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麻実子と亜奈、二人の家――というか実家は奇しくも隣。
「考えてみれば、あたしらすごくない?」
「本当なら知り合うわけもないのにね」
麻美子が悔いなく命をまっとうしていたら、時代のすれ違いで出会わなかったはず。なのに今の二人は互いの家の前で顔を見合わせている。ぽんぽこ神社で奇跡の邂逅を果たしたのは、つくづく不思議なめぐり合わせだ。
酒店はちゃんと開いていた。だが客はいない。亜奈の父は所在なげに棚の商品にハタキをかけ、母は伝票をパラパラとし帳簿をまとめているようだった。
表情だけを見れば、悲しみや怒りや苛立ちにとらわれた様子はない。一人娘を亡くした悲劇から夫婦で立ち直ろうとしているのだろう。
でも閑古鳥の鳴く状態を見て、亜奈はしょんぼりした。
「……この店やっぱ厳しいのかな」
地上げなどされなくても閉店まっしぐらな気がする。
小さい頃はもっと客の出入りがあった。配達だって近隣の飲食店と何軒も契約していた。でも商店街がさびれるにつれ店々は閉まっていき、かわりに個人宅への配送を増やしたが損を埋めるほどにはならない。
「まあ……あたしの学費とかいらなくなったから、だいじょぶか」
「亜奈ちゃん、自虐ネタはやめましょ」
暗い顔なんて亜奈らしくない。麻美子はさっさと二階へあがり、亜奈の部屋をのぞいた。前に来た時と変わりはなし。
「……この人たちに会ってきたのね」
つぶやいたのは壁に貼られたポスターの Fox:y のことだ。
キラキラしたアイドルたちは実物も確かに格好よかった。あの日スタジオまで入り込んだ亜奈たちは生放送で歌い踊る Fox:y を見学したのだが、すごい迫力だった。麻美子は思い出してしみじみしてしまう。
「亜奈ちゃんが夢中になるの、なんだかわかったもの」
「でしょでしょ! いやー布教できてよかった。んで、麻美たんは誰推し? あたし同担おっけーだよ!」
「誰って……別に、よくわからない」
「んーまあ麻実たんはこういうの慣れてないからね、箱推しでもいいけど。そだ、うちにいるうちに新情報とか見ておかなくちゃ」
亜奈はスマホを取り出しニコニコだ。横から画面をのぞき込みながら、麻実子は不思議そうにした。
「亜奈ちゃん、もっと家に帰ってくればスマホ使えるのに」
「そうかも。でもほら、もうここ自分の部屋な気がしないっていうか、なんていうか」
ここにあるのはぜんぶ亜奈の物だったのに、さわれなくなっていた。積もっていくほこりは親が掃除しているのだろうが、死の日付から時が止まったままなのが伝わる。そんな部屋にいてもなんだか落ち着かなかった。
「……そうなの」
「ん。学校行った時も思ったけど、なんか違和感すごいんだ」
元いた場所に、自分の居場所だけがなくなっている。
その喪失が死者に突きつける寄る辺なさは足もとにぽっかり開いた深淵のよう。何もかもをあきらめて黄泉へ向かいたくなるほどの寂寥を感じる幽霊も多い。
「だから、あんま帰って来なくていい。ほら次は壱乃庵をのぞきに行くよ」
亜奈は元気に立ち上がると麻実子の腕を引っぱった。
昼時とあって蕎麦屋にはポツポツと客がいた。常連の老人や、近所に何かの工事をしに来たとおぼしき作業着姿の人たちなど。
「はい、天ざるでーす」
常連のところへ気安く配膳したホールスタッフは達彦の母だ。ざるそば、季節の野菜と海老の天ぷら、ちゃんと蕎麦湯もついている。客はニコニコと割り箸を手にした。
「ありがとさん。今日はタッちゃんバイトしてないのかい」
「やだ、平日ですよ。学校に行ってます」
「ああそうだっけ。でも家の手伝いしてくれるんだから、いい子に育ったねえ」
毎日が日曜日な老人はのんきに笑う。でもそこで声を低めた。
「……お店、そのうち閉めちゃうのかい」
麻実子は「え」とつぶやいた。その声は亜奈以外には聞こえない。達彦の母は苦笑いで首を振った。
「まあ、再開発次第ですけどね。うちの子も蕎麦屋はちょっとってなってるし……」
「なんだっけ、サッカーやってたよね。プロにでもなるのかな」
「そんな才能あるわけないじゃないですか。でも好きなことやってくれればそれでいいんですよ。普通に会社員でも公務員でもいいし、飲食店やりたいっていうなら経理ぐらいは教えますけどねえ」
あはは、と愛想笑いをして厨房に引っこむ。見送った麻実子と亜奈はそれぞれに微妙な顔だった。
「タッちゃん、やっぱり蕎麦は打ちたくなくなったんだ……そんなのあたしのせいじゃん、どうしよ」
「壱乃庵……なくなるかもしれないのね。そうか、再開発か……」
二人はそれぞれに黙り込んだ。
麻実子と亜奈、二人の家――というか実家は奇しくも隣。
「考えてみれば、あたしらすごくない?」
「本当なら知り合うわけもないのにね」
麻美子が悔いなく命をまっとうしていたら、時代のすれ違いで出会わなかったはず。なのに今の二人は互いの家の前で顔を見合わせている。ぽんぽこ神社で奇跡の邂逅を果たしたのは、つくづく不思議なめぐり合わせだ。
酒店はちゃんと開いていた。だが客はいない。亜奈の父は所在なげに棚の商品にハタキをかけ、母は伝票をパラパラとし帳簿をまとめているようだった。
表情だけを見れば、悲しみや怒りや苛立ちにとらわれた様子はない。一人娘を亡くした悲劇から夫婦で立ち直ろうとしているのだろう。
でも閑古鳥の鳴く状態を見て、亜奈はしょんぼりした。
「……この店やっぱ厳しいのかな」
地上げなどされなくても閉店まっしぐらな気がする。
小さい頃はもっと客の出入りがあった。配達だって近隣の飲食店と何軒も契約していた。でも商店街がさびれるにつれ店々は閉まっていき、かわりに個人宅への配送を増やしたが損を埋めるほどにはならない。
「まあ……あたしの学費とかいらなくなったから、だいじょぶか」
「亜奈ちゃん、自虐ネタはやめましょ」
暗い顔なんて亜奈らしくない。麻美子はさっさと二階へあがり、亜奈の部屋をのぞいた。前に来た時と変わりはなし。
「……この人たちに会ってきたのね」
つぶやいたのは壁に貼られたポスターの Fox:y のことだ。
キラキラしたアイドルたちは実物も確かに格好よかった。あの日スタジオまで入り込んだ亜奈たちは生放送で歌い踊る Fox:y を見学したのだが、すごい迫力だった。麻美子は思い出してしみじみしてしまう。
「亜奈ちゃんが夢中になるの、なんだかわかったもの」
「でしょでしょ! いやー布教できてよかった。んで、麻美たんは誰推し? あたし同担おっけーだよ!」
「誰って……別に、よくわからない」
「んーまあ麻実たんはこういうの慣れてないからね、箱推しでもいいけど。そだ、うちにいるうちに新情報とか見ておかなくちゃ」
亜奈はスマホを取り出しニコニコだ。横から画面をのぞき込みながら、麻実子は不思議そうにした。
「亜奈ちゃん、もっと家に帰ってくればスマホ使えるのに」
「そうかも。でもほら、もうここ自分の部屋な気がしないっていうか、なんていうか」
ここにあるのはぜんぶ亜奈の物だったのに、さわれなくなっていた。積もっていくほこりは親が掃除しているのだろうが、死の日付から時が止まったままなのが伝わる。そんな部屋にいてもなんだか落ち着かなかった。
「……そうなの」
「ん。学校行った時も思ったけど、なんか違和感すごいんだ」
元いた場所に、自分の居場所だけがなくなっている。
その喪失が死者に突きつける寄る辺なさは足もとにぽっかり開いた深淵のよう。何もかもをあきらめて黄泉へ向かいたくなるほどの寂寥を感じる幽霊も多い。
「だから、あんま帰って来なくていい。ほら次は壱乃庵をのぞきに行くよ」
亜奈は元気に立ち上がると麻実子の腕を引っぱった。
昼時とあって蕎麦屋にはポツポツと客がいた。常連の老人や、近所に何かの工事をしに来たとおぼしき作業着姿の人たちなど。
「はい、天ざるでーす」
常連のところへ気安く配膳したホールスタッフは達彦の母だ。ざるそば、季節の野菜と海老の天ぷら、ちゃんと蕎麦湯もついている。客はニコニコと割り箸を手にした。
「ありがとさん。今日はタッちゃんバイトしてないのかい」
「やだ、平日ですよ。学校に行ってます」
「ああそうだっけ。でも家の手伝いしてくれるんだから、いい子に育ったねえ」
毎日が日曜日な老人はのんきに笑う。でもそこで声を低めた。
「……お店、そのうち閉めちゃうのかい」
麻実子は「え」とつぶやいた。その声は亜奈以外には聞こえない。達彦の母は苦笑いで首を振った。
「まあ、再開発次第ですけどね。うちの子も蕎麦屋はちょっとってなってるし……」
「なんだっけ、サッカーやってたよね。プロにでもなるのかな」
「そんな才能あるわけないじゃないですか。でも好きなことやってくれればそれでいいんですよ。普通に会社員でも公務員でもいいし、飲食店やりたいっていうなら経理ぐらいは教えますけどねえ」
あはは、と愛想笑いをして厨房に引っこむ。見送った麻実子と亜奈はそれぞれに微妙な顔だった。
「タッちゃん、やっぱり蕎麦は打ちたくなくなったんだ……そんなのあたしのせいじゃん、どうしよ」
「壱乃庵……なくなるかもしれないのね。そうか、再開発か……」
二人はそれぞれに黙り込んだ。



