俺の学園生活は何かがおかしい―いや、俺もおかしいのかもしれない……―

寮の廊下を歩くたびに、ギッギッ、と床が(きし)む。あちこち塗料も剥げてるし、どう見ても年季が入りすぎてる。
伝統ある学園だかなんだか知らないけど、要するにただ古いだけだ。

廊下の窓は開いてるのに、男の臭いがやたら濃い。
男子校の寮ってここまですごいのか。
窓全開くらいじゃどうにもならないらしい。柔軟剤の匂いと混ざって、もはや何の臭いかも分からない。

そんな空気の中、廊下の突き当たりの部屋の前で立ち止まる。

『302』

今日からここが、俺の帰る場所だ。
ドアノブに手をかけて、扉の前でちょっと考える。


面倒くさいのが同室じゃなければいいけどな。
いや、ほんとそれだけでいい。
変に気を遣う相手だけは勘弁してほし……



――ガチャ……



開けた途端、目に入ったのは、絡まり合う2つの肉体……なんて、文学的な言い方は似合わないな。


ストレートに言うと、男が2人、激しくアレの最中だった。


……は?
どういう状況?
いきなり何これ。
「面倒くさい相手じゃなければいいなー」どころの話じゃないじゃないか。


――パタン……


とりあえず、一旦ドアを閉める。

「あー、はいはい。オッケー。男子校ならね。まぁまぁ、そういうこともあるよねー」
なんて素直に受け止めて、心の中で頷いてみる。


違和感。


待てよ。ここ俺の部屋じゃない?


改めての確認。
『302』
うん、俺の部屋だね。間違いない。


で?どうする?
どっかで時間潰して戻る?
……面倒くさいな。
疲れてるし、さっさと荷解きもしたい。

ふと思いつく。


こういう場合、普通に部屋に入って行ったらどうなるんだ?


試してみるか。
……いや、何を試そうとしてるんだ俺は。


でももう、試したい方に心動いちゃってる自分がいる。


もう一回、扉に手をかける。
息をひとつ吐いてもう一度。今度はちゃんとドアを開けた。


やっぱりベッドの上には致している男が2人。
それを横目にゆっくりと部屋の中に足を進める。


ベッドの上の2人はお互いに必死らしく、俺の存在に全然気づいてないみたいだ。
壁際のデスクの一つに荷物を静かに置いて、とりあえず椅子に座る。

まだ気付かない。
ここまできたら、どのタイミングで気付くのか、逆に気になってくるじゃないか。

だからじっと見つめてみた。

2人、なんかすごいことになってる。
男同士のって、こんなんなるんだ……。

羞恥よりも興味が上回って、更にじっと見つめる。
それでも2人はまだ気づかない。


どんだけだよ。
ていうか、俺の存在に全く気付いてないよな。
すごい集中力だな。
使い所間違えてないか?



ギッギッ、とベッドの(きし)む音に連動して、床も鳴る。
汗だくの男2人。
色々とぶつかり合う音。
確実に男臭が濃度を増してる。


俺、何してんだ……。


ベッドから目を離し、デスクの端にあった埃を指でなぞった。


あぁ……掃除、してないんだな。



この部屋ほんと、色んな意味で今日から使うやつの迎え入れ方じゃない。
なんか色んな臭いする。
ベッドから来る臭いだけじゃなくて。これ何の臭い?
換気したい。
いや、今はそれどころじゃない。


ベッドの2人に視線を戻すと、2人とも恍惚とした表情で震えてる。


どうやら終わったみたいだ。


結局最後まで気付かなかった。すごいな、おい。


色んな意味で感心しながら、ぐったりベッドに崩れ落ちた2つの塊をじっと見つめる。
静まりかえった部屋に、男2人の荒い息だけが聞こえてる。


「すんません。終わりました?」


我ながらいいタイミングだったと思う。
たぶん。
俺は今日いちばん空気が読めていた……はず。

2人同時に俺を見る。
さすがに俺の存在に気づいたらしい。
下になってた方の赤茶髪の男は口をぽかんと開けてる。
そして、なぜか俺を(にら)む黒髪ツーブロの男。
後者が口を開いた。


「ノックした?」

「してません」

「ノックしろよ」

「ノックしてたら気付いてました?」

「気付いてたかどうかじゃなくて、ノックしろよ」


キレられてる……。
キレる権利は俺にあるはずだよね……。


湊斗(みなと)君、いいよ、やめなよ」

赤茶髪が黒髪をいなしてる。
黒髪ツーブロは湊斗(みなと)君って名前らしい。


(さく)、悪い」


湊斗君が赤茶髪の朔君のおでこにキスした。

……え、今の必要?
俺まだいるんですけど。
しかも、しっかり会話したよね?
分かっててやってるのか?
……だとしたら、ちょっと面白いじゃないか。
いや、面白がってる場合じゃない。


「今後は必ずノックしろよ」

「え? またやる気ですか?」

「どっちにしてもだ」

「いや、だったら鍵かけてくださいよ」

「は? 鍵?」


一瞬ぽかんとしてから、納得したような声が漏れる。


「あー……鍵……ね」


やっと話が通じたか。
いや、通じたというか、ようやく人としての最低限の会話が始まっただけかもしれない。
むしろ今まで何の会話をしてたんだろ。


「鍵なんてかけてる余裕なかった」

「余裕、なかった……ですか」


なんだそれ。
余裕ないってどんな状況だよ。


黒髪ツーブロの湊斗君は、全裸のまま堂々とベッドの縁にドカッと座ってる。
隠そうなんて気が一切感じられない。
自分が裸でいることに気付いてさえいないのか?
すごいな。
図太さの方向を少し間違えてる気がする。

一方で、赤茶髪の朔君は、慌ててシーツを体に巻き付けて気まずそうに視線を泳がせてる。
こっちはまだ羞恥心ってものがあるらしい。
よかった、同じ人類だ。


「名前は?」


ツーブロ湊斗君が面倒くさそうに聞いてきたけど、たぶんあんまり興味なさそうだった。
聞くならもう少し態度ってものがあるけど、ここまできたらそんなことはもはやどうでもいい。


「一ノ瀬翠(いちのせ-すい)です。で、どっちが同室ですか?」

「俺。葉野湊斗(はの-みなと)


ツーブロが同室だった。
濃い。濃すぎる。


あぁでも、少なくとも変に遠慮しなきゃいけないタイプではなさそう。
それならそれで、割りと助かる。……たぶん。
あとはまぁ、こういう堂々としたやつの方が、逆に面倒が少ないのかもしれない。
……そうであってほしい。と強く希望する。

一旦、握手か?
すっと手を出す。


「じゃ、今日からよろしくお願いします。葉野湊斗(はの-みなと)さん」


とりあえずって感じで俺の手を軽く握る湊斗君。
その手が、妙にあっさりしてる。
ふと気になったことを口にする。


湊斗(みなと)さんは、何年生ですか?」


これだけ堂々としてるんだ。どうせ二、三年生の遊び慣れた先輩だろう。
そう思って聞いたのに――


「先輩? 何言ってんだ。俺もこいつも今日入寮したばっかの新入生だけど」

「は? 新入生?」


入寮早々にアレ……。


新生活のスタートをあの形で切るの、だいぶ自由すぎるだろ。
自由すぎてちょっと羨ましいくらいだ。
たぶんもう何聞いても大丈夫そう。うん。聞こう。


「今日知り合っていきなりヤってんですか?」

「ちがっ……!」


顔を真っ赤にして慌てて遮った朔君が、ぎり俺に聞こえる声で答えた。


「ええと……僕たちは中学から付き合ってて……」


あーなるほど。なるほどね。
そういうことね。
離れたくなくてわざわざ全寮制男子校に、セットで乗り込んできたってわけか。

いや待て。
「中学から付き合ってて……」って理由で初っぱなからヤるのもどうかと思う。
一瞬同じ人類だと思った時もあったけど、(さく)君もちょっとアレしちゃってるよな。


「へぇー、仲良しなんですね。……あ、窓開けますね。この部屋、今マッハで男臭いんで」


色々思うところはあるけど……まずは換気をしたい。


立ち上がって窓を全開にしようとすると、古い建物特有の建て付けの悪さで、ギギギ……と音をたてる。

窓の外からは春の生ぬるい風が流れ込んできて、部屋の熱が少しだけ中和されたようなされてないような。

外を見ると、桜がちょうど満開で咲いてる。
この部屋のカオスと全く釣り合ってないな。

湊斗君が俺の背中越しに、半笑いで呟くのが聞こえた。


(すい)、お前かなりのレアキャラ」


振り返ると湊斗(みなと)君がニヤついてる。


「それ、湊斗(みなと)君の方ですよね?なんで俺がレア?」

「あの状況で部屋入ってきた。んで、最後まで見届けた。普通入るか?見届けるか?」

「……それは……確かに」

「変なやつ」


湊斗(みなと)君は堂々と裸で座り続けてる。足を大きく横に広げて。
全開で見えてるんですけど……。
見るに耐えかねて窓の外に目をやる。


ザァッ。生ぬるい強めの風。
眼下の桜がザッ、と揺れて花びらが舞った。
俺は湊斗君達をチラッと見て、「とりあえず、服、着ましょう」と言った。

(さく)君「確かにそうだね」と言って、いそいそと服を着始める。
対して湊斗君は服を着るつもりは全くないらしい。
眠そうな目であくびをしてる。

そんな湊斗君と目が合う。
じぃっと見つめられる。
何でそんな見るんだ……。
その視線に負けて、思わずスッと目を逸らす。


「お前、いいな」

「は?どこがですか?」

「モテそう」

「は?何を根拠に?」


服を着終えた朔君が、俺をチラチラ見てくる。
その後、湊斗君を見るとサラッと言う。


「そういうこと言うの、珍しいね。湊斗、翠君のことちょっと気になってる?」


――は?
気になる?


湊斗君は何も言わない。ただニヤついて俺を見てくる。

『気になる』が本当なら、どのタイミングでだよ。謎過ぎるだろ。
しかも朔君も、何でもないみたいな言い方してるし。


で、俺はこの変わりものと、一年間同じ部屋で過ごすことになったってことね。
先が思いやられる……。
まぁでも、他で普通の人と交流できればそれでいいか。


俺は湊斗君から視線を逸らすようにして、窓の外を見た。
桜の花びらが舞ってる。