本当にスキな人とはスキ合えないみたい。


「なあなあ、桜丘ー。」

「なあ?」

「なあって!」

 第1限目の国語の準備をしていると、谷口が後ろを振り返って話しかけてきた。

「何よ。」

「なんで、桜丘さ。今日挨拶してくれたの?」

「・・・。」

「ほら、いつも俺からばっかで、桜丘から話しかけてくれることほぼないじゃん?」

「・・・別に、大した意味はないよ。姿が見えたから挨拶しただけ。」

「・・・だよなー?もしかして俺のこと好きかと思ったぜ。」

「はあ?!バカなの?んなわけないでしょ。」

「ハハッ!」

 きっとこういうところなんだろうな。こういう時に恥ずかしがって顔を真っ赤にしちゃうような、可愛い仕草ができる子なら、きっと谷口も女の子として意識するようになるだろう。
 でも私はそういうキャラじゃないから。つい強がって断固否定してしまう。本当に可愛くない。
 このままじゃ、谷口を狙っている他の女子に簡単にとられちゃうだろう。進展もできないまま___。

「やっぱりさ、このままじゃいられないよね?」

「なにが?」

「谷口君のことに決まってんじゃん・・・。」

 放課後、図書委員会に向かう途中、早矢が谷口のことを話題に出した。
 早矢は私の恋を全面的に応援してくれている。もちろんその気持ちはすごくありがたいし嬉しい。でも、時にそれはプレッシャーにも感じる。

「早矢、ありがとうね。私のこと応援してくれて。」

「当たり前じゃん!親友なんだから。」

「うん。でもさあ、谷口とはこのままの関係でもいいかなって思っているんだよね。友達っていうか、ただ席が前後なだけの関係・・・。」

「まったあ!そんなこと言って・・・。そんな調子だとさ!」

「他の女子にとられたら、それはそれで仕方ないって思うんだよね。私、素直じゃないし、可愛くできないから。」

「咲樹ちゃん・・・。」

 なんでだろう。なんで私は谷口の前で女の子らしく可愛い仕草とか反応ができないんだろう。
 いつも谷口の周りにいる女子達は、谷口が笑うと本当に嬉しそうに笑うし、目が合うと少し顔が赤くなって恥ずかしそうにしたり、谷口の反応1つで女の子らしい可愛らしい反応ができたりする。
 でも、私はそれができない。あの子達みたいに振る舞えない。それがなんだか情けなくて悔しい。
 早矢は諦めたかのように違う話題を話し始めた。

「・・・よお。」

 図書室に着くと、なぜか入口前に谷口がいた。
 普段放課後は図書室などに行かず部室に直行していたはずの谷口なのに、なんでこんなところにいるんだろう。

「は。なんでいるの。どうしたの、谷口。」

「俺も今日から図書委員なんだよ。よろしくな!」

「え・・・部活は?」

「続けるよ。ほら、委員会も頑張っていると受験の時に評価高くなるだろ。それ聞いてさ。」

「え・・・谷口、高校受験するの?」

「おう。あれ、話してなかったっけ?」

「・・・聞いていない。」

 谷口、高校受験するんだ。
 うちの中学は、高校まで成績が悪くなければエスカレーター式に上がることができる。
 私と早矢は、高校までは受験せず、今の成績を維持して高校に上がる予定だった。
 谷口が高校受験するっていうことは、今が中学2年の夏だから、あと1年半しか一緒にいられないんだ。

「わりいわりい。驚かせちゃってよ。受験するっていうのもつい最近決めたばかりでさ。・・・もしかして寂しいか?」

「んなわけないじゃん!!寂しくないし。受験するならどうぞご自由に。頑張って。」

「ちょっと咲樹ちゃん!」

 可愛くない。本当に可愛くない。
 谷口が高校受験するって聞いてショック受けたくせに。本当は、寂しくて寂しくてたまらないくせに。高校受験なんて、ただの冗談だよって言ってほしい癖に。バカじゃないの、私。

 その後も、委員長の話が全く耳に入らず、ただぼーっと座っているだけで委員会の時間は終わった。

「これで、今日の委員会は以上になります。」

 どうして、私は好きな人の前でこんなに可愛く振る舞えないんだろう。いつも谷口が話しかける度にツンツンして、憎まれ口たたいて、それで後から後悔して本当に情けない。
 これじゃあ、好きな人に、好きになってもらうどころか嫌われる未来しか見えないじゃん・・・。

「咲樹ちゃん・・帰ろう。」

「うん。帰ろっか。」

「あっ、じゃあな!桜丘に木ノ下!」

 棚からアイドルのCDのアルバムに入っている歌詞カードをパラパラとめくりながら、谷口がいつもの爽やかすぎる笑顔で私達に手を振っている。

「じゃあ・・また明日。」

「また明日ね、谷口君。」

 私がどんなに憎まれ口たたいても、いつだって谷口は変わらない笑顔で関わってくれる。でもそれは、私のことを単なるクラスメイトの1人としか想っていないからだ。友達とすら想われていない。こんなんじゃ好きな人の好きな人になれるわけがない。
 そんなことを考えていた時だった。早矢がある提案を持ち上げてきたのは___。

「このままじゃあねー。ただのクラスメイト止まりじゃん?」

「分かっているよ、そんなこと・・・。」

「ねえ、私にいい考えがあるんだけど。」

 早矢がニンマリとした表情でこう言った。

「何さ、いい考えって。」

「今って咲樹ちゃん、谷口君のこと『谷口』って呼んでるじゃん?やっぱ好きな人と距離縮めるには、もっと親しげな呼び方した方がいいと思うの!」

「親しげな呼び方って・・・彼女じゃないんだし。」

「でもお、当たり前のように親しげに呼び合っていたら周りに差つくよ?」

「うーん・・でも親しげな呼び方ってどう・・・」

「まずは、下の名前で呼んでみたらどう??」

「下の名前でえ?!」

 谷口を下の名前で呼ぶ私なんて今まで想像したことがなかった。いつも『谷口』って呼び捨てだったし、谷口も私のことは『桜丘』って呼び捨てで呼んでいた。今までもこれからもずっとそんな感じ(・・・・・)だと思っていたのに・・・。

「でも急に下の名前で呼び始めたら、ビックリするんじゃないかなあ?」

「それがいいんじゃん!ビックリして、『なんで桜丘は俺のこと急に下の名前で呼び始めたんだろう?!』って気になってくれれば!そこから恋が始まるかもよ?!」

 そうだろうか・・・。いきなり下の名前で呼ぶってなんだか不安。
 でも、谷口が私のことを気になるきっかけが何かあれば、そこから進展があるかもしれない。
 谷口の“気になる存在”になりたい___。

「分かった。明日、下の名前で呼んでみる。」

「うん!頑張って咲樹ちゃん!!」

 次の朝、私は少しでも谷口に可愛く見られたくて、いつもの低め一つ結びから高めポニーテールに髪型を変えた。

「よおーし!行くぞ!」

 谷口は、私に急に下の名前で呼ばれてどんな反応をするんだろう。驚くのだろうか、それとも馴れ馴れしいってドン引きするだろうか。
 谷口の反応を見るのが怖くないと言ったら嘘になる。でも、早矢の言う様に、このままじゃいられない。谷口と、いや、央芽と進展したい。

「おはよう!早矢!」

「おはよう咲樹ちゃん!髪型変えたの?」

 いつもの待ち合わせ場所に着くと、早矢がこっちを見てまん丸な目をさらにまん丸にしてこう言った。

「うん。気合い入れて高めにポニーテール作ってみた。」

「めっちゃ可愛いよー!今日からその髪型でいなよ、絶対似合っているから!」

「ありがとう。なんか恥ずかしいけど。」

「谷口君、あそこにいるよ。」

 早矢の指差す方向には、谷口が、今日の小テストの英単語帳を見ながら電車を待っている。
 いよいよだ。

「いい?今日の咲樹ちゃんはいつもより可愛さ増し増しなんだからね、自信もつんだよ?」

「うん、ありがとう!行ってくるよ。」

「頑張って!」

 いつものチャラい茶髪。しつこいぐらいフレンドリーで自分の渦の中に人を巻き込むのが上手い谷口。
 初めは、ただのチャラいだけの奴だと思っていた。でも、いつしか私も、谷口の渦の中に巻き込まれていって好きになっていた。
 チャラいだけじゃない、彼だけの魅力が谷口にはあった。それが何かは今はうまく説明できないけれど。
 きっと恋をするってことは理由を分かりやすく説明できるものじゃない。気づいたら始まってしまっているもの。
 谷口まであと1メートル弱ってとこに近づくと、彼の真面目な表情の横顔が見えた。
 いつもの爽やかな笑顔、他の者を寄せ付けないような真面目な表情、他にはどんな表情があなたにはあるの?
 谷口の近くで、彼のいろんな表情を見ていきたい。誰よりも彼のことを知りたい。だから、どうかそんな私に引かないで___。

「央芽!」

「え___」

「央芽、おはよう!」

 今日は親友のおかげでちょっぴり自信がある私だから、いつもとは違う高めのポニーテールを揺らして、初めてあなたの下の名前を呼んだ、特別な日。