ぽんぽこ神社のたぬきと巫女と

  ✻ ✻ ✻


 ぽんぽこ神社の社殿の中。たぬきがぐーたらしていると、遠くで救急車のサイレンが響いた。たぬきと麻美子は顔を見合わせる。

「……来る?」
「はいはい、来ますですねえ」
 
 気配を聞いているたぬきにうなずき返し、麻美子は「んーっ」と伸びをした。

「それじゃ、神楽をやりますか」
「ですですー。こちらへお招きいたしますですよ。お亡くなりになった、どなた様かを!」

 起き上がったたぬきは四つ足でトコトコ歩き出す。
 ニコリとする麻美子が開けた扉の外に、やさしい夕暮れの風が吹いた。小さな神社の境内にはおだやかな茜色がふんわり満ちている。

「……今日は、どんな人が死んじゃったのかしらね」

 こんなに静かな夕方なのに。
 とはいえ、ぽんぽこ神社は狭間の場所。現実世界とは天候がリンクしていない。昼夜は同じらしいが、いつでも過ごしやすいのだ。今は三月の初旬だったと思うが寒いこともない。

 ぽんぽこ神社の境内にあるのは社殿の他に、社務所と手水舎、あとはこじんまりした神楽殿だった。そしてそれらを囲む杜の向こうへと伸びた参道の先に、赤い鳥居。死者は今そのあたりにいるはず。

 神楽殿へ上ると、たぬきは軽くお腹を叩いて音の鳴りを確かめた。ぽこりん。腹つづみに応えて麻実子がサッと舞扇を開く。


 ――ポポンッ!

 高い響きのその下で、麻実子は扇をスウと差し上げる。
 水平に動かしクルリと一周。ひらり。

 ポポポポ、ポポンッ!
 ッポン!
 ポ、ポン!


 これは近頃たぬきと麻美子がやっている、死者のお出迎えの舞だった。
 だが未練解消に必要不可欠な儀式――とかではない。せっかくだからお客さまと楽しくご対面したいと思っただけなので、死者の視点に立てば特に意味がないオプション。

 たぬきの腹つづみと一緒に麻美子が舞っていると、参道から一人の少女がキョロキョロしながら現れた。
 年の頃は高校生ぐらいか。制服ではなく、ラフなジーンズ姿だ。


 ポポンッ!
 音高く鳴るたぬきの腹。天に差し伸べられた麻美子の腕が止まる。
 スチャッ!
 たぬきと麻美子はポーズを取った。やや古い、戦隊もののごとき決めフォーメーション。麻美子がニッコリ笑顔を見せる。

「おまかせ下さい! 未練を晴らすお手伝い!」
「ぽんぽこ神社へようこそ! でございますー!」

 すると少女は、蒼白な顔色で訴えた。

「ねえねえ、あたし、毒を盛られたんだけど!」
「――はい?」

 決めポーズのまま、たぬきと麻美子は間抜けな声で訊き返した。


  ✻


 少女は、亜奈と名乗った。高校生だそうだ。
 ややくすんだピンクのフーディがよく似合う。ショートボブの髪は染めたりせず、健康的で快活な印象だった。
 社務所で向かい合い、たぬきはチョンと床に肉球をつく。

「あらためまして、亜奈さんようこそですー」
「くぅーっ、しゃべるたぬきとか超かわ! 動画撮りたーい! 撮っていい? ね、いい?」

 亜奈は最初青ざめていたくせに、もうケロリとしていた。フーディのポケットからスマホを取り出し、たぬきに向ける。

「めちゃバズるんじゃない? あー、でもどうせAIとか言われて終わりか……あれ、起動しないんだけど」

 反応しないスマホをつつき、亜奈は首をかしげた。
 最近はこういう死者が多い。麻美子はひらひら手を振った。

「ここ現世じゃないから。持ち込まれた機械はだいたい動かなくなるの。ごめんね」
「マジ? でもごめんくないよ! ねえねえ巫女ちゃんってバイト? 私も巫女バイトやってみたかったぁ。制服かわいいよね」
「せいふく……装束ね?」
「そういうふうに言うの? あはは、気にしない気にしない」

 亜奈の勢いに麻美子も押される。今どきの女子高生だとしてもノリの軽い子だ。たぬきは困惑しつつ訊いた。

「こちらの神社には、未練を抱えて亡くなった方が訪れるのですー。亜奈さんは何を想い残されているのです?」
「えー? だから巫女バイトやりたかったんだってば」

 明るく笑いながら返ってきた答えは絶対嘘だと思う。麻美子はあきれてたしなめた。

「そんなわけないでしょ。毒盛られたって言ってたじゃない。犯人に捕まってほしいとか恨めしいとか、そっちだったりする?」
「うらめしやーって、幽霊か!」
「幽霊よ!」

 右手でツッコむ仕草をされたので、左手でツッコミ返した。亜奈が床を叩いて笑う。

「ツッコミ不在は聞くけど、ボケ不在はないわー」
「……この人、麻実子さんよりすごいですー」

 たぬきはドン引きの顔だ。
 麻美子もたいがい元気でへこたれないが、それは八十年以上にわたる幽霊生活のたまもの。死んだ直後にゲラゲラ笑っている人間はあまり見ない。

「その毒っていうのは誰に盛られたの? いったい何を食べたの?」

 麻美子は根気強く聞き取りを続けた。メンタルも体力もザコなたぬきでは渡り合えない死者もけっこういるので慣れたものだ。

「あのね、お蕎麦」
「そば……」
「あたしんちの隣が蕎麦屋なんだけど、幼なじみが蕎麦打ち修行してみるっつーから試食したのよ。そしたら急に息できなくなって」
「あっ!」

 麻美子は思い出して叫んだ。

「亜奈ちゃん、英コミュ苦手な子!」
「あ、うん苦手。てかなんで知ってるの?」
「壱乃庵の隣の酒屋さんの子でしょ。え、待って。うちの子の蕎麦で死んだの?」
「うちの子? どゆこと? 巫女ちゃん誰?」

 頭を抱える麻美子と、目をぱちくりする亜奈。
 見比べて、たぬきは口を挟めずひっそり固まっていた。


  ✻


「ひいおばあちゃん、と呼ばせてください」

 麻美子の身の上を説明したら、亜奈は正座し丁寧語で申し出た。麻美子は頑として拒否する。

「何言うの。嫌よ」
「やーん! そんなこと言わずにさあ。タッちゃんのひいおじいちゃんのお姉ちゃんなんでしょ。なら、ひいおばあちゃんみたいなもんじゃん」

 タッちゃんとは達彦。蕎麦屋の子のことだ。麻美子の弟の、ひ孫にあたる。

「みたいなものじゃないってば! じゃあ何、亜奈ちゃんは達彦くんの嫁なの? それともいいなずけ?」
「いやあ、そういうわけじゃないけど……」
「だったら私とは無関係でしょ」
「あたしとタッちゃんは、家が隣で同い年の幼なじみだよ? そこはラブコメ始めるしかないってなるじゃん」
「ラブコメ」

 麻美子は真顔でつぶやいた。
 まあ知識はある。恋愛もようを楽しく描いた物語……のはずだ。でもそれが何故幼なじみとつながるのかは、よくわからない。麻美子が生きていた頃にも幼なじみなんて男女問わずたくさんいたものだが。

「あのー、です」

 たぬきが恐る恐る挙手した。

「達彦さんが、恋しい亜奈さんに毒を食べさせたということです?」
「それ恋しく思ってないわよね。達彦くん、亜奈ちゃんが邪魔だったのかな」
「いやいやいや、そんなわけないじゃん!」

 冷静に分析されて、亜奈は叫んだ。

「いっつも勉強教えてくれるし、同じ高校を受験したんだし、朝だってしょっちゅう一緒に学校行くし」
「それが面倒くさくなったとか……」
「巫女ちゃん、ひどいっ!」

 泣きべそ顔で亜奈はふくれる。たしかに顔は可愛いな、と麻美子も認めた。中身が元気すぎるけど。

「まあ本気で殺したかったら正々堂々と毒を盛ったりしないでしょうね。すぐ捕まるし。だから達彦くん以外の誰かが混ぜたっていう流れかな」
「はっ! タッちゃんのこと好きで、あたしにヤキモチ焼いてた女か!」
「心あたりあるの?」
「わっかんなーい」

 あっけらかんと言い放つ亜奈に、たぬきと麻美子はがっくり肩を落とした。