ぽんぽこ神社のたぬきと巫女と

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 到着した亜奈の家は店を閉め、ひっそりしていた。蕎麦屋の壱乃庵にも臨時休業の貼り紙がある。さすがに毒物混入事件で死者が出ればそうなるか。

「……あれ。どうしよ、このまま壱乃庵つぶれたりする?」

 亜奈が不安げにつぶやいた。
 達彦は家を継ぐことも視野に入れていたのだと思う。蕎麦を打って亜奈に食べさせたぐらいなのだし。
 でもそれが幼なじみの死因になったとなると――普通の神経なら「もう蕎麦なんて」となってもおかしくない。それに客を死なせたなんて、店そのものの評判もガタ落ちだろう。狭い地域で噂が広まれば致命的だ。
 現実に直面し黙ってしまった亜奈の横で、麻実子は壱乃庵の様子をうかがった。

「警察はいないみたいね。現場検証とかは済んだのかな」
「巫女ちゃん、そんなのぞき込んでたら怪しまれるよ」
「……私たち幽霊だって言ったでしょ」
「そっか、見えないんだっけ!」

 亜奈が大声を出してすぐ、蕎麦屋の戸がガラガラと開いた。「声、聞こえてるじゃん」と慌てた亜奈が麻実子の後ろに隠れる。
 だが出てきた三人には霊感があったわけではなさそうで、硬い表情で隣の酒店へと向かった。

「……タッちゃん」

 それは現・蕎麦屋店主夫妻と息子の達彦だった。達彦は逮捕などされていないようで、亜奈はホッと安堵の息をついた。やはり犯人は達彦ではないのだ!
 三人は酒店の横手にある自宅玄関の呼び鈴を押し、ジッと待つ。達彦は泣きそうな顔だ。そして静かに扉が空くと、そろって深く頭をさげた。

「このたびは、なんと申し訳ないことを……!」

 代表して達彦の父が絞り出した言葉に、中から男性の声が返ってきた。亜奈の父親だ。

「……いいえ。こちらこそ、営業のご迷惑になってしまいまして」
「とんでもないですよ! うちが隣じゃなければ、亜奈ちゃんはこんなことにならなかったかもしれない……あんなにいい子が、うちのせいで……どうやってお詫びすればいいのか」

 声を震わせて蕎麦屋が言いつのると、女性のすすり泣きが重なった。

「ママ……」

 泣いているのは亜奈の母親だ。ふらふら、と達彦たちの後ろに歩み寄った亜奈は玄関の中の両親を見つめて立ち尽くした。少し離れてたぬきと麻実子が見守る。

「……先立つ不孝、というやつなのですー」
「誰も先立ちたくなんかないのに、どっちもつらいわね……にしても、蕎麦屋のせいでって言った? 達彦くんがやったんじゃなさそうなのに、どういうことかしら」
「ふうむ、ですー。亜奈さんのお父さんの方も迷惑をかけたと言ってますですし……何があったです?」

 ささやき合うが、両家の謝罪合戦からは亜奈殺害犯については何もわからない。亜奈の父が泣くのをこらえて笑顔を見せるのが痛々しかった。

「あの子は壱乃庵のお蕎麦が好きでしたからなあ。家では蕎麦を食べてなくて、ずいぶん久しぶりだったと思います。きっと……美味しかったでしょう」
「俺の蕎麦なんか……!」

 達彦が絶句し、肩を震わせ始めた。自分の作ったものが幼なじみの最期の食事になったなんて、高校生としてはつらい経験だ。
 隣で見ていた亜奈はいきなり走り出した。その場にいることが耐えられなくなったのだ。鳥居がある公園の方へ戻っていく。その頬には――涙。さすがの亜奈でも、家族や幼なじみが悲しんでいるのを目の当たりにしては泣かずにいられなかったか。

「あ、ちょっ」

 放っておくわけにもいかず、麻実子も袴をひるがえして後を追う。

「待っ――置いて行かないで下さいですぅ!」

 少女二人に走られて、たぬきは必死で追いかけた。でも人間の脚は――たぬきより長いのだ。

「たぬきは……たぬきは、もうおしま、ぶへっ」

 短い脚がもつれてゴロゴロ転がったたぬきを、戻ってきた麻実子が拾い上げる。あきれ果てた顔で叱られた。

「あのねえ! たぬきってなんで絶滅しないの!? 野良たぬき、こんなんで生きていけるの!?」
「た、たぬきもそれ、知りたいです……」

 いちおう神さまのはずなたぬき。首ねっこをつまんでぶら下げられ、無抵抗で風に吹かれていた。


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「あたし、学校行ってくるわ」

 次の日、亜奈は宣言した。顔はもうケロッとしているが、心の中はどうなのだろう。麻実子は「ふーん」と何気なく返事した。

「いいんじゃない? どんな未練があるのか、本人でもわからないものだからね。あちこち行ってみれば何か気づくかも」
「そーする。巫女ちゃんも行く?」
「え……高校に?」

 誘われて、麻実子は目をパチパチした。
 そりゃ昨日は同行した。今日もまあ、そっと見守ろうとは思っていた。でも来てほしいというのは……亜奈が心細いとかそういうことなのか。ちょっと心配だ。

「そりゃまあ。行ってもいいけど」
「でしょ? 高校通ったことないんだもんね、絶対おもしろいって!」
「え、私のためなの?」

 困惑する麻実子の腕を取り、ふへへと亜奈が笑う。

「ねー麻実たん! せっかくだし仲良くしよ!」
「麻実たんって何!?」

 勝手に愛称で呼ばれ麻実子の声がひっくり返った。亜奈はやたらぐいぐい来る子なので距離感に困る。

「だって同い年ぐらいでしょ、友だちになろ? 麻実たんの仲間って、ずっとたぬきゅんだけだった、てことだよね。ありえんって」
「たぬ……たぬきゅん、とは。このたぬきのことなのです?」

 かわいい呼び方をされ、たぬきの顔がキュンとした。チョロすぎる。

「わかりましたでございますー。ではでは、たぬきも高校へ行ってみるのですー」
「おーっし! みんなで行くよー!」

 にぎやかに盛り上がる亜奈に引っ張られ、一行は今日も鳥居から外へ出た。そこで亜奈が悲鳴をあげる。

「うええっ、何ここ? 学校のすぐ近くじゃん!」

 この間は自宅近くの公園に出たので、今日もそうだと亜奈は思っていたのだ。
 普通に登校ルートをたどるつもりだったのに、気づけば高校の最寄り駅から徒歩三分のコンビニ駐車場にいる。駐車場の一番奥に真っ赤な鳥居がたたずんでいるのはシュールな光景だった。
 ぽんぽこ神社の鳥居は空間をねじまげる。その神力に感心しきりの亜奈に、たぬきは胸を張った。ふんす。

「たぬきは神とあがめられる身なのですー」
「ぜんぜん体力ないけどね。亜奈ちゃん、学校どっち?」
「あ、こっち」

 二人はさっさと歩き出した。スルーされてトボトボついていくたぬきだったが、授業中の校内に入って青ざめる。校舎内移動は階段が基本なのを忘れていた。階段は大の苦手だ。

「ぐぬ……はぁ、はぁ」
「ほーらほら、もうおしまいなの?」

 麻実子にあおられながら階段を上る。さっき威張ったぶん助けを求めづらかった。こうして鍛えていけばそのうち、颯爽と走るたぬきに成長できるだろうか。