「これを植えて、明日から毎日水やりに来る」
アスラはコノメに花の種を手渡す。
「それだけでも、目的にはなるんじゃない?」
今のコノメに合った小さな目的だ。
コノメも受け入れようと種を覗く。
だが、その目は大きく見開かれた。
(この種って……『魔岸花』?)
それは様々な色、様々な形の花を咲かせる、超希少植物だ。
濃い魔力に満ちた空間でのみ成長し、多種多様な姿へ咲き誇る。
しかし、この国においてそんな環境は一つだけ。
魔岸花は──“賢者の間でしか咲かない”。
(どうして、この人が……!)
種を持つコノメの手が震える。
アスラが持っている意味も、これを渡す意図も掴めない。
対して、アスラ本人の心境はというと──。
(この花すげえよなー)
普通に魔岸花を知らなかった。
原作の性質上、賢者になった後はラスボスへ一直線だ。
賢者の間を探索することもなく、魔岸花の名前も登場しない。
つまり、賢者の間を行き来するアスラにとっては、“珍しいけど身近な花”ぐらいの認識でしかなかった。
「どうかな」
「……あ、えと」
アスラの言葉に、コノメは混乱するばかり。
いや、本当は心のどこかで分かっていたのかもしれない。
“賢者の正体はアスラだ”と。
(兆候は、あった)
コノメを社畜と言ったこと。
使者として飛び回るコノメだが、そんな妙な言葉は他に聞いたことがない。
昨日の魔力制御。
ジャムを作るために、わざわざ魔法を開発する者など他にいない。
そして何より、アスラの前でだけ本音が出てしまったこと。
あの気の抜けた空気に、賢者と似た安心感を覚えたのだ。
今までの違和感が、綺麗に繋がっていく。
もう否定は出来なかった。
コノメが勝手に思い描いた“理想像”と違っていただけで、本物はずっと近くにいたのだ。
(わたくしは……なんて愚かなことを)
すると、ここ数日の言動が一気に蘇る。
賢者に忠誠を誓いながら、その正体へ冷たく当たっていた。
最も軽蔑していた怠惰な男として。
コノメは自分の行いに“絶望”を覚える。
だが、そんな心境は知る由もなく、アスラはふっと笑って背を向けた。
「ま、無理にとは言わないからさ」
「!」
「他にやりたいことがあったら、それでいいから」
アスラは変わらない。
そして、変わらず“希望”の言葉をくれる。
「また明日、学園でな」
「……っ!」
それがアスラの──賢者の言葉だった。
アスラは明日も会えることを望んでいる。
ならば、使者が勝手に絶望していたってしょうがない。
「……任を頂けるとは、ご光栄です」
コノメはアスラに届かぬ小さな声でつぶやく。
使者は賢者の望むことをするのが仕事だ。
ならば、使者として取るべき行動は──。
「水やり、やってあげなくもないです」
「お」
「……別に一人でするだけですが」
「ああ、それでいいよ!」
“気づいていないフリをする”。
言動から、アスラは正体を隠しているのは分かった。
だったら、その意図を汲むのが使者としての最善だ。
コノメは緩む顔を隠すように、夕焼けへ振り返る。
(ふふっ。明日から学園へ来るのが楽しみになりました)
自分がこんなふうに笑えるのだと、久しぶりに思い出した気がした。
ほんの小さなことでもいい。
生きる目的は、仕事だけではないのかもしれない。
寄り道というのも、立派な自分の道だ。
そう思えたのは、最も軽蔑する者と、最も尊敬する者が、同じ一人の人間だったからだ。
◆
数日後、賢者の間にて。
「大変失礼いたしましたぁ……!!」
「!?」
扉が開くなり、アスラの足元に銀色の髪が滑り込んできた。
スライディング土下座をかましたコノメだ。
あくびの途中だったアスラは、そのまま変な声を出す。
「なにごと!? どうした!?」
「申し訳ございません! わたくしは、なんと愚かなことを……!」
「いやいや、大丈夫だから! とにかく一旦落ち着こう!」
アスラは椅子から駆け寄ると、コノメを支えて起こす。
彼女の背中をさすりながら、アスラはゆっくり尋ねた。
「コノメにしては珍しいじゃないか。何かミスでもした?」
「ミスというか、罵詈雑言というか……」
「マジで珍しいな!?」
コノメは賢者の正体について、気づかないフリをすると決めた。
しかし、謝罪をしないのも違う。
結果、誤魔化しながら平謝りする事しか出来なかった。
対して、アスラはというと。
(え、バレてないよね?)
そんな不安を抱えつつも、いつも通り優しく声をかけた。
「大丈夫、ミスは誰にだってあるから。今までこんなに頑張ってくれたんだし。一つのミスで怒ったりしないよ」
「ありがとう、ございます……」
何のこっちゃ分からないが、アスラもとりあえず許す。
コノメがこれまで積み上げた信頼あってのことだ。
やがて気持ちが落ち着くと、コノメは一つ咳払いをした。
「コホン。では賢者様、一つご報告がありまして」
「お、どうした」
「美味しいポーションと、ジャムなる物の情報を入手しました。発端はアスラ・ヴァルティオです」
「へ、へえ……前の話の彼が!」
わざとらしい演技だ。
今思えば猿芝居だが、コノメは付き合うことにした。
「わたくしも試食したところ、大変有益です。これはぜひ国で開発を進め、量産化したいと考えています」
「おお、良いじゃん!」
「つきましては、賢者様のお力も借りたいと考えています」
「もちろん!」
あれはアスラにしかできない所業だ。
ならば、あくまで気づかぬフリをしながら、協力体制を取る。
さすがは“できる”使者だ。
「ありがとうございます」
「……で、ところでなんだけどさ」
すると、今度はアスラから尋ねた。
「アスラ君についてはどう? 印象変わったりした?」
「!」
この数日、学園で二人は関わることが多かった。
コノメの感情の変化が気になったのだろう。
対して、コノメはぐっと堪えて答える。
「わたくしの評価は変わりません。今でも……その、た、怠惰なお方だと思っています」
「うぐぅ」
正体を知った今では、“怠惰”と蔑むことも心苦しい。
無意識に“お方”とも言っていたが、アスラは気づいていないようだ。
コノメはなんとか意思を貫いた。
「──しかし」
それでも、一つだけは言いたいことはあった。
コノメは顔を上げると、少しだけ柔らかい表情で伝える。
「“良い所もある”。わたくしは、そのように判断を下しました」
「……!」
関係は壊さず、けれどきっちり伝えるように。
だが、それだけでは終わらない。
コノメは自身の願望も込めて、決断する。
「ですので、一つ決めました」
「ん?」
「これからはアスラ・ヴァルティオを、“厳重監視対象”に指定します」
「ふぁ!?」
それにはアスラがぎょっとした。
(なんじゃそりゃ!? ていうか、コノメに監視なんかされたら……!)
コノメの有能さは誰より知っている。
アスラ視点では、かつてない正体バレの危機だ。
焦ったアスラは、何とか穏便に済ませようとする。
「そ、それはどうかなあ? 彼も嫌がったりしないかなー、なんて」
「いえ、先程の魔法もそうですし、使者として必要だと考えました」
だが、コノメはスタンスを変えない。
「それとも、彼に何か特別なお気持ちでも?」
「……いーや、別にぃ?」
「でしたら問題ありませんね」
「ぐぬぅ」
「ふふっ」
コノメは口元を隠すように笑う。
ここ数日で、ずいぶん表情が柔らかくなった。
アスラは少し首を傾げる。
(本当にバレてないんだよな?)
疑問は残るが、今は嬉しさが勝った。
コノメはこれから、自分の楽しみを少しずつ見つけていけるはずだ。
そう確信できる笑顔だったから。
対して、コノメも改めて決意する。
(これからも、ご一緒させていただきます。賢者様──いえ、アスラ様)
心の中でそう告げると、深くお礼をした。
「では任がありますので、失礼いたします」
「お、おう……」
去って行く足取りも、不思議といつもより軽い。
早く楽しい時間を迎えようと、仕事にも気合いが入っているのだ。
そんなコノメの背中を見送りながら、アスラは目を細めていた。
「今、スキップしてた?」
アスラはコノメに花の種を手渡す。
「それだけでも、目的にはなるんじゃない?」
今のコノメに合った小さな目的だ。
コノメも受け入れようと種を覗く。
だが、その目は大きく見開かれた。
(この種って……『魔岸花』?)
それは様々な色、様々な形の花を咲かせる、超希少植物だ。
濃い魔力に満ちた空間でのみ成長し、多種多様な姿へ咲き誇る。
しかし、この国においてそんな環境は一つだけ。
魔岸花は──“賢者の間でしか咲かない”。
(どうして、この人が……!)
種を持つコノメの手が震える。
アスラが持っている意味も、これを渡す意図も掴めない。
対して、アスラ本人の心境はというと──。
(この花すげえよなー)
普通に魔岸花を知らなかった。
原作の性質上、賢者になった後はラスボスへ一直線だ。
賢者の間を探索することもなく、魔岸花の名前も登場しない。
つまり、賢者の間を行き来するアスラにとっては、“珍しいけど身近な花”ぐらいの認識でしかなかった。
「どうかな」
「……あ、えと」
アスラの言葉に、コノメは混乱するばかり。
いや、本当は心のどこかで分かっていたのかもしれない。
“賢者の正体はアスラだ”と。
(兆候は、あった)
コノメを社畜と言ったこと。
使者として飛び回るコノメだが、そんな妙な言葉は他に聞いたことがない。
昨日の魔力制御。
ジャムを作るために、わざわざ魔法を開発する者など他にいない。
そして何より、アスラの前でだけ本音が出てしまったこと。
あの気の抜けた空気に、賢者と似た安心感を覚えたのだ。
今までの違和感が、綺麗に繋がっていく。
もう否定は出来なかった。
コノメが勝手に思い描いた“理想像”と違っていただけで、本物はずっと近くにいたのだ。
(わたくしは……なんて愚かなことを)
すると、ここ数日の言動が一気に蘇る。
賢者に忠誠を誓いながら、その正体へ冷たく当たっていた。
最も軽蔑していた怠惰な男として。
コノメは自分の行いに“絶望”を覚える。
だが、そんな心境は知る由もなく、アスラはふっと笑って背を向けた。
「ま、無理にとは言わないからさ」
「!」
「他にやりたいことがあったら、それでいいから」
アスラは変わらない。
そして、変わらず“希望”の言葉をくれる。
「また明日、学園でな」
「……っ!」
それがアスラの──賢者の言葉だった。
アスラは明日も会えることを望んでいる。
ならば、使者が勝手に絶望していたってしょうがない。
「……任を頂けるとは、ご光栄です」
コノメはアスラに届かぬ小さな声でつぶやく。
使者は賢者の望むことをするのが仕事だ。
ならば、使者として取るべき行動は──。
「水やり、やってあげなくもないです」
「お」
「……別に一人でするだけですが」
「ああ、それでいいよ!」
“気づいていないフリをする”。
言動から、アスラは正体を隠しているのは分かった。
だったら、その意図を汲むのが使者としての最善だ。
コノメは緩む顔を隠すように、夕焼けへ振り返る。
(ふふっ。明日から学園へ来るのが楽しみになりました)
自分がこんなふうに笑えるのだと、久しぶりに思い出した気がした。
ほんの小さなことでもいい。
生きる目的は、仕事だけではないのかもしれない。
寄り道というのも、立派な自分の道だ。
そう思えたのは、最も軽蔑する者と、最も尊敬する者が、同じ一人の人間だったからだ。
◆
数日後、賢者の間にて。
「大変失礼いたしましたぁ……!!」
「!?」
扉が開くなり、アスラの足元に銀色の髪が滑り込んできた。
スライディング土下座をかましたコノメだ。
あくびの途中だったアスラは、そのまま変な声を出す。
「なにごと!? どうした!?」
「申し訳ございません! わたくしは、なんと愚かなことを……!」
「いやいや、大丈夫だから! とにかく一旦落ち着こう!」
アスラは椅子から駆け寄ると、コノメを支えて起こす。
彼女の背中をさすりながら、アスラはゆっくり尋ねた。
「コノメにしては珍しいじゃないか。何かミスでもした?」
「ミスというか、罵詈雑言というか……」
「マジで珍しいな!?」
コノメは賢者の正体について、気づかないフリをすると決めた。
しかし、謝罪をしないのも違う。
結果、誤魔化しながら平謝りする事しか出来なかった。
対して、アスラはというと。
(え、バレてないよね?)
そんな不安を抱えつつも、いつも通り優しく声をかけた。
「大丈夫、ミスは誰にだってあるから。今までこんなに頑張ってくれたんだし。一つのミスで怒ったりしないよ」
「ありがとう、ございます……」
何のこっちゃ分からないが、アスラもとりあえず許す。
コノメがこれまで積み上げた信頼あってのことだ。
やがて気持ちが落ち着くと、コノメは一つ咳払いをした。
「コホン。では賢者様、一つご報告がありまして」
「お、どうした」
「美味しいポーションと、ジャムなる物の情報を入手しました。発端はアスラ・ヴァルティオです」
「へ、へえ……前の話の彼が!」
わざとらしい演技だ。
今思えば猿芝居だが、コノメは付き合うことにした。
「わたくしも試食したところ、大変有益です。これはぜひ国で開発を進め、量産化したいと考えています」
「おお、良いじゃん!」
「つきましては、賢者様のお力も借りたいと考えています」
「もちろん!」
あれはアスラにしかできない所業だ。
ならば、あくまで気づかぬフリをしながら、協力体制を取る。
さすがは“できる”使者だ。
「ありがとうございます」
「……で、ところでなんだけどさ」
すると、今度はアスラから尋ねた。
「アスラ君についてはどう? 印象変わったりした?」
「!」
この数日、学園で二人は関わることが多かった。
コノメの感情の変化が気になったのだろう。
対して、コノメはぐっと堪えて答える。
「わたくしの評価は変わりません。今でも……その、た、怠惰なお方だと思っています」
「うぐぅ」
正体を知った今では、“怠惰”と蔑むことも心苦しい。
無意識に“お方”とも言っていたが、アスラは気づいていないようだ。
コノメはなんとか意思を貫いた。
「──しかし」
それでも、一つだけは言いたいことはあった。
コノメは顔を上げると、少しだけ柔らかい表情で伝える。
「“良い所もある”。わたくしは、そのように判断を下しました」
「……!」
関係は壊さず、けれどきっちり伝えるように。
だが、それだけでは終わらない。
コノメは自身の願望も込めて、決断する。
「ですので、一つ決めました」
「ん?」
「これからはアスラ・ヴァルティオを、“厳重監視対象”に指定します」
「ふぁ!?」
それにはアスラがぎょっとした。
(なんじゃそりゃ!? ていうか、コノメに監視なんかされたら……!)
コノメの有能さは誰より知っている。
アスラ視点では、かつてない正体バレの危機だ。
焦ったアスラは、何とか穏便に済ませようとする。
「そ、それはどうかなあ? 彼も嫌がったりしないかなー、なんて」
「いえ、先程の魔法もそうですし、使者として必要だと考えました」
だが、コノメはスタンスを変えない。
「それとも、彼に何か特別なお気持ちでも?」
「……いーや、別にぃ?」
「でしたら問題ありませんね」
「ぐぬぅ」
「ふふっ」
コノメは口元を隠すように笑う。
ここ数日で、ずいぶん表情が柔らかくなった。
アスラは少し首を傾げる。
(本当にバレてないんだよな?)
疑問は残るが、今は嬉しさが勝った。
コノメはこれから、自分の楽しみを少しずつ見つけていけるはずだ。
そう確信できる笑顔だったから。
対して、コノメも改めて決意する。
(これからも、ご一緒させていただきます。賢者様──いえ、アスラ様)
心の中でそう告げると、深くお礼をした。
「では任がありますので、失礼いたします」
「お、おう……」
去って行く足取りも、不思議といつもより軽い。
早く楽しい時間を迎えようと、仕事にも気合いが入っているのだ。
そんなコノメの背中を見送りながら、アスラは目を細めていた。
「今、スキップしてた?」


