✻ ✻ ✻
「まいったなあ……」
ぽんぽこ神社に帰った亜奈は社殿で寝転がっていた。
最初は社務所にひとりでいたのが、だんだん麻実子やたぬきと一緒にいる時間が多くなっている。亜奈の後で迎えた死者が男性ばかりだったせいなのだが、神社への馴染みようにたぬきは危機感を抱いていた。これでは亜奈も同じ穴のむじなになるのではないか。たぬきが主の神社なだけに。
「タッちゃんが蕎麦屋やらないなら閉店だよね。おじさんおばさんに悪いことしちゃった」
「でも達彦くんの好きに生きれば、て言ってたじゃない。きっと町全体が高齢化して人も減る中で無理に続けるよりいいって思っただけよ。亜奈ちゃんのことはきっかけなだけ」
「でもなんか、土下座しに行きたい気分だよー」
亜奈は大真面目に訴えた。小さい頃からかわいがってもらっていた身として、たいへん申し訳ない。ゴロゴロもだえていたら、たぬきが首をかしげた。
「たぬきが亜奈さんに化身して、壱乃庵の夢枕に立ちますです?」
「いやそれは遠慮するけど」
たぬきが自分に化けたところなど見たくない。麻実子も苦笑いした。
「それ、どうせなら亜奈ちゃんのご両親の方へが先じゃない?」
「なるほどですー。親御さんへ別れの言葉をお伝えするですー」
「やだよ、そういうのは自分で言う」
口をへの字にした亜奈の言葉を麻実子は聞きとがめた。「自分で」ができないから、たぬきはいつも化身の術で死者のお手伝いをしているのだ。
「亜奈ちゃんのご両親、ものすごく霊感が強い人たち?」
「……それはないと思うよ。でもさ」
亜奈の視線がおよいだ。
「ほら、若くして娘が死んだとかだと人生に悔いが残るかもしれないじゃん? そしたらお父さんもお母さんも、ぽんぽこ神社に来るでしょ。それを待てば直で話せるかなーって」
「は? ご両親が亡くなるまでここにいるつもり?」
亜奈の遠大な計画を聞いて麻実子は絶句した。そんなの平均寿命を考えれば、四十年後とかになる。
「それが――亜奈ちゃんの未練ということなの」
「いっやあ、わかんないんだけど。なんかズルズルここにいるなら、そこまで頑張ればいいかって開き直ったんだよね」
うさぎを見送った後、亜奈は考えたのだ。
亜奈にとっては、家族なんて当り前に存在するもの。だからまずは自分の人生の未練ばかりが気になった。
けれど親はたぶん亜奈のことをとても大切に育ててくれていたはずだ。その感謝を伝えるのをすっかり忘れていた自分はひどいと思う。
はっきりした未練がなくても亜奈の中にはモヤモヤした気持ちがずっと残っていた。だから、黄泉へは行けない。
死因がわかったら、達彦への申し訳なさを感じた。
跡取り問題で酒店も蕎麦屋もそのうち閉めるだろう。二店とも、そのきっかけは亜奈だ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。積み重なったささやかな後悔が亜奈をこの世に縛りつける。
「あたし、何かに打ち込んだりしてなかったから。推しは推しで超大事なんだけど、あたしがどう生きたいとかってなかったじゃん? そういうの……なんだよね、たぶん」
「亜奈ちゃん自身がどうしたかったか……」
こうなりたい。これがやりたい。この人と想い合いたい。
そんな願いがある人は、未練がはっきりしている。夢が叶えられなくても、諦めることはできる。
だが何もない亜奈は、人生を思い切ることすらできないのだ。
「麻実たんもそうでしょ。なんにも望んじゃいけなかったから未練がわかんないの」
「そう……なのかな」
「だよ。きっとね。だけど壱乃庵がなくなったら……麻実たんの気になるもの、もしかしてゼロになる? そしたらどうなるんだろ。たぬきゅん、わかる?」
「わかりませんですけども……この世にとどまるよすがを無くし、薄れていくやもしれませんですー」
麻実子は黙り込んだ。
気になるのは世の中の成りゆきそのもの。決して壱乃庵だけではない。
でもこの世との明確なつながりが断ち切られれば、麻実子をここに留める力は弱まるのかもしれない。そうやって影を薄れさせ消えていく幽霊はこれまでにもたくさん見た。麻実子はうつむく。
(……なんか、嫌よ。それは)
どうせなら、ちゃんと生き切っていなくなりたい。生き切るってどうすればいいのか知らないけれど。
でも麻実子が生きていた証がひとつひとつなくなっていき、消去法のように存在できなくなるのは――なんだかとても腹立たしかった。
「まいったなあ……」
ぽんぽこ神社に帰った亜奈は社殿で寝転がっていた。
最初は社務所にひとりでいたのが、だんだん麻実子やたぬきと一緒にいる時間が多くなっている。亜奈の後で迎えた死者が男性ばかりだったせいなのだが、神社への馴染みようにたぬきは危機感を抱いていた。これでは亜奈も同じ穴のむじなになるのではないか。たぬきが主の神社なだけに。
「タッちゃんが蕎麦屋やらないなら閉店だよね。おじさんおばさんに悪いことしちゃった」
「でも達彦くんの好きに生きれば、て言ってたじゃない。きっと町全体が高齢化して人も減る中で無理に続けるよりいいって思っただけよ。亜奈ちゃんのことはきっかけなだけ」
「でもなんか、土下座しに行きたい気分だよー」
亜奈は大真面目に訴えた。小さい頃からかわいがってもらっていた身として、たいへん申し訳ない。ゴロゴロもだえていたら、たぬきが首をかしげた。
「たぬきが亜奈さんに化身して、壱乃庵の夢枕に立ちますです?」
「いやそれは遠慮するけど」
たぬきが自分に化けたところなど見たくない。麻実子も苦笑いした。
「それ、どうせなら亜奈ちゃんのご両親の方へが先じゃない?」
「なるほどですー。親御さんへ別れの言葉をお伝えするですー」
「やだよ、そういうのは自分で言う」
口をへの字にした亜奈の言葉を麻実子は聞きとがめた。「自分で」ができないから、たぬきはいつも化身の術で死者のお手伝いをしているのだ。
「亜奈ちゃんのご両親、ものすごく霊感が強い人たち?」
「……それはないと思うよ。でもさ」
亜奈の視線がおよいだ。
「ほら、若くして娘が死んだとかだと人生に悔いが残るかもしれないじゃん? そしたらお父さんもお母さんも、ぽんぽこ神社に来るでしょ。それを待てば直で話せるかなーって」
「は? ご両親が亡くなるまでここにいるつもり?」
亜奈の遠大な計画を聞いて麻実子は絶句した。そんなの平均寿命を考えれば、四十年後とかになる。
「それが――亜奈ちゃんの未練ということなの」
「いっやあ、わかんないんだけど。なんかズルズルここにいるなら、そこまで頑張ればいいかって開き直ったんだよね」
うさぎを見送った後、亜奈は考えたのだ。
亜奈にとっては、家族なんて当り前に存在するもの。だからまずは自分の人生の未練ばかりが気になった。
けれど親はたぶん亜奈のことをとても大切に育ててくれていたはずだ。その感謝を伝えるのをすっかり忘れていた自分はひどいと思う。
はっきりした未練がなくても亜奈の中にはモヤモヤした気持ちがずっと残っていた。だから、黄泉へは行けない。
死因がわかったら、達彦への申し訳なさを感じた。
跡取り問題で酒店も蕎麦屋もそのうち閉めるだろう。二店とも、そのきっかけは亜奈だ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。積み重なったささやかな後悔が亜奈をこの世に縛りつける。
「あたし、何かに打ち込んだりしてなかったから。推しは推しで超大事なんだけど、あたしがどう生きたいとかってなかったじゃん? そういうの……なんだよね、たぶん」
「亜奈ちゃん自身がどうしたかったか……」
こうなりたい。これがやりたい。この人と想い合いたい。
そんな願いがある人は、未練がはっきりしている。夢が叶えられなくても、諦めることはできる。
だが何もない亜奈は、人生を思い切ることすらできないのだ。
「麻実たんもそうでしょ。なんにも望んじゃいけなかったから未練がわかんないの」
「そう……なのかな」
「だよ。きっとね。だけど壱乃庵がなくなったら……麻実たんの気になるもの、もしかしてゼロになる? そしたらどうなるんだろ。たぬきゅん、わかる?」
「わかりませんですけども……この世にとどまるよすがを無くし、薄れていくやもしれませんですー」
麻実子は黙り込んだ。
気になるのは世の中の成りゆきそのもの。決して壱乃庵だけではない。
でもこの世との明確なつながりが断ち切られれば、麻実子をここに留める力は弱まるのかもしれない。そうやって影を薄れさせ消えていく幽霊はこれまでにもたくさん見た。麻実子はうつむく。
(……なんか、嫌よ。それは)
どうせなら、ちゃんと生き切っていなくなりたい。生き切るってどうすればいいのか知らないけれど。
でも麻実子が生きていた証がひとつひとつなくなっていき、消去法のように存在できなくなるのは――なんだかとても腹立たしかった。



