✻
だが結婚式は当初の予定通り挙行されることになった。今どき喪だのなんだのかまわない、と本人たちが決めたのだ。マンションのリビングに潜入した波瑠は安堵でガッツポーズした。
波瑠がいなくなってしまったことによる変更点を那月は婚約者と詰めていった。
「波瑠の席はなくさない。テーブルに遺影を置いていいでしょ?」
「もちろんだよ。椅子には遺骨?」
「それはさすがに生々しいから却下」
婚約者という男も相当おおらかな人物だ。
マンションのリビングには波瑠の遺骨と遺影が安置されている。日程的に結婚式が納骨の前なのだが、さすがの波瑠も骨として参列する気はなかった。
「遺骨も持っていくとか言われたら化けたたぬきさんに全力で止めてもらうとこだったわ……恥ずかしいな、もう」
「なかなか楽しいご家族ですー」
「お義兄さん、ちょっと抜けたところもあるけどいい人そう。那月さんがしっかり者だからピッタリね」
部屋の隅からこそこそと、妹の幽霊やたぬきたちがのぞき見しているとは思うまい。那月は「で、ドレスなんだけど」と波瑠の心残りを話題にした。
「あとちょっとで出来上がりだったの……だからね、私が引き継いで縫おうかと思って」
「え!?」
叫んだのは波瑠だ。そのパターンは考えていなかった。だって那月は服飾業界の人間ではない。裁縫など中学の家庭科以来ではなかろうか。
「波瑠の部屋を見たら、もう材料はそろってた。こう作るっていうプランは知ってるし……なんとかなるかなって」
「そうか……わかった、じゃあ頑張ろう!」
婚約者も賛成する。ソーイングにはなんの知識もない男だが、那月が自信ありげに言ったのでそういうものかと考えたのだ。
あっさり方針が決まってしまい、波瑠はぼうぜんと立ち尽くした。
✻ ✻ ✻
「ああもう、那月ったら……」
ぽんぽこ神社へ戻った波瑠は、がっくりと肩を落としていた。
「レースの縫い方なんて知らないでしょうに、簡単に自分でやるとか言ってんじゃないわよ!」
「那月さんは縫い物とかしない人なのね……」
麻実子がつぶやく。レース生地を扱ったことはないが、麻実子は普通に浴衣ぐらいなら縫っていた。もちろん手縫いで。そう言ったら亜奈に仰天された。
「マジ? うわわっ、ひいおばあちゃん仕草が出たよ!」
「殴られたいの?」
怖い顔をして亜奈を黙らせる。
そうか、現代人は自分で服を縫うなど趣味か仕事の人しかしないのだ。麻実子は弟妹が成長するにつれ、おはしょりを直してやったりしたものだが……。
「あ」
ふと思い出して、麻実子は声をもらした。たぬきが首をコテンとする。
「どうしましたですー」
「……ううん。私、お祖父ちゃんに作務衣を縫ってる途中だったな、て」
「ほへえ、さむえですか」
それは祖父の仕事着だ。蕎麦を打ち、店に立つ時の。
生活が苦しくなってからの祖父は色あせてボロボロになった作務衣を着続けていた。見かねた麻実子は工場の日当で買った古着をほどき、作務衣に仕立て直していたのだ。「そんなものより食べ物を手に入れてこい」と祖父には叱られたが、店主がパリッとしていれば蕎麦屋も立ち直るような気がして縫っていた。
「麻実たん、それ今まで忘れてたんだ?」
「うん……まあ燃えちゃったし」
作務衣も店も。そして祖父すらいなくなってしまい、麻実子が守りたかった暮らしは空襲ですべて失われた。
「だからもういいのよね」
「ねえ麻実子ちゃん……私みたいな後悔をずっと抱えてるんじゃない?」
波瑠がいたわしげに言ってくれた。
もう麻実子や亜奈も幽霊だということはバラしてある。おしゃべりな亜奈のおかげで夜通しの女子会が開催されてしまったからだ。睡眠のいらない幽霊はこれだからいけない。
「お祖父ちゃんへの贈り物だったんでしょう? あと、たぶん……祈りの品で」
「祈り……?」
「また家族みんなでお蕎麦屋さんができますように、ていう」
波瑠の指摘に麻実子の目が見開かれる。そうなのだろうか。
時代の犠牲になりさまよってきた少女へ、波瑠は真剣な視線をやった。
「ひと針ひと針、願いをこめて作っていた。そういうのは――呪いにもなるんだよ」
✻ ✻ ✻
呪い。
そうか、呪いか。確かに願いをこめた「千人針」なんてものも、あの時代にはあった。祈りが呪いに転化するというのも聞いたことはある。
「てことは……麻実たんて自分を呪ってるから神社に居っぱなしなの?」
「なんか人聞きが悪い……」
という会話を二人がしているのは、波瑠の実家のマンションだった。ドレスには直接関係のない内容で申し訳ない。でもとりあえずヒマなので。
たぬきが波瑠に化けて那月と話をする、という方針は当初と変わっていなかった。だが波瑠の友人に依頼しろと説得するのはやめる。那月が――必死に調べ物をしていたからだ。
ドレス作り。レース生地の扱い方。上着を縫う手順。仕事から帰って疲れているだろうに、そんな検索ばかりしている那月を見てたまらなくなった。それに――「波瑠の遺作だもの。誰にもさわらせたくない」。そうつぶやかれてしまったから。
那月だってプロに任せた方がいいのはわかっている。でも妹が自分のために仕立てていた服を、他人が完成させてしまうのは嫌だった。
そんな気持ちを知ってしまっては、たぬきだって張り切るしかない。
「那月さんが縫い物をする時に、たぬきが波瑠さんの姿であどばいすを送るということにいたしますですー」
「私もその場にいて、指示を那月に伝えてくれるってことね」
そういう作戦を立てた。名案だ。
ただし那月の縫い物はいつ始まるかわからない。それに対応するためマンションの波瑠の部屋にみんなでカンヅメになっているのだった。
だが結婚式は当初の予定通り挙行されることになった。今どき喪だのなんだのかまわない、と本人たちが決めたのだ。マンションのリビングに潜入した波瑠は安堵でガッツポーズした。
波瑠がいなくなってしまったことによる変更点を那月は婚約者と詰めていった。
「波瑠の席はなくさない。テーブルに遺影を置いていいでしょ?」
「もちろんだよ。椅子には遺骨?」
「それはさすがに生々しいから却下」
婚約者という男も相当おおらかな人物だ。
マンションのリビングには波瑠の遺骨と遺影が安置されている。日程的に結婚式が納骨の前なのだが、さすがの波瑠も骨として参列する気はなかった。
「遺骨も持っていくとか言われたら化けたたぬきさんに全力で止めてもらうとこだったわ……恥ずかしいな、もう」
「なかなか楽しいご家族ですー」
「お義兄さん、ちょっと抜けたところもあるけどいい人そう。那月さんがしっかり者だからピッタリね」
部屋の隅からこそこそと、妹の幽霊やたぬきたちがのぞき見しているとは思うまい。那月は「で、ドレスなんだけど」と波瑠の心残りを話題にした。
「あとちょっとで出来上がりだったの……だからね、私が引き継いで縫おうかと思って」
「え!?」
叫んだのは波瑠だ。そのパターンは考えていなかった。だって那月は服飾業界の人間ではない。裁縫など中学の家庭科以来ではなかろうか。
「波瑠の部屋を見たら、もう材料はそろってた。こう作るっていうプランは知ってるし……なんとかなるかなって」
「そうか……わかった、じゃあ頑張ろう!」
婚約者も賛成する。ソーイングにはなんの知識もない男だが、那月が自信ありげに言ったのでそういうものかと考えたのだ。
あっさり方針が決まってしまい、波瑠はぼうぜんと立ち尽くした。
✻ ✻ ✻
「ああもう、那月ったら……」
ぽんぽこ神社へ戻った波瑠は、がっくりと肩を落としていた。
「レースの縫い方なんて知らないでしょうに、簡単に自分でやるとか言ってんじゃないわよ!」
「那月さんは縫い物とかしない人なのね……」
麻実子がつぶやく。レース生地を扱ったことはないが、麻実子は普通に浴衣ぐらいなら縫っていた。もちろん手縫いで。そう言ったら亜奈に仰天された。
「マジ? うわわっ、ひいおばあちゃん仕草が出たよ!」
「殴られたいの?」
怖い顔をして亜奈を黙らせる。
そうか、現代人は自分で服を縫うなど趣味か仕事の人しかしないのだ。麻実子は弟妹が成長するにつれ、おはしょりを直してやったりしたものだが……。
「あ」
ふと思い出して、麻実子は声をもらした。たぬきが首をコテンとする。
「どうしましたですー」
「……ううん。私、お祖父ちゃんに作務衣を縫ってる途中だったな、て」
「ほへえ、さむえですか」
それは祖父の仕事着だ。蕎麦を打ち、店に立つ時の。
生活が苦しくなってからの祖父は色あせてボロボロになった作務衣を着続けていた。見かねた麻実子は工場の日当で買った古着をほどき、作務衣に仕立て直していたのだ。「そんなものより食べ物を手に入れてこい」と祖父には叱られたが、店主がパリッとしていれば蕎麦屋も立ち直るような気がして縫っていた。
「麻実たん、それ今まで忘れてたんだ?」
「うん……まあ燃えちゃったし」
作務衣も店も。そして祖父すらいなくなってしまい、麻実子が守りたかった暮らしは空襲ですべて失われた。
「だからもういいのよね」
「ねえ麻実子ちゃん……私みたいな後悔をずっと抱えてるんじゃない?」
波瑠がいたわしげに言ってくれた。
もう麻実子や亜奈も幽霊だということはバラしてある。おしゃべりな亜奈のおかげで夜通しの女子会が開催されてしまったからだ。睡眠のいらない幽霊はこれだからいけない。
「お祖父ちゃんへの贈り物だったんでしょう? あと、たぶん……祈りの品で」
「祈り……?」
「また家族みんなでお蕎麦屋さんができますように、ていう」
波瑠の指摘に麻実子の目が見開かれる。そうなのだろうか。
時代の犠牲になりさまよってきた少女へ、波瑠は真剣な視線をやった。
「ひと針ひと針、願いをこめて作っていた。そういうのは――呪いにもなるんだよ」
✻ ✻ ✻
呪い。
そうか、呪いか。確かに願いをこめた「千人針」なんてものも、あの時代にはあった。祈りが呪いに転化するというのも聞いたことはある。
「てことは……麻実たんて自分を呪ってるから神社に居っぱなしなの?」
「なんか人聞きが悪い……」
という会話を二人がしているのは、波瑠の実家のマンションだった。ドレスには直接関係のない内容で申し訳ない。でもとりあえずヒマなので。
たぬきが波瑠に化けて那月と話をする、という方針は当初と変わっていなかった。だが波瑠の友人に依頼しろと説得するのはやめる。那月が――必死に調べ物をしていたからだ。
ドレス作り。レース生地の扱い方。上着を縫う手順。仕事から帰って疲れているだろうに、そんな検索ばかりしている那月を見てたまらなくなった。それに――「波瑠の遺作だもの。誰にもさわらせたくない」。そうつぶやかれてしまったから。
那月だってプロに任せた方がいいのはわかっている。でも妹が自分のために仕立てていた服を、他人が完成させてしまうのは嫌だった。
そんな気持ちを知ってしまっては、たぬきだって張り切るしかない。
「那月さんが縫い物をする時に、たぬきが波瑠さんの姿であどばいすを送るということにいたしますですー」
「私もその場にいて、指示を那月に伝えてくれるってことね」
そういう作戦を立てた。名案だ。
ただし那月の縫い物はいつ始まるかわからない。それに対応するためマンションの波瑠の部屋にみんなでカンヅメになっているのだった。



