ぽんぽこ神社のたぬきと巫女と

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 またいつものように夜の静寂(しじま)へ響いた救急車の音。
 神楽が舞われるぽんぽこ神社の境内へ現れた若い女性は――どういうわけか、白いドレスを着たトルソーを抱えていた。



「――ぽんぽこ神社へようこそ、でございますー」
「はあ……私、何があったの……?」

 波瑠(はる)と名乗った二十代の女性は、息を震わせて胸をさすっていた。どうやら心臓の発作で亡くなったらしい。もう痛みなどはないはずだが、張り裂けるような衝撃が忘れられないのだ。
 社務所に案内され、ここは未練を抱えた死者が来る神社なのだと説明された波瑠は頭を抱えた。

「死んだ……ってちょっと待ってよ」
「たいへんご愁傷さまなのですー」
「あのっ、あの、これってウェディングドレス? めっちゃきれい……」

 波瑠の横に立つトルソーがまとったドレスに亜奈がうっとりした。本人はラフな格好で過ごしているが、これでも女子だ。間近で婚礼衣装など見たことがないのでときめいてしまう。

「ああうん、そうよ。姉のために作ってるの。もうちょっとで完成なんだけど」

 そう聞いて、たぬきも麻実子も波瑠の未練をすぐに了解した。このドレスを仕上げずには死ねないと願ったのだろう。でもドレスは一見すると美しく出来上がっているように見えるのだが。

「途中なのはボレロの方」
「ボレロ?」

 麻実子には聞き慣れない言葉だった。立ち上がった波瑠はトルソーの肩に掛かったレースを手に取る。

「まだ袖と身頃を縫い合わせたところで……」

 立襟をつけ、前後の脇から袖下までを縫わなければならない、と波瑠は言う。
 ドレスは胸で支える優美な形になっていた。Aラインのスカートは後ろを長く引いていて、全体が艶やかなサテン生地とレースを合わせた状態。
 ドレスと揃いのレース生地だけを使い、丈の短い上着を作る予定だった。それがボレロ。肩や背中の透け感が狙いだ。
 
「はー、襟が立ってて、胸元は開いててか。貴婦人じゃん、おっしゃれー! 胸の下までだから足長効果あるしね」
「そうなの。那月(なつき)はスタイルいいから絶対映えるはず」

 那月というのは姉の名前だ。来月に挙式を控えている。服飾を学んだ妹のドレスを結婚式で着たいと依頼され、製作中だったということだが。

「私、死んじゃったなら……続きは作れないの?」
「はい、ですー」
「残念だけど、もう残してきたドレスに手を触れることはできないわね。今の波瑠さんは幽霊だから」

 たぬきと麻実子が告げると、波瑠は大きなため息を絞り出した。両手で顔をおおってうずくまる。

「そんな……どうしよう……」

 絶望のうめき声で亜奈がオロオロする。

「で、でもでもっ! ドレスはできてるんだから、お姉さんの式はだいじょうぶじゃない?」
「は!? いやいやだめよ。那月の背中は見世物じゃないんで!」

 波瑠の目つきがキッとなった。
 挙式ではベールが映えるように背中が見えるドレスだけにし、披露宴ではボレロで上品にというのが波瑠のもくろみなのだった。だって新郎の友人や上司、親戚のオッサンなどが花嫁を品定めしようとするに決まっているじゃないか。下品な目が姉の肌に向けられるなんて我慢ならない。
 姉を清楚な花嫁に仕立て上げる、との強い信念を感じる言い分にたぬきは目をシパシパさせた。

「……波瑠さんは、お姉さんが大好きなのですー」
「そうだけど、悪い?」

 悪くはない。とても良いことだ。
 でもそうなると未完成のボレロが悔やまれてならない。この状態では死にきれないよね、とたぬき以下全員が深くうなずいたのだった。


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 とにかく波瑠の家族がどうしているかを確認しなければ話にならない。なので波瑠には神社の外へ出てもらうことにした。
 麻実子は御朱印を書き、たぬきが肉球を捺し、波瑠に持たせる。鳥居の前で深呼吸する波瑠を後押しするように、たぬきはポテポテと鳥居をくぐってみせた。歩き出した波瑠の後からみんなでそっと見守る。

「……たぬきゅんの神気って、肉球からあふれてるの?」

 疑問をぶつけたのは亜奈だった。

「肉球かわいいけど……御朱印に力を与えるのは肉球スタンプだし、あたしのスマホに神気を分けたのだって肉球タッチじゃん。かわいいは神ってこと?」
「ふうむ……かもしれませんですー」
「人間の指先のようなものなんじゃないの? 力を集中させやすいだけよ、きっと」

 麻実子があっさり切って捨てる。でも亜奈はヒョイとたぬきを抱き上げた。

「ま、とりあえず握手しよ、たぬきゅん」
「はい?」
「いやー、そろそろあたし忌が明けるじゃん? 外に出るなら、ちょっとたぬきゅんの加護がほしいなー、なんて」

 えへへ、と亜奈は照れ笑いだった。でもかよわい幽霊としては切実なこと。前に言われたじゃないか、そこらへんの盛り塩でも魂が祓われてしまうかもと。足もとには気をつけるつもりだが。

「いっそ神社で暮らしていこうって開き直ったところだし。今さら消えたくないんだよー」
「その開き直りをやめればいいんじゃないかしらね?」
「だから八十年以上開き直ってる麻実たんに言われたくないってば」

 もう定番となった言い合いを抱っこのまま聞かされて、たぬきはこの二人といるのが居心地よくなってしまったことに気がついた。

(ふむんっ)

 なので軽く亜奈にも加護をかける。
 いきなり霊能者が「悪霊退散!」などと挑みかかってくることはまずないだろうが。抱き上げてくれている亜奈が消え、道に放り出されるのは勘弁してほしいと思ったのだ。