一瞬、強い風が吹いた気がした。
「央芽!」
聞き間違いかと思った。だってあいつはいつも俺のこと『谷口』って苗字で呼んでいたから。
あいつとは、他の女子に比べてなんだか距離をおかれている気がしていた。
席が前後だから仲良くなるのかと思っていたのに、話しかけるのはいつだって俺からだった。あいつから話しかけてくれる時は教科書忘れた時とか、まあとにかく本当に必要な時だけだった。
特に用はないけど話すみたいな仲にはなれそうになかった。
なのに、昨日急にあいつから挨拶してくれた。正直かなり嬉しかった。きっと、あいつは俺のこと苦手だと思っていたし、もしかしたら嫌いとまでいっているかもと思っていたから。
俺は自意識過剰なタイプだから、もしかしてあいつ俺のこと実は好きだったのか?!って少し思ってしまった。でも、そう聞いてみたら断固否定された。
俺を好きなわけじゃない。でも、挨拶するってことは俺を嫌いなわけじゃないんだ、そう思うと少しホッとして嬉しかった。
「央芽、おはよう!」
そう言ったあいつはなぜか昨日までより断然輝いて見えた。昨日までは低めの一つ結びをしていて地味に見えていた髪型を、今日は高めのポニーテールにしてどこかのアイドルが歌っていたようにポニーテールを揺らしながら僕に話しかけている。
なんだ、こいつ。俺のこと好きじゃないんだよな?
なんで、こんなキラキラした瞳で表情で俺に話しかけているんだ?勘違いするだろ、そりゃあ。
いつもと違うあいつに戸惑っていると、あいつは、また口を開いた。
「ねえ、どうしたの、央芽?固まっちゃって。」
「あ?いや、別に・・・。おはよう。なんか、雰囲気変わったな!」
「え、そうかなっ?髪型変えてみたんだ。だからかな?」
そうだ、いつもの俺に戻れ。こんなの俺じゃない。女子がイメチェンするなんてよくあるだろ。この程度で動揺してどうするんだよ・・・。
「可愛いじゃん!これからもそれでいけよ。」
「へへッ、ありがとう。」
髪型を褒めると女子はだいたい同じ反応をする。頬を赤らめて下を向き嬉しそうにする。女子は単純だ。
でも、こいつは___。
こんなふうに、下を向かず真っ正面で笑って喜ぶんだな。調子狂うな・・・。
「せっかくだし一緒に行こうぜ。いつもの親友は?」
「えっ、早矢?あれ、あそこにいたのに・・・」
「いねえじゃん。トイレじゃねえの。」
「電話してみる。・・・もしもし?早矢?どこいるの?・・・うん、ええっ無理だよそんなの!ええっ?!・・・んもう、分かったよ。うん、じゃあね。」
「どうした?」
「トットイレだった!先行っててだって。」
「おう。じゃあ先行こうぜ。」
というわけで初めて一緒に登校することになった俺達。なんだか変な感じがする。
あいつはずっと黙りこくったままだし、それじゃあ緊張するじゃねえか。
「なあ、桜丘。」
「えっ!何?」
「なんで急に下の名前で呼んでくれたの?」
「えっ!!なんでだろう・・・うーん・・」
「ま、いいけどさ。女子の中でも俺のこと下の名前で呼ぶ奴はいるし。これからも下の名前で呼んでいいよ。」
「うん!そうするよ!」
「じゃあ俺もそうするな!」
「へ?そうするって?」
「俺も桜丘のこと下の名前で呼んでいいだろ?」
「う、うん!もちろん!」
そう言うと、桜丘、いや、咲樹は分かりやすく照れた。まあ、こいつ普段男子とほとんど話さないからな。男子に免疫ないんだろうな。
俺と咲樹が一緒に歩いていると、前の方を歩いていた女子の集団が振り返り、ギョッとした表情を見せた。
「ええっ?!央芽と桜丘さんが一緒に登校ー?!」
「どうしたの一体?!」
「何があったの??」
「まさか付き合っているとか?」
咲樹が普段関わっていない女子の集団に一気に質問攻めに遭い、咲樹が戸惑っている。
俺は普段からこの集団とも関わっているから、驚きはしないが、咲樹はそういうのに慣れていない。
「たまたま途中の駅で会ってよ。それでな。」
俺がそう答えると、女子達はあからさまにホッとした表情を見せてゲラゲラ笑った。
「やっぱりねー!そうだと思った!」
「なーんだ。つまんないのお!」
「びっくりしたー。なんでよりによって桜丘さんって思ったもん。」
「さすがに桜丘さんみたいな子とは付き合わないよねー!央芽!」
なんか言い方に棘のある。失礼な奴らだ。
俺はこんな奴らとはそれこそ付き合いたくない。
俺が付き合いたいと思うのは、どんな奴が相手でも絶対に失礼な言い方をしないで、自分の夢をしっかり持っている、そんな人だ。
「気にすんな、咲樹。」
「・・・うん!ありがとう央芽。」
でも、こうやってお互いに下の名前呼び合っていると、まるでカップルみたいだな・・・。
咲樹と俺がカップル・・・俺が咲樹を彼女にしたいかしたくないか以前に、咲樹は俺のことは別に恋愛感情では見ていないんだ。やっと友達にはなれそうっていう空気になった段階だ。
余計なこと言って咲樹に距離置かれたくない。
「ねえ、央芽。」
「ん?」
「委員会さ、なんで図書委員にしたの?」
「・・・ああ、図書委員なら楽そうだったしよ!それに・・・」
「それに?」
「咲樹がいるって知っていたからさ。」
「・・・ええっ?!」
「ハハハッなんだその顔。おもしれえな。」
嘘ではない。咲樹には距離置かれているって思っていたし、もしかしたらよく思われていないかもって思っていた。
だから、席前後だし、仲良くなっておきたいって思ったんだ。委員会が一緒になれば、話す機会も増えて今までより距離は縮まると思ったんだ。
ただ、それだけの理由だったんだ。
なのに、あんなことになるなんて本当に思っていなかったんだ___。
