寮に戻って部屋のドアを開けると、中はしん、と静まりかえっていた。
なんだよ。湊斗いないんじゃん。だったらさっさと部屋戻るんだった。
トイレで落ち着いてた俺、何なんだよ……。
拍子抜けしてシュークリームの箱を持ったままベッドにドスン、と座った。
そのままお腹の上に箱を置くと、仰向けでベッドに寝て目を瞑る。
生徒会長のカスタードクリームまみれの顔を思い出す。
美形が口の周りをクリームでベタベタにしてる光景は、かなりのインパクトだった。
……ヤバい……思い出したら笑けてきた……。
あんなにきれいな顔した完璧な王子様生徒会長が、なんでトイレでシュークリーム食べてんだよっ。
しかも口止め料的に食べかけのシュークリーム渡してくるし……。
ギャップエグいなっ。
クククッと、声にならない笑いが込み上げる。
でも、なんかすごい必死だったな。
俺に何を話したいんだ?
わざわざ呼び出すことじゃないと思うけど……。
――ガチャ……
ドアが開いて湊斗が部屋に入ってくる。
ため息をつくとベッドにドカリと座った。
ちょっと機嫌が悪そうだ。
ここは話しかけずに寝たふりをしよう。
……と、思ってたら……。
「おい、翠。起きてんだろ」
起きてません。起きてません。寝てます。寝てます……っ!
「ふうん。また、キスして欲しいの?」
面白がるような湊斗の声に、俺は朝に続く再びのキスを阻止するために目を開ける。
そして、寝ぼけ眼を装って……。
「あれぇ?寝ちゃってたぁ。湊斗、お帰りぃ」
「寝てねぇくせに。わざとらしいんだよ。お前は」
はい。全部バレてる。俺の演技力ゼロ。
こうなったらもう通常モードで話すしかない。
「遅かったね」
「学年主任に捕まってた」
「え、湊斗、何かしたの?」
「何もしてねぇよ。総代だっつって、オリエンテーション合宿の仕事色々押し付けられた」
「うわ、大変だね」
俺の言葉に湊斗は「だろ?」と言うと目頭を押さえた。
相当疲れてるらしい。湊斗みたいな自由人には、そういう仕事はきっとかなりのダメージなんだろう。
肩を落としてため息をついている。
うつ向いたまま、湊斗が謎の命令を下す。
「翠。癒せ」
「は?何?どういう意味?」
「こっち来い」
「やだ」
即答した俺を、顔を上げた湊斗がじとっとした目つきで見つめてくる。
俺は当然、静かに目を逸らした。
「来い」
「だから何で」
「いいから膝座れ」
自分の膝をポンポンと叩いて顎で俺を呼ぶ。
「なんで膝!」
「早くしろ」
圧に負けて仕方なく立ち上がって湊斗に近づくと、腕を引かれて無理やり湊斗の膝に座らせられた。
しかも、対面で。
待て。何だこれは。湊の太ももあったかいなぁ……じゃないだろっ。これは朔君とやるやつなんじゃないのか!?
よく分かんないけど、何かすごい……エロい気がする……!
そのまま湊斗の腕が俺の背中に回る。で、湊斗は俺の胸に顔を埋めると長く息を吐き出した。
「落ち着く」
「あの……こういうのは朔君とやるやつだよね?」
「朔は今ここにいない」
「朔君のとこ行けばいいのでは?」
「無理。緊急」
……緊急って何?
胸に顔を埋めるな。
そこで落ち着くな。
俺は全然落ち着かない!!
朔くーーーん!
心の中で叫んでも、朔君が来るわけでもない。
俺は諦めて力を抜く。
そしたら湊斗の腕に力が入ってぎゅっ、と抱き締められた。
……え……これはちょっと……。
かわいいかも……。
――いやいや、俺は何を考えてるんだ!湊斗がかわいいわけないだろっ。
でも、何となく「湊斗が俺で癒されるのも悪くないかも」とか思ったりして、湊斗の髪を撫でてみた。
湊斗が俺の胸に頬擦りをする。俺の父性がちょっと目覚めそうだ。
いや、目覚めてたまるかっ。
相手湊斗だぞ!?
静かにしろ。落ち着け俺。
これで動揺したら何か負けな気ぃする。
ぎこちなく湊斗の頭を撫でてたら、湊斗が腕がパッと離して俺を見上げた。
「な、何?」
「ちょっと癒された。ありがとな」
――っ!
湊斗が……湊斗がお礼言った。まさかの。常に偉そうな湊斗が……。
その後すぐ、湊斗は「重い。降りろ」と言って俺を下ろすとスッ、と立ち上がって「飯、行くぞ」と言い、服を着替え始めた。
いつもの湊斗だ。さっきの「かわいい」は何だったんだ?
まさか、隠しイベントでも発生したのか?
「早くしろ」という湊斗の声に、俺も黙って服を着替え始める。
また湊斗が俺の裸をじっと見てくる。しかも明らかに乳首ら辺に熱い視線が注がれてる。ホントやめて欲しい……。
◇◇◇
その後、朔君と合流して食堂に向かった。
2人は並んで座る。
他の生徒達が俺たち……正確に言うと、湊斗と朔君を見てヒソヒソ話している。
「総代の葉野君だ。顔面偏差値エグいな」
「隣の子もキラキラしすぎて直視できない」
「葉野君、憧れちゃう」
「ファンクラブ作るか」
「隣の美形エロい顔してるな」
「葉野君に愛される世界線、どこ?」
「本気で抱かれてみたい」
「葉野君になら、何されてもいい」
ここ、男子校だよな?
俺は強制的に、耳のシャッターをガラガラガシャンと閉めて、生姜焼きに集中した。
目の前では湊斗と朔君による「あーん」イベントが開催されている。周りから小さく悲鳴が上がる。ここ、男子校だよな?
俺は生姜焼きをがっつき、早々に席を立つ。
生徒会長の部屋に行かねば。
「じゃ、俺ちょっと用事あるから、先行ってる」
「用事ってなんだよ」
「いや、ちょっと……色々あって……」
「色々って?翠君デート?」
「んなわけないでしょ」
「待て、俺も行く」
「あ、僕も」
「何でだよ!俺の個人的な用事!」
なんだかんだ言いながら、なんとか2人の好奇心を押さえつけて抜け出した。
果たしてもう生徒会長の所へ行っていい時間かどうか分からないけど、とりあえず向かってみることにした。
◇◇◇
生徒会長の部屋の前まで来て、急に緊張してくる。
ドアの前で一度だけ深呼吸する。
別に悪いことしたわけじゃない。
ちょっと会長の話を聞くだけだ。
コンコン。
軽くノックする。
――ガチャ……
ドアが開いて、爆裂きれいな顔が俺を出迎える。
「あ……どうぞ。入って」
「こ、こんばんわ。お邪魔します……」
「……うん」
会長の部屋は俺の相部屋とはずいぶん違った。
まず、広い。と思った。
それから、物が良さそうな大きいデスク。その上に書類がきちんと揃えて置いてある。
2人掛けのおしゃれなソファに形のいいローテーブル。
備え付けの本棚には本がずらっと並んでる。
「広いですね。部屋」
「うん。そうかも。一人部屋だし。あ、ソファ座って。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「……じゃ、コーヒー、お願いします」
「うん、ちょっと待ってて」
電気ケトルのカチッというスイッチ音が部屋の中でやけに響く。
お湯が沸く間、沈黙が流れる。
何か喋った方がいいのか?
でも何喋ればいいんだ?
「部屋広いですね」で、俺の引き出し使いきったし……。
押し黙ってたら、「どうぞ」という声と共に、俺の前にコーヒーが置かれた。
「ミルクと砂糖は?」
「あ、じゃあ、頂きます」
また沈黙だ。
なんだこの緊張感は。
俺の緊張をよそに、俺の真向かいの椅子に座った会長が急に口を開く。
「トイレでのことなんだけど……びっくりしたよね?」
「え……いやぁ。そんな、特には……」
嘘をついてみた。たぶん何でもない風を装った方がいい気がする。会長はきっとすごい恥ずかしいんだろうから。
「引いたよね?」
「引きは……しませんでした。ただ、甘い物好きなのかなぁって……」
「え?引くよね?普通引くよね?だって、この顔でトイレでシュークリームだよ?」
さらっと言ったけど、この人自分の顔、自覚してるんだ。そりゃそうか。鏡みれば嫌でも自覚するよな。でも、それを口に出して他人にいうのは……ちょっと……面白い。
「……まあ、びっくりはしました」
「だよね?」
「でも、引くまでは……別に」
「本当に?」
「本当に」
会長はまだ少し疑うみたいな顔をしてる。
俺は「頂きます」と言ってコーヒーを一口飲んだ。
会長も一口飲む。
「……じゃあ、なんであそこでシュークリーム食べてたのか、ちゃんと話すと……」
会長はコーヒーをもう一口飲んで、少しだけ間を置くと、重要事項を発表するみたいに言った。
「僕は、ものすごく、ストレスに弱い」
「……そうなんですか?今日みた限り、そんな風には見えませんでしたけど……」
「そんなことないんだ。今日は入学式で、絶対に失敗できなかったから、朝から甘いものを補給して臨んだんだけど、それでも足りないくらい緊張してしまって……」
「で、シュークリームを?」
「甘いものにがっつくことで、なんとかストレスを押さえこめる。でも、アイドルの僕が、甘いものを貪り食うところは誰にも見られてはいけない!学園内で1人になれる場所が、あそこしか思いつかなかったんだ……っ!」
自らをアイドルだと認めてることがまたちょっと面白かったけど、それはそれとして。
会長は一気に捲し立てると、カップを両手で持ったまま視線を落とした。
「ストレスが溜まると挙動不審になって……皆に憧れられるような凛とした生徒会長を保てなくなる」
「保つ必要あるんですか?」
「ある。僕の正体がバレたりしたら……」
そこで会長は一拍置く。
「皆、僕を笑い者にする」
本気で怯えたような、世界の終わりが来るみたいな顔をする会長。
「……皆の期待を裏切って、舐められるのは怖いんだ。一度でも『残念な人』だって思われたら、もう二度と今の僕には戻れなくなる」
突然、会長の目から、まさかの涙がポロポロと零れ落ちた。
「僕、昔からこうなんだ。皆僕を見て勝手に期待してくる……。だから、ずっと失敗は許されなかった……誰にも本当の姿なんて、見せられなかった……」
泣いてる。舞台の上ではあんなに堂々としてた会長が……中身を見てみたら、こんなにモロくて必死だったなんて。
俺は気まずくなって、一気にコーヒーを煽った。カスタードまみれの顔を思い出して笑ってた自分が、急に性格悪く思えてくる。
おい、どうすんだよ。会長泣いちゃったよ。これって俺が泣かしたことになるのか?いや、俺は何も言ってないよな……確か。
とりあえず何か言わなきゃ。会長が泣き止むような何か…………。
「俺の前では、カッコ悪い会長見せて下さいよ」
会長がゆっくり顔を上げた。赤くなった目から、涙がポロっ、と形のいい輪郭にそって流れる。
「……え?いいの……?」
「はい。で、少しずつ皆の前でも自然体でいられる様になれたらいいですね」
「誰も……そんなこと言ってくれる人、いなかった。君が初めてだ」
会長が一瞬沈黙する。
もう泣いているようすはない。
「ごめん、今更だけど……君、名前は?僕は九条雅」
「一ノ瀬翠……です……」
会長が急に椅子から立ち上がって、俺の真隣に座る。
で、そのまま俺の手を両手で包みこんできた。
「翠君。僕、君になら本当の姿をみせられそうだよ。ありがとう」
――え?何、何、何?
距離近いんですけど?
ていうか、何で手握るの?
会長、さっきまで泣いてなかった?この人情緒どうなってんの?
形のいいキラキラした目が俺の目を射貫く。
目を逸らせずに、俺も会長をじっと見つめるしかない。
何だこれは。
何で俺、会長に手握られて、見つめ合ってるんだ?
急だろ!展開が急すぎるだろ!!
もしかして俺、何かのフタ、開いちゃったのか?
おい!何のフタだよ!
それ、爆弾入ってるんじゃないのか!?
「あっ!も、もう俺行かないとっ。同室のやつが心配して探してるかもっ」
俺はなるべく何気ない感じで会長の手をほどく。
「翠君……また、話せるかな?」
「え?あ、あぁ……はい……」
断れない……っ!断ったらこの人どうなるか分かんないっ。
「じゃ、じゃあ、お休みなさい会長!」
ドアノブに手をかけた俺の後ろから、会長の手がドアにトン、と置かれる。
「2人きりの時は、雅って呼んで欲しいな」
耳元で囁かれる。
「は、はい……。じゃ、雅さん……お休みなさい」
会長はにっこり笑って「お休み」と言うと、ドアを押し開けた。
ギシギシ鳴る廊下を部屋へと歩きながら、俺は身体が熱くなった。
ヤバい……なんか、絶対、変な懐かれ方した……。
俺、どこで間違った?どこでスイッチ押したの!?会長の豹変が急すぎて、もう分かんない……!あの人、色々おかしい!!普通に見えてたけど絶対普通じゃない!!
――俺、今日寝れなそう……。
夜の廊下はやけに静かで、蛍光灯の白い光だけがやたらとまぶしかった。
会長の手の温もりがまだ残っているようで、俺は落ち着かなかった。
なんだよ。湊斗いないんじゃん。だったらさっさと部屋戻るんだった。
トイレで落ち着いてた俺、何なんだよ……。
拍子抜けしてシュークリームの箱を持ったままベッドにドスン、と座った。
そのままお腹の上に箱を置くと、仰向けでベッドに寝て目を瞑る。
生徒会長のカスタードクリームまみれの顔を思い出す。
美形が口の周りをクリームでベタベタにしてる光景は、かなりのインパクトだった。
……ヤバい……思い出したら笑けてきた……。
あんなにきれいな顔した完璧な王子様生徒会長が、なんでトイレでシュークリーム食べてんだよっ。
しかも口止め料的に食べかけのシュークリーム渡してくるし……。
ギャップエグいなっ。
クククッと、声にならない笑いが込み上げる。
でも、なんかすごい必死だったな。
俺に何を話したいんだ?
わざわざ呼び出すことじゃないと思うけど……。
――ガチャ……
ドアが開いて湊斗が部屋に入ってくる。
ため息をつくとベッドにドカリと座った。
ちょっと機嫌が悪そうだ。
ここは話しかけずに寝たふりをしよう。
……と、思ってたら……。
「おい、翠。起きてんだろ」
起きてません。起きてません。寝てます。寝てます……っ!
「ふうん。また、キスして欲しいの?」
面白がるような湊斗の声に、俺は朝に続く再びのキスを阻止するために目を開ける。
そして、寝ぼけ眼を装って……。
「あれぇ?寝ちゃってたぁ。湊斗、お帰りぃ」
「寝てねぇくせに。わざとらしいんだよ。お前は」
はい。全部バレてる。俺の演技力ゼロ。
こうなったらもう通常モードで話すしかない。
「遅かったね」
「学年主任に捕まってた」
「え、湊斗、何かしたの?」
「何もしてねぇよ。総代だっつって、オリエンテーション合宿の仕事色々押し付けられた」
「うわ、大変だね」
俺の言葉に湊斗は「だろ?」と言うと目頭を押さえた。
相当疲れてるらしい。湊斗みたいな自由人には、そういう仕事はきっとかなりのダメージなんだろう。
肩を落としてため息をついている。
うつ向いたまま、湊斗が謎の命令を下す。
「翠。癒せ」
「は?何?どういう意味?」
「こっち来い」
「やだ」
即答した俺を、顔を上げた湊斗がじとっとした目つきで見つめてくる。
俺は当然、静かに目を逸らした。
「来い」
「だから何で」
「いいから膝座れ」
自分の膝をポンポンと叩いて顎で俺を呼ぶ。
「なんで膝!」
「早くしろ」
圧に負けて仕方なく立ち上がって湊斗に近づくと、腕を引かれて無理やり湊斗の膝に座らせられた。
しかも、対面で。
待て。何だこれは。湊の太ももあったかいなぁ……じゃないだろっ。これは朔君とやるやつなんじゃないのか!?
よく分かんないけど、何かすごい……エロい気がする……!
そのまま湊斗の腕が俺の背中に回る。で、湊斗は俺の胸に顔を埋めると長く息を吐き出した。
「落ち着く」
「あの……こういうのは朔君とやるやつだよね?」
「朔は今ここにいない」
「朔君のとこ行けばいいのでは?」
「無理。緊急」
……緊急って何?
胸に顔を埋めるな。
そこで落ち着くな。
俺は全然落ち着かない!!
朔くーーーん!
心の中で叫んでも、朔君が来るわけでもない。
俺は諦めて力を抜く。
そしたら湊斗の腕に力が入ってぎゅっ、と抱き締められた。
……え……これはちょっと……。
かわいいかも……。
――いやいや、俺は何を考えてるんだ!湊斗がかわいいわけないだろっ。
でも、何となく「湊斗が俺で癒されるのも悪くないかも」とか思ったりして、湊斗の髪を撫でてみた。
湊斗が俺の胸に頬擦りをする。俺の父性がちょっと目覚めそうだ。
いや、目覚めてたまるかっ。
相手湊斗だぞ!?
静かにしろ。落ち着け俺。
これで動揺したら何か負けな気ぃする。
ぎこちなく湊斗の頭を撫でてたら、湊斗が腕がパッと離して俺を見上げた。
「な、何?」
「ちょっと癒された。ありがとな」
――っ!
湊斗が……湊斗がお礼言った。まさかの。常に偉そうな湊斗が……。
その後すぐ、湊斗は「重い。降りろ」と言って俺を下ろすとスッ、と立ち上がって「飯、行くぞ」と言い、服を着替え始めた。
いつもの湊斗だ。さっきの「かわいい」は何だったんだ?
まさか、隠しイベントでも発生したのか?
「早くしろ」という湊斗の声に、俺も黙って服を着替え始める。
また湊斗が俺の裸をじっと見てくる。しかも明らかに乳首ら辺に熱い視線が注がれてる。ホントやめて欲しい……。
◇◇◇
その後、朔君と合流して食堂に向かった。
2人は並んで座る。
他の生徒達が俺たち……正確に言うと、湊斗と朔君を見てヒソヒソ話している。
「総代の葉野君だ。顔面偏差値エグいな」
「隣の子もキラキラしすぎて直視できない」
「葉野君、憧れちゃう」
「ファンクラブ作るか」
「隣の美形エロい顔してるな」
「葉野君に愛される世界線、どこ?」
「本気で抱かれてみたい」
「葉野君になら、何されてもいい」
ここ、男子校だよな?
俺は強制的に、耳のシャッターをガラガラガシャンと閉めて、生姜焼きに集中した。
目の前では湊斗と朔君による「あーん」イベントが開催されている。周りから小さく悲鳴が上がる。ここ、男子校だよな?
俺は生姜焼きをがっつき、早々に席を立つ。
生徒会長の部屋に行かねば。
「じゃ、俺ちょっと用事あるから、先行ってる」
「用事ってなんだよ」
「いや、ちょっと……色々あって……」
「色々って?翠君デート?」
「んなわけないでしょ」
「待て、俺も行く」
「あ、僕も」
「何でだよ!俺の個人的な用事!」
なんだかんだ言いながら、なんとか2人の好奇心を押さえつけて抜け出した。
果たしてもう生徒会長の所へ行っていい時間かどうか分からないけど、とりあえず向かってみることにした。
◇◇◇
生徒会長の部屋の前まで来て、急に緊張してくる。
ドアの前で一度だけ深呼吸する。
別に悪いことしたわけじゃない。
ちょっと会長の話を聞くだけだ。
コンコン。
軽くノックする。
――ガチャ……
ドアが開いて、爆裂きれいな顔が俺を出迎える。
「あ……どうぞ。入って」
「こ、こんばんわ。お邪魔します……」
「……うん」
会長の部屋は俺の相部屋とはずいぶん違った。
まず、広い。と思った。
それから、物が良さそうな大きいデスク。その上に書類がきちんと揃えて置いてある。
2人掛けのおしゃれなソファに形のいいローテーブル。
備え付けの本棚には本がずらっと並んでる。
「広いですね。部屋」
「うん。そうかも。一人部屋だし。あ、ソファ座って。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「……じゃ、コーヒー、お願いします」
「うん、ちょっと待ってて」
電気ケトルのカチッというスイッチ音が部屋の中でやけに響く。
お湯が沸く間、沈黙が流れる。
何か喋った方がいいのか?
でも何喋ればいいんだ?
「部屋広いですね」で、俺の引き出し使いきったし……。
押し黙ってたら、「どうぞ」という声と共に、俺の前にコーヒーが置かれた。
「ミルクと砂糖は?」
「あ、じゃあ、頂きます」
また沈黙だ。
なんだこの緊張感は。
俺の緊張をよそに、俺の真向かいの椅子に座った会長が急に口を開く。
「トイレでのことなんだけど……びっくりしたよね?」
「え……いやぁ。そんな、特には……」
嘘をついてみた。たぶん何でもない風を装った方がいい気がする。会長はきっとすごい恥ずかしいんだろうから。
「引いたよね?」
「引きは……しませんでした。ただ、甘い物好きなのかなぁって……」
「え?引くよね?普通引くよね?だって、この顔でトイレでシュークリームだよ?」
さらっと言ったけど、この人自分の顔、自覚してるんだ。そりゃそうか。鏡みれば嫌でも自覚するよな。でも、それを口に出して他人にいうのは……ちょっと……面白い。
「……まあ、びっくりはしました」
「だよね?」
「でも、引くまでは……別に」
「本当に?」
「本当に」
会長はまだ少し疑うみたいな顔をしてる。
俺は「頂きます」と言ってコーヒーを一口飲んだ。
会長も一口飲む。
「……じゃあ、なんであそこでシュークリーム食べてたのか、ちゃんと話すと……」
会長はコーヒーをもう一口飲んで、少しだけ間を置くと、重要事項を発表するみたいに言った。
「僕は、ものすごく、ストレスに弱い」
「……そうなんですか?今日みた限り、そんな風には見えませんでしたけど……」
「そんなことないんだ。今日は入学式で、絶対に失敗できなかったから、朝から甘いものを補給して臨んだんだけど、それでも足りないくらい緊張してしまって……」
「で、シュークリームを?」
「甘いものにがっつくことで、なんとかストレスを押さえこめる。でも、アイドルの僕が、甘いものを貪り食うところは誰にも見られてはいけない!学園内で1人になれる場所が、あそこしか思いつかなかったんだ……っ!」
自らをアイドルだと認めてることがまたちょっと面白かったけど、それはそれとして。
会長は一気に捲し立てると、カップを両手で持ったまま視線を落とした。
「ストレスが溜まると挙動不審になって……皆に憧れられるような凛とした生徒会長を保てなくなる」
「保つ必要あるんですか?」
「ある。僕の正体がバレたりしたら……」
そこで会長は一拍置く。
「皆、僕を笑い者にする」
本気で怯えたような、世界の終わりが来るみたいな顔をする会長。
「……皆の期待を裏切って、舐められるのは怖いんだ。一度でも『残念な人』だって思われたら、もう二度と今の僕には戻れなくなる」
突然、会長の目から、まさかの涙がポロポロと零れ落ちた。
「僕、昔からこうなんだ。皆僕を見て勝手に期待してくる……。だから、ずっと失敗は許されなかった……誰にも本当の姿なんて、見せられなかった……」
泣いてる。舞台の上ではあんなに堂々としてた会長が……中身を見てみたら、こんなにモロくて必死だったなんて。
俺は気まずくなって、一気にコーヒーを煽った。カスタードまみれの顔を思い出して笑ってた自分が、急に性格悪く思えてくる。
おい、どうすんだよ。会長泣いちゃったよ。これって俺が泣かしたことになるのか?いや、俺は何も言ってないよな……確か。
とりあえず何か言わなきゃ。会長が泣き止むような何か…………。
「俺の前では、カッコ悪い会長見せて下さいよ」
会長がゆっくり顔を上げた。赤くなった目から、涙がポロっ、と形のいい輪郭にそって流れる。
「……え?いいの……?」
「はい。で、少しずつ皆の前でも自然体でいられる様になれたらいいですね」
「誰も……そんなこと言ってくれる人、いなかった。君が初めてだ」
会長が一瞬沈黙する。
もう泣いているようすはない。
「ごめん、今更だけど……君、名前は?僕は九条雅」
「一ノ瀬翠……です……」
会長が急に椅子から立ち上がって、俺の真隣に座る。
で、そのまま俺の手を両手で包みこんできた。
「翠君。僕、君になら本当の姿をみせられそうだよ。ありがとう」
――え?何、何、何?
距離近いんですけど?
ていうか、何で手握るの?
会長、さっきまで泣いてなかった?この人情緒どうなってんの?
形のいいキラキラした目が俺の目を射貫く。
目を逸らせずに、俺も会長をじっと見つめるしかない。
何だこれは。
何で俺、会長に手握られて、見つめ合ってるんだ?
急だろ!展開が急すぎるだろ!!
もしかして俺、何かのフタ、開いちゃったのか?
おい!何のフタだよ!
それ、爆弾入ってるんじゃないのか!?
「あっ!も、もう俺行かないとっ。同室のやつが心配して探してるかもっ」
俺はなるべく何気ない感じで会長の手をほどく。
「翠君……また、話せるかな?」
「え?あ、あぁ……はい……」
断れない……っ!断ったらこの人どうなるか分かんないっ。
「じゃ、じゃあ、お休みなさい会長!」
ドアノブに手をかけた俺の後ろから、会長の手がドアにトン、と置かれる。
「2人きりの時は、雅って呼んで欲しいな」
耳元で囁かれる。
「は、はい……。じゃ、雅さん……お休みなさい」
会長はにっこり笑って「お休み」と言うと、ドアを押し開けた。
ギシギシ鳴る廊下を部屋へと歩きながら、俺は身体が熱くなった。
ヤバい……なんか、絶対、変な懐かれ方した……。
俺、どこで間違った?どこでスイッチ押したの!?会長の豹変が急すぎて、もう分かんない……!あの人、色々おかしい!!普通に見えてたけど絶対普通じゃない!!
――俺、今日寝れなそう……。
夜の廊下はやけに静かで、蛍光灯の白い光だけがやたらとまぶしかった。
会長の手の温もりがまだ残っているようで、俺は落ち着かなかった。

