クズ悪役貴族、破滅回避のために主人公のルートを先回りクリアしたのがうっかりバレる~もう平穏に過ごしたいのに、最強の三役職が実は全部俺だと知ったヒロイン達が激しく執着してきます~

「なーんて良い昼寝日和だ」

 王都のとある公園。
 大きな木の下で、ひとりの青年が寝転がっていた。

 時刻は午後一時過ぎ。
 昼食を終え、勤勉な者は午後の予定に、真面目な学生は勉強に励む頃だ。
 そんな中、堂々と昼寝を決め込む男を見れば、視線が集まるのも当然だった。

「誰かと思ったらあいつかよ」
「クズは呑気でいいよなあ」
「もうすぐ学園が始まるってのに」

 クスクス、ひそひそ。
 青年には隠す気もない冷笑が飛んでくる。
 しかし、青年は特に気にした様子もなく空を見上げた。

「むしろ、こんな日に昼寝しない方がどうかしてるっての」

 彼の名は──アスラ・ヴァルティオ。
 ヴァルティオ(こう)(しゃく)家の(ちゃく)(なん)であり、来月に学園入学予定の十五歳の青年だ。
 そして、その中身は前世の記憶を持つ“転生者”である。

(今更ながら、すごい話だよなあ)

 ここは、『エストレア・アカデミー』というファンタジーゲームの世界。
 前世で何千時間もやり込んだゲーム内に、彼は転生した。
 しかし、転生先は屈指の嫌われキャラだった。

あの(・・)アスラだったのは正直きつかったけど)

 強くもないくせに尊大で、女にはちょっかいをかけ、立場を盾に好き放題する。
 その結果、メインヒロイン達には片っ端から嫌われ、どのルートでも主人公側に叩き潰される。
 “クズ”という言葉が誰より似合う悪役貴族だ。

 ゲーム内で嫌われていたのはもちろん、ユーザーからの人気も最低だった。

(ま、あんなことしてりゃ嫌われるよな……)

 そんなアスラの幼少期クズエピソードは、よく知られている。

 ご令嬢のドレスにワインをぶっかけて泣かせたり。
 深夜に執事を叩き起こして無理やり働かせたり。
 盗んだ馬車で走り出したり。
 
 すぐに挙げられるものでこれだけだ。
 当然、他にもあらゆる悪行を行っていた。

(でも、俺にはどうしようもなかったんだよ)

 もっとも、それはアスラの“転生前”の話。
 アスラが記憶を取り戻した時にはすでに遅し。
 彼の評判は、とっくに地の底だった。

 アスラがいまさら善人ぶっても遅い。
 このままゲーム通りに学園へ進めば、待っているのは破滅だけだ。
 それなのに、こうしてのんびり昼寝をしていられるのは、もちろん理由があった。

(ここまで先回りすれば破滅はないだろ……多分)

 このゲームには数多くのルートが存在する。
 だが、最終的な構図はどれも同じだ。

 主人公は己を鍛え、その果てに三つの“最強職”の内一つを授かる。
 剣を極めれば、剣聖。
 魔法を極めれば、賢者。
 体術を極めれば、武神。

 そして、その最強の力を以てラスボスへ挑む。

(アスラの最後は悲惨だけどなあ……)

 ちなみに、アスラは道中であっけなく死ぬ。
 剣聖ルートなら斬られ、賢者ルートなら焼かれ、武神ルートなら殴り飛ばされる。
 死に方に多少の違いはあれど、結論は変わらない。

 ならばどうするべきか。
 そう考えた時、転生直後のこの男は気づいた。

 ──その役職、俺が先に全部なればよくね?

(我ながら天才かもしれん)

 あまりにも単純、あまりにもバカげた発想だ。
 だが、三つの役職はその分野で最も優れた者に贈られるもの。
 理論上は複数を担うことも不可能ではない。

 普通は無理だが、アスラには前世の知識があった。
 効率の良い成長ルートも、最適な狩場も知っていたのだ。

(苦労もしたけど、なんだかんだでハマったな)

 アスラ自身の才能は、よくて中の上。
 だが鍛えた分、目に見えて強くなる感覚は前世にはない快感だった。
 アスラは努力を努力と思わず、どこまでも鍛錬を重ねた。

 そうして、剣を振り、魔法を学び、武術を磨き、正体を隠して実績を積み上げたアスラ。
 今の彼は、表向きこそ嫌われ者の悪役貴族だが、その裏では──。

(剣聖、賢者、武神……全部俺!)

 本来なら別々のルートの主人公がたどり着く最強職。
 その全てを手にしていた。

(正体は隠してるんだけどな)

 しかし、アスラは正体を明かしていない。
 変に持ち上げられ、何かと巻き込まれるのが面倒だからだ。
 そうなるぐらいなら、周りからバカにされても()()(らく)に生きたいと考えている。

 だが、誰一人として知らないわけではない。

(知ってるのは一人だけ)

 アスラがちらりと視線を上げると、一人の少女が映る。
 隣で正座をしているメイドだ。

「どうしたのですかぁ、ご主人様」
「いや、なんでも」

 少女の名は、レーニャ。

 落ち着いた茶髪ロングに、端麗な顔立ち。
 気だるげに垂れた瞳は、ゆるふわ系の人柄をより際立たせる。
 見上げたアスラの視線には、しっかりと大きな胸が映った。

 このレーニャこそが、唯一アスラの正体を知る者だ。
 アスラがふっと目を逸らすと、レーニャは彼の顔を両手で掴んだ。

「ご主人様」
「んむ!?」

 レーニャはアスラの顔を引き寄せると、自分の膝の上に乗せた。
 強制ひざまくらだ。
 普段の定位置に安定させると、レーニャは少し目を細めて伝える。

「最近のご主人様は油断しているように見えます。私はいつ正体がバレるかとハラハラです」
「そ、そうかー?」
「はい。事故というのは、少し慣れた時に起きるものですからねぇ」

 そう言って、レーニャは「めっ」とアスラのおでこに指を当てた。
 アスラを思っての注意だろう。
 対して、アスラはひらひらと手を振る。

「だーいじょぶ、だいじょぶ! 俺がどれだけ隠してきたと思ってんの!」
「それはそうですけど……」

 レーニャの不安に反して、アスラはまるで心配していない。
 これまで隠し通してきたのだ。
 今更バレるはずがないと心の底から思っていた。

 こうして今日もお昼を自堕落に過ごすと、アスラはやがて起き上がる。

「おっと、そろそろ見回りの時間だな」
「今日は剣聖の日でしたっけ」
「そうそう。じゃ、家に剣聖用の変装を取りに行ってっと……」

 剣聖としての職務があるようだ。
 はじめは面倒だと思っていたが、慣れてしまえばどうってことない。
 むしろ人並み以上に自尊心を持つアスラにとっては、役職の任は誇りにすらなっていた。

 その心情が、早速スイッチの入った言動に現れる。

「フッ。今日も向こうで仲間が待っている」
「剣聖の正体がこれなんて、憧れる人が気の毒ですねぇ」
「またまたご冗談を」
「はいはい、いってらっしゃいませ」

 軽口を交わすと、アスラは見回りへと向かった。



「──こんなところか」

 王都から少し離れた森。
 一仕事終えたアスラは、持っていた剣を(さや)に収める。
 その背後には、討伐された大量の魔物が転がっていた。

「「「グオォ……」」」

 討伐されたのは、最近被害が報告されていた厄介な魔物たち。
 しかし、剣聖のアスラにとっては雑魚も同然だ。
 問題があるとすれば、ただひとつ。

「ふぅ、あっちぃー」

 戦闘ではなく、運動後の暑さだけだ。
 ただでさえ激しい動きをする上、アスラは変装をしている。
 顔には仮面、体には重い(よろい)をまとっているのだ。

 彼曰く、体格からカモフラージュするためらしい。
 国王から役職を授かる際も、その不審な重装備で現れて周囲をざわつかせたという。
 もちろん悪い意味でだ。

「はい、今日もおしまいっと」

 後片付けを済ませると、アスラは仮面に手をかけた。
 ごく自然に……本当に何も考えず、ただ仮面を外したのだ。
 緊張感のない戦闘のせいか、脳はすでに帰宅した気になっていたのかもしれない。

 ──人が近づいているとも知らずに。

「あ、あなたは……!」
「え?」

 やけに響いて聞こえた高い声に、アスラは腑抜(ふぬ)けた声と共に振り返る。
 そこに立っていたのは、制服に身を(まと)った少女。
 それも、すごく見たことのある顔だ。

(あの子は!)

 学園が始まれば、間違いなく物語の中心に立つ少女だ。
 だが、今はそこじゃない。

「ん?」

 アスラは「あれ?」と、手に取った仮面を二度見……いや三度見した。
 そして事態に気づいた途端、大きく息を吸う。

「はぅあっっっ!!!!」

 悲報、アスラの正体バレる。