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神気とは、もしや電気なのか。
そんな疑問を麻美子は抱いたのだが、ここで別の問題が発生した。
「通信はありません、じゃないでしょおぉぉっ!」
床を叩いてくやしがる亜奈が何を言っているのか、たぬきにも麻美子にもわからない。スマホとは通信がないと使えない? というか通信とはなんだ。
「あーもー、ここ電波飛んでないってこと? それともお母さん、あたしのスマホもう解約しちゃったの!?」
「電波……は飛んでないと思う。ここはあの世とこの世の狭間だから、現世のものは入り込まないのよ」
「うぎゃ、じゃあちょっと鳥居から外に出てみるわ!」
ダッシュで駆け出していく亜奈を追って、たぬきと麻美子も急いで表に出る。しかし亜奈は鳥居の向こうで頭を抱えていた。
「……やっぱダメじゃーん!」
スマホは5Gも4Gもつかまえない。やはり通信契約そのものがない、あるいはスマホに認識されていないようだ。
ここは亜奈の家に近い、あの公園だった。ということは普通に携帯が使える範囲のはずで。
「お母さん、もうあたしの物の整理始めてるの? 思いきりよすぎない?」
スマホの解約なのだろうと結論づけて、亜奈は文句を言った。そりゃ無駄な通信費をかけていたくないのはわかるけど。
「お母さん意外と仕事が早いな……げ、じゃあ Fox:y のポスターとか捨てられちゃった!? ヤバいって!」
「絶対に思考がフォクシーから離れないのね、亜奈ちゃん」
「いいからうちに行くよ!」
亜奈が走り出して、あきれながら麻美子も後を追おうとする。しかしその袴の裾を、たぬきが引っぱった。両手を差し伸べ、のんきにヒラヒラとする。
「もうおしまいですー」
「走ってないのに!?」
「さっき神気を使いましたし、たぬきはもうすぐ、疲れる予定なのですー」
「もうすぐ……?」
たぬきの繰り出した〈予防的おしまいです〉にむかっ腹を立てた麻美子は、たぬきの首根っこを引っつかんで乱暴に走った。
「ぐえ……うえっ。なるほど、これが乗り物酔いです……?」
「ラクしようとするからでしょ。これに懲りて、もうやらないこと!」
どうせ亜奈の行く先は自分の家。走れなくなってもそのうち追いつけるのだ。それを麻美子に頼る、怠惰なたぬきが悪い。そりゃ勤勉なたぬきなんて、たぬきらしくないけれど。
自宅にたどり着くと、酒店はちゃんと営業していた。母がひとりで店に立っている。軽バンがいないので父は配達だろう。
店先から家に入り込んで、亜奈は二階の自室へ行った。なんとなく怖くて部屋をのぞいてはいなかったが、どうなっているのか。
「あ……そのまんまだ」
あの日、隣へ出かけた時と何も変わらない部屋がそこにあった。壁に何枚も貼られている Fox:y のポスターも無事。前と違うのは、着ていた服が畳まれてベッドに置いてあるのと机の上のスマホだけ。
「あたしが着てる服と、このスマホ。ほんとに本体がある……」
「もう別次元の物なのよね。亜奈ちゃんも同じ。本体はお骨になってるのに、霊体の亜奈ちゃんはピンシャンしてるでしょ」
「たとえがひどすぎ――あ!」
「なに?」
「Wi-Fi ! つながってる!」
それは亜奈が家庭内で接続していた回線だった。スマホが解約されていて通信がなくても、Wi-Fiなら拾えるということか。亜奈はとにかくブラウザを開いてみる。
「――っしゃあぁっ!」
おたけびが上がった。ネットが見られたのだ。たぬきと麻美子も一緒に手元をのぞき込んだ。
亜奈はババッと Fox:y のファンクラブサイトに接続する。ライブ日程も仕事の新着情報もそこが一番丁寧にまとまっているので。
「今日って何日……あ、札幌公演は終わってるのか。次は仙台が二週間後」
「仙台? 亜奈ちゃん、それに行きたいの?」
「ツアーだとそこなんだけどムリかなあ?」
亜奈が行くだけなら行けるかもしれない。
でもたぬきの加護は仙台まで届かないのが確実なので、たぬきは無理。麻美子も付き添うのはちょっと危なそうだ。
「そっか……まあスマホあれば、ひとりでもなんとか」
「加護がなくなったら電源落ちるかもよ?」
「……」
それは困る。
大ざっぱな言動をする亜奈だが、これでも高校一年生なのだった。まだまだ子ども。知らない土地でスマホもなく、誰かに道を訊くこともできないのでは心細くて仕方ない。
いきなりトーンダウンした亜奈はしょんぼりとツアーページを離れる。
「東京でイベントあれば……都心なら麻実たんも行けそう?」
「ああ、うん。たぶんね」
「ですー」
元のぽんぽこ神社は豊かな林と田畑だった土地柄だが、今となってはそんなに山奥でもない。都心部ならばついて行けるはずだ。
「ふふ。たまには新たな街へお出かけもいいかも」
麻美子はやわらかく笑った。亜奈がもらした本音「一緒に行きたい」がなんだか嬉しい。
「あ」
スワイプする指を止めた亜奈がなんだかソワソワし始めた。何かを思いついたようだ。
「あの……あのね麻実たん」
「なあに」
「ツアーとは関係ない所に潜入するのって……やっぱダメかな」
「え?」
「あーいやいや、不法侵入だなーとはわかってるんだけど! だってほら、あたしの姿ってよその人には見えないし、普通なら行けない所にも入れるじゃん? あっでもでも、入場料とかはない場所だしズルじゃないから!」
亜奈はとても早口だ。悪いことと知りながら誘惑にかられ言い訳をあふれさせているらしい。麻美子はげんなりして尋ねた。
「どこに行きたいのか言ってみなさいよ」
「んー、えっとぉ……テレビ局……」
「は?」
「あのね! Fox:y のリーダーのサクヤが今度ドラマに出るんだよ! んで主題歌が Fox:y なの! ドラマ放送開始する日って、一日中番宣で情報番組のハシゴするじゃない? そこに突撃すれば会えるんじゃないかなーなんて……」
狙いを打ち明け、亜奈はもじもじゴニョゴニョした。でもたぬきも麻美子もどう反応すべきか困ってしまう。
現代のテレビ局事情なんて知らない。番宣に突撃と言われても、どういうことかわからなかったのだ。
神気とは、もしや電気なのか。
そんな疑問を麻美子は抱いたのだが、ここで別の問題が発生した。
「通信はありません、じゃないでしょおぉぉっ!」
床を叩いてくやしがる亜奈が何を言っているのか、たぬきにも麻美子にもわからない。スマホとは通信がないと使えない? というか通信とはなんだ。
「あーもー、ここ電波飛んでないってこと? それともお母さん、あたしのスマホもう解約しちゃったの!?」
「電波……は飛んでないと思う。ここはあの世とこの世の狭間だから、現世のものは入り込まないのよ」
「うぎゃ、じゃあちょっと鳥居から外に出てみるわ!」
ダッシュで駆け出していく亜奈を追って、たぬきと麻美子も急いで表に出る。しかし亜奈は鳥居の向こうで頭を抱えていた。
「……やっぱダメじゃーん!」
スマホは5Gも4Gもつかまえない。やはり通信契約そのものがない、あるいはスマホに認識されていないようだ。
ここは亜奈の家に近い、あの公園だった。ということは普通に携帯が使える範囲のはずで。
「お母さん、もうあたしの物の整理始めてるの? 思いきりよすぎない?」
スマホの解約なのだろうと結論づけて、亜奈は文句を言った。そりゃ無駄な通信費をかけていたくないのはわかるけど。
「お母さん意外と仕事が早いな……げ、じゃあ Fox:y のポスターとか捨てられちゃった!? ヤバいって!」
「絶対に思考がフォクシーから離れないのね、亜奈ちゃん」
「いいからうちに行くよ!」
亜奈が走り出して、あきれながら麻美子も後を追おうとする。しかしその袴の裾を、たぬきが引っぱった。両手を差し伸べ、のんきにヒラヒラとする。
「もうおしまいですー」
「走ってないのに!?」
「さっき神気を使いましたし、たぬきはもうすぐ、疲れる予定なのですー」
「もうすぐ……?」
たぬきの繰り出した〈予防的おしまいです〉にむかっ腹を立てた麻美子は、たぬきの首根っこを引っつかんで乱暴に走った。
「ぐえ……うえっ。なるほど、これが乗り物酔いです……?」
「ラクしようとするからでしょ。これに懲りて、もうやらないこと!」
どうせ亜奈の行く先は自分の家。走れなくなってもそのうち追いつけるのだ。それを麻美子に頼る、怠惰なたぬきが悪い。そりゃ勤勉なたぬきなんて、たぬきらしくないけれど。
自宅にたどり着くと、酒店はちゃんと営業していた。母がひとりで店に立っている。軽バンがいないので父は配達だろう。
店先から家に入り込んで、亜奈は二階の自室へ行った。なんとなく怖くて部屋をのぞいてはいなかったが、どうなっているのか。
「あ……そのまんまだ」
あの日、隣へ出かけた時と何も変わらない部屋がそこにあった。壁に何枚も貼られている Fox:y のポスターも無事。前と違うのは、着ていた服が畳まれてベッドに置いてあるのと机の上のスマホだけ。
「あたしが着てる服と、このスマホ。ほんとに本体がある……」
「もう別次元の物なのよね。亜奈ちゃんも同じ。本体はお骨になってるのに、霊体の亜奈ちゃんはピンシャンしてるでしょ」
「たとえがひどすぎ――あ!」
「なに?」
「Wi-Fi ! つながってる!」
それは亜奈が家庭内で接続していた回線だった。スマホが解約されていて通信がなくても、Wi-Fiなら拾えるということか。亜奈はとにかくブラウザを開いてみる。
「――っしゃあぁっ!」
おたけびが上がった。ネットが見られたのだ。たぬきと麻美子も一緒に手元をのぞき込んだ。
亜奈はババッと Fox:y のファンクラブサイトに接続する。ライブ日程も仕事の新着情報もそこが一番丁寧にまとまっているので。
「今日って何日……あ、札幌公演は終わってるのか。次は仙台が二週間後」
「仙台? 亜奈ちゃん、それに行きたいの?」
「ツアーだとそこなんだけどムリかなあ?」
亜奈が行くだけなら行けるかもしれない。
でもたぬきの加護は仙台まで届かないのが確実なので、たぬきは無理。麻美子も付き添うのはちょっと危なそうだ。
「そっか……まあスマホあれば、ひとりでもなんとか」
「加護がなくなったら電源落ちるかもよ?」
「……」
それは困る。
大ざっぱな言動をする亜奈だが、これでも高校一年生なのだった。まだまだ子ども。知らない土地でスマホもなく、誰かに道を訊くこともできないのでは心細くて仕方ない。
いきなりトーンダウンした亜奈はしょんぼりとツアーページを離れる。
「東京でイベントあれば……都心なら麻実たんも行けそう?」
「ああ、うん。たぶんね」
「ですー」
元のぽんぽこ神社は豊かな林と田畑だった土地柄だが、今となってはそんなに山奥でもない。都心部ならばついて行けるはずだ。
「ふふ。たまには新たな街へお出かけもいいかも」
麻美子はやわらかく笑った。亜奈がもらした本音「一緒に行きたい」がなんだか嬉しい。
「あ」
スワイプする指を止めた亜奈がなんだかソワソワし始めた。何かを思いついたようだ。
「あの……あのね麻実たん」
「なあに」
「ツアーとは関係ない所に潜入するのって……やっぱダメかな」
「え?」
「あーいやいや、不法侵入だなーとはわかってるんだけど! だってほら、あたしの姿ってよその人には見えないし、普通なら行けない所にも入れるじゃん? あっでもでも、入場料とかはない場所だしズルじゃないから!」
亜奈はとても早口だ。悪いことと知りながら誘惑にかられ言い訳をあふれさせているらしい。麻美子はげんなりして尋ねた。
「どこに行きたいのか言ってみなさいよ」
「んー、えっとぉ……テレビ局……」
「は?」
「あのね! Fox:y のリーダーのサクヤが今度ドラマに出るんだよ! んで主題歌が Fox:y なの! ドラマ放送開始する日って、一日中番宣で情報番組のハシゴするじゃない? そこに突撃すれば会えるんじゃないかなーなんて……」
狙いを打ち明け、亜奈はもじもじゴニョゴニョした。でもたぬきも麻美子もどう反応すべきか困ってしまう。
現代のテレビ局事情なんて知らない。番宣に突撃と言われても、どういうことかわからなかったのだ。



