ぽんぽこ神社のたぬきと巫女と

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「あ、Wi-Fiつながった! 思ったとおりじゃん」

 得意満面なのは巫女姿の亜奈。隣には同じく巫女な麻実子がいる。そして足もとには、たぬきも。

 ここは亜奈が通っていた高校近くのコンビニ駐車場だ。前にも来たことがあるそこの隅っこには、ぽんぽこ神社の鳥居が出現していた。
 何故そこに――というと、いちいち亜奈の実家へ電波を拾いに行くより公共Wi-Fiを借用すればいいのでは、と亜奈が気づいたからだった。

「買い物しないのに利用するの、なんか悪い気がするけど許してくださーい」
「じゃあたぬきの加護でお代を支払えないかしら。強盗に入られませんように、とかの」
「正当な対価なのです……でも最近ぐんぐん神気が吸い取られていきますですー」

 たぬきがぼやく。ここに連れて来られたのだって検索途中で電池切れになったら困る、と言われたからだ。どうやら神気を補充しないとスマホの充電が減っていくらしい。たぬきはモバイルバッテリーなのだ。

「たぬきゅんの衣装を調べるためだよ。カッコよくしたらお客さまからも神さまだってわかるし」

 そう。考えてみれば、たぬきはいつも幽霊たちからギョッとされ「なんでたぬきがここに」「しゃべるって何」「アライグマ?」みたいな反応ばかりされている。神さまらしく格式高い服を着てかしこまれば一目瞭然なのでは、と麻実子が提案したのだ。

「えっと、〈神さま 服装〉で検索っと」

 亜奈がヒョヒョイと文字を打つ。

「あれ、神主さんの服が出る。そうじゃなくて神さまの方なんだよ……神父さんの話とかも混ざってくるし。〈日本〉も追加して再検索……ははあ、時代とともに変化したってなってるけど」
「本当だ……ヤマトタケルみたいなのじゃないのね」

 それは古代の衣褲(きぬはかま)角髪(みずら)のこと。麻実子の中で神さまというとそんなイメージだった。おそらく戦時中の教育によるものだ。でもどうやら日本の神さまの姿は、時代時代の貴族階級が着る服などで表現されてきたらしい。

「わりと自由……?」
「格式が高ければなんでもいいのかしら」
「じゃあ現代風もアリか。でも袴とかだと成人式っぽいしなー」
「それじゃこの直衣(のうし)なんてどう? これは平安時代よね」
「コレたぬきゅんが着たら……ヤバい、超かわ!」
「ね? こんなたぬき、見るからに神さまよ」

 想像しながらあーだこーだ言っていると、コンビニにどやどやと高校生がやってきた。大きなスポーツバッグを持ったジャージの集団で、買い出しに寄ったらしい。その中に見知った顔を見つけて、麻美子は「あ」と声をあげた。

「どしたの」
「……香澄ちゃん。元気にしてるんだ」

 それはバドミントンのペアを亡くした女子高生。たぬきも思い出してニッコリする。

「本当ですー。莉々さんがいなくても頑張っているのですー」

 以前ぽんぽこ神社へ来た幽霊・莉々。彼女が競技を続けてほしいと願った相手がコンビニに来たと聞き、亜奈は目をまるくした。
 
「今日は土曜日だよね。うちの高校に練習試合で来たんじゃないかな」
「じゃあ部活やめてないのね、よかった」

 買い物を済ませた高校生たちを、麻美子は目を細めて見送った。
 やや生真面目な表情の香澄は後輩に声をかけつつ歩いていく。莉々はもういないが、香澄なりに前を向いたのだろう。

 親友がいなくなっても、家族を亡くしても、みんな生きていく。
 誰かの想いを継いで。
 自分の夢を追って。
 死者たちもそうなることを祈り、願いを託し、ぽんぽこ神社から旅立っていくのだ。

「みんな、ちゃんと生きてる……」

 麻美子はひとりごちてしまった。

 残された者は未来へと行く。死んだ者は過去を思い切る。
 誰もがそうやって生き、そしていなくなった。
 なのに麻美子は八十何年も、ぽんぽこ神社で立ちどまったまま。いったい何をしているのだろうか。

 亜奈はスマホをしまい、うつむく麻美子の顔をのぞき込んだ。

「麻美たんの祈り、波瑠さんが教えてくれたよね。お祖父ちゃんに作りかけてた作務衣がそうじゃないかって」
「……うん。でもあれは燃えてなくなったし。服を作る相手も守る家族も、私にはいないから」

 もうどうしようもない。
 それがわかってしまった麻美子は、この先どうなるのだろう。次第にあきらめて影を薄れさせ、ふと消えてしまうのか。

「もー麻美たん、卑屈! 今はあたしが家族みたいなもんじゃん?」

 ケロッと亜奈が笑い飛ばして、麻美子はぼんやりした。

「亜奈ちゃん、が?」
「だって一緒に住んでるし。おそろで巫女さんだし」
「ふおおっ! ならたぬきも、たぬきも家族ですー?」
「もちろん! そうだよ、あたしたちみんなで幽霊の未練をズバッと解決してるんだから、これ家族経営の店と似たようなものだよね、うん!」

 酒店の娘・亜奈は言い切る。神社を個人商店と同列に扱っていいものか麻美子にはわからなかったが、その自信満々な言葉になんだか笑えてきた。

「そう……ふふ、そっか」

 麻美子は空を見上げる。陽光がまぶしかった。コンビニの駐車場に吹く風はもう初夏の熱気をはらんでいる。
 たぬきと亜奈という新しい家族を押しつけられたこの瞬間――麻美子の中に、ひとつの熱が生まれた気がした。


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 たぬきのために選んだ直衣、社務所に現れたのは――使えない物だった。

「人間サイズ――!!」

 広げた装束を前に亜奈が崩れ落ちる。
 たぬきは肉球でチョチョイと直衣をつつき無言だった。この大きさでは、もぐり込んで布団にするしかない。たぬき的にはそれでもかまわないが、麻美子と亜奈が怒りそうで言えなかった。難しい顔の麻美子は解決策を練っている。

「ええと……たぬきが美形な公達(きんだち)に化身したら着られるでしょう?」
「ずっと化けっぱなしは無理なのですー」
「……だめか」

 へたり込んでいた亜奈がガバリと顔を上げた。

「麻美たん、コレ縫い直せない?」
「ぬいなお……えっ?」
「だって浴衣とか縫ったことあるんでしょ。これをたぬきサイズに小さくするなら材料はヨユーだし」

 亜奈は真剣だ。そこに並んだ品々をあれこれチェックしてみる。
 白い小袖。裾を紐で絞る形の袴は指貫(さしぬき)。それらの上に重ねて着る(ほう)。頭にかぶる立烏帽子(たてえぼし)
 すべて大人の人間男性用の大きさだった。考えてみれば、たぬきサイズなど存在するわけがない。でもこれがあれば布&製作資料としてはじゅうぶんなのでは。

「そう……そうね。とても手間がかかりそうだけど、おもしろいかも……」
「でしょでしょ、がんぱろ!」
「だけど、針と糸、巻き尺や裁ちばさみなんかも入り用になるのよ。それはどうすれば」

 裁縫道具など神社にはない。「ならさあ」と亜奈はひどいことを言い出した。

「それを持ったまま幽霊になって、ぽんぽこ神社へ来る人がいれば……」
「亜奈ちゃん! わざと死なせちゃだめよ!」
「あはは冗談だってば。あたしのスマホみたいに神気を流せば、神社の物にできるかなーって思ったの!」

 そうかもしれないが、神に仕える巫女としては不適切な発言だ。たぬきは渋い顔で亜奈をたしなめた。

「必要な品なら、ありますですー」
「え、そのへんの引き出しとかに?」
「まだないですけど、もうあるかもですー。亜奈さんの装束もちゃんと現れましたですよ? 願いは叶うのですー!」

 そうなのか? 麻美子と亜奈はいつも開けない棚を探してみる。
 すると見慣れない箱がちんまり出現していた。その中身は――麻美子が昔使っていたような裁縫道具一式だ。

「……本当にあったわ」
「やった! ねえねえ……たぬきゅんのために服を作ったら、麻美たんの未練ってすこしは晴れる?」

 探る目をして訊かれ、麻美子は今の「家族」を見つめ返した。