良くない。
二人の間に、バチッと視線の火花が散ったような気がした。
「「…………」」
「あの、お二人さん?」
何かを感じ取ったアスラの視線は、二人を往復する。
そして、そんな空気を横目に、内心マウントを取るレーニャ。
(本当は三役職全部なんですけどねぇ)
この数日間で、レーニャは「コノメが正体に気づいた」ことを見抜いていた。
当然、コノメが賢者の使者であることも知っているので、賢者に気づいたと断定している。
もはや恐ろしいアスラへの執着だ。
「ふふふ……」
「レ、レーニャさん?」
班員同士の関係に若干不安を持つアスラであった。
何はともあれ、班は完成。
教師からは役割も決めるよう言われているため、簡単な作戦会議へ移る。
班員を見て、アスラがなんとなく提案した。
「とりあえず、リーゼルとレーニャが前衛。俺とコノメが後衛でいいかな」
「ん? あなた前衛じゃないの?」
アスラが剣聖だと思っているリーゼルは首を傾げる。
対して、アスラはそれっぽく誤魔化す。
「そ、それはまあ……レーニャの方が適任かなって」
「そうですね。ご主人様は後方でふんぞり返っていてください」
「さすがに俺でもそんなことしねえよ!」
剣聖、賢者、武神。
全てを兼ねるアスラに、明確な不得手はない。
レーニャが機転を利かせて答えると、コノメも続いた。
「どこにいても変わらないの間違いでは?」
「ひでえ!」
コノメは正体に気づかないフリをしている。
賢者の使者として役目を果たしているのだ。
同時に、自身も楽しんでいる。
「ふふっ」
「……!」
クスっと笑うコノメを見て、アスラも柔らかい表情になる。
(コノメ、校外学習を楽しみにしてるのか)
アスラは純粋にそれが嬉しかった。
そんなこんなで班の役割は決定。
あとは帰宅するだけ──と思った時。
カッカッと強めの足音がアスラに向かってくる。
「アスラ・ヴァルティオ」
「!」
金髪のボブがさらりと揺れる。
腰に手を当て、アスラに声をかけてきたのは──セレスだ。
最近はいつメンと化していた彼女だが、アスラと同じ班は申し出なかった。
最初からこう切り出すために。
「この校外学習、わたしと勝負しなさい!」
「……!」
「今まで、どれだけ勝負をかわされてきたことか。ここで決着をつけるわよ!」
だが、アスラもすぐには答えられない。
「おいおい、急だな」
「こんな絶好の機会まずないもの。それとも自信がないのかしら?」
「そういうわけじゃないけど……俺にメリットなくない?」
「じゃあ、こうしましょ」
セレスは鋭い視線を浮かべた。
「あなたが勝てば、わたしはもう勝負を仕掛けない」
「よしやろう」
「ちょ、決断早くない!? そ、そんなに嫌だったの……?」
少しだけ傷つくセレス。
だが、今さら狼狽えたりしない。
すると、アスラはふと尋ねる。
「あれ、俺が負けたら?」
「フッ。あなたのことを吐いてもらうわよ。洗いざらい、全部ね」
「なに!?」
アスラはようやく過ちに気づいた。
(しまった、即断しすぎた……)
勝負を仕掛けられない、イコール昼寝を邪魔されない。
そう高速に結び付いたアスラは、即決するあまり相手の条件を聞き忘れていた。
しかも、班員が妙な動きを見せている。
「セレスちゃん、私も本気でいくよ」
「わたくしも張り切ってきました!」
リーゼルとコノメが、さらに張り切り出したのだ。
こうなってはまずい。
(ど、どうすればいいんだ……!)
アスラ視点では、コノメに正体はバレていない。
そのため、無闇に力は見せられない。
だが、セレスに負ければそもそもバレる。
つまり、有能使者のコノメからは悟られないよう立ち回りながら、強敵セレスには勝たなければいけない。
(難易度たかくね……?)
口をあんぐりして焦るアスラ。
その顔を見られたのが嬉しかったのか、セレスはフッと口角を浮かべる。
「当日楽しみにしてるわよ」
「……ぐぬぅ」
セレスは背を向けて帰っていった。
対して、アスラは頭を抱える。
「どうしていつも、こうなるんだよお!」
初の大型イベント、“校外学習”。
アスラは平穏を守ることができるのか──。


