ぽんぽこ神社のたぬきと巫女と

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「新郎新婦が入場します――!」

 披露宴会場のドアが開く。グレーのタキシードに身を包んだ新郎の腕に軽く手をかけ、那月が微笑んでいた。
 ドレスは裾を広げ、優美なラインが綺麗に見えている。そして先ほどの式でかぶっていたベールにかわり、那月の肩から腕をおおっているのは――あのボレロだった。

「――ね、那月は器用だって言ったでしょ」
「きれいに出来上がったわね」
「ううう、花嫁さんってめちゃキレイ」
「そうなのですー」

 列席者の拍手をあびて、那月は輝くように笑う。ボレロは胸もとを美しく見せていて、襟もゆがまず裾丈もドレスの切り替え部分とピッタリ合っていた。

「波瑠さんのあどばいす、たぬきがちゃんと伝えたからなのですー」
「こら、そういうのは自分で誇らないの」
「たぬきゅんたら胸張ってるし」

 麻実子にはたかれ、亜奈に笑われ、ぽんぽこ神社は神さまの扱いが雑だ。苦笑いした波瑠は家族席へと歩いた。
 両親の座るテーブルには空席が一つある。波瑠の席だ。そこに置かれた小さめの遺影が高砂の方を向いていた。
 写真の中の波瑠が見つめる先で、一礼した新郎新婦が着席する。

「……よかった。那月、幸せそう」

 つぶやいた声は誰にも聞こえない。でも母は遺影にチラと目をやった。

「はるちゃん見てる? なっちゃん綺麗ねえ……はるちゃんのドレスを着たからよ。見てあげて」
「うん、見てる。見てるよ、お母さん」

 長女の晴れ姿に目を細める両親。でも波瑠の花嫁姿はもう見せられない。それは心残りだったが、今日の幸福は何もかもを帳消しにして余りあるほど。
 波瑠は「ごめんね。あと――」と微笑んだ。

「――ありがと。私、お父さんとお母さんのところに生まれてよかった」

 ふわり。
 波瑠から白い光があふれる。やさしい風がうずまく。
 輝きながら波瑠は、まっすぐに前を向く那月のことを見た。なんだか目が合ったような気がした。
 ――幸せに、生きて。
 その願いとともに波瑠は笑う。せいいっぱいに。
 白く。白く。光は強くなり――――。



「――無事にお見送りできました、と」

 会場を出て、麻実子はほうっと息を吐いた。亜奈はチラチラ後ろを振り返っている。

「もっと見ててもよくない? あたし披露宴とか出席したことないんだもん」
「赤の他人のくせに、失礼でしょう。しかもたぬき連れよ」
「このたぬきは神さまなのですー! 縁起物ですー!」

 たぬきはプンスコしながら主張する。亜奈はケラケラ笑いながら、たぬきを抱きあげた。

「あたし、神さまなたぬきゅんにお願いがあるんだけど」
「ほへ? なんです亜奈さん、あらたまって。なんだか怖いのですー」
「怖くないって! あのね、あたしも本格的にぽんぽこ神社に居座ることにしたでしょ……そうすると麻実たんだけズルいじゃん?」
「え、何がズルいのよ」

 麻実子は怪訝な顔をする。亜奈と自分の違い……何かあっただろうか。

「だーかーらー、制服! いや、しょうぞくだっけ。その巫女さんのカッコ、あたしもしたい!」
「……ああ、これ」

 そうか、そういえば最初に神社へ来た時も「巫女バイトいいよね」とキラキラされた気がする。亜奈はあれからずっと自前のフーディとジーンズのままで過ごしていたが、諦めていなかったのか。

「着物、慣れてないんでしょ? 面倒くさくない?」
「えー? だって時間ならあるんだし、慣れるよ! 麻実たんとおそろにしたいもーん。ねえねえたぬきゅん、この装束どこで買ったの? あたし働いて稼ぐからぁ」

 亜奈は抱っこしたたぬきをクネクネ振り回しおねだりする。酔いそうになって、たぬきは「ぐえぇ」と弱音を吐いた。

「か、買ったのではないですー。それは神社の備品ですー」
「備品。てことは、もいっこある?」
「ないけど、ありますですー」

 地面におろしてもらったたぬきはゼエハアしながら説明した。
 ぽんぽこ神社は神気のあらわれとしてそこに在る。神社としての体裁をととのえるための物なら備品として供給されるのだ。社殿そのものや鳥居もそうだし、なんならいつもの御朱印に使う紙も筆も。

「じゃあ、あたしが巫女としてキチンと働くよ、て宣言すればいいの?」
「まあ、そんな感じですー」
「……私の時もそうだったわね。帰ったらもう、社務所にあるんじゃないかしら」
「マジ? うっわアガる! これであたしも巫女さんじゃん!」

 亜奈の脳内では、白衣に緋袴の自分が麻実子と並んだところがすでに見えている。テンション爆上げで踊り歩いた。

「少女な巫女さん二人とはビジュよすぎ! ぽんぽこ神社もますます繁盛だよぉ」
「ちょ、だめよ亜奈ちゃん、繁盛しちゃ!」
「そうだった」

 生き物は死ぬ。それはどうしようもないことなのだが、未練を抱えた誰かが増えるのは非常によろしくないと思う。できれば皆が安らかに黄泉路をたどるべき。

「……あ、でもさ」

 鳥居をくぐり、参道へと戻ったところで亜奈が急にスンとなった。ポテポテ歩くたぬきを見下ろす。

「たぬきゅんは、ずっと裸だね……?」
「は、はだか……です?」

 指摘されて、たぬきはハッと自分の体を確認した。
 もっふりした毛皮。これは裸というものだろうか。いやん。

「で、でもたぬきはこういうものなのですー」
「いやいや普通のたぬきはそうだけど、たぬきゅんは神さまじゃん? 神さまってなんか偉そうな格好してた方がよくない?」
「……確かにそうかも……たぬき、神々しくないから……」

 麻実子まで真剣に考え始めてしまい、たぬきは泣きそうになった。
 これまで受けた雑な扱いの数々――それはひとえに、たぬきが神さまっぽくないからか!

「ひどいのです――!」

 たぬきの泣き声がぽんぽこ神社の境内に響いた。