✻ ✻ ✻
――――ちんまりと直衣を着たたぬき。
神々しい……というか。
「たぬきゅん、かわわ!」
「本当……とってもかわいい。中身は残念なのに」
ほめられているような、けなされているような。わからない言われ方だったが、たぬきは自分の姿にご満悦だった。
どう見ても普通のたぬきとは違う。これなら死者たちからも、神さまだと思ってもらえるはず!
「たぬきの威厳が増したのですー!」
「うんうん、そうかも!」
ウキウキうなずいた亜奈が社殿の戸を開ける。外には明るい陽が降りそそいでいた。
「明るいとこで見せてよ。おいでたぬきゅん!」
「はいはい、ですー」
二本足でトコトコ出ていくたぬきを包む、高貴な綾錦。たぬきは元から丸い。しかし帯の上にゆったり張り出すように着付けた袍が腹を包み、貫禄となっていい感じだ。
えっへん。
たぬきは胸を張り、嬉しそう。
「すごく似合ってるわ……」
麻美子は静かにつぶやいた。満足が胸に広がる。自分の仕立てた衣装で、たぬきはこれから務めを果たしていくのだ――。
「はうっ! 麻美子さん? もしやこの世に未練がなくなったのです!?」
麻美子から感じたおだやかな空気感。
それは死者たちが旅立つ時にかもしだすものに近いような気が――。
「ま、まみこさぁん! 逝かないでくださいぃー!」
たぬきは突然泣き声になった。トトト、と脚にすがりついてくる。
「麻美子さんがいなくなったら、たぬきは亜奈さんと二人きりで神社をやっていくのです? こわいですー!」
「ちょっと、たぬきゅん!」
怖いとはどういうことだ。亜奈がぶーたれるが、たぬきの言い分もわからなくはない。
亜奈はおおらかで、とりあえず当たって砕けてみればよくね? というメンタル。さらに、落ち込んだ時はたぬきをもみくちゃにモフって毛を逆立てる。とても失礼でお調子者な実績を短期間で積み上げてきたのだ。
それに――たぬきにしてみれば、麻美子は八十数年来の仲間だった。その喪失はなかなかに重い出来事。
「私――」
麻美子は脚にまとわりつくたぬきに目を落とした。
祖父に作ってあげられなかった作務衣。
たぬきの直衣が同じく「家族」へ贈る仕事着だと考えれば――もういいのか。
残っていた悔いの代わりは、これで果たされたのか。だからなんだか心が凪いだのか。
「――でもちょっとそれは嫌よ」
麻美子は突然ムッとした。
「は? どしたの麻美たん」
「そりゃ私、生きてるうちに望みなんてろくになかった。お祖父ちゃんの作務衣は考えてみれば心残りだったかも。でもどうしてたぬきなの。私はたぬきに満たされて消えるってこと?」
「た、たぬきではご不満です? たぬきはこれでも神さまですー!」
非難されてたぬきが悲鳴をあげた。
麻美子への別れを惜しんだら突然ディスられるとは。なんたる理不尽か。
「違う」
麻美子は首を横に振った。そういうことじゃない。
「生きていた私のささやかな願いは叶ったかもしれない。てことは私、生き切ったのね。でもどう考えても……死に切ってないでしょう?」
「へ?」
死に切るとは……それは麻美子が勝手に言ってみただけだ。そんな言葉はない。
でも麻美子の享年は十六歳。そしてそれから八十数年が経った。生きていた五倍以上の時間を麻美子は死んできたわけで。
「死んでからできた未練の方が山ほどあるのよ、私には!」
麻美子はキリリと宣言した。
これしきのことで消えてたまるか!
「世の中こんなになんでもあって、遊びも学びも選び放題なのに。私だってもっといろいろなものを見てみたいの! とうとうスマホでネットにもつながったのよ、世界中の今を知りたいし音楽も聴きたいし!」
「おお麻美たん、我が友よ!」
亜奈が大げさに感激した。ガシッ。麻美子を抱きしめる。
「んじゃ一緒に推し活しよっ。 Fox:y にもっとハマってもらわなきゃと思ってたんだ!」
「きつねです!? どうして亜奈さんはきつねにこだわるのですー!」
「は? それは Fox:y が世界の正義だからだが?」
「ぐぬっ、きつね……お稲荷さまとともに祀られ神界動物の主流と成り上がった一族は、とうとう世界進出までしているのですー!?」
言い合いを聞きながら、麻美子は肩をふるわせた。亜奈が心配そうに顔をのぞきこむ。たぬきも足もとでウロウロした。でも麻美子は泣いたのでも消えるのでもない。笑ったのだ。
スルリと亜奈の腕をほどくと、しゃがんでたぬきの頬をなでる。頭には立烏帽子が乗っているから。
「あのね私、たぬき一族はすごいと思ってるわよ」
「麻美子さんーっ!」
「でも―― Fox:y も素敵だなって。それにあの人たちは狐じゃなくて人間でしょう」
「はうっ……そうでした」
狐と聞くと心がザワついてしまうのは、たぬきの悪いところ。でもその愛嬌も含めて麻美子はたぬきを気に入っている。
それにぽんぽこ神社のことも好き。ゆるゆるとして、誰をも迎え入れてくれて。境内はいつもおだやかだ。木の葉ずれが優しくささやき、杜では木もれ日がきらめく。
そんなぽんぽこ神社があったから、麻美子は傷ついたまま黄泉路をたどらずに済んだ。ここを訪れた数多の死者も同じように救われたことだろう。そうして幽霊たちを助ける仕事は、麻美子の魂を癒やすことにもなっていて――。
「あれ?」
「わ、サイレンじゃん」
「救急車なのですー」
新たなお客さまがぽんぽこ神社へやって来る。亜奈は俄然、張り切った。
「よっし! お出迎えの三人フォーメーション、やるしかないね!」
これまでたぬきと麻美子でやっていた「ようこそポーズ」。せっかくだから亜奈もやると新加入を申し出ていたのだ。
「でも亜奈ちゃん、まだ笛は吹けないのに」
「だって難しいんだよアレ」
たぬきがつづみ、麻美子が舞。ならば空いているのは笛の担当だ。麻美子が裁縫に打ち込む間、亜奈は笛の練習をしていたのだが……あいにくモノになっていなかった。
「仕方がないのですー。最後だけ、ご唱和するですー」
「そうね、もうお客さまが来ちゃう!」
ポポーン!
とりあえず腹つづみを鳴らすたぬき。その音がいつもよりやわらかい。たぶん直衣を着たせいだ。調子が外れて麻美子がガックリし、亜奈はケラケラ笑い出す。
いけない、参道から人影が現れた。神楽をやるヒマがなくなった。ええい、ままよ!
スチャッ!
「おまかせ下さい! 未練を晴らすお手伝い!」
「ぽんぽこ神社へようこそだよ!」
「で、ございますー!」
了
――――ちんまりと直衣を着たたぬき。
神々しい……というか。
「たぬきゅん、かわわ!」
「本当……とってもかわいい。中身は残念なのに」
ほめられているような、けなされているような。わからない言われ方だったが、たぬきは自分の姿にご満悦だった。
どう見ても普通のたぬきとは違う。これなら死者たちからも、神さまだと思ってもらえるはず!
「たぬきの威厳が増したのですー!」
「うんうん、そうかも!」
ウキウキうなずいた亜奈が社殿の戸を開ける。外には明るい陽が降りそそいでいた。
「明るいとこで見せてよ。おいでたぬきゅん!」
「はいはい、ですー」
二本足でトコトコ出ていくたぬきを包む、高貴な綾錦。たぬきは元から丸い。しかし帯の上にゆったり張り出すように着付けた袍が腹を包み、貫禄となっていい感じだ。
えっへん。
たぬきは胸を張り、嬉しそう。
「すごく似合ってるわ……」
麻美子は静かにつぶやいた。満足が胸に広がる。自分の仕立てた衣装で、たぬきはこれから務めを果たしていくのだ――。
「はうっ! 麻美子さん? もしやこの世に未練がなくなったのです!?」
麻美子から感じたおだやかな空気感。
それは死者たちが旅立つ時にかもしだすものに近いような気が――。
「ま、まみこさぁん! 逝かないでくださいぃー!」
たぬきは突然泣き声になった。トトト、と脚にすがりついてくる。
「麻美子さんがいなくなったら、たぬきは亜奈さんと二人きりで神社をやっていくのです? こわいですー!」
「ちょっと、たぬきゅん!」
怖いとはどういうことだ。亜奈がぶーたれるが、たぬきの言い分もわからなくはない。
亜奈はおおらかで、とりあえず当たって砕けてみればよくね? というメンタル。さらに、落ち込んだ時はたぬきをもみくちゃにモフって毛を逆立てる。とても失礼でお調子者な実績を短期間で積み上げてきたのだ。
それに――たぬきにしてみれば、麻美子は八十数年来の仲間だった。その喪失はなかなかに重い出来事。
「私――」
麻美子は脚にまとわりつくたぬきに目を落とした。
祖父に作ってあげられなかった作務衣。
たぬきの直衣が同じく「家族」へ贈る仕事着だと考えれば――もういいのか。
残っていた悔いの代わりは、これで果たされたのか。だからなんだか心が凪いだのか。
「――でもちょっとそれは嫌よ」
麻美子は突然ムッとした。
「は? どしたの麻美たん」
「そりゃ私、生きてるうちに望みなんてろくになかった。お祖父ちゃんの作務衣は考えてみれば心残りだったかも。でもどうしてたぬきなの。私はたぬきに満たされて消えるってこと?」
「た、たぬきではご不満です? たぬきはこれでも神さまですー!」
非難されてたぬきが悲鳴をあげた。
麻美子への別れを惜しんだら突然ディスられるとは。なんたる理不尽か。
「違う」
麻美子は首を横に振った。そういうことじゃない。
「生きていた私のささやかな願いは叶ったかもしれない。てことは私、生き切ったのね。でもどう考えても……死に切ってないでしょう?」
「へ?」
死に切るとは……それは麻美子が勝手に言ってみただけだ。そんな言葉はない。
でも麻美子の享年は十六歳。そしてそれから八十数年が経った。生きていた五倍以上の時間を麻美子は死んできたわけで。
「死んでからできた未練の方が山ほどあるのよ、私には!」
麻美子はキリリと宣言した。
これしきのことで消えてたまるか!
「世の中こんなになんでもあって、遊びも学びも選び放題なのに。私だってもっといろいろなものを見てみたいの! とうとうスマホでネットにもつながったのよ、世界中の今を知りたいし音楽も聴きたいし!」
「おお麻美たん、我が友よ!」
亜奈が大げさに感激した。ガシッ。麻美子を抱きしめる。
「んじゃ一緒に推し活しよっ。 Fox:y にもっとハマってもらわなきゃと思ってたんだ!」
「きつねです!? どうして亜奈さんはきつねにこだわるのですー!」
「は? それは Fox:y が世界の正義だからだが?」
「ぐぬっ、きつね……お稲荷さまとともに祀られ神界動物の主流と成り上がった一族は、とうとう世界進出までしているのですー!?」
言い合いを聞きながら、麻美子は肩をふるわせた。亜奈が心配そうに顔をのぞきこむ。たぬきも足もとでウロウロした。でも麻美子は泣いたのでも消えるのでもない。笑ったのだ。
スルリと亜奈の腕をほどくと、しゃがんでたぬきの頬をなでる。頭には立烏帽子が乗っているから。
「あのね私、たぬき一族はすごいと思ってるわよ」
「麻美子さんーっ!」
「でも―― Fox:y も素敵だなって。それにあの人たちは狐じゃなくて人間でしょう」
「はうっ……そうでした」
狐と聞くと心がザワついてしまうのは、たぬきの悪いところ。でもその愛嬌も含めて麻美子はたぬきを気に入っている。
それにぽんぽこ神社のことも好き。ゆるゆるとして、誰をも迎え入れてくれて。境内はいつもおだやかだ。木の葉ずれが優しくささやき、杜では木もれ日がきらめく。
そんなぽんぽこ神社があったから、麻美子は傷ついたまま黄泉路をたどらずに済んだ。ここを訪れた数多の死者も同じように救われたことだろう。そうして幽霊たちを助ける仕事は、麻美子の魂を癒やすことにもなっていて――。
「あれ?」
「わ、サイレンじゃん」
「救急車なのですー」
新たなお客さまがぽんぽこ神社へやって来る。亜奈は俄然、張り切った。
「よっし! お出迎えの三人フォーメーション、やるしかないね!」
これまでたぬきと麻美子でやっていた「ようこそポーズ」。せっかくだから亜奈もやると新加入を申し出ていたのだ。
「でも亜奈ちゃん、まだ笛は吹けないのに」
「だって難しいんだよアレ」
たぬきがつづみ、麻美子が舞。ならば空いているのは笛の担当だ。麻美子が裁縫に打ち込む間、亜奈は笛の練習をしていたのだが……あいにくモノになっていなかった。
「仕方がないのですー。最後だけ、ご唱和するですー」
「そうね、もうお客さまが来ちゃう!」
ポポーン!
とりあえず腹つづみを鳴らすたぬき。その音がいつもよりやわらかい。たぶん直衣を着たせいだ。調子が外れて麻美子がガックリし、亜奈はケラケラ笑い出す。
いけない、参道から人影が現れた。神楽をやるヒマがなくなった。ええい、ままよ!
スチャッ!
「おまかせ下さい! 未練を晴らすお手伝い!」
「ぽんぽこ神社へようこそだよ!」
「で、ございますー!」
了



